もみさんの一日一冊遊書録( 2011年9月1日 スタート!: メメント・モリ ) ~たゆたえど沈まず~

年とともに人生はクロノロジー(年代記)からパースペクティブ(遠近法)になり、最後は一枚のピクチュア(絵)になる

150215 衆参両院の「テロ非難決議」を非難する!「テロの本質」を真面目に語る政治家はいないのか!

 真面目に「テロの本質」を考えれば、その原因が、決して宗教の違いにあるのではなく、世界的に広がる富の偏在、極端な格差拡大、差別構造の継承、及びパレスチナ問題、それらによる<若者たちの絶望>にあることは、実は誰もがわかっていることだろう! それを「世界には凶悪なテロリストが大勢いて、こいつらを叩き潰せばテロが無くなる」なんて話に無理やりすり替えている。誰も、「テロの本質が、日本・世界の社会構造が抱える富の偏在・格差の拡大及びパレスチナ問題の<野放し状態>にこそある」という本質を語らないし、見させようとしない。そして、凶悪なテロリストへの恐怖ばかりを煽りたてている。これはまさにオーウェルの「一九八四年」の世界と同じだ。今回の国会の「テロ非難決議」に社民党・共産党まで加わっていたのには、あきれ果てた。「誰も本質を見ようとしない。」「武力で世界中の<絶望した若者たち>を封じ込めるべきではないし、不可能だ!」

秋原葉月さん「Afternoon Cafe」ブログから

※(1)「もちろん、普通の人間は戦争を望まない。しかし、国民を戦争に参加させるのは、つねに簡単なことだ。とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ」byヘルマン・ゲーリング ※(2)いつの時代も大衆をファシズムに煽動する手口は同じ。なのに同じ手口に何度も騙されるのは過去に学んでいないから。格差を広げ、セイフティネットを破壊し、冷徹な自己責任論が横行する社会を継続させるのは簡単だ。今よりもっと格差を広げ、セイフティネットを破壊する政策をとればよい。そうすれば人々に自己責任論がもっと浸透し、草の根から勝手に右傾化してくれる。

辺見庸さんのブログから

・権力をあまりに人格的にとらえるのはどうかとおもう。口にするのもおぞましいドブの目をしたあの男を、ヒステリックに名指しでののしれば、反権力的そぶりになるとかんがえるのは、ドブの目をしたあの男とあまり変わらない、低い知性のあらわれである。権力の空間は、じつのところ、非人格的なのだ。だからてごわい。中心はドブの目をしたあの男=安倍晋三であるかにみえて、そうではない。ドブの目をしたあの男はひとつの(倒錯的な)社会心理学的な表象ではありえても、それを斃せば事態が革命的に変化するようなシロモノではない。権力には固定的な中心はなく、かくじつに「われわれ」をふくむ周縁があるだけだ。ドブの目をしたあの男は、陋劣な知性とふるまいで「われわれ」をいらだたせ、怒らせるとともに、「われわれ」をして社会心理学的に(かれを)蔑視せしめ、またそのことにより、「われわれ」が「われわれ」であることに無意識に満足もさせているのかもしれない。ところで、「われわれ」の内面には、濃淡の差こそあれ、ドブの目をしたあの男の貧寒とした影が棲んでいるのだ。戦争は、むろん、そう遠くない。そう切実にかんじられるかどうか。いざ戦争がはじまったら、反戦運動が愛国運動化する公算が大である。そう切実に予感できるかどうか。研ぎすまされた感性がいる。せむしの侏儒との「ふるいつきあい」がベンヤミンのなにかを決定した。そう直観できたアレントほどするどくはなくても、研ぎすまされた感性がいる。けふコビトがきた。ミスドにいった。(2015/11/11)

150830 安保法案反対デモに参加した。見知った顔もいた。国会前は警察の規制線決壊!

2015年08月30日 22時25分07秒 | <憲法の危機>は「戦後最大の危機」
8月30日(日): 

*今、5月17日の大阪都構想、住民投票否決のTV録画を観ているが、橋下の嘘つきぶりには呆れ果ててしまう。「僕みたいな政治家はワンポイントリリーフです。それが長くやる世の中は危険です。権力なんてのは使い捨てが一番健全な民主主義です」と言明していた。 さて、どの口で今橋下はしゃべっているのだろう。まあこういう外道だということだ。呆れるが、驚きはない。まともに相手をする価値はない。マスコミは無視すべきだ。

* 3日ほど前から、雨にならないか、激しい雨になれば、国会前デモが失敗になってしまうと思って気が気でなかった。ベストではなかったが、ベターな曇り空でよかった。多少の小雨は仕方ない。

 頭の悪い安倍は死者でも出ない限り、強行採決をやってしまいそうだが、60年安保闘争以来の激しい反対運動が全国に広がったのに、明確に憲法違反の戦争法案を強行採決すれば、安倍はともかく主体性なく下駄の雪のようにくっついていった自民党も公明党も、次の選挙で地獄を見ることだろう。

 今回の「国会前12万人、全国300か所、100万人の激しい反対運動」に参加した人々は、ただ単に選挙で投票しないだけでなく、そのまま自民党・公明党の議員・政治屋どもに対する強力な<落選運動>を展開するのだ。プラス、マイナスで見れば自公政治屋どもに対するダブルの反対運動になり、奴らに地獄を見せてやればよいのだ! と思う。

 国会前で安保関連法案反対を訴える人たち
Ⓒ田中龍作ジャーナル
朝日新聞デジタル安保法案反対、全国で一斉デモ 国会取り囲み廃案訴え 8月30日(日)19時59分配信
  参院で審議中の安全保障関連法案に反対する市民によるデモが30日、東京・永田町の国会議事堂前や周辺を埋めた。主催者発表によると、参加者は12万人で、安保法案をめぐる抗議行動では最大。参加者が歩道からあふれて、警察側が車道を開放した。市民らは国会議事堂を真正面に見据えた車道に帯のように広がり、雨の中、「戦争法案廃案」「安倍政権退陣」と叫び続けた。
  国会だけでなく、霞が関や日比谷周辺まで、プラカードやのぼりを持った人たちであふれた。警察関係者によると、国会周辺だけで約3万3千人。
 主催したのは、平和運動を続けてきた市民らでつくる「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」。5月に立ち上がった都内の大学生らがつくる「SEALDs(シールズ)」のほか、大学教授や研究者らの「学者の会」、子育て世代の母親の「安保関連法案に反対するママの会」など、この夏に次々と出来た団体が加わり、ともに声を上げた。

