OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

今こそ必要なのは……

2011-06-04 15:34:37 | 歌謡曲

チョット・マッテ・クダサイ / ゴールデン・ハーフ (東芝)

ここ数日の永田町のゴタゴタ笑止劇は、ついに暴露合戦!?

なんとっ!? 現職総理が仲間からペテン師扱いされるという、もはや収拾不能の家庭内離婚の様なテイタラク……。

さらに仲間外れにされた実力派リーダーが不貞腐れ……。

分かってはいたつもりですが、それにしても、これが国難に直面した指導者達の我欲の姿か……。そんな呆れと情けなさを、あらためて思い知らされたのはサイケおやじだけではないでしょう。

だいたい、ペテン師と言われる方も自業自得かもしれませんが、言う方もどうかしていますよ。

おいおい、それはちょっと……。

そんな気分の中で、思わず口ずさんでしまったのが、本日のシングル曲でした。

歌っているゴールデン・ハーフは昭和を代表するセクシー系アイドルグループとして、まさに一世を風靡しましたが、それはお色気優先の「きわどい衣装」や「露出度の高い演技」等々と同じ比重で、所謂「オトボケ」や「トホホのギャグ」も満遍なくやれる「芸能」を持ち併せていたからでしょう。

また、さらに魅力的だったのが、自然体に歌って踊れるガールグループとしての存在感の強さです。

ちなみに全盛期のメンバーの中では、小林ユミ、高村ルナ、マリア・エリザベスの3人がフジテレビの人気番組だった「ビートポップス」のゴーゴーガール出身であり、グループの中では一番に芸達者だったエヴァ・マリーは、実はモデルが本業だったというキャリアが上手い方向へと作用したのかもしれません。

つまり彼女達は芸能界が何であるか、ハーフである自分達が何を求められているかを認識していたと思います。

お叱りを覚悟で書かせていただければ、ゴールデン・ハーフが正式にデビューした昭和44(1969)年頃は、未だ我国では「混血」が侮蔑の対象でありながら、逆に土着の日本人から見ても、その独得のカッコ良さやセックスアピールの危険度は、絶対に叶わないものでした。

まあ、そういう嫉妬心が「侮蔑」することによって逆に強まっていたのは、確かです。

で、そんな時代に登場した彼女達は、あえてグループ名に「ハーフ」を使うことにより、とても上手く「混血」という生まれつきの環境を活かせたんじゃないでしょうか。

そして実際、「混血」よりは「ハーフ」という言葉が広く使われるようになったのも、彼女達が登場してからだと思います。

しかもゴールデン・ハーフの人気の秘密の一端として、彼女達はセクシーではありますが、テレビのバラエティ番組でのお茶の間への馴染み方にイヤミがありませんでした。

さて、そこでようやく本日の1枚ですが、おそらくは昭和46(1971)年末に発売された通算5枚のシングルとして、A面の「チョット・マッテ・クダサイ」が出色の仕上がり♪♪~♪

ご存じのようにゴールデン・ハーフの持ち歌は圧倒的に洋楽のカパーが多く、しかも特有の日本語詩が付けられた所謂和製ポップスだったんですが、この「チョット・マッテ・クダサイ」のオリジナルはサム・カプーという、あまり冴えない中年男性歌手が同年にアメリカでヒットさせたハワイアンポップスで、「chotto matte kudasai」という日本語を上手くキーポイントに使い、他にも「sayonara」とか「sakura」という外人も知っている言葉も聞かれるという、実にホンワカムードの大名曲ですから、彼女達のパージョンも幾分たどたどしい言葉使いを逆利用した確信犯!?

しかもオリジナルのメロディやアレンジをソフトロック的な味わいへと上手く導いた川口真の編曲が、これまた秀逸の極みですし、香取治の新作詞もジャストミートしていますよ。

また当然ながら、超ミニスカのパンツ見せジャケットにも大いなる魅力があって、現代のエロカッコイイなんていう戯言フェイクなんか、ちゃんちゃら可笑しい、それこそペテン師!

と、思わず熱くさせれしまうのが、ゴールデン・ハーフにシビれた世代の本音でしょう。

思えば彼女達が大活躍していた頃の日本は本当に元気があって、どんな苦しい出来事にも本気で頑張ろうという空気が確かにありました。それを今こそ、もう一度、取り戻す事が求められているんじゃないでしょうか。

う~ん、するとゴールデン・ハーフのような存在が必要!?

