OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

ザ・ムーヴは大人の味か?

2010-06-03 16:35:18 | Rock

Fire Brigade / The Move (Regal Zonophone / 日本グラモフォン)

1970年代に一世を風靡したエレクトリック・ライト・オーケストラ=ELOの前身バンドがザ・ムーヴだったという事実は、今や洋楽の歴史に刻まれていると思います。

ですから、その意味でしか有名ではなく、それゆえに人気も高まったのが真相かもしれません。

つまり後追いで聴くと、非常に面白いバンドだったんでねぇ。

しかしサイケおやじは、どういうわけか中学生の頃に掲載したシングル盤を買っていました。振り返れば、小遣いが本当に乏しかった当時、なんでこんなレコードにお金を払ってしまったのか、その昭和43(1968)年当時は後悔した気分しかなかったのが本当のところです。

所謂、気の迷い……。はたまた好奇心……。あるいは……。

そんな思いしか、今でも浮かんでこないのですから、その頃は尚更に深刻なバチアタリをやっていたというわけです。

それでも流行のサイケデリックロック王道の道筋はきっちり守られていますからねぇ……。

こうして時が流れました。

昭和48(1973)年になって突如、洋楽ラジオ番組を中心にヒットしたELOの「Roll Over Beethoven (Harvest)」は、R&Rの古典とクラシック音楽の美しき融合として大いにウケまくり、ELOがブレイクのきっかげとなったのはご存じのとおりです。

そして以降、アルバムを発表する度に充実していく魔法にようなポップスワールドには、サイケデリック期のビートルズとプログレ、さらにはハリウッドポップスのエッセンがたっぷりと塗された豪華絢爛な桃源郷♪♪~♪

ですから一般的な洋楽ファンはもちろんのこと、年季の入ったロックマニアや業界筋にも熱心な信奉者が続々と名乗りをあげ、その過程でザ・ムーヴが我国でも注目されるようになったのです。

そしてサイケおやじの立場としては、もちろんELOが大好きだったこともありますが、まさかそこでザ・ムーヴの名前が出るとは夢にも思っておらず、そういえば昔、シングル盤を買って後悔したよなぁ……、なんていう些か甘酸っぱいような思いが去来したというわけです。

さて、肝心のザ・ムーヴはロイ・ウッド(g,key,vo,etc)、カール・ウェイン(vo)、トレヴァー・バートン(g)、エイス・ケフォード(b)、ベヴ・ベヴァン(ds) の5人組として、1966年にデビューしています。

その頃は驚くなかれ、ザ・フーのような暴れまくったステージライプがウリだったそうですが、デビューシングルの「Night Of Fear」や続く「I Can Hear The Gras Grow」の連続ヒットを放つ頃には、ビートルズやアメリカ西海岸系のサイケデリックロックを自分達の流儀でポップに再構築するという、実に秀逸な手法を展開するようになり、その中心人物がロイ・ウッドでした。

その履歴には幼い頃からクラシック音楽を学び、チェロやバイオリン、そしてピアノを習得していたという基盤に加え、当然ながら少年期にはR&Rの洗礼を受けています。

そして幾つかのプロのバンドを渡り歩く過程ではビートルズとの邂逅がありましたから、ザ・ムーヴとして公式デビューした頃には、当然ながらサイケデリックロックの最先端であった世界最高の4人組に強く影響されるのも必然でした。

そこで本日掲載の1枚なんですが、これはザ・ムーヴが1968年に発売した5枚目のシングル盤で、イギリスではトップテンヒットになるほどウケまくったらしいのですが、我国はどうだったんでしょう……?

今となっては私自身にどうにも記憶がなく、当時のメモを読み返してみても、なんでこんなレコードを買ったのか、その真意も記述が見当たりません。

ただ冒頭からの火事場のサイレンと半鐘の効果音に続くアップテンポのポップなメロディライン、骨太なリズムや弾むビート、そして分厚いサウンドプロダクトが、今となってはフィルスペクター直系の音作りと知れますが、そこには濃厚にビートルズの味わいが楽しめるのも、また事実です。

もちろん現在の私は、この曲が大好きなんですねぇ~♪

おそらくは当時も、そんなところに惹かれたんじゃないでしょうか?

なんて自問自答するばかりなんですが……。

しかしそこには当時のもうひとつの流行であった、長くて強烈なギターソロも無く、またドロドロしたミステリアスな味わいもありませんから、つまりは分かり易いところに若かった自分は反発したのかもしれません。

当然ながら我国ではヒットしていませんし、ザ・ムーヴというバンドそのものが以降、メンパーチェンジを頻繁に繰り返し、その途中からELOでのもうひとりの立役者となるジェフ・リンが加わってきたというわけです。

今日ではELO=ジェフ・リンのバンドというイメージが一般的でしょうが、実はその根本にあるのはロイ・ウッドという、実にマニアックなポップス&サイケデリックの鬼才だと強く思っています。そしてジェフ・リンという共通認識の仲間と出会ったことにより、ザ・ムーヴがELOへと進化発展し、ブレイクした途端に中心人物のロイ・ウッドが抜けてしまったという経緯も意味深でしょう。

極言すればロイ・ウッドはELOの中の「毒」であり、それを失ったELOはひたすらにポップスの王道を歩み始めたんじゃないでしょうか。

そう思えば、ザ・ムーヴが何故に我国でウケなかったのかという推察も容易で、あくまでも個人的な独断と偏見ではありますが、分かり易いポップスの中に強烈な「毒」が仕込まれているのが、ザ・ムーヴ特有の個性だったのかもしれません。

そんな深遠なフィーリングは、とても中学生には感じられるはずもありませんよねぇ……。

ですから二十代になった私がELOやザ・ムーヴ関連の音源を集中的に楽しむようになったのも、ちゃ~んと理由があったというわけです。

例えば苦いビールや銀杏の奥深い味わいは、子供よりは大人の楽しみ♪♪~♪

ザ・ムーヴも、きっとそういうものなのかもしれません。

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