39ギター

35年ぶりに弾き始めたクラシックギター
神経痛と戦いながら
どこまでバッハに迫れるか
蝶も花もアーチェリーもあるよ

「幽玄」は和歌の最高の理念

2014-03-12 22:33:49 | 百人一首

こんばんは
今晩から雨が降り出して明日の午前中は冷たい雨が降るそうですが、今度の土日は暖かくなるそうです。
たのしい土日は暖かい方が良いですね。
・・・
さて、今日は書くことがないんですが、何か書いておかないと眠れない・・・
ということでマレーシア航空機はどこに行ったんでしょうか。
突然レーダーから消えたと言うことで、テロで空中爆発したんだと最初は思いました。
中国人がたくさん乗っているので中国人狙いかとも思いましたが、空中で爆発したのなら破片が一つも見つからないと言うのがおかしいですよね。
ハイジャックで違うところの空港に降りたと言うのならもうとっくに何らかの情報があるはずですよね。偽の旅券で乗り込んでいる人が怪しい。
電気系統かなにかの故障で通信が出来ない状態で海に着水して、奇麗に着水したのにすぐに丸ごと沈んでしまったので、破片も何も残ってない。
UFOにさらわれた。そのうちこんなことを言う人が出て来るかも・・・
う~ん、なんにしても不思議だ。
・・・
久しぶりに百人一首の勉強をしましょう。

 ? 花の色は
   うつりにけりな
   いたづらに
     我が身世にふる
     ながめせしまに
       小野小町
<通釈>
桜の(うつくしい)色はあせて散りそうになったなあ。私が降りつづく長雨に閉じこめられて、むなしくもの思いにふけっている間に。それと同じように、私の美しい容色もおとろえてしまったよ。この世の恋やさまざまの事柄で、もの思いにふけっている間に。
<よき女の悩める所>
紀貫之は『古今集』の仮名序(かなでかかれた序文)で、小野小町の歌について、「情感が豊かで、力強さに欠ける。いうならば、美しい女が悩んでいる様子に似ている。」と述べています。美しい女が悩んでいる姿があると言うのです。この歌はそれを如実に示すものです。
<おとろえの花>
色あせてゆく桜の花によせる悲しみ、と、自分の美しき容貌のおとろえてゆく悩み、それは、ゆく春の悲しみ、と、自分の美しき青春の去りゆく悩みです。この歌はそれを詠んでいるのです。悩める美とおとろえ崩れゆく美とを複合させた美の世界がここにはあります。
<幽玄>
藤原定家は、このうたを『幽玄様』の歌と記しています。幽玄様の歌とは、言葉で表現している意味や内容以上に、その歌を詠んで自然に感じる気分的なものや情調的なものがある歌を言います。定家の父俊成は、「幽玄」を和歌の最高の理念としました。

コメント

もぢずり?って?

2014-02-24 22:46:08 | 百人一首

こんばんは
暖かい一日でした。
次男のインフルエンザは峠を越し今は鼻風邪に移行したようです。
インフルエンザウィルスは退治できたのでしょうが続きは鼻に来たり咳になったりすることもあるようで、続けて用心が必要です。
インフルエンザの潜伏期間は1~7日と幅が有り、ボクに移ったとしていつ症状が出始めるかは分かりません。
今度の週末ぐらいになって、今度はボクが息子に当番医まで連れてってもらうことになるかもしれませんね。
老後の風景を垣間みると言うことか・・・
・・・
さて、久しぶりに百人一首のお勉強です。

