分類・文
小説 辿り着いた道 箱 崎 昭
トキ子が病気で寝込んでいるにしても、息子に面会をさせてもらった人は誰一人としていないというのは不自然で、そこには何かの事情があるに違いないという憶測があったからだ。
これが行政の福祉担当課の耳に届いて黙認する訳にもいかず、真偽の程は定かではないにしても訪問調査の必要ありと判断して、地域の民生委員と共に泰治を訪ねた。
泰治が玄関を開けると担当課員が物腰柔らかに、トキ子の安否と生活状況について質問した。
「母は生家の長野県に行って実妹の世話を受けているのでここには居ません」
泰治の素っ気ない受け応えにそれ以上の情報を得る術もなく、現在トキ子は泰治と同居していないという判断をしたから、家の中に入ってこられるのは回避できた。
泰治は他人に部屋へ入られるのを最も嫌う。父親を亡くしてからずっと長い間、母子で暮らしてきた根城を簡単に踏み入れさせることに大きな抵抗がある。
母親であるために自分のような者でもずっと面倒をみてくれていた場所を誰にも邪魔をされずに、いつまでも母子の聖域にしておきたいからだった。
(九)
泰治は惰性的で全く夢のない生活に悲壮感を抱いていた。
いつまでも勝手な生き方をしていてもそこには限界というものが生じ、今の状態は長続きする筈がないから泰治は常に得体の知れない何かが自分の身に深く静かに、そして確実に忍び寄ってくる恐怖に怯えた。
既に観念はしているものの、いつどんな時にその瞬間を迎えるのか不安でいたが、泰治の身辺に刻々と迫ってきている結末は容易に予感できた。
泰治が現況から少しでも逃れようとする方法としては最早、酒に頼るだけだった。 酒は若い時から缶ビールの1つぐらいは飲んでいたが、今ではアルコール依存症とも思えるほど酒量が多くなってしまった。
あとは自分の人生に終止符を打つ最たるものに、自殺という手段もあるがその勇気はない。ただ悶々とした心況の中で酒に逃げ場を求める以外は何もなかった。
勇気とは、ものに恐れない気概のことを云うから泰治が自ら命を絶つというのは到底無理だ。それだけの気概を持ち合わせているならば、これまでの生き方に幾らでも積極的な行動がとれた筈だからだ。
“社会に馴染めず、親の手挃足枷(てかせあしかせ)となって60代半ばを過ぎても無気力でいられるのは何という体たらく振りなのか”それは他人に言われるまでもなく、泰治が身を以って感じていることだ。
自分であって自分でない―。何かをしようと思っても行動が伴わない―。泰治に纏わり付いているこの悪循環が呪縛となって全てをそうさせてきた。
泰治には余りにも辛くて悲しい運命(さだめ)となってしまった。 (続)
小説 辿り着いた道 箱 崎 昭
トキ子が病気で寝込んでいるにしても、息子に面会をさせてもらった人は誰一人としていないというのは不自然で、そこには何かの事情があるに違いないという憶測があったからだ。
これが行政の福祉担当課の耳に届いて黙認する訳にもいかず、真偽の程は定かではないにしても訪問調査の必要ありと判断して、地域の民生委員と共に泰治を訪ねた。
泰治が玄関を開けると担当課員が物腰柔らかに、トキ子の安否と生活状況について質問した。
「母は生家の長野県に行って実妹の世話を受けているのでここには居ません」
泰治の素っ気ない受け応えにそれ以上の情報を得る術もなく、現在トキ子は泰治と同居していないという判断をしたから、家の中に入ってこられるのは回避できた。
泰治は他人に部屋へ入られるのを最も嫌う。父親を亡くしてからずっと長い間、母子で暮らしてきた根城を簡単に踏み入れさせることに大きな抵抗がある。
母親であるために自分のような者でもずっと面倒をみてくれていた場所を誰にも邪魔をされずに、いつまでも母子の聖域にしておきたいからだった。
(九)
泰治は惰性的で全く夢のない生活に悲壮感を抱いていた。
いつまでも勝手な生き方をしていてもそこには限界というものが生じ、今の状態は長続きする筈がないから泰治は常に得体の知れない何かが自分の身に深く静かに、そして確実に忍び寄ってくる恐怖に怯えた。
既に観念はしているものの、いつどんな時にその瞬間を迎えるのか不安でいたが、泰治の身辺に刻々と迫ってきている結末は容易に予感できた。
泰治が現況から少しでも逃れようとする方法としては最早、酒に頼るだけだった。 酒は若い時から缶ビールの1つぐらいは飲んでいたが、今ではアルコール依存症とも思えるほど酒量が多くなってしまった。
あとは自分の人生に終止符を打つ最たるものに、自殺という手段もあるがその勇気はない。ただ悶々とした心況の中で酒に逃げ場を求める以外は何もなかった。
勇気とは、ものに恐れない気概のことを云うから泰治が自ら命を絶つというのは到底無理だ。それだけの気概を持ち合わせているならば、これまでの生き方に幾らでも積極的な行動がとれた筈だからだ。
“社会に馴染めず、親の手挃足枷(てかせあしかせ)となって60代半ばを過ぎても無気力でいられるのは何という体たらく振りなのか”それは他人に言われるまでもなく、泰治が身を以って感じていることだ。
自分であって自分でない―。何かをしようと思っても行動が伴わない―。泰治に纏わり付いているこの悪循環が呪縛となって全てをそうさせてきた。
泰治には余りにも辛くて悲しい運命(さだめ)となってしまった。 (続)
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