OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

酒井和歌子の青春ムード歌謡

2020-02-05 20:03:45 | 歌謡曲

大都会の恋人たち / 酒井和歌子&江夏圭介 (日本コロムビア)

我が国の映画演劇界において、清純派の代表格のひとりが東宝の看板女優だった酒井和歌子でしょう。

正式な手ビューの時期は勉強不足で知っていませんが、サイケおやじの記憶では昭和40(1965)年頃から夥しい映画やテレビドラマ等々に出演し、爽やかな女子高生とか健気なOL、あるいは気紛れなお嬢様や高嶺の花の美女……等々、それが典型的な役柄と認められる活躍を経て、昭和50年代に入ってからには、それなりの悪女も演じてくれたのですから、なかなかファン層も広いんじゃないでしょうか。

しかし、そこまで人気を得ていた彼女ですから、当然ながら歌手デビューはあったはずが、特段の大ヒットを放っていないという現実……。

もちろんレコードが売れていたという事も無かったのでしょう、情報では3~4枚は出しているはずのシングル盤にしても、なかなか良い出会いは稀かもしれません。

少なくとも、サイケおやじにとっては、彼女の初レコーディングとされる掲載のシングル盤を先日ゲットしたのが初体験(?)と申しましょうか、嬉しくも気恥ずかしい気分で針を落とした次第です。

で、それは掲載のジャケ写からも一目瞭然、江夏圭介と名乗る好青年歌手とのデュエットであり、決して酒井和歌子の歌手デビュー作としては、単独ソロ名義では無いというのが、なかなか意味深……?

それは作詞:万里村ゆき子&作曲:戸塚三博が提供のA面曲「大都会の恋人たち」において、イントロに続けて入る会話、

   「たのしいかい」
   「とっても」
   「歩こうか」
   「歩きたい」

が、イイ雰囲気で、絶妙のツカミになっているんですねぇ~~~♪

しかし、肝心の曲調がムード歌謡と青春歌謡の中途半端な折衷というのは、個人的には完全に肩透かしで、実は発売されたのが昭和43(1968)年春という状況から、サイケおやじとしてはエレキ歌謡のデュエット曲を予想&期待していたもんですから……。

まあ、そりゃ~~、当時は「エレキは不良」という間違った常識が大人の世界から押し付けられていましたから、清純派の看板スタアである酒井和歌子を不良のイメージで染めるわけにはいかず……、って事でしょか。

でもねぇ……、時代は既に昭和41(1966)年に同じ映画スタアのデュエット曲として山内賢と和泉雅子が歌ったベンチャーズ歌謡「二人の銀座」が大ヒットのロングセラーになっていましたし、エレキブームからの自然な流れで発展したグループサウンズが社会現象の真っ只中という中にあっては、如何にも旧態依然としか思えないのが、この「大都会の恋人たち」という印象です。

それでも、相方を演じた江夏圭介の声質は本当に歌謡曲がドンズバのソフト系で、だからこそムード歌謡路線に進められたというのであれば、それはそれで成功しているのかもしれません。

ただし、当時も今も、江夏圭介という歌手について、サイケおやじは全く知るところが無く、この「大都会の恋人たち」にしても、酒井和歌子と一緒に歌っている姿にさえ接した事がありません。

う~ん、このふたり、一緒に実演のステージやテレビ出演とか、していたんでしょうか……?

その意味で、B面収録の「雨をうけたら」が江夏圭介のソロレコーディングになっているのは当然、と云えばミもフタも無いわけで、本日はソッしておきたいと思います。

ということで、同時期に東宝のスタア女優だった内藤洋子はデビュー曲「白馬のルンナ」を、それが後年の再発見・再評価という廃盤ブームのおかげもあっての永遠のアイドルソングにしている実績に比べ、酒井和歌子の歌は、ど~にも立場が芳しくありません。

正直、決してあるとは言い難い歌唱力ではありますが、それなりに丁寧に歌っていると思いますし、サイケおやじとしてはボチボチと猟盤の対象にしたく、決意を固める時期が来た予感がするのでした。

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