150828 「辛酸佳境に入る」(田中正造):国会前ハンストの学生 深夜、警察が強制排除匂わし圧力

2015年08月28日 23時13分07秒 | <憲法の危機>は「戦後最大の危機」
8月28日(金):
辛酸佳境に入る 楽また其の中に在り」(田中正造)
あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」(マハトマ・ガンジー)=報道ステーション最後の出演で古賀茂明さんが引用して話題になった言葉。
連帯を求めて孤立を恐れず 力及ばずして仆れることを辞さないが 力を尽くさずして挫けることを拒否する
 国家権力の無法に対して、本気で糾弾、闘争すべき時が来たと思う。今は冷静に激しく闘う。その後、息長く粘り強く闘い続けるのみだ。
田中龍作ジャーナル国会前ハンストの学生 深夜、警察が強制排除匂わし圧力  2015年8月28日 10:02 
http://tanakaryusaku.jp/2015/08/00011850
 警察官と対峙する学生たち。法的根拠の説明を求めた。緊迫の場面だった。=27日23時30分頃、国会前 写真・筆者=
 27日22時46分、食事中だった筆者に電話が入った。昼間取材した国会前のハンスト学生からだ。「警察が来ました」。その声は緊張していた。
 寝袋の上にポールを立てて設置した雨よけのビニールシートが工作物にあたる恐れがあるので、警察が撤去しろと求めてきたのだ。SOSだ。筆者は国会前に急いだ。
 深夜の参議院会館前に到着すると、路上では、ハンスト学生と支援者らが私服・制服警官と対峙していた。
 「工作物が何に当たるのかあいまいなので教えてほしい。道路交通法の76条ですか? 屋根、壁を備えているものが工作物なのではないか? 通行の著しい妨げになる工作物と認定して排除すべきものなのか?」
 実行委員の学生は撤去を迫る警官に対して依拠する法律を確認しようと食い下がった。
 「(道交法違反に)該当する可能性がある。今判断する者が来ますから」。現場の警官は学生が引き下がらないのを見て応援を頼んだようだ。
 パトカーに乗って麹町署の警備課長が到着した。支援者によれば国会前界隈では有名な警官のようだ。学生らをにらみつけた。
 警備課長はビニールが掛かったハンスト学生の寝床を覗き込み、「道路の工作物を撤去しないのであれば立証にむけて調査します」と言い放った。
 ことと次第によっては強制排除することを匂わせたのだ。周囲の支援者らに緊張が走った。手や肩が触れたりすれば公務執行妨害で逮捕もありうる。一触即発の状況となった。
  弁護士(右)が到着すると緊張が和らいだ。=27日23時30分頃、国会前 写真・筆者=
 リーダー格の学生は「では違法状態を解除します」と、ポールとビニールシートを外すよう指示した。同時に弁護士に電話をした。
 「23時30分だよ!」警備課長が叫ぶ。録画録音して裁判資料にするためだ。刑事訴追を念頭に置いていることは明らかだった。
 屋根を畳むと、代表の学生は「撤去命令1回で違法状態を解除しました」と言った。時計は23時33分を指していた。
 居合わせた支援者に聞くと「警察は10時半過ぎ前から11時近くになっていちゃもんをつけてきた」という。恒例の木曜抗議が終了し、人通りが少なくなった頃を狙ったのだ。
 別の支援者が警備課長に訴えた。「人に危害を加えるのでない、ぎりぎりの自分達のやり方でやっている。今夜から雨が降るといわれたので屋根をかけた。表現の自由への弾圧ではないか」
 「私はシールズも総がかり行動もずっと見てきている。弾圧したことなど一度もありません。確認してみて下さい」と警備課長。
 「お年寄りが椅子を置くこともあるじゃないですか」支援者は食い下がった。警備課長は「違法かどうか判断するのは裁判官で、自分は捜査しているだけだ」と繰り返した。
 命がけで自分を危険にさらしている学生達に対して、警察はあくまで法律を楯に排除しようという意図は明らかだった。
 学生から通報をうけた弁護士が到着した。弁護士は状況を確認すると警備課長とサシで話し始めた。
 さっきまで鬼のような形相の警備課長が、打って変わってニコニコしている。
違法状態が解除されたとして、私服、制服警察官らは、引き上げていった。ひとまず危機は去った。
  ~終わり~

 Ⓒ田中龍作ジャーナル

150827 お騒がせ橋下が維新を離党。それがどうした!問題なし!再掲「150808 諸悪の根源は、橋下徹だ!

2015年08月28日 02時19分05秒 | <憲法の危機>は「戦後最大の危機」
8月27日(木):  
政治屋を引退すると言った橋下が、ごろつきの松井一郎と一緒に「維新を離党する」のだという。「それがどうした」というのか。どうでもいい!くだらない!全く問題なし。仰々しく取り上げること自体が、虚無の橋下を何か意味あるように勘違いさせることにつながるのだ。俺の橋下に対する見方は、以下に尽きる。

150808 諸悪の根源は、橋下徹だ!次いで慎太郎、次いで野田と前原の民主党 下っ端安倍ガキと一緒に消えろ!」  (2015年08月08日 13時37分59秒 | <憲法の危機>は「戦後最大の危機」)

8月8日(土):

長いつぶやきです。 毎日、少しずつ滓のように頭の隅に溜まっていく漠然と言葉にならない言葉を何とか言葉にしてみました。言い尽くせるわけはないですが、ご笑覧ください。

 世襲でない政治家が力を発揮できない仕組みが日本にはある。世襲なしに政治家になった連中が選べる道は、政治家としての延命よりも支持者の声に耳を傾け、誠心誠意、少しでもなすべきことをなす努力をして、だめなら潔く足を洗うか、表舞台から退場して同志を支える側に回る。もう一つは、徹底的に内向きになって、国民よりも党の世襲実力者の考えを忖度して阿り、その世襲門閥勢力の末席に入れてもらい上昇を試みるが、その際自己の政治家としての信念・信条を完全に放棄することが求められるのは当然と割り切って活動を続ける政治屋となる。

 プラスの中にマイナスがあり、被害者が加害者でもある。民主主義の中にも弊害はある。その弊害が顕著に表れたのが、内田樹師匠の言う「選挙で選ばれれば、それが民意であり、選ばれた自分は何をしてもよい。気に食わないなら、国民は自分を自由に落選させればよいのだから」という株式会社のCEO気取りの政治屋が蔓延したことだろう。しかし、この言葉にもまだ嘘がある。いったん権力を握ったCEO気取りの政治屋は、その権力を国民のためにではなく、自分のために全力で使い始め、守りを固め、正しい議論を言いくるめ、血祭りにあげてつぶし始めるのだ。

