■Here's Ray Bryant (Pablo)
モダンジャズの4ビートが全盛だったの、おそらく1950年代だったでしょうが、実は一番に待望され、もてはやされたのは1970年代後半だったように思います。
何故ならば当時はフュージョンが大ブームで、ジャズ喫茶といえども16ビートやチャカポコリズムを鳴らさなければ、営業が成り立たない状況でした。もちろんお客さんも、そういうホイホイミュージックが好きだったわけですが、しかし同時に時たま入荷する本物の4ビート作品には、その内容以上の期待と評価をしていた実態がありました。
ですから、はっきり言えば4ビートをやっているだけの事なかれ主義に満ちた保守的な演奏集でさえ、それが名盤や人気盤となる可能性が大きかった時代の中で、確かな本物こそが求められる厳しさもあったという、ちょいとした矛盾も……。
例えば、本日ご紹介の1枚は、その最たるものでしょう。
主役のレイ・ブライアントはご存じ、ハードバップ全盛期の1950年代から優れたリーダー作品やキラリと光るサポートの名演を数多く残し、さらに1960年代に入ってからは、所謂ソウルジャズ系のヒット盤も売りまくった実績のある人気ピアニストながら、ジャズ者が常に求めるのは持ち前のブルージーなフィーリングに満ちた、黒光りするような正統派モダンジャズでした。
それは1972年に残されたソロピアノのライプ盤「アローン・アット・モントゥルー(Atlantic)」がジャズ喫茶の人気盤となり、またモダンジャズの定番アルバムと成り得た現実が証明しているわけですが、そこから幾分のブランクがあって世に出たこのLPこそが、待望久しいピアノトリオ作品なっていたのは、それだけで実に嬉しい出来事でした。
録音は1976年1月10&12日、メンバーはレイ・ブライアント(p)、ジョージ・デュヴィヴィエ(b)、グラディ・テイト(ds) という、なかなか味わい深い実力者が揃っています。
A-1 Girl Talk
ジャズファンにはお馴染みという和みのメロディが、レイ・ブライアントならではのピアノタッチで、それこそ何気なく無伴奏で流れてくる瞬間こそが至福の喜び♪♪~♪ 実際、フュージョンビートに満たされていた当時のジャズ喫茶で、これが鳴り始める時のホッとした瞬間の心地良さは、今でも忘れられない記憶になっています。
そして演奏はベースドラムスを呼び込んで、まさにグルーヴィに展開されるという王道の楽しみが横溢するんですが、殊更時代を意識する事の無い自然体が、本当に良い感じですねぇ~♪
A-2 Good Morning Heartache
これまた歌物スタンダードとして人気のメロディとあって、レイ・ブライアントが十八番の粋なフェイクが堪能出来る仕上がりです。それはスローなテンポに決して流されないテンションの高さを貫ける、あの強いピアノタッチとブルージーなフィーリングのバランスの良さでしょう。
そしてトリオによる演奏は徐々にグルーヴィなノリを醸し出し、終盤になって、再びナチュラルに哀切の世界に収斂していくという流れは、まさに味わい深いと思います。
A-3 Manteca
駆け出し時代のボスだってディジー・ガレスピーが作ったラテンジャズの名曲ですから、同じフィーリングを共有するレイ・ブライアントには得意技を完全披露出来る演目なのでしょう。ガッツ~ンとやってしまう左手のコードワークと歯切れの良い右手のメロディラインは、絶品のコンビネーションが冴えまくり! 本当に痛快です。
また相当にアグレッシヴなジョージ・デュヴィヴィエのペースはアドリブも強烈至極ですし、グラディ・テイトのドラミングもツボを外さない流石のワザを存分に披露しています。
A-4 When Sunny Gets Blue
そしてA面ラストに配置されたのが、このブルーなムードが満点という歌物なんですから、本当にこのアルバムの選曲は、たまりません♪♪~♪ もちろんレイ・ブライアントのピアノは、スタートからの無伴奏ソロで十八番のフェイクの上手さを納得するまで聞かせてくれますよ。
う~ん、両手を充分に使った繊細で豪胆なプレイは、本当に素晴らしい!