 ? 陸奥の
   しのぶもぢずり
   誰ゆゑに
     乱れ初めにし
     我ならなくに
        河原左大臣

<通釈>
わたしの心は陸奥のしのぶもぢずりの乱れ模様のように、忍ぶ恋のために、乱れに乱れています。これは誰のために、このように乱れはじめたのでしょうか。私のせいではありません。みなあなたのせいです。
<しのびて乱る>
この歌は「忍ぶ恋」という、相手に知られないで黙って恋をし、苦しんでいる自分の心情を述べたもので、その恋が、千々に乱れていることを「信夫もぢずり」の模様で視覚的に具象化して示しています。「忍ぶ」を「信夫」にかけ、自分の恋情の乱れを『信夫もぢずり』で表現しているのです。ということは「信夫もぢずり」という第二句目がこの歌を把握するための重要なポイントとなっているわけです。ですから、この「信夫もぢずり」と言う言葉が十分に把握できなくては、この歌の意味を十分に知ることが出来ません。言葉に対する十分な知識が必要であると言うこと、これが『古今集』の歌が理知的であると言われる一つの理由です。
<ならなくに>
さらに表現としては「我 なら なく に」という句に注意したいものです。直訳すると「私で ありは しないこと なのに」→「私のせいではありませんのに」と言う意味で、忍ぶ恋の責任を相手にかけているのです。責任転嫁によって恋の気持ちを相手に伝える、という恋の技法です。
<縁語>
第四句目の「初め」は「染め」の意味を持ち「もぢずり」と関係した語となります。このような関係の語を「縁語」といいます。
<語釈>
陸奥の「道の奥」の意。「みちのく」は「みちのおく」つづまった語で、東北地方の東半部にあたる。
しのぶもぢずり 福島県の信夫地方から産する、乱れ模様に摺った摺り布。
以上、上二句は「乱れ」の序詞。
乱れ初めにし 下の「我ならなくに」へかかる。
・・・
う~ん難しい、それに責任転嫁が恋の技法とは・・・

コメント

明るく気楽な世捨て人

2014-02-19 22:32:20 | 百人一首

こんばんは
今日も一日なんとか終わりました。
まあ、仕事も順調ですし、文句を言えば一日中室内にいることですね。
なんと贅沢な文句でしょうか、この寒い時期に外で震えながら仕事をしている人もいると言うのに、自分は温々と暖房の効いた部屋の中で椅子に座って仕事をしているんでしょ・・・
でも、朝の散歩以外は日に当たることがないので、そう言った意味では健康的ではないですよね。
まあ、週に一回は一日中外にいてアーチェリーで遊んでいるので、それでバランスが取れているんでしょうね。
また、愚痴から始まりましたが、早く暖かくなればいいんですよ・・・
・・・
スノーボード女子パラレル大回転
竹内智香選手、銀メダルおめでとうございます。ばんざ~い・・・
広島出身なんですよね(たしか広島ガス)
決勝を見ましたが、1回目で0.3秒のリード、2回目は残念ながら転倒してしまいました。
転倒しても銀は確定なので良かったですね。
・・・
さて今夜はいよいよ女子のフィギュアスケートです。
夜中の放送を見ると仕事に差し支えるのでボクは見ませんが、家内は2時頃から見るので「明日の朝は起きないから御免なさい」と言っています。
真央とヨナの対決はいやでも盛り上がってきますが、ボクはどうもこう言ったドキドキするのが苦手ですね。
トリプルアクセル成功するといいですが、ヨナのように3+3の難度も高いけど点の取れるものをやった方が確実なんでしょうが、やはりこだわりのトリプルアクセルをきっちり決めて優勝してほしいですよね。
佳菜子も明子も頑張ってもらって表彰台独占なんてことも可能性がない訳ではないですね。
・・・
さて、今日も百人一首の勉強をしてみましょう