 こういった風潮のきっかけとなる最も大きな戦犯は、大阪市長の橋下徹だ。大阪府民も大阪市民も横山ノック程度だったらシャレで済んだのだが。見ての通り橋下は思想的背骨のない弁護士・法律屋という最も悪質な政治屋だったのだ。こいつは「自分の言ってること、やってることの間違いを十分に分かった上で、はじめはそろりそろりと安全運転、そして意外にも自分の扇動的なスタンドプレイが大阪府市民に「新鮮な政治」と勘違いされているのを確認。ジリノフスキー慎太郎がそれを利用しようとするのを逆に利用して急速に成り上がる。

 この辺は、株の売買という虚業で儲けた金を大急ぎで実のある企業活動に転換しようとする成り上がり実業家の姿を彷彿とさせる。ただそれ自体は悪いことではない、いけないのはその成り上がりが世のため人のためではなく自分の私利私欲に走りながら、結果に対する責任意識は「俺を(落選させられるものなら)落選させて辞めさせればいい。それで責任はとれる。」と単純に考えていることだ。しかし、これはたちの悪い居直りに過ぎない。

 選良たる政治家には、自己を犠牲にしてでも国や社会の未来への責任、反映されにくい地方や弱者の声をすくい取る責任があるのだ。換言すれば、橋下タイプの政治屋には「ノブレス・オブリージュ」意識が決定的に欠けているのだ。欧米では、貴族の子弟こそが戦場で最も危険なところに身を置き、率先して戦死するのが当然という「ノブレス・オブリージュ」の常識がある。この理念は洋の東西を問わないはずだ。しかし、今の日本の政治家には決定的に(意識的に)忘れ去られている。異常だ。

 やがて、知能も知性も低いが門閥意識とコンプレックスだけは強烈でカタカナ大好き「最も政治家になってはいけない」資質を持つ世襲バカ安倍が橋下の模倣を始めることで政治は大きくゆがみ始める。ノブレスに生まれながら、イエスマンのお友達(?低レベルには低レベルの類しか寄らない)しか周りに置かない安倍にとって、橋下が示した「確信犯的利己主義政治屋」像は、「ノブレス・オブリージュ」の呪縛から解放してくれる恰好の免罪符を与えることになった。

 かくして頭の中身がカオス(混沌)のまま、祖父への妄執だけしかない安倍が走り始める。言い訳と救いを求めて安倍が橋下に接近すると、橋下は「安倍応援団」を自称して急速に安倍との関係を深めていく。橋下にとって、安倍のファシズム的政治思想は何の障害でもない。橋下にあるのは、虚業的自己の存在を、実態ある権力に変換することだけが目的であって、当然国民生活や日本の未来に何の関心もない。「大阪都構想」なんて全くの方便に過ぎない。それは府知事の松井某も、大阪維新の政治屋どもも何ら変わらない。老舗の自民党に入りたいが、家柄も学歴も知性も足りない烏合の衆だ。

 安倍との関係を深めた橋下は、政治屋としての確信を深めて、扇動的言動をエスカレートさせていく。橋下の野心の中には国民生活にも日本の未来にも何の関心もない。しかし、大阪の人々や日々の生活に追われ、政治を深く考えられない「大衆」は橋下に実行力のある政治家の虚像を重ね合わせてしまった。昨日より今日、今日より明日の生活が良くなる政治を求めるべきなのに、日々の暮らしのきつさの中で政治に「変化」だけを求めるようになる。古代ローマのように政治家に「パンと見世物」だけを求めるようになる。地道に地方や弱者に寄り添い、見栄えはしなくても必要な取り組みを重ねていく政治がバカにされて、サーカスのように非日常的な空中戦を見せる橋下に期待が集まるようになった。

 橋下の敵と味方を分ける善悪二元論的な単純化された政治が支持を集める中で、「自分がやってることがまともな政治ではない」という自覚すらも持たない、または「そんな自覚は持つ必要ない」と考える追随者が、安倍晋三をはじめとしてどんどん増殖していく。地道なまじめさをバカにする政治とも言えないあさましい風潮の中で、政治家として時流に乗るためには「政治信念」なんて持ってはいけない。大切なことはいかにして権力者に気に入ってもらえるかだ、と考える安直な政治屋が巷に溢れていく。滋賀4区の恥部武藤貴也なども結局そういうあさましい文脈の中から現れた申し子である。我々国民の最大の義務は、こういった政治屋どもの普段の言動をしっかりと覚えておいて忘れないで選挙の時にしっかりと<落選運動>を起こすことだ。国民を舐め切った政治屋どもに「国民舐めんな!」としっかりレッドカードを示して退場させることだ!

 以上の中には、表に現れないもう一つの主役が隠れている。それが、野田汚物と前原詐欺師、長島戦争屋を隠して抱え込んでいる民主党だ。今の民主党は、<第二自民党>にしか見えない。共産党の支持率が以前より格段に上がっていることが、国民の中に自民・公明以外の選択肢を求める多くの声の表れであることは明白なはずだ。共産党が単独で政権をとることは不可能だ。連立も無理だろう。今、自民党以外で政権を担えるのは、民主党を中心とした連立政権のみだ。自民党の<分断と切り捨ての政治>に対抗して、なぜ今民主党は鳩山政権成立の原動力になった人間に優しい<包摂の政治>の原点に立ち返らないのか。

 <包摂の政治>の旗を掲げ、信頼されるようにきちんと説明責任を果たせば、まず間違いなく民主党主体の政権が成立する。英断をもって、小沢一郎の生活の党、社民党としっかり連立を組めば、間違いなく政権はとれる。そのためにやるべきは、松下政経塾の野田、前原、長島らとしっかり話し合って円満に手を切ることだ。早く彼らに維新の党に行っていただくことだ。どうしても彼らと手を切れないのであれば、もう一度「生活の党」の小沢一郎代表に頭を下げて手を組むことだろう。それが最低限の条件だ。できなければ、結局国民は民主党を信用できない。政治は混迷し、日本と国民は地獄に落ちる。

 政権を取れるのに、国民の声に応えて、政権をとれる体制を作るために誰も汗をかこうとしないリーダーシップ不在の民主党の迷走こそが、現在安倍・麻生や橋下をはじめ滋賀4区の恥部武藤貴也など信じられないほどの政治的外道が跋扈している元凶と言って間違いはない。第二自民党から脱皮できないのであれば、民主党は早急に解党すべきだ。橋下徹安倍晋三民主党(第二自民)の悪魔のトライアングルの中で日本は沈没していくのだ。

追記:ここまで書いて、橋下徹と堀江貴文の言動の近似性が強く思い起こされた。要は「ノブレス・オブリージュ」の自覚なき成り上がり者であり、自分に甘く他人に厳しく、冷たい人間である。

150827 イケてる小熊英二:戦後70年は、建国70年!日本国とは、第1条、第9条、東京裁判、日米安保の体制

2015年08月27日 22時48分34秒 | 考える資料
8月27日(木):