そういえば最近、韓国からルックスもセクシー中心主義のガールグループが幾つか、来日してくれますが、結局はそういう事なんでしょうかねぇ。

ということで、最後は文字通り、支離滅裂な本日の文章ですが、どうか大サービスのジャケ写に免じて、ご容赦下さいませ。

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6 コメント

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「政治家はうそをついてはいけない」 (マジック・エム)
2011-06-04 17:57:12
サイケおやじ様、おひさでございます。
鳩ポッポのボンボンは一年程前に辞職すると言っていましたね。
まだ議員をつづけているようですが…どの口が「政治家はうそをついてはいけない」と言うのでしょう?笑わせていただきましたワ アホラシ( ̄‥ ̄)

サイケおやじ様の情報よりゴールデンハーフ出演の映画は全て観ましたヨ~♪
ライバル?のシュークリームも好きでしたネ(*^^*)
その昔、スター誕生で欽ちゃんとのコント(記憶曖昧)でメンバーの一人が転倒した際、
パンツが丸見えになった場面を今だに目に焼き付いております(多分クーコ記憶曖昧)(。・・。)
しかし、幾つになってもパンツは好きやな~♪
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混血 (トモアキーニ)
2011-06-04 19:19:25
G.Hはドリフの「全員集合」にも出演していませんでした?
そのG.H解散後、エヴァはどこかの工場で働いているという週刊誌の広告を見た記憶がありますが、真相は知りません。

また混血という言葉で思い出すのが、昭和45年前後、女性週刊誌に連載されていた「混血児リカ」という、凡天太郎さんによる漫画(劇画?)です。
凡天氏は彫師でもあったようですね。
この作品は後に映画化されたと思いますが、誰がリカを演じたのか、さっぱり覚えていません。
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ゥワタシ エヴァ デス.... (鮫吉)
2011-06-05 00:35:40
こんばんは。
僕が物心着くか着かないかといった頃(70年代の始め)に見たバラエティ番組で、綺麗なのにコントを演ってるタレントが、件のG.H.にいたエヴァでした。
そう云えば、現在の千葉県知事のあのお方が「ゅヨシカ~君」とよく言ってたあのドラマに、ゲストでG.H.が出てる回が確かありました。
皆さん今どうしてるんでしょうねぇ。
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パンツの記憶 (サイケおやじ)
2011-06-05 15:43:42
☆マジック・エム様
コメント、ありがとうございます。

まあ、そのあたりが、おぼっちゃまの本領発揮ということでしょうね(笑)。

そして感受性の強い時代に焼き付けられたパンツの残像こそ、今を生きているエネルギーになっているんじゃないでしょうか。
個人的にはキイハンターの某エピソードで接した野際陽子の大開脚パンツ見せが、未だに忘れられません(笑)。
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混血児リカ (サイケおやじ)
2011-06-05 15:54:10
☆トモアキーニ様
コメント、ありがとうございます。

ゴールデンハーフは確かにドリフターズのテレビ番組から誕生した経緯があります。そして最初は6人組がレコードデビューする時に5人になり、全盛期が掲載した4人組で、解散前には3人となりましたが、人気は落ちませんでしたね。

さて、「混血児リカ」ですが、主演は青木リカでした。諸事情から現在の我が国ではソフト化は無理でしょうが、実は海外盤DVDが全シリーズ3本、出ています。
ちなみにサイケおやじは、某国製のブートDVDで持っていますが、買い直しを検討中でした。
う~ん、買うしかない決断でしょうか(笑)。
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メンバーそれぞれ (サイケおやじ)
2011-06-05 16:06:17
☆鮫吉様
コメント、ありがとうございます。

ゴールデンハーフは親しみやすさがありましたね、確かに。当時の日本男児からすれば、憧れの西洋系美女でありながら、所謂「敷居の高さ」が無いのも魅力のひとつだったと思います。

メンバーのそれぞれについては、エヴァは芸能界を去った後に製本工場で働いていたとか報道されましたが、今は居酒屋をやっているらしいですよ。
マリアは森マリアと改名して、ドラマで活躍していましたが、一番に仰天させられのは高村ルナのロマンポルノ出演で、これが驚異の大ヒット! しかし彼女は引退後、結婚してハワイで暮らしていましたが、病で急逝したのも記憶に新しいところでしょう。
またリーダー格だったユミは逸早く引退し、風の便りでは結婚したと言われています。

ゴールデンハーフには、今でも心がときめいてしまいますね(微笑)。
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