分類・文
いわきの総合文藝誌風舎7号掲載 箱 崎 昭
《水前寺公園》
指宿の民宿を出ると昨日と同じように和之の運転で、国道と九州自動車道を利用して人吉まで行き市内にある人吉城や球磨川を布美子が案内して足りないところを和之が補足説明をした。
城址の入口で通りかかったタクシーがクラクションを一つ鳴らし手を振って去ったが、あれは和之が勤務している会社の同僚だと言った。
広大な街並みに球磨川がS型にの曲線を描きながら緩やかに流れるのを見ていて、光雄は恵まれた環境の良さに驚嘆した。
人吉は山間のもっと小さな町だというイメージがあったからだ。
布美子は帰郷する仕度もあるだろうし、今夜は博多の東鉄インに宿泊の予約を入れてあるから早めに和之の家に寄ることにした。
家は人吉駅からさほど離れていない場所にあって、庭に立つと線路が見えるが運行本数が少ないから騒音に神経を尖らせる必要はないように思える。
光雄たちは和之の母が亡くなった時に一度来ているので、何の抵抗もなく気楽に家の中に入ることができた。仏壇に線香をあげている内に布美子がキッチンに入ったら、和之がお茶はオレが入れるから出掛ける準備をするようにと急き立てていた。
和之が慣れない手付きでお茶を入れている前で光雄は礼を述べた。
「今回は色々とお世話になりました。和ちゃんには仕事を休ませてしまった上に運転から観光案内までしてもらって本当に有り難うございました」
「いや、そんなことはないですよ。最後には布美子というお荷物を持たせて帰ってもらうような結果になってしまい、却ってこちらが礼を言うようですよ」
和之は布美子の名前を言う時に皆の前にわざと顔を寄せて、内緒話のように小声で言うといたずらっぽく笑った。
布美子は隣の部屋でクローゼットとタンスから衣類や小物類を取り出していた。
「はーい、出発のスタンバイ完了」
布美子のテンションが相当上がっている。
和之が部屋の隅に置いてあった紙バッグを2つ持ってきて、これは同級生の家で辛子蓮根を専門に作って販売している物だと言い、お土産に光雄と弘に手渡した。
「あまり長居もしていられないのでそろそろ出ます。和ちゃんも一緒に行けないのが本当に残念だよ。それじゃ、お世話になりました」
光雄と弘は和之と握手を交わしたが和之に心なしか淋しさが漂っているのを光雄には感じ取れた。
3人が車に乗り込んだが、和之と布美子はエンジンが掛かっている後部で立ち話をしていて皆が待っているのに気が付くと布美子が慌ててドアを開けた。
1人取り残された恰好の和之が、走り去っていく車をいつまでも見送っている姿が皆の目に印象的に映った。
人吉のメイン通りを光雄が運転して博多へ向っている。
ホテルには午後6時ぐらいに到着できるように見当をつけて途中、熊本城と水前寺公園に寄っていくことにした。
車中では、もっぱら和之の話題に時間が費やされた。
「和ちゃんがよく車を使っていいと言ってくれたよな」
光雄が今更ながらに有り難い気持ちと感謝の年を込めて言った。
「いいのよ、どうせ和之さんは自家用車には滅多に乗らないんだから。タクシーを運転しているでしょ、だから乗務中の暇な時に私用を済ませているの」
布美子は自分が専用に使っていて当然というような言いぐさをした。
「布美ちゃんは幸せだよう、あんなに優しい人はいないもの」
多喜枝がそう言ってから「うちの爺ちゃんも優しいのよ。ネ!」と弘の顔を見て、さも可笑しそうに笑った。
「ついでに言うなよ、いかにも嘘っぽく聞こえるなあ。それにしても布美ちゃんはいい旦那さんと結婚できたんだから幸せだよ。さすが和ちゃんから熱いプロポーズを受けただけのことはあるよな」
和之と布美子が若い時の出逢いから結ばれるまでのエピソードを思い出しながら弘が言った。 (続)
いわきの総合文藝誌風舎7号掲載 箱 崎 昭