職場で昼食の弁当を食べながら、新聞を読みはじめ、当然のごとく高橋源一郎さんの論壇時評を最初に披いた。その後、ふと横を見ると小熊英二の評論が載っているではないか! 紛らわしい?けど大澤真幸ではダメ。「小熊英二なら、きちんと読んでおかねばならない!」と考えて読んだ。さすがである。最近味わっていない「これだ!」感を覚えた。「民主主義ってなんだ?!」「これだ!」の「戦後70年ってなんだ?!」「これだ!」感である。日本にとって「戦後70年」とは、「建国70年」である、というのは今まで感じていたもやもや感を払拭してくれる指摘である。何か「日本の今を考える」ためのしっかりした座標軸を与えてもらった感じである。

  朝日デジタル:(あすを探る 思想・歴史)「戦後」とは何なのか 小熊英二 2015年8月27日05時00分
  「戦後」とは何なのか。それはいったい、いつ終わるのか。
  諸外国では、「戦後」とは、おおむね終戦から10年前後を指す。そもそも、多くの戦争を戦った国の場合、「戦後」はいくつも存在する。
  しかし日本では、「戦後」は70年も続いている。それでは、日本にとっての「戦後」とは何なのか。
  私の意見では、日本の「戦後」とは、単なる時期区分ではない。それは、「建国」を指す言葉である。
  日本国は、大日本帝国が滅亡したあと、「戦後」に建国された国である。
もちろん、日本国の構成員が、一夜にして変わったわけではない。しかしそれは、1789年にフランス共和国が建国され、1776年にアメリカ合衆国が建国されたのと同様に、「戦後」に建国された国である。
  では日本国は、どんな骨格をもって建国されたのか。いうまでもなく、日本国憲法がその骨格である。
  憲法を指す英語constitutionとは、「骨格」ないし「構成」という意味である。まず前文に、こういうコンセプトで国を造る、という宣言が書かれる。そして、コンセプトを具体化するための国の設計図が、各条項として書かれている。
  日本国憲法の前文は、二つのコンセプトを掲げている。国民主権と平和主義である。その前提にあるのは、戦争の惨禍の後にこの国は建国された、という共有認識である。
  その意味で、日本国憲法の最重要条項は、第1条と第9条だ。すなわち、天皇を「主権の存する国民」の統合の象徴と位置付けた第1条と、「戦力」放棄をうたった第9条が、前文に掲げられた国民主権と平和主義の国を具体化する条項である。
  従ってこの2条項の改正は、基本コンセプトの変更を意味する。他の条項については、国民主権と平和主義をよりよく実現するための改正、ということもありうるだろう。しかし前文・第1条・第9条の改正は、国の骨格そのものの変更である
  フランスやアメリカでも、憲法の各条項の改正は行われる。しかし、人権宣言と独立宣言は変えない。それは、建国の基本的精神を変更することであり、つまりは「『フランス共和国』や『アメリカ合衆国』をやめる」ことを意味するからだ。

  逆にいえば、「日本国」を否定したい人々は、前文と第1条と第9条の改正を目標にしてきた。これらの改正をめぐる対立は、「日本国」の存廃をめぐる争いなのである。
  だが日本国は、国内条件だけで成立してきたのではない。戦争の惨禍を経て、平和主義を掲げた国の成立は、国際的には以下の二つなしにはありえなかった。すなわち、東京裁判と日米安保条約である。
  まず東京裁判なしには、日本国の国際社会復帰はありえなかった。また当時の国際情勢では、東京裁判と第9条なしに、第1条の前提である天皇の存続もありえなかった。
  そして第9条は、米軍の駐留抜きに実在したことはない。すなわち1952年までは占領が、1952年以降は日米安保条約が、米軍の駐留を正当化してきたのである。
  つまり「日本国」とは、第1条、第9条、東京裁判、日米安保の四つに立脚した体制である。これら四つは、相互に矛盾しながらも、冷戦期の国際条件では共存してきた。
  そして「戦後70年」とは、「建国70年」のことだ。もし、日本国の存立を支えている4要素が変更されれば、ないしバランスが変われば、「戦後」は終わる。それがない限り、たとえ何らかの紛争に日本が関わっても、「戦後」は続くだろう。
  いま「戦後」は不安定になっている。冷戦終結と国際社会の変動、戦争の記憶の風化、経済条件の変化などが、4要素のバランスと共存を脅かしているからだ。建国70年を迎えた日本国は、今後どんな国であるべきか。いま問われているのは、それである。その議論なしに、この国の未来は探れない。
  (おぐま・えいじ 62年生まれ。慶応大教授・歴史社会学。『生きて帰ってきた男』『平成史』など)。


小熊英二を、「もみさんの一日一冊遊書録」内で検索してみました。ぜひご覧くださいませm(_ _)m。
「150327 朝日新聞:「ネット右翼」への対処法 小熊英二」
「3 008-2 内田樹・高橋源一郎「どんどん沈む日本をそれでも愛せますか?」(ロッキング・オン;2012)感想5」
「0020-2 立花隆「ぼくが読んだ面白い本・ダメな本そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術」(2001)感想5」
「80冊目 小熊英二「日本という国 よりみちパン!セ」(理論社;2006) 評価5」

150826 一年前:3 129 湯浅誠「ヒーローを待っていても世界は変わらない」(朝日新聞出版;2012) 感想 特5

2015年08月27日 02時39分12秒 | 一年前
3 129 湯浅誠「ヒーローを待っていても世界は変わらない」(朝日新聞出版;2012) 感想 特5

8月25日(日):190ページ  所要時間 3:20     図書館著者43歳(1969生まれ)。社会活動家。2014年から法政大学教授。反貧困ネットワーク事務局長。元『年...


150824 必見!内田樹師匠、スピーチ(8.23 SEALDs_Kansai)がすごく良い!YouTubeでぜひ見て下さい!

2015年08月25日 01時58分17秒 | <憲法の危機>は「戦後最大の危機」
8月24日(月): 昨日の行進の後遺症で、今日は一日体の節々ががたがたで悲鳴を上げていた。もちろん参加して本当に良かったと思ってるけどね。8月30日(日)も仕事が入らなければ必ず参加するぞ!

さすが言葉の達人だ!その場にいたデモ参加者たちはきっと気持ちが奮い立ったことだろう!

