4 056 保阪正康「あの戦争は何だったのか 大人のための歴史教科書」(新潮新書：2005） 感想４－

3月10日(火)：

251ページ　　所要時間 7:00　　　ブックオフ105円

著者66歳(1939生まれ)。ノンフィクション作家、評論家。

　戦後６０年に書かれた本書は、太平洋戦争を振り返り調べることによって、日本人の本質をよく理解できる。太平洋戦争は、日本人を知る大変良い教材となる、という立場から、二・二六事件を重要な転機として敗戦までを語る。あの戦争を語るには、若干中途半端な分量とも言えるが、著者自身網羅的に戦争を再現することが目的ではなく、局面局面で日本人、政府、軍部、天皇らがどのように考え、どのように振舞ったかを重点的に再現考察することを重視した。

　そして、「日本人は戦術的には優れていても、大局を見る戦略をもたずに無謀な戦争を起こしてしまった。」「太平洋戦争突入の真犯人は、陸軍ではなく、海軍である」「対米開戦で日本人全体が不思議なほど解放感に酔い痴れた。太宰治の言葉紹介。」「二・二六事件以後、天皇は極度に政府や軍部の動きに距離を置くようになった。」「ミッドウェー海戦の大敗北以後、大本営は、国民にウソを流し続けた」「東条は、天皇の弱気を利用して、軍政と軍令両方を握って、東条幕府と呼ばれる異常な状態をつくり上げたが戦局は何も改善しなかった」「インパール作戦の牟田口廉也が、処分されなかったのは東条と親しかったから」「所謂“天皇の聖断”をめぐる時期の陸相阿南惟幾は、自刃も含めて少し気の毒だ。少し、と敢えて言うのは、広大なアジア・太平洋の各地で死んだ310万人の日本兵の無念を思えば、阿南陸相の死だけを特別視することはできない。」など、様々なことを学べた。

　俺は、元々「東条英機が嫌い」だったが、最近は「松岡洋右や近衛文麿が戦争への致命的過ちを犯している。東条英機は、巡り合わせで悪者になった小悪党だ」と思うようになっていたが、本書を読んで、東条が小悪党であることは変わらないが、私的情実や仕返し意識と幼稚な精神論を強制するなど、やはり非常に憎むべき悪を積み重ねている、と考え、松岡・近衛と同等に再び東条を憎むようになった。

　感想が、４－にとどまった理由はひとえに「本書の関心が、日本人の死、日本人の悲惨に終始していて、その犠牲になった膨大なアジア・太平洋の人々に対して日本人・日本国家が犯した計り知れない罪悪行為に対する関心が全く見えてこなかった。端的に言えば、日本人の戦死者を310万人と記されているが、その日本兵が、殺し凌辱し尽くしたアジア・太平洋の国々の犠牲者の数に対する記述は皆無であった」ことによる。その意味では、本書は、非常に内向きで、視野の狭い閉じられた内容の書物である、と言わざるを得ない。

　それなりに丁寧に読んだつもりだが、読めば読むほど日本人にしか著者の目が向いていないことへの違和感は大きくなっていったのだ。

※目次：はじめに
第一章　旧日本軍のメカニズム　：1　職業軍人への道：陸軍士官の養成機関／「統帥」の教え／海軍の教育機関
　2　一般兵を募る「徴兵制」の仕組み：「国民皆兵」の歴史／二年の兵役、五年の予備役／兵役免除、お目こぼし、徴兵逃れ……
　3　帝国陸海軍の機構図：「大本営」とは何か／「統帥権の干犯を許さない！」／戦略単位としての「師団」と「艦隊」
第二章　開戦に至るまでのターニングポイント　：1　発言せざる天皇が怒った「二・二六事件」：「天皇機関説」から「神権説」へ／「大善」をなした青年将校たち／もはや誰にも止められぬ「軍部」
　2　坂を転げ落ちるように――「真珠湾」に至るまで：「皇紀二六〇〇年」という年／「北進」か「南進」か／逆転の発想「東條内閣」／真の“黒幕”の正体……
第三章　快進撃から泥沼へ　：1　「この戦争はなぜ続けるのか」――二つの決定的敗戦：果して「真珠湾攻撃」は成功だったのか／“勝利”の思想なき戦争／完全に裏をかかれた「ミッドウェー海戦」／無為無策の戦場「ガダルカナル」／誰も発しなかった「問い」
　2　曖昧な“真ん中”、昭和十八年：“狂言回し”としての山本五十六／アッツ島の「玉砕」はなぜ起きたか／大本営が作った空虚な作戦「絶対国防圏」／開き直る統帥部／“とりつくろおう”とした年
第四章　敗戦へ──「負け方」の研究　：1　もはやレールに乗って走るだけ：「軍令」「軍政」の一線を超えた東條／無能指揮官が地獄を招いた「インパール作戦」／「あ号作戦」、サイパンの玉砕、東條の転落／軍令部の誤報が招いた“決戦”の崩壊／硫黄島、沖縄の玉砕
　2　そして天皇が動いた　：鈴木内閣の“奇妙な二面策”／「例の赤ん坊が生まれた」――／阿南泣くな、朕には自信がある
第五章　八月十五日は「終戦記念日」ではない──戦後の日本　：「シベリア抑留」という刻印／太平洋戦争はいつ終ったか？／名もなき戦士たちの墓標
【基礎知識】　恩賜の軍刀／大東亜共栄圏、八紘一宇／軍人勅諭／大艦巨砲主義／マジック／軍神

◎開戦における真の“黒幕”
　歴史の教科書にも書かれている「ＡＢＣＤ包囲陣」なるものがある。アメリカ、イギリス、中国、オランダによって日本は輸入経路を閉ざされてしまい、石油がなくて仕方なく南部仏印に進出したということになっている。そして、それがやがて日米開戦へ決定的な引鉄になっていくと。
　しかし実は「ＡＢＣＤ包囲陣」なんてウソだったといったら、どうだろう？　本当は、その頃の日本には石油はあったのだ、と……。
　当時、企画院が行った調査では、石油の備蓄は「二年も持たない」とされていたが、実際にどれだけの備蓄がどこにあったか知っていた人物はほとんどいなかった。東條英機さえ知らなかったのだ。ここで、ある“黒幕”の存在が浮かんでくる。「石油がなく“ジリ貧”だ」と煽り立てた海軍内のある主戦論者たちである。
　――海軍国防政策委員会の「第一委員会」。彼らが巧妙に対米英戦に持っていくように画策していたのだ。詳しくは本書にて。