映画『ラストマイル』
監督・塚原あゆ子 脚本・野木亜希子 出演・満島ひかり、岡田将生ほか
2024年8月23日公開
かつてドラマで放送された『アンナチュラル』『MIU404』と同一世界線上で描かれるという情報だけを楽しみに映画館へ足を向けた。私自身は『アンナチュラル』のファンなのである。スクリーンに『アンナチュラル』の人物が出てくるだけで満足のはずであったのだが、予想外の内容に『アンナチュラル』のことはすっかり忘れて見入ってしまった。
すでにこの作品はテレビで予告編が流れているため物流倉庫で起こった爆破事件の真相を追い求めていく内容であることだけは分かっていた。しかも前述したように過去のドラマ2作品に登場した人物たちが当時の役柄のままで出てくるため、てっきりエンターテイメントで埋め尽くされた作品だと思っていたのである。予想外というのは、まさにこの部分でエンターテイメント性はドラマ2作品の同一世界線であるというところのみであったこと。いや、それこそこの2作品もあえてというよりは、作品の流れ上必要な職種であったため、必要なのだったら改めてその世界を作り上げるよりは、かつてのドラマの人達に出てもらうほうがいいんじゃない?ファンも多いしという感覚に近いと感じた。
エンターテイメントでなければ何であるのか。少なからず、私は流通に関する経済学をこの作品で終始学ばせてもらったということから、予備校のオンライン授業とでも言えばよいのかもしれない。まさかテレビで流れていた予告編から誰が経済学を学ぶと思うだろうか。しかし、これは経済の話であり、現代の社会問題の提起なのである。この映画では物流倉庫が大半の舞台である。この物流倉庫は世界規模で大手の通信販売会社ものと設定されている。そこで爆発予告があったらどうなるのか。物流が止まったらどうなるのか。ピラミッドの頂点にある、通信販売会社本部(アメリカ)とその日本支社、そして物流倉庫。この物流倉庫から荷物を分配する配送業者の本部と配送担当地区のセンター、そしてそれを委託された配送業者。例え、爆発物があろうと物流の流れを止めてはいけないと倉庫のベルトコンベアの動きを止めようとしない物流倉庫までの通信販売会社側。そのしわ寄せがくる配送業者側。配送業者がいなければいくら通信販売でたくさん物を購入しても購入者には届かないのだが、そのパワーバランスは明らかに通信販売会社の方にあるいびつさ。また、倉庫で働く人は何百人もいるのに、これは全てアルバイト(非正規雇用)で正社員はわずか9人といういびつさ。この9人で何百人ものアルバイトをまとめていかなければならないばかりか、倉庫は常にコンピューターで稼働率がはじき出され、80%を切るとその倉庫の社員にペナルティが与えられる過酷な労働環境。そして、今回の爆弾事件はこの稼働率を下げてはならないということが全ての中心となってしまったことが発端であった。これまでほとんど表に出てこない流通の舞台裏に光を当てたのがこの作品だったというわけである。しかし、この光は決して希望が湧くような明るさではない。目をそむけるしかない閃光である。
そして、何よりもラストシーンに背筋が凍った。何が起こっても倉庫は稼働していかざる得ない状況で、バトンを受け渡された人物はその後どのようにして対応していくのか。それはこのバトンが映画の登場人物だけでなく、この作品を観てしまった観客全てにも渡されてしまっているということが、この作品の凄さであり、怖さである。タイトルとなっている「ラストマイル」は物流においてお客様へ荷物を届ける家庭の最後の区間を表す言葉である。
文責 木村綾子