内田樹の研究室8月23日SEALDsKANSAI京都でのスピーチ 2015.08.24
8月23日(日)15:30から京都円山公園で開催されたSEALDs KANSAIの集会で「安全保障関連法案に反対する学者の会」を代表して連帯の挨拶を述べた。
ふだんは即興でやるのだが、この日は少し長めの時間をもらったので、原稿を作っていった。それをだいたい頭に入れて話した。現場でした話と細かいところは違うけれど、だいたいこういう話。

安全保障関連法案に反対する学者の会を代表して、ひとことご挨拶を申し上げます。
この円山公園での「戦争法案に反対する若者の全国一斉行動」にお集まりくださったすべてのみなさんに学者の会を代表して、感謝と連帯の気持ちを表したいと思います。
そして、この間、一貫して忍耐強い、手作りの反対運動を全国規模で展開し、現に行われている国会審議にも強い影響力を及ぼし、さらに国内だけでなく、海外メディアからも注目されるに至ったSEALDs の学生諸君の献身的な活動に対しても、心からの敬意を表したいと思います。みなさんのご努力のおかげで、安保法制に対する反対の運動は、国民的な規模の「うねり」にまで高まりつつあります。
僕が知る限り、過去にこれほど大きな規模の、国民的な政府への異議申し立ての運動が、いかなる既成の政治勢力や政治組織とも無関係に、自発的に、自分たちの手作りで、無名の学生たちがひとりひとりの個人的な発意に基づいて、文字通り「身銭を切って」創り出したことはありません。戦後70年をふりかえっても、このような運動のかたちははじめてのことではないかと思います。
SEALDsのこの運動のかたちは、戦後70年にわたる平和主義と立憲デモクラシーの蓄積という土壌からはじめて生まれた「地場の平和主義、自前の立憲デモクラシー」のかたちだと僕は評価しています。
日本の平和主義と立憲デモクラシーは、残念ながら、戦後日本人が手作りしてきたものではありません。敗戦国として、戦勝国アメリカに「与えられた」ものです。ですから、それを「押しつけられた政治体制」だと言い張る人たちがつねにいた。そして、それがついには日本の政官財メディアの世界、それらの世界の指導層の中での支配的な意見になるに至った。安倍政権を支持し、安保法制の整備に賛成し、自衛隊の海外派兵を国威の発揚のチャンスであり、また絶好のビジネスチャンスであると信じている人たちが、いまの日本の指導層を形成しています。政界、財界、官界、メディアにおいては、すでに多くの領域で「戦争をしたがる人たち、戦争をするためには、平和憲法が最大の妨害であり、立憲デモクラシーという政体が非効率だと思っている人たち」がトップに立っています。
みなさんは、そのような否定的な状況の中から立ち上がった。
僕が一番うれしく思うのは、そのことです。みなさんが語る言葉は政治の言葉ではなく、日常のことば、ふつうの生活実感に裏づけられた、リアルな言葉です。
その「ふつうの言葉」で平和主義と立憲デモクラシーが語られている。
これまで、ひとまえで「政治的に正しい言葉」を語る人たちにはつねに、ある種の堅苦しさがありました。なにか、外来の、あるいは上位の「正しい理論」や「正しい政治的立場」を呼び出してきて、それを後ろ盾にして語るということがありました。
でも、SEALDsのみなさんの語る言葉には、そういうところがない。自分たちとは違う、もっと「偉い人の言葉」や「もっと権威のある立場」に頼るところがない。自分たちがふだん学生生活や家庭生活のなかでふつうに口にしている言葉、ふつうに使っているロジック、それにもとづいてものごとの正否を判断している常識、そういう「手元にある道具」を使って、自分たちの政治的意見を述べている。こういう言葉づかいで政治について語る若者が出現したのは、戦後日本においてははじめてのことだと思います。
僕が学生時代に経験した政治闘争から学んだことのひとつは、政治闘争は「持続」しなければならないということでした。いっときの高揚感や興奮によって、夢中になって、寝食を忘れて、家族との語らいも、友だちとの付き合いも、大学での勉強や、日々のふつうの学生生活を犠牲にして行う政治活動は長続きしない。持続できない運動は弱い。そのことを僕はかつて学びました。
そのときに得た教訓は「自分が日常的に、何の気負いもなく語れるような政治的意見でなければ、どんなときにも、どんな抑圧や規制にも耐えて、持ち続けることはできない」ということでした。それこそ、朝起きて歯を磨いて、顔を洗って、ご飯を食べて、というような日常的なルーティンのなかに組み込まれて、自分にとってごく自然で、当たり前のもの、呼吸するように自然に口から出てくるような言葉だけが、どのように歴史的条件が変わっても、風雪に耐えて語り続けられる。「呼吸するように語る言葉」とは「それを口にすることを止めたら自分自身が死んでしまう言葉」だからです。
SEALDsのみなさんのスピーチを聴いて、僕が感じたのは、この人たちはどんな局面でも、どんな人を相手にしても、今ここで言った言葉をそのままきちんと繰り返すことができるだろうということです。それは彼らにとっての「自然な言葉」「深く身体の中にしみこんだ言葉」「身体の奥底からにじみ出てくる言葉」だからです。
そのような言葉づかいで戦後日本の平和主義と立憲デモクラシーを擁護し、顕彰する言葉が語られる時代が来たことを、日本人のひとりとしてほんとうにうれしく思います。

僕たちは安倍政権の登場、特定秘密保護法の制定、集団的自衛権行使容認の閣議決定、そして、戦争法案の強行採決衆院通過というかたちで、この2年間戦後日本の平和主義と立憲デモクラシーが破壊され、踏みにじられ、否定される現場に立ち合ってきました。それは平和主義と立憲デモクラシーの敗北、その失敗を示すものでした。
しかし、それと同時に、SEALDsの運動は平和主義と立憲デモクラシーが、この日本の土壌深くに根づき、こうしてみごとに開花したことを知る機会を提供してもくれました。これは戦後日本の平和主義と立憲デモクラシーの堂々たる勝利と成功のしるしだと僕は思っています。
つまり、僕たちはいま、2015年の夏に、戦争法案の参院審議のさなかにあって、日本の平和主義と立憲デモクラシーの「死」と「再生」の劇に立ち合っているということです。法案が廃案になれば、それは平和主義と立憲デモクラシーの勝利です。決定的な勝利です。日本に外から「押しつけられた」と言われてきた平和憲法の理念が、ついに日本人自身によって選びとられ、その理念を自分のものとして語ることのできる「身体」を持ったということです。
それが事実なら、これは私たち日本人にとって戦後政治史上最大の勝利となるはずのものです。そのような決定的瞬間に歴史的瞬間に、いま僕たちは立ち合っています。
今日この場に参加したすべてのみなさんが、あと何年かしたあと、「2015年の夏に、日本は決定的な岐路にたっていた。そのとき、私は歴史の方向を変える運動に身を以て参加していた」と誇りを持って回想できることを願っています。

ありがとうございました。


150823 一年前:何故、マスコミは、福島の子供を描いたアニメ「Abita(アビタ)」を報道しない!?

