OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

カッコイイぜっ! 六代目!

2022-08-05 18:01:26 | 歌謡曲

聞いておくれ僕の願い / 市川染五郎 (東芝)

昭和40(1965)年に大爆発した我が国のエレキブームは、正に社会現象でしたから、各方面への絶大な影響は計り知れず、その反動によって「エレキは不良」という間違った社会常識を無理やりに押し通そうとした香りの高い連中にとって、そのベクトルを逆手に取られていたのが家柄の良いお坊ちゃん連中の行動でありました。

つまり、エレキが不良ならば、良家の子女はエレキを弾いたり、聴いたり、さらにはそれで踊っているはずがない!?

という矛盾した理論に自縄自縛……!?

例えば加山雄三が主演映画「エレキの若大将(東宝)」をメガヒットさせたのは痛烈な社会批判と云えるかもしれまず、同時期にエレキやロックにシビレている本音を公言した六代目市川染五郎(現・二代目松本白鸚)は説明不要、歌舞伎の名門・高麗屋の御曹司ですから、その衝撃度は絶大だったんじゃ~ないでしょうか?

と、疑問符を添付したのは、当時小学生だったサイケおやじからすれば、誰がエレキにシビレていようが、エレキの下に人間は平等!

なぁ~んていう正解を既にナチュラルな感性として持っていたからでしょう、今にして思う事ではありますが (^^;

ですから、六代目市川染五郎がテレビで自分がメインのミュージックショウ番組を持ち、歌舞伎とは縁遠い洋風の芸域を披露していたとて、特段の顰蹙なんか、あろうはずもなかったんですが……。

さて、そこで本日掲載したのは、そんな頭の柔らかい六代目市川染五郎が昭和43(1968)年に出したエレキ&GS歌謡の人気作で、特に収録A面曲「聞いておくれ僕の願い」は作詞作曲:市川染五郎とクレジットされた、つまりは加山雄三と同じ才能を発揮した成果であり、しかも筒美京平がアレンジを担当しているのですから、たまりません♪♪~♪

なにしろイントロからアップテンポでエコーの利いたダブルトラックのエレキギターのカッコイ~ィ~リフ、そしてボーカルパートにもダブルトラックが用いられ、六代目市川染五郎が意想外とも思えるロックボイスで歌っているのですから、バックの演奏パートが案外とソフトロック趣味のソウルっぽさがあるところと不思議な相性を滲ませてしまう芸当は、やはり天性の芸能魂が伝統芸能の枠には収まりきれなかったんじゃ~ないでしょうか。

そしてジャケ写のカッコイイ佇まいっ!

ちなみに六代目市川染五郎が昭和42(1967)年に出した最初の歌謡ロックヒット「野バラ咲く路」も本人自作の名曲で、なんとっ!

発売された翌年に来日したイギリスのインストバンド最高峰というシャドウズがカバーレコーディングした事は、そんなこんなの証明のひとつと思うばかりです。

ということで、最近は洋風の芸もミュージカル系に偏っている感もありますが、若い頃はギターを抱えたポートレートも多かった事を鑑みれば、昭和50年代には本格的な歌謡ロックをやっていて欲しかったと思っております (^^;

う~ん、それにしても「東芝レコード」って、加山雄三と六代目市川染五郎という育ちの良いロックスタアを売っていたんだなぁ~~♪

そのあたりにも、ちょっぴり昭和という時代の奇跡を感じてしまうのでした。

コメント
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