ですから、ベースとドラムスが加わってからのパートも、同じムードでの歌心が横溢し、見事な大団円に導くという流れも、決してマンネリでは無い真剣さがリアルてす。
B-1 Hold Back Mon
レイ・ブライアントが書いた楽しいオリジナル曲で、それはゴスペルメロディでありながら、バックのリズムはボサロックという快楽主義が琴線に触れまくり♪♪~♪ そして当然ながらトリオは軽いタッチで演奏を進行させていきます。
しかし、そんな中でもジョージ・デュヴィヴィエのペースが相当にガチンコなアドリブを演じてしまうのは、正統派モダンジャズが、まだまだ健在という証でしょうねぇ~。そんな事をリアルタイムで思っていたサイケおやじは、今でも頑固な気持で聴いてしまいます。
B-2 Li'l Darlin'
A面ド頭の「Girl Talk」と同じく、ニール・へフティが書いた和みのメロディはジャズ者が大好きな世界でしょう。何んと言ってもカウント。ベイシー楽団の超スローテンポのバージョンが一番有名ですよねぇ~♪
それをレイ・ブライアントが、どのように聴かせてくれるのか?
そこに興味が深々というファンの気持を裏切らないグルーヴィな仕上がりはニクイばかりです。特にハキハキとしたピアノタッチで粘っこくスイングしていくアドリブパートの気持良さは、なかなか絶品! 同時に淡々としたベースとドラムスの存在が逆に強く感じられるのは、モダンジャズの面白さのひとつじゃないでしょうか。
B-3 Cold Turkey
レイ・ブライアントのオリジナルヒット曲のひとつで、軽快なブルースプレイが、ここでも楽しめますが、アップテンポの流れの中で特に気負う事の無いトリオの姿勢は、ベテランの域に入ったミュージシャンだけが醸し出せる味わいかもしれません。
しかし、それをマンネリと感じるか否かは、時代との折り合いもありますが、レイ・ブライアントが長年貫いてきた激しくも楽しいジャズの本質に触れることで、自ずと答えがでるんじゃないでしょうか。
とにかく軽快にスイングし、気持良いほどキメまくりの構成に抜かりはありません。
B-4 Prayer song
さて、オーラスはゴスペル風味の哀愁が滲み出た、これぞっ、レイ・ブライアントというオリジナル曲♪♪~♪ 覚え易いメロディと弾みの強いリズムのコンビネーションがアドリブパートに入ると、ますますイキイキしていく展開が楽し過ぎます♪♪~♪
う~ん、ファンキ~♪
本当にウキウキされられます♪♪~♪
ということで、選曲が良く、もちろん演奏もきっちり纏まった、実にピアノトリオの人気盤の条件を満たしたアルバムだと思います。
しかし同時代には先進性が無いとか、マンネリじゃないの? そんな云々が陰口のように広まっていたのも否定出来ません。ただ、それはこのアルバムがあまりにもウケが良かった事に対するヤキモチだったかもしれないんですよねぇ~。
ご存じのようにレイ・ブライアントは以降、同傾向のピアノトリオ盤やソロピアノ盤を出し続け、いよいよ本格的な人気ピアニストになるのですが、1960年代には誰よりも商業主義に傾いた演奏をやっていたレイ・ブライアントが、その発展した流れが満開となったフュージョン全盛期に正統派モダンジャズの4ビート作品を出し、それで再びブレイクした事実を忘れてはならないでしょう。
変わり身の早さといってはミもフタもありませんが、それも時代に対し先見性が強かったレイ・ブライアントの才能の成せる結果であり、このアルバムのヒットが見事に証明しているとしか言えません。