京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURAの読書ノート なくなりそうな世界のことば

2018年01月19日 | KIMURAの読書ノート


『なくなりそうな世界のことば』
吉岡乾 著 西淑 イラスト 創元社 2017年8月
 
ページをめくると左側にとても鮮やかなイラストと詩のようなフレーズが綴られ、詩集のような錯覚を覚える。しかし、本書は刊行されて以来、あちこちのメディアでも取り上げられているため、ご存じの方もいらっしゃるかもしれないが、この地球上で話されている少数言語を集めた単語帳である。見開き1ページが一言語。詩のようなフレーズは言語学者がその言語らしい単語をピックアップして説明したもの。もちろん、イラストもその単語に見合った特色で描かれている。ページをめくるたびに、日本語とは、更には、しばし耳にする英語やドイツ語、中国語や朝鮮語とは異なる単語が目に飛び込み未知なる世界に誘ってくれるものの、本書が音声を持っていないことを少し残念に感じる。
 
【イヨマンデ】日本の先住民族であるアイヌの言葉であり、本書ではアイヌ語をこの単語で取り上げている。「熊祭り」もしくは「熊送り儀礼」というのが意で、「捕えた小熊(の姿をした神様)を、一定期間、大事に村で育て、お祈りをしつつその肉を村人全員で、心からの感謝とともに食べて、その魂を神の国へと送り返す祭。神様は、ヒトの世に降りて来るときには動物などの姿に化け、その身の肉や毛皮をヒトへのお土産として持参するのだという(p106)」がその説明である。天にのぼっている熊が星に囲まれ、ギリシャ神話を彷彿するイラストが印象的である。
 
本書ではある仕掛けが用意されている。見開きの右端に横向きで印字されている数字がそれである。一見ページ数かと思われるが、ページをめくるごとにその数字は小さくなる。実はこの数字、そのページの言語の現存する話者の人数である。いちばん最初に紹介されているのは、ペール南部山岳地帯で話されるアヤクチョ・ケチュア語。その話者は90万人。日本の政令指定都市、北九州市の人口が95万人(2017年10月現在)。規模的には北九州市の人たちが話している言葉(方言)の人数とイメージしてもらえればいいのかもしれない。しかし、本書ではこの人数が最大なのである。後は減っていくのみ。もちろん、最後は「0」という言語が紹介されている。本書によるとこの言語の最後の話者が2009年、2010年に続け
て亡くなったためということである。そして、先の「アイヌ語」。自由にこの言語を操れる話者は5名しかいない。
 
 筆者は冒頭でこのように綴っている。
「ことばと文化。それらの間には互いに密接な関連があり、切り離して考えることはできません。なぜなら、ことばを用いるとき、そこには話し手の暮らしている生活や環境、それに、そこで恵まれてきた文化というものが、背景として隠れているからです。ことばとは、ある社会集団の歴史的な遺産であって、長きにわたって持続した社会文化的習慣の産みだした約束事、しくみなのです。ですから、広い地域にまたがって色々な人、様々は文化の中で話されている「大きな」ことばよりも、数少ない人が特定の地域・環境で生活している中で用いている「小さな」ことばのほうが、もっともっと、背景となる文化から生じた知恵や、その生活ならではの認識・理解といったものを色濃く、純度高く反映しているこ
とだってあります。そういう意味で、ことばと文化は、表裏一体なのです」(p2)
 
 この1ページ1ページに表された言葉だけでなく、その民族の生活まで是非本書を手にして想像して欲しい。きっと次は地図帳を片手にその民族に思いを馳せ、更には近い将来そこを旅しているかもしれない。そして「母語」とは、「日本語」とはと言う事を改めて考える機会を与えてくれる1冊でもある。

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文責 木村綾子



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KIMURAの読書ノート[将棋ボーイズ]

2018年01月07日 | KIMURAの読書ノート


『将棋ボーイズ』
小山田桐子 作 幻冬舎 2014年
 
明けましておめでとうございます。今年も気の向くままにランダムに読んでいきたいと思います。あくまでもkimuraの趣味で読んだものばかりですので、この「読書ノート」を読んでくださる皆さんのツボを押さえたものには至らないかと思いますが、本年もお付き合いくだされば幸いです。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 
それにしても、昨年も1年を通してたくさんの業界で様々なトピックスがありました。将棋界もその一つ。年頭、中学生の藤井四段が前人未到の29連勝を達成したかと思うと、年末には羽生九段が史上初の永世七冠となりました。また、その藤井四段に敗れ引退となったレジェンド加藤一二三九段ですが、その愛されキャラでテレビに引っ張りだこ。このように1年を通して将棋界は注目されることになりました。そこで今回紹介する本はその将棋界が舞台の『将棋ボーイズ』。
 
物語の主人公は歩と倉持。歩は将棋好きの祖父が名付け親。駒の「歩」のように着実に前に進んでいけばいつか「金」になるという願いが込められています。しかし、名前負けしたかのように、何に対しても消極的でいわゆる「出来が悪い」歩。もちろん、将棋とも無縁でしたが、高校に入学して将棋部に入ることになります。その反面、倉持はすでに高校に入学する前から全国に名を馳せ、誰もが一目を置く存在です。しかし、彼は自分の立ち位置に自信を持てないでいます。この2人を中心に男子校の将棋部で巻き起こる青春小説です。
 
歩と倉持の対比もさることながら、二人を通して将棋の初歩と一歩踏み込んだ将棋の世界を知ることの出来る作品になっています。そのため、将棋について全く知らない人は歩の視点で読み進めることで、将棋についてのルールから徐々に知識を得ることができます。倉持の視点ではアマチュアトップの世界、つまり一般の人がいちばん情報を手にすることができない世界をかじることが出来るのです。この二つの世界を一度に味わうことで、テレビの画面に映し出される藤井四段や羽生九段の世界を身近に感じるとてもタイムリーな作品だと思いました。
 
それにしても、この技術的に両極端な二人が一つの部活に存在し、部活そのものが成り立つのかという疑問が生まれてきます。あくまでも物語だからそれを可能にしている、それが小説の醍醐味とも言えます。しかし、これを手にして知ったことですが、この物語には実在のモデルがあるのです。それは岩手県にある中高一貫の私立男子校・岩手中学校・高等学校将棋部がそれです。なぜこの学校がモデルになったのかというと、偏差値的には50のこの学校が、全国大会で偏差値70超の開成高校や灘高校を破って団体戦で優勝しているのです。このことはフジテレビがドキュメント作品「偏差値じゃない~奇跡の高校将棋部~」として番組を製作しています。物語にも、実際の同校将棋部のサイトにも記されているので
すが、この部活はただの将棋好きの生徒3名が同好会として出発しています。そこには、現在もスタートラインは歩のような初心者から倉持のようなトップクラスの部員までが玉石混交。しかし、そこで指導に当たる顧問と先輩たちの後輩に対する接し方によって部活が気持ちいいほどに成り立ち、歩のような部員が倉持のように力をつけてくるのです。その過程をこの作品で丁寧に描かれています。この部分もこの作品の魅力の一つでもあります。
 
今年も昨年以上に将棋界は脚光を浴びる予感があります。それと同時にこの作品も再度注目を浴びるのではないでしょうか。新年すがすがしい気持ちにしてくれる1冊です。
 
文責 木村綾子





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