 ? 我が庵は
   都の辰巳
   しかぞすむ
     世をうぢ山と
     人はいふなり
       喜撰法師

<通釈>
私の庵は都の東南に有り、このように心静かに住んでいる。しかし、人々はここを、この世をつらいと言って遁れて住む宇治山だ、と言っているよ。
<歌で自己紹介>
「我が庵は都の辰巳しかぞすむ」と言う上の句は、自分のことを紹介すると言う形をとっています。これは一見、素朴な表現のようではありますが、紹介の言葉をそっくり歌の上の句そのものに仕立てたのはなかなか洒落た言い方です。そしてまた、「世をうぢ山と人はいうなり」と言い切った表現が出来るのは、作者が法師で世俗のわずらわしさをすてた隠遁者だからです。世捨て人の自由さで、飄然と歌っているのがこの歌です。
<気らく人>
世捨て人・隠遁者と言えば、暗い哀れなイメージを人はしばしば描きますが、それは中世的隠遁者を隠遁者の典型として考えるからです。喜撰のころは、まだこのような明るく気楽な世捨て人もいたのです。
<掛詞>かけことば
第四句の「うぢ」は「憂し」と「宇治」山とを掛けています。こう言う二つの意味を掛けて用いられたことばを「掛詞」と言います。

<語釈・文法>
しかぞ 然ぞ。このようにの意。
ここでは、このように心静かに。
・・・
な~んだ、鹿が住んでいるのかと思っていた・・・

コメント

言いたいことはほんの少し

2014-02-17 22:23:09 | 百人一首

こんばんは
一日中曇りで夕方から雨、それほど寒くはなくかと言って暖かくもなく、早く春にならないかなぁと言うことです。
ウォーキングは少し雨に濡れましたがなんとかこなしました。
いつもの鉄棒での腕立て伏せは今日は20回だけにしました。
まあ筋肉が疲れ気味なのと右手の小指がまだ痛いので鉄棒をうまく握れないと言うのもあります。
少しギターを弾きましたが、今回は手首が痛くなる代わりに左の肩が筋肉痛の感じですね。
まあ歳ですからいろんなところがおかしくなっても不思議じゃない訳で、体を鍛えるのもボチボチにしてくれよと言ってくれているようです。
・・・
カーリング女子は中国に勝ちましたね。
仕事中でしたが、Yahooの実況速報を見ながら応援していました。
最後の第10ENDに入ったときに、ドタバタと家内が仕事場にやって来て「勝ったよ!」と一足早く教えてくれました。
まあお陰でドキドキしなくて済んだものの試合の最後がワープしてしまいました。
次は強豪スウェーデンでかなりキツいですね。
がんばれカーママ!・・・
・・・
久しぶりに百人一首のお勉強です。

 ? あしびきの
   山鳥の尾の
   しだり尾の
    長々し夜を
    独りかも寝む
      柿本人麻呂

<通釈>
山鳥の長い長い尾のような、この長い秋の夜を、私はただ独りでさみしく寝るのであろうかなあ。
<なやめる鳥 私>
藤原定家は、美しい女性がなやんでいる姿のような歌を妖艶な歌と言って、特に好みました。この歌も、秋の夜ーそれは長い夜ですーただ一人で寝て、嘆き悲しんでいる様子が思い浮かばれます。たとえば、 このような様子が思い浮かぶ和歌が妖艶な歌です。
<孤独な私 山鳥>
「山鳥」とはどのような鳥でしょうか。『枕草子』の「鳥は」の段にもありますが、昼は雌雄が同居するけれども、夜になると、谷を隔てて別々に寝ると考えられていました。ですから、この歌の上の句、「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の」は、単に「長々し夜」を導き出す序詞の働きだけではなくて、このような山鳥の姿を読者が考えるとき、よりいっそう、作者の孤独な心情が味わい深いものとなってくるはずです。
<序詞>
この歌で作者の言いたいのは、下の句の「長々し夜を独りかも寝む」と言うことです。それでは上の句は、どのような役割を果たしているのでしょうか。これは「長々し夜」を導き出すために置いたものなのです。「長い」という時間を視覚的に、「山鳥の尾のしだり尾」で表現しているのです。
このように、ある語句を導き出すために、その前置きとして用いる七音以上の修飾語を「序詞」と言います。和歌に用いられる形式上の技法です。
<語釈・文法>
あしびきの 山・岩にかかる枕詞。
かも 「か」は疑問の係助詞。「も」も係助詞で、「か」と複合して強い感動を表現する。
・・・
うん、なるほど、言いたいことはほんの少しでも随分と長い言葉を使うんですね。

