傾斜がきつくなり、坂を上り切ったところに三沢随道がある。
採炭場の坑道にも似た随道は双方の地域を繋ぐ重要な役割を果たしているが、随道内は照明がなく荒く削られた天井からは穴の空いた薬缶のように水が滴り落ちている。
ポタポタと止め処なく落ちてくる雫によって水溜りができ、泥濘の道は搗きたての餅のように足にへばり付いて歩行を困難にした。
出口から差し込んでくる唯一の淡い明かりを頼りに、覚束ない足元を気にしながらゆっくりと進んだ。
随道を通り抜けると左側にバラック建ての華奢な家が四、五軒ほど寄り添うようにして建っている。
山の斜面に危なっかしく張り付いているような家は、おそらく流浪の炭砿夫が勝手に建てて居座っている場所なのだろうと思われる。
このバラック小屋を最後に暫らくの間は人家が無くなり道幅も極端に狭くなって山と山が二人を圧迫するかのように身近に迫ってきていた。
土砂道の両端にリヤカーのタイヤ痕があり、その凹みが人家のある方へ案内しているように思えた。
薄暮の陽射しは弱々しそうに山の中腹を照らしているが、どこからか山鳩が日暮れの早いことを知らせて啼いている。
「随分遠いんだな、おらあ足が痛くなってきたよ」
和起が眉間に皺を寄せて訴えた。
キクは和起の顔を見ながらウン、ウンという仕種をして頷いた。
「だから婆ちゃんが駅に着いた時に、最初に頑張って歩くべなと言ったっぺ。頑張れえ」と元気付けて笑ってみせた。
和起は本当に足が痛くなっていたしキクもそれは充分に承知していた。
「もう少し歩くと農家がポツンポツンと見えてくっから、そうしたら着いたも同然だ。暗くなんねえ内に行けるようにすっぺな」
米田まで来ると確かに農家が散在し、田圃も一段と広がりを見せてきた。目的の走熊に近いことを知らせているようなものだ。
和起は道端にしゃがみ込んでしまいたい心境だったがキクが「もう少しだ」というので我慢して歩いていた。
「和起、見えてきたぞ。あそこが婆ちゃんたちが住む所だ」
キクが大きな声を張り上げて前方に見えてきた小高い山の上を指差して言った。
二人は山峡の道を辿り歩いてやっと総福寺を目前にした。
寺は全体が雑木林に覆われて裏山からは見えなかったが、落葉樹の隙間から僅かに数基の墓石を確認することができた。
三和橋を渡って右方向に曲がって、半周するように進むと中腹に鹿島村役場があり、その下の道を百メートルほど先へ行ったところに寺へ上る階段があった。
切り通しに出来た階段は粒子の粗い大谷石で、どの石も湿気を含んで隅々には青苔を蓄えていた。
両側の法面が熊笹で隙間なく覆われている。
境内に上るまでに幾つも泥土の踊り場があって、踊り場ごとに出来て間もない複数の足跡が境内に向かって付いている。
既にの人たちが集まり二人を待ってくれているのが推察できた。
高い石段を上り切ると境内に入るが、その入り口には松福院総福寺と刻まれた白御影の石柱が彫りを深くして、二人を見つめているようだった。《続く》
採炭場の坑道にも似た随道は双方の地域を繋ぐ重要な役割を果たしているが、随道内は照明がなく荒く削られた天井からは穴の空いた薬缶のように水が滴り落ちている。
ポタポタと止め処なく落ちてくる雫によって水溜りができ、泥濘の道は搗きたての餅のように足にへばり付いて歩行を困難にした。
出口から差し込んでくる唯一の淡い明かりを頼りに、覚束ない足元を気にしながらゆっくりと進んだ。
随道を通り抜けると左側にバラック建ての華奢な家が四、五軒ほど寄り添うようにして建っている。
山の斜面に危なっかしく張り付いているような家は、おそらく流浪の炭砿夫が勝手に建てて居座っている場所なのだろうと思われる。
このバラック小屋を最後に暫らくの間は人家が無くなり道幅も極端に狭くなって山と山が二人を圧迫するかのように身近に迫ってきていた。
土砂道の両端にリヤカーのタイヤ痕があり、その凹みが人家のある方へ案内しているように思えた。
薄暮の陽射しは弱々しそうに山の中腹を照らしているが、どこからか山鳩が日暮れの早いことを知らせて啼いている。
「随分遠いんだな、おらあ足が痛くなってきたよ」
和起が眉間に皺を寄せて訴えた。
キクは和起の顔を見ながらウン、ウンという仕種をして頷いた。
「だから婆ちゃんが駅に着いた時に、最初に頑張って歩くべなと言ったっぺ。頑張れえ」と元気付けて笑ってみせた。
和起は本当に足が痛くなっていたしキクもそれは充分に承知していた。
「もう少し歩くと農家がポツンポツンと見えてくっから、そうしたら着いたも同然だ。暗くなんねえ内に行けるようにすっぺな」
米田まで来ると確かに農家が散在し、田圃も一段と広がりを見せてきた。目的の走熊に近いことを知らせているようなものだ。
和起は道端にしゃがみ込んでしまいたい心境だったがキクが「もう少しだ」というので我慢して歩いていた。
「和起、見えてきたぞ。あそこが婆ちゃんたちが住む所だ」
キクが大きな声を張り上げて前方に見えてきた小高い山の上を指差して言った。
二人は山峡の道を辿り歩いてやっと総福寺を目前にした。
寺は全体が雑木林に覆われて裏山からは見えなかったが、落葉樹の隙間から僅かに数基の墓石を確認することができた。
三和橋を渡って右方向に曲がって、半周するように進むと中腹に鹿島村役場があり、その下の道を百メートルほど先へ行ったところに寺へ上る階段があった。
切り通しに出来た階段は粒子の粗い大谷石で、どの石も湿気を含んで隅々には青苔を蓄えていた。
両側の法面が熊笹で隙間なく覆われている。
境内に上るまでに幾つも泥土の踊り場があって、踊り場ごとに出来て間もない複数の足跡が境内に向かって付いている。
既にの人たちが集まり二人を待ってくれているのが推察できた。
高い石段を上り切ると境内に入るが、その入り口には松福院総福寺と刻まれた白御影の石柱が彫りを深くして、二人を見つめているようだった。《続く》
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