京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURAの読書ノート『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』

2017年06月26日 | KIMURAの読書ノート
『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』
岡田麿里 著 幻冬舎 2017年4月

「あの花」とは、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』という2011年に本書の著者岡田麿里さんのオリジナル脚本のアニメであり、舞台となった埼玉県秩父市が全国のファンから訪れる聖地ともなった。
この作品は、仁太、芽衣子を始めとした6人の小学生が「超平和バスターズ」というグループで秘密基地を作るところから物語は始まる。その後事故により芽衣子はこの世から亡くなるのだが、高校生になった仁太の前に芽衣子が「自分の願いを叶えて欲しい」と現れる。仁太は芽衣子の姿を疑いつつも、疎遠となっていた他のメンバーと共に芽衣子の願いに奔走する。2012年、長井監督が芸術選奨新人賞メディア芸術部門を受賞。15回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品アニメーション部門に選出されている。

また、「ここさけ」は、『心が叫びたがっているんだ。』が正式タイトルで、上記「あの花」と同様岡田麿里さんのオリジナル脚本であり、「あの花」と同じスタッフで製作されたアニメである。舞台も同様に埼玉県秩父市。順は小学生の時、父親が母親とは異なる別の女性とラブホテルから出てくるのを見かけ、それが発端となり両親が離婚。その時に順に向かって父親が放った言葉から、順は話すことができなくなる。高校生になった順は、同級生とのコミュニケーションをメールやメモでしか取れず、「ヘンな子」扱いを受けていた。そのような中で、順は「地域ふれあい交流会」の実行委員に指名されてしまう。そして、決まった出し物はミュージカルとなるのだが…。第19回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門・審査委員会推薦作品。ブリュッセルアニメーション映画祭(フランス語版)(Anima)BeTV最優秀長編アニメーション賞受賞。

両作品とも学校になじめない子が主人公となっている。それが著者岡田麿里さん自身、小学生の時から不登校だったことに起因する。その実体験を赤裸々に綴ったものが本書である。「不登校」のきっかけは人によって様々であるが、それはそこに至るまでの小さなエピソードが積もったものであることが、彼女の一つ一つの文字から浮かび上がってくる。

「不登校」に至るまで自分自身に変革を起こそうと小学生の頃から「努力」をしているということ。とりあえず、学校に行こうとする姿を親に見せる毎日の儀式。年に数回登校する時、不登校になったことが逆に自由さを感じる点。それでも、学校に行けるようになればいいと、勇気を振り絞って登校することで、かえって後悔してもとの生活に戻ってしまうということ。周囲の言動が全て自分に対して投げかけられているように思い、その場から逃げ出してしまう衝動。今の職業について初めて「不登校の子どもを持つ親」の視点について考えたこと。不登校児はかつてのことであるのに、地元に戻ると出口の存在を見失ってしまう今。

読み終わると、「不登校」に至るまでの小さなエピソードは、人間不信になっていくそれであり、「不登校」はその過程の一つの現象であることが分かる。それでも、著者が今の職業に就くには「人」との結びつきが重なったという事実。そのきっかけもここでは詳細に綴られている。

本書は著者の作品とは関係なく、「不登校」であった一人の人間の記録として読みごたえのあるものである。本書を読むことで「不登校」とは無縁だと思っていた人も、自分の人間関係が彼女の歩んだ道とほとんど変わらないエピソードを持っていた(いる)ことも知っていくのではないだろうか。それだけ、「不登校」は日常の中にあることを教えてくれる。
           文責 木村綾子

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KIMURAの読書ノート『ナウシカの飛行具、作ってみた』

2017年06月18日 | KIMURAの読書ノート
『ナウシカの飛行具、作ってみた』
八谷和彦 著 幻冬舎 2013年

昨年の夏、「メーヴェ」が開発され、空を舞ったという記事を新聞で目にした。「メーヴェ」とは、宮崎駿映画監督原作のコミック『風の谷のナウシカ』(徳間書店:1984年監督自身が劇場版アニメとして手掛けた)の中で、主人公ナウシカが乗っていた飛行具である。エンジンが搭載されているが、気流に乗って滑空する方法が基本となっており、作品の要所要所でこの姿が描かれている。私自身、このシーンを思い浮かべるとつい劇中で使われた久石譲さん作曲の「鳥の人」が頭の中で鳴り響くほどインパクトのある姿である。しかし、これはあくまでも、架空の乗り物である。そのため、この記事を見た時は、半信半疑であったが、それでも思わず食い入るように読んでしまった。

そして、先日のこと、この「メーヴェ」の開発過程がまとめられ書籍化されていることを知った。それが本書である。

2003年、イラク戦争が起こる。この時、日本は、イラク特別措置法を成立させ、自衛隊をイラクに派遣した。本書の著者であり、「メーヴェ」の開発者である八谷さんは、この法律の成立に対して「議論も、躊躇もなく」と表現し、「こんなに簡単に戦争に参加してしまうのか」と思い、ナウシカの世界と重なり合ったという。しかし、ナウシカは当時の日本の総理とは全く反対の判断を下す。八谷さんは、この時、いつか現れるナウシカのために「メーヴェ」を作って、世界が変わるのを待とうと思ったと語る。それが、「メーヴェ」開発の直接のきっかけである。「ナウシカ」のテーマの一つに自然と文明の対立があり、戦争への批判の側面も持っていると私は思っているが、「メーヴェ」そのものは、自然を味方につけた戦争とは反対側にある乗り物である。そして、架空の乗り物を実現させるというのは、ある意味夢のプロジェクトである。しかしながら、開発のきっかけになったのが「戦争」というのは皮肉なものである。

本書は上記「きっかけ」から始まり、資金繰り、試作品づくりなど、記述してあるが、決して学術書ではないので、誰でも「ナウシカ」のメーヴェをイメージしながら、読み進めることができる。更には、多くのページの下部分に、その当時の画像を貼りつけており、「メーヴェ」を知らなくてもその行程が理解できる。架空の乗り物を実在させるというその一例としてのガイドブックという一面としても楽しむこともできる。

実は本書、2013年夏の試験飛行の時までが綴られている。この時の高度が2.5メートル、飛行時間は11秒、飛行距離は130メートル。そして、私が「メーヴェが空を飛んだ」記事を目にしたのは、最初に書いたように昨年の夏のこと。つまり本書出版以降も、更なる開発は進められていたのである。昨年の記事(2016年7月31日:朝日新聞デジタル)によると、高度70メートル、離陸時間5分程度となっている。すでにこの時点で13年の歳月をかけている。今となってはその八谷さんの熱い情熱のうちの全てではなく、10年分だけが本書で堪能できるということになってしまったが、それでも「想い」は十分に伝わってくるのではないだろうか。ちなみに2013年の試験飛行、2016年の公開テストの様子はインターネットの動画で見ることが可能である。(「メーヴェ 動画」で検索)

尚、八谷さんはこのプロジェクトは自身が勝手にやっていることで、宮崎駿監督やジブリに迷惑がかからないよう、この機体に「メーヴェ」とは名付けていないことをここに付け加えておく。(文責 木村綾子)




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