コメント

デザイナー歌人

2014-02-01 22:38:13 | 百人一首

こんばんは
いつもアーチェリーは日曜日に行くんですが、今回は今日土曜日に行きました。
明日は息子がもう一つの趣味の自転車でお祭りの余興に行くそうなので、アーチェリーは今日と言うことになりました。
先週の特訓はあとの筋肉痛や神経痛がひどかったのですが、今日はその効果が有り非常にまとまりのいい結果になりました。
弓を引くときの体勢が次第に整って来てだんだんと矢がまとまるようになってきました。
今までは矢が的の上で横に広がっていたのですがそれが徐々に狭まって来て、グルーピングと言いますが矢のまとまりが円形になってきました。
これはいい傾向であとはこの円の直径を小さくしていけば点数は上がってきます。
円の直径を小さくすると言ってもコンパスで引くようなことではなく、当たった矢の左右の広がりを小さくするにはエイミング中の左腕のふらつきをコントロールしリリース時の反動で左腕が左右に動かないようにすると言うことです。
上下のばらつきは同じくエイミング中の左腕の上下の動きを制御することですが一度下がった腕を上に持ち上げるのは大変でたいていそこで失敗をします。
なので腕が下がらないように左の肩をしっかりと落として右腕は肘を大袈裟にいうと肘でつり上げると言うことで一度下がった腕は無理に上に上げようとしない。
最終的にはグルーピングが縦長になれば大体調子が良くなったと言えるでしょう。
そんな感じですね。
あとはリリース時の瞬間的な右手の制御ですが、今日少し教えてもらったのでしばらくそれで特訓することにします。
来週の日曜日はまた900ラウンドをすると言うことなので今日の特訓の成果が多少でも現れることを期待しましょう。
アーチェリーに関してはこんなところですね。
・・・
さて、今日の和歌は

 ? ちはやぶる
   神代も聞かず
   龍田川
     唐紅に
     水くくるとは

       在原業平朝臣

歌の中には「もみぢ」の語はないが、それでいて「紅葉」が詠まれていることに注目。
<デザイナー歌人>
この歌は、「紅葉ー錦」という見立ての型をとらないで、紅葉をしぼり染め、という見立てにしたところに、作者の理知を働かせた、才の見せどころとしての巧みさがあります。情景を描いてみますと、川一面に散り落ちた紅葉が浮かび流れている、そのところどころに白くぬけたように、真紅に染められていない部分が、僅かに点々と散って見える、といった色彩美のデザインが思い浮かばれるはずです。なお、このうたは、上二句、下三句が倒置法の表現になっています。またこの歌は詞書にあるように、屏風の絵を見て作った「屏風歌」でもあります。
枕詞(まくらことば)
ある語をいうための枕(前置き)として置かれる定まった形の語を「枕詞」と言い、基本としては五音(例、ひさかたの光)からなります。枕詞は一定の語につけられ固定しており、枕詞の持つ意味も不明のものが多いのです。歌の調子を整えるためのことば、意味のないことばです。この歌では「ちはやぶる」が枕詞で「神」にかかります。
・・・
高校の古典の勉強と言うのはこんなに難しいことをやっていたんだなぁ、ここまでやる必要があるのかなとも思いますが、日本人が日本語の古典をしっかり勉強しておくことは大切なことですよね。
つぎは「詞書」(ことばがき)について調べることにしよう。
今日はこれぐらいですね。
では・・・

追伸:

いつも楽しみにしているマエストロ与太さんのブログが10万アクセスを達成しました。

Photo_2


おめでとうございます。
 

キリ番ゲットには失敗しましたが、「十万サンキュー」はゲットしました。

コメント (4)