『友罪』
薬丸岳 集英社 2015年
ジャーナリストを目指して挫折した益田がたどり着いた先が埼玉県内にある町工場。同じ日に同い年の鈴木もここに雇用される。鈴木は誰とも打ち解けず、工場内では浮いた存在になっていたが、次第に益田と話をしていくようになる。ある時、益田は14年前に地元で起きた猟奇的な殺人事件の犯人が鈴木ではないかと疑うようになる。疑念を払しょくするために、鈴木は益田の身辺を調べていくと……。
「心を許した友は、あの少年Aだった」というキャッチコピーが先月映画のCMとしてテレビで頻繫に流れていたので目にした人も多いのではなかろうか。本書はその原作である。私自身このコピーを目にした時、正直1997年に起きた神戸連続殺傷事件を思い出してしまった。そして、そのコピーよりその後を作者なりにかみ砕いてフィクションと描いたものだとイメージしてしまった。しかし、巻末の解説によると、この事件の犯人が手記を出版したのは、本作品(初出2010年)よりも後のことで、件の事件とは全く別物であるということを解説者は記している。
このような事件をモチーフにした小説の場合、多くが加害者や被害者側の家族の視点に立ったものが多かったように思える。しかし、この作品は事件の渦中には犯人とは全く接点を持っていなかった人物、つまり法的に罪を償った犯人とその後日常生活の中で出会った人物に焦点を置いている。そして、本作ではこれらの人物はそれぞれ鈴木と同様に知られたくない過去を背負って生きている。鈴木を通して、自分の過去とどう向き合っていくのかというのが主題であり、かつ、人の過去に対して、他人はどこまで詮索していいのか、いやしてしまわずにはいられないのかという読者への問題提起に比重を置いている。
それを顕著に表したのが鈴木に好意を寄せる事務員の藤沢ではないだろうか。彼女はかつての恋人のために、AVビデオ出演の過去を持つ。その過去から逃げるべく町工場の事務員の職を得てひっそりと身を潜めて暮らすのであるが、元恋人にその場所を見つけられ、過去のビデオをその町工場に送られてしまう。更に鈴木の過去を追う記者により、藤代の過去が雑誌に掲載される。打ち砕かれる藤代に対して鈴木が発したのは「君は何も悪いことをしていない」。そう、少なからず彼女に関しては、何も罪になるようなことは犯してないのである。それでも、周囲は面白おかしく、彼女を好奇の眼で見てしまうばかりか、それ以上の過去を知ろうとする。
600ページ近くあるこの作品、ページをめくるたびに気持ちは沈んでいき、心が刻まれていくような感覚を抱き、何度も途中で目をそらしたくなる。そして、結末。そこにハッピーエンドがあるわけではない。ただただ、ひたすら重たい宿題がのしかかっていく。それは、この作品はかつての犯罪者であった鈴木の視点をあえて描いていないからかもしれない。それだけに、読者には逃げ場のない作品となっているのである。
映画は観ていないために、どのような仕上がりになっているのか私には分かりかねるが、原作を読んだ身としてはこの映画のキャッチコピーは観客動員のための印象付けにしか感じない軽いものに思えてしまった。まさに件の事件に関して他人がどこまで関与していいのか。被害者・加害者の家族の想いをどこか置き去りにしていないか。しかし、かくなる私自身、この作品を手にしたのは、このコピーを目にしたのがきっかけだったのは、否めない。複雑な心境である。
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文責 木村綾子