《水前寺公園》
指宿の民宿を出ると昨日と同じように和之の運転で、国道と九州自動車道を利用して人吉まで行き市内にある人吉城や球磨川を布美子が案内して足りないところを和之が補足説明をした。
城址の入口で通りかかったタクシーがクラクションを一つ鳴らし手を振って去ったが、あれは和之が勤務している会社の同僚だと言った。
広大な街並みに球磨川がS型にの曲線を描きながら緩やかに流れるのを見ていて、光雄は恵まれた環境の良さに驚嘆した。
人吉は山間のもっと小さな町だというイメージがあったからだ。
布美子は帰郷する仕度もあるだろうし、今夜は博多の東鉄インに宿泊の予約を入れてあるから早めに和之の家に寄ることにした。
家は人吉駅からさほど離れていない場所にあって、庭に立つと線路が見えるが運行本数が少ないから騒音に神経を尖らせる必要はないように思える。
光雄たちは和之の母が亡くなった時に一度来ているので、何の抵抗もなく気楽に家の中に入ることができた。仏壇に線香をあげている内に布美子がキッチンに入ったら、和之がお茶はオレが入れるから出掛ける準備をするようにと急き立てていた。
和之が慣れない手付きでお茶を入れている前で光雄は礼を述べた。
「今回は色々とお世話になりました。和ちゃんには仕事を休ませてしまった上に運転から観光案内までしてもらって本当に有り難うございました」
「いや、そんなことはないですよ。最後には布美子というお荷物を持たせて帰ってもらうような結果になってしまい、却ってこちらが礼を言うようですよ」
和之は布美子の名前を言う時に皆の前にわざと顔を寄せて、内緒話のように小声で言うといたずらっぽく笑った。
布美子は隣の部屋でクローゼットとタンスから衣類や小物類を取り出していた。
「はーい、出発のスタンバイ完了」
布美子のテンションが相当上がっている。
和之が部屋の隅に置いてあった紙バッグを2つ持ってきて、これは同級生の家で辛子蓮根を専門に作って販売している物だと言い、お土産に光雄と弘に手渡した。
「あまり長居もしていられないのでそろそろ出ます。和ちゃんも一緒に行けないのが本当に残念だよ。それじゃ、お世話になりました」
光雄と弘は和之と握手を交わしたが和之に心なしか淋しさが漂っているのを光雄には感じ取れた。
3人が車に乗り込んだが、和之と布美子はエンジンが掛かっている後部で立ち話をしていて皆が待っているのに気が付くと布美子が慌ててドアを開けた。
1人取り残された恰好の和之が、走り去っていく車をいつまでも見送っている姿が皆の目に印象的に映った。
人吉のメイン通りを光雄が運転して博多へ向っている。
ホテルには午後6時ぐらいに到着できるように見当をつけて途中、熊本城と水前寺公園に寄っていくことにした。
車中では、もっぱら和之の話題に時間が費やされた。
「和ちゃんがよく車を使っていいと言ってくれたよな」
光雄が今更ながらに有り難い気持ちと感謝の年を込めて言った。
「いいのよ、どうせ和之さんは自家用車には滅多に乗らないんだから。タクシーを運転しているでしょ、だから乗務中の暇な時に私用を済ませているの」
布美子は自分が専用に使っていて当然というような言いぐさをした。
「布美ちゃんは幸せだよう、あんなに優しい人はいないもの」
多喜枝がそう言ってから「うちの爺ちゃんも優しいのよ。ネ!」と弘の顔を見て、さも可笑しそうに笑った。
「ついでに言うなよ、いかにも嘘っぽく聞こえるなあ。それにしても布美ちゃんはいい旦那さんと結婚できたんだから幸せだよ。さすが和ちゃんから熱いプロポーズを受けただけのことはあるよな」
和之と布美子が若い時の出逢いから結ばれるまでのエピソードを思い出しながら弘が言った。 (続)
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