2015年08月24日 02時01分08秒 | 一年前
8月23日(日):

今でもユー・チューブで観られます。

140820 閲覧26万超え:何故、マスコミは、福島の子供を描いたアニメ「Abita(アビタ)」を報道しない!?
8月20日(水):記録ですm(_ _)m。ブログの開設から1047日。 アクセス:閲覧 400PV/訪問者 82IP トータル:閲覧 260,370PV/訪問者 105,5...


150823 シールズのデモに参加した。自分の意志でデモに参加したのは初めてだ。2時間歩いてくたびれた。

2015年08月24日 00時21分12秒 | <憲法の危機>は「戦後最大の危機」
8月23日(日):

今日はシールズのデモに参加した。自分の意志だけでデモに参加したのは初めてだ。当初、参加場所近くにいて、本当に参加するのか、人の目も気になり躊躇していた。しかし、シールズの学生たちの溌溂とした声が聞こえてきて、やはりその気になった。集会に立ち会ってみると参加者の多さに驚いた。

暑い日差しのもと、体調管理に気を付けるよう声をかけられながら、「民主主義ってなんだ!」「民主主義ってこれだ!」「戦争したがる総理はいらない!」「自衛隊員の命を護れ!」「I say ○○、you say ○○」で「安倍! 辞めろ!」「憲法! 護れ!」「国民! 舐めんな!」「戦争! 反対!」「ゆうこと聞かせる番だ!俺たちが!」「なんか自民党感じ悪いよね!」「奴らを通すな!」「ノー、パッサラン!」 「Tell me what democracy looks like!」「This is what democracy looks like!」回らぬ舌で繰り返し叫び続け、「安倍政治を許さない」のポスターを持って行進した。

それにしてもちょっと重いショルダーバッグを持ちながら歩いたのは失敗だった。激しい日差しの中、元気の塊のようなシールズの若者たちの音頭に合わせてコールしながら歩くのは結構体に応えた。思っていたよりもはるかに多い参加者の中で「参加してよかった!」と手応えを感じはしたものの、当初1時間半と言われていたデモ行進は2時間に及び、正直年寄りにはきつかった。腰が痛い。足ががくがくになった。

ちなみに今日のデモは、シールズによるリードだが参加者の年齢幅は非常に広かった。活気あふれる大規模なデモを都心部の沿道の人たちは驚きながら見ていたが、まなざしは肯定的な感触だった。

毎日新聞<安保法案>黙っていたら採決される…全国64カ所一斉デモ  8月23日(日)20時54分配信
 
全国一斉で呼びかけられた安全保障関連法案に反対するデモに参加する人たち=東京都渋谷区で2015年8月23日午後6時21分、後藤由耶撮影
 参院で審議中の安全保障関連法案に反対している市民や学生らが23日、全国各地で一斉に抗議活動を行った。主催団体の一つで学生たちがつくる「自由と民主主義のための学生緊急行動」(SEALDs=シールズ)によると、この日は東京都心や仙台、京都、福岡など全国64カ所で抗議が繰り広げられ、このうち20カ所以上ではシールズなど若者らの団体が関与。同法案への抗議活動としては過去最大規模という。
 抗議活動を呼びかけるホームページの声明は、「本当は夏休みだから、勉強もしたいし、遊びたいし、旅行もしたい。だけど、黙っていたら『戦争法案』が採決される」と危機感を表明した。
 都内では午後5時ごろから港区の青山公園に、学生や高校生を含む幅広い年代の約6500人(主催者発表)が集まり、デモ行進した。【狩野智彦】

150822 自民党は人を腐らせる。猪口邦子参院議員の堕落の無残さに驚く。私利私欲に走れば学者は終わり。

2015年08月22日 13時56分08秒 | <憲法の危機>は「戦後最大の危機」
8月22日(土):

 昨夜テレビのニュースで元上智大学教授だった参院議員の猪口邦子が参院の安保法案委員会で与党側に立って「現在の国際環境の厳しさ」を扇動している様子を見てあきれてしまった。武者小路公秀に師事し、良識的な国際関係論の論客として有名だったのに、こんなに低レベルな扇動的発言をするようになっているとは!

 政治屋になる前、1990年代に朝日新聞で浅田彰との対談を読んで「良いことを言う人だなあ」と感心していたので余計に無残な堕落だと感じる。本人は、国会議員になって、国務大臣も経験して偉くなったつもりなのかもしれないが、どう観ても落魄感を覚える醜い姿だった。「官打ち」という言葉がある。本人は気が付いてないのかもしれないが、本当に堕落した醜態だと思う。私利私欲に走れば学者は終わり。




150821 二年前:NHKスペシャル「最期の笑顔~納棺師が描いた東日本大震災~」を観た。落涙、感想5

2015年08月21日 23時38分46秒 | 一年前
140820 一年前:NHKスペシャル「最期の笑顔~納棺師が描いた東日本大震災~」を観た。落涙、感想5

130819夜半 NHKスペシャル「最期の笑顔~納棺師が描いた東日本大震災~」を観た。落涙、感想58月19日(月):番組を観ていて、落涙を止められなかった。「はだしのゲン」を閲覧制...


150820 45万超:東京新聞【社説】武藤氏自民離党 デモ批判幕引き許さぬ

2015年08月21日 23時34分36秒 | 閲覧数 記録
8月20日(金):記録ですm(_ _)m。ブログの開設から1412日。

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東京新聞【社説】武藤氏自民離党 デモ批判幕引き許さぬ  2015年8月21日
 武藤貴也衆院議員が自民党を離党したのは金銭トラブルの発覚が理由だが、安全保障法制関連法案に反対する学生デモを「利己的考え」と批判したことこそ聞き逃せない。離党で幕引きは許さない。
 安保法案の今国会成立のためには、野党側に攻撃材料は極力与えたくなかったのだろう。
 武藤氏は「プライベートに関する件で党にこれ以上迷惑をかけられない」として離党届を提出し、自民党はきのう離党を了承した。
 プライベートに関する件とは、週刊文春が報じた未公開株をめぐる金銭トラブルだ。同誌によると武藤氏は昨年、知人らに「値上がり確実な新規公開株を国会議員枠で買える」と持ち掛け、二十三人から約四千百万円を集めたが、実際には株は購入されず、出資金の一部も返済されていないという。
 事実だとすれば、かつてのリクルート事件を想起させる醜聞だ。罪に問われる可能性もある。武藤氏は「一方的かつ事実と異なる」と反論するが、何が事実で何が事実でないのか、武藤氏には進んで国民に説明する責任があろう。
 国会も本人任せにせず、自浄機能を示す必要がある。当面は、国会に参考人招致したり、原則非公開で偽証罪に問われない政治倫理審査会(政倫審)で説明させるのが、現実的な方法だ。
 もっとも、プライベートに関する件とは別に、武藤氏には国会議員の適格性が疑われるツイッターでの発言があり、不問に付すことはできない。安保法案反対の学生デモを「『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく」などと批判したことだ。
 学生たちの「戦争に行きたくない」という思いのどこが、利己的だというのか。武藤氏は安保法案に基づいて参戦する戦争に進んで行きたいとでもいうのか。
 武藤氏の発言は安保法案を「戦争法案」と認めたことにもなる。政権幹部は苦々しく感じていたに違いないが、武藤氏は発言を撤回しておらず、自民党執行部も苦言を呈しただけで、撤回させたわけでもない。
 離党さえすれば、武藤氏とは無関係になるから安保法案の審議には影響ない、これで幕引きができるとでも、安倍政権は考えているのだろうか。勘違いも甚だしい。
 武藤氏の言動で迷惑をこうむっているのは自民党でなく国民だ。離党だけでは何の問題解決にならないと、忠告しておきたい。

