『なくなりそうな世界のことば』
吉岡乾 著 西淑 イラスト 創元社 2017年8月
ページをめくると左側にとても鮮やかなイラストと詩のようなフレーズが綴られ、詩集のような錯覚を覚える。しかし、本書は刊行されて以来、あちこちのメディアでも取り上げられているため、ご存じの方もいらっしゃるかもしれないが、この地球上で話されている少数言語を集めた単語帳である。見開き1ページが一言語。詩のようなフレーズは言語学者がその言語らしい単語をピックアップして説明したもの。もちろん、イラストもその単語に見合った特色で描かれている。ページをめくるたびに、日本語とは、更には、しばし耳にする英語やドイツ語、中国語や朝鮮語とは異なる単語が目に飛び込み未知なる世界に誘ってくれるものの、本書が音声を持っていないことを少し残念に感じる。
【イヨマンデ】日本の先住民族であるアイヌの言葉であり、本書ではアイヌ語をこの単語で取り上げている。「熊祭り」もしくは「熊送り儀礼」というのが意で、「捕えた小熊(の姿をした神様)を、一定期間、大事に村で育て、お祈りをしつつその肉を村人全員で、心からの感謝とともに食べて、その魂を神の国へと送り返す祭。神様は、ヒトの世に降りて来るときには動物などの姿に化け、その身の肉や毛皮をヒトへのお土産として持参するのだという(p106)」がその説明である。天にのぼっている熊が星に囲まれ、ギリシャ神話を彷彿するイラストが印象的である。
本書ではある仕掛けが用意されている。見開きの右端に横向きで印字されている数字がそれである。一見ページ数かと思われるが、ページをめくるごとにその数字は小さくなる。実はこの数字、そのページの言語の現存する話者の人数である。いちばん最初に紹介されているのは、ペール南部山岳地帯で話されるアヤクチョ・ケチュア語。その話者は90万人。日本の政令指定都市、北九州市の人口が95万人(2017年10月現在)。規模的には北九州市の人たちが話している言葉(方言)の人数とイメージしてもらえればいいのかもしれない。しかし、本書ではこの人数が最大なのである。後は減っていくのみ。もちろん、最後は「0」という言語が紹介されている。本書によるとこの言語の最後の話者が2009年、2010年に続け
て亡くなったためということである。そして、先の「アイヌ語」。自由にこの言語を操れる話者は5名しかいない。
筆者は冒頭でこのように綴っている。
「ことばと文化。それらの間には互いに密接な関連があり、切り離して考えることはできません。なぜなら、ことばを用いるとき、そこには話し手の暮らしている生活や環境、それに、そこで恵まれてきた文化というものが、背景として隠れているからです。ことばとは、ある社会集団の歴史的な遺産であって、長きにわたって持続した社会文化的習慣の産みだした約束事、しくみなのです。ですから、広い地域にまたがって色々な人、様々は文化の中で話されている「大きな」ことばよりも、数少ない人が特定の地域・環境で生活している中で用いている「小さな」ことばのほうが、もっともっと、背景となる文化から生じた知恵や、その生活ならではの認識・理解といったものを色濃く、純度高く反映しているこ
とだってあります。そういう意味で、ことばと文化は、表裏一体なのです」(p2)
この1ページ1ページに表された言葉だけでなく、その民族の生活まで是非本書を手にして想像して欲しい。きっと次は地図帳を片手にその民族に思いを馳せ、更には近い将来そこを旅しているかもしれない。そして「母語」とは、「日本語」とはと言う事を改めて考える機会を与えてくれる1冊でもある。
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文責 木村綾子