150819 是非に及ばず…。 日刊ゲンダイ:「安倍政権に命がけで抗議する」大学生たちがハンスト決行へ

2015年08月20日 03時49分19秒 | <憲法の危機>は「戦後最大の危機」
8月19日(水):    
  是非に及ばず…。
  先日長崎県で行われた93歳の瀬戸内寂聴さんと80歳の美輪明宏さんの対談の最後に、尊敬する寂聴さんが「わたしねえ、長く生きてきてどんなことでもやりたいことはみんなやってきたけれど、一つだけまだやれてないことがあるの。」と言って、「それはねえ、まだ牢屋に入ったことがないのよ」と言って会場の笑いをとっていたが、これは「戦争法案を何としてでも止めるためであれば、私は(警察に逮捕されて)牢屋に入れられてもいい!」という決意表明である。胆のうがんが見つかり、一年に及ぶ死と隣り合わせの長い闘病・リハビリ生活から奇跡的に生還した寂聴さん、文化勲章まで取った93歳の寂聴さんが牢屋に入れられてもいいと言うことは、戦争法案を止めるためなら覚悟の死を遂げてもいいということの表明だ。
  俺だって、この戦争法案を止めるために命を差し出せと言われれば、「差し出しても惜しくはない」ぐらいのことは思っている。頭の悪い安倍の妄執よりもはるかに確信・覚悟をもってそれは言える。
  俺には学生のハンストを止められない。もちろん勧めはしないが、止められない。現在進められている戦争法案および安倍晋三・自民党が進める諸政策はことごとく日本の未来を破壊するものだ。戦後70年の平和を護ってきた憲法9条を護るために我々が命懸けで闘うべき切所・瀬戸際は今この時だ! ハンガーストライキの学生にもし万が一犠牲が出れば俺は断じて許さない。自民党・公明党に対して一歩踏み込むだろう!
 
日刊ゲンダイ「安倍政権に命がけで抗議する」大学生たちがハンスト決行へ   2015年8月19日
  若者や女性、高齢者に中年世代と“老若男女”が安保法案に「NO」を突きつけ、大きなうねりに拡大している。今度は、学生らが「断食」で反対を訴える「ハンガーストライキ」を決行する。
  主催しているのは「学生ハンスト実行委員会」。呼びかけ人は11人で、上智大や専修大、早大などに通う現役の大学生だ。「SEALDs」などの抗議活動にも参加したことがあるという。今月2日から計画を練り始め、13日にブログやSNSで声明文を発表した。実際のハンストは、27日から4人の学生が国会前で行う予定だ。
  呼びかけ人で慶応大学2年生の土田元哉さん(19)はこう言う。
  「安保法案に対する反対の声の高まりを目の当たりにして、私たちも安倍政権に意思表示しなければならないと感じました。法案が成立し、仮に戦争になれば、私たちの世代が殺し殺される立場になる可能性がある。食事をとらずに命がけで抗議することで、より強いメッセージを突きつけたいと思っています」
  92年9月には、故・金丸信自民党副総裁の佐川急便5億円不正献金事件を巡り、検察庁が略式起訴による20万円の罰金で幕引き。これに怒った青島幸男参議院議員(当時)がハンストを実行した。青島は、30時間を超えたところで体調不良になりハンストを中断したが、世論を喚起することになり、結局、金丸は議員辞職に追い込まれた。学生らは声明文に、「安全保障関連法案の審議即時停止と安倍政権退陣を求める」と明記している。
  命を賭した抗議活動に、安倍首相も真っ青になるんじゃないか。


声明文   安保関連法案制定を阻止し、安倍政権を打倒するための学生ハンスト実行委員会

私たち「安保関連法案制定を阻止し、安倍政権を打倒するための学生ハンスト実行委員会」は、安全保障関連法案の審議即時停止と安倍政権退陣を求めて、8月27日より無期限ハンガーストライキを開始することをここに宣言します。

安全保障関連法案(以下、安保法案)は多数の批判と抗議を押し切って7月16日に衆議院を通過し、現在参議院で審議中です。憲法上のいわゆる「60日ルール」を含めても今国会での法案の成立は確実と言われています。

安保法案で法制化される集団的自衛権はアメリカなどの同盟国が主導する軍事行動に日本が直接参加することを許すもので、「戦争法案」としての本質は明らかです。戦後日本はアメリカと日米安保という実質的な軍事同盟を結び、東アジアにおける軍事的緊張関係の一端を担ってきましたが、安保法案の制定がかかる緊張をエスカレートさせる危険は目に見えており、先の大戦への反省を無視した愚かな行為です。またこの法案は国内の多くの憲法学者が指摘するように明白な違憲立法であり、法学上のクーデターというべきものです。まさしく安保法案は世界の民衆を分断し戦争を準備する、本来的に民衆に敵対する法律です。一切の正当性もなく、拒絶する以外にはありません。

では法案成立を阻止し、戦争を止めるために私たちは何をするべきなのでしょうか。

私たちは自らの生活に代えてでも安倍政権の戦争準備を拒否し、世界中のあらゆる戦争に加担することを拒否するという姿勢を直接行動によって示していくべきだと考えます。現在の沖縄・辺野古での反基地運動が、自らの平和を希求すると共に、基地を通じて世界の民衆が殺害されていくことを実力で拒否しているのと同様に。

私たちによるハンガーストライキは、戦争によって犠牲になりうるあらゆる人々と協力し、戦争への動員・協力を共に拒否するよう呼びかける直接行動の一過程です。そのために私たちは生命をかける覚悟でたたかいます。安保法案審議停止・安倍政権退陣に向けて共に行動しましょう!

【呼びかけ人】(ハンスト実行者は井田、元木、嶋根、木本の4名)
井田敬(上智大学2年) 元木大介(専修大学4年) 嶋根健二(専修大学4年)
木本将太郎(早稲田大学1年) 安井遼太郎(慶應大学3年) 土田元哉(慶應大学2年)
梶原康生(専修大学3年) 手塚(東京福祉大学) 坂田圭太(立正大学3年)
徳山陽一(都立産技高専5年) 匿名希望(高校2年)

150820 一年前:3 127 孫崎享(うける)「戦後史の正体1945-2012」(創元社;2012) 感想 特5

2015年08月20日 02時39分15秒 | 一年前
8月19日(水):

3 127 孫崎享(うける)「戦後史の正体1945-2012」(創元社;2012) 感想 特5  久しぶりのすごい本!
8月19日(火): 386ページ  所要時間 8:00   図書館⇒アマゾン注文(1044円)著者69歳(1943生まれ)。元外交官。日本の戦後史で、アメリカと距離をお...

150819 一年前:130818 雑感「日本の改憲論の危険性とエジプト・アラブの春の失敗の近似性について」

2015年08月20日 02時37分16秒 | 一年前
8月19日(水):

140819 一年前:雑感ノート「日本の改憲論の危険性とエジプト・アラブの春の失敗の近似性について」
130818 雑感ノート「日本の改憲論の危険性とエジプト・アラブの春の失敗の近似性について」8月18日(日):アラブの軍事独裁体制を倒すことは正義だった。しかし、その後に複雑な国...

150817 毎日新聞「<首相70年談話>:「反省」天皇陛下と対照的 米メディア」 低能安倍は従米の逆臣!

2015年08月18日 01時02分17秒 | <憲法の危機>は「戦後最大の危機」
8月17日(月):

別に勉強なんかできなくたって立派に生きていけるさ!とよく言われるが、今の安倍晋三を見ていると、学力が低いこと、知識・知性が無いことがどれほどお粗末で格好悪くて恥ずかしいことかを思い知らされる。特に、将来社会の表舞台で活躍したいと思っている若者たちは絶対にしっかり勉強しておくべきだ! そして、他人の痛みを思い遣ることのできる優しさ、たゆみなさを備えた知識・知性はとっても格好が良くて尊敬に値することも知っておくべきだ。

毎日新聞<首相70年談話>:「反省」天皇陛下と対照的 米メディア  8月17日(月)11時1分配信
 【ワシントン和田浩明】天皇陛下が70回目の終戦記念日である15日、政府主催の全国戦没者追悼式で「さきの大戦に対する深い反省」に初めて言及されたことについて、米主要メディアは安倍晋三首相の戦後70年談話とは「対照的」などと報じた。
 米通信社ブルームバーグは「天皇、戦争に反省表明、安倍首相と対照的」との見出しで記事を配信。また、米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は「安倍首相の政策に対する静かな反対」との見方が強まると紹介した。
 全米公共ラジオ(電子版)も第二次大戦に関する「前例がない謝罪」であり、安倍首相の談話より踏み込んだもの、と評価した。米メディアは安倍談話について自らの言葉で謝罪がなかったとして「日本の指導者、第二次大戦で謝罪に至らず」(ワシントン・ポスト紙)などと批判的に伝えていた。

【全国戦没者追悼式】天皇陛下おことば全文
 「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
  終戦以来既に70年、戦争による荒廃からの復興、発展に向け払われた国民のたゆみない努力と、平和の存続を切望する国民の意識に支えられ、我が国は今日の平和と繁栄を築いてきました。戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがありません。
  ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。


※ドイツでは、戦後70年もヴァイツゼッカー演説の精神は賢明に生きている。天皇の言葉「平和の存続を切望する国民の意識に支えられ」、「さきの大戦に対する深い反省」は同じく賢明な言葉である。
野村 昌毅 ドイツのメルケル首相がダッハウ強制収容所の解放70年式典で語った言葉。


朝日新聞【社説】戦後70年の安倍談話 何のために出したのか  2015年8月15日05時00分
  いったい何のための、誰のための談話なのか。
  安倍首相の談話は、戦後70年の歴史総括として、極めて不十分な内容だった。
  侵略や植民地支配。反省とおわび。安倍談話には確かに、国際的にも注目されたいくつかのキーワードは盛り込まれた。
  しかし、日本が侵略し、植民地支配をしたという主語はぼかされた。反省やおわびは歴代内閣が表明したとして間接的に触れられた。
  この談話は出す必要がなかった。いや、出すべきではなかった。改めて強くそう思う。
■「村山」以前に後退
  談話全体を通じて感じられるのは、自らや支持者の歴史観と、事実の重みとの折り合いに苦心した妥協の産物であるということだ。
  日本政府の歴史認識として定着してきた戦後50年の村山談話の最大の特徴は、かつての日本の行為を侵略だと認め、その反省とアジアの諸国民へのおわびを、率直に語ったことだ。
  一方、安倍談話で侵略に言及したのは次のくだりだ。
  「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」
  それ自体、もちろん間違いではない。しかし、首相自身が引き継ぐという村山談話の内容から明らかに後退している。
  日本の大陸への侵略については、首相の私的懇談会も報告書に明記していた。侵略とは言わなくても「侵略的事実を否定できない」などと認めてきた村山談話以前の自民党首相の表現からも後退している。
  おわびについても同様だ。
  首相は「私たちの子や孫に、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と述べた。
  確かに、国民の中にはいつまでわび続ければよいのかという感情がある。他方、中国や韓国が謝罪を求め続けることにもわけがある。
  政府として反省や謝罪を示しても、閣僚らがそれを疑わせる発言を繰り返す。靖国神社に首相らが参拝する。信頼を損ねる原因を日本から作ってきた。
■目を疑う迷走ぶり
  謝罪を続けたくないなら、国際社会から偏った歴史認識をもっていると疑われている安倍氏がここで潔く謝罪し、国民とアジア諸国民との間に横たわる負の連鎖を断ち切る――。こんな決断はできなかったのか。
  それにしても、談話発表に至る過程で見せつけられたのは、目を疑うような政権の二転三転ぶりだった。
  安倍氏は首相に再登板した直後から「21世紀にふさわしい未来志向の談話を発表したい」と表明。村山談話の歴史認識を塗り替える狙いを示唆してきた。
  そんな首相の姿勢に中国や韓国だけでなく、米国も懸念を深め、首相はいったんは閣議決定せずに個人的談話の色彩を強めることに傾く。
  それでは公式な政府見解にならないと反発した首相側近や、公明党からも異論が出て、再び閣議決定する方針に。節目の談話の扱いに全くふさわしくない悲惨な迷走ぶりである。
  この間、国内のみならず欧米の学者も過ちの「偏見なき清算」を呼びかけた。世論調査でも過半数が「侵略」などを盛り込むべきだとの民意を示した。
  そもそも閣議決定をしようがしまいが、首相の談話が「個人的な談話」で済むはずがない。日本国民の総意を踏まえた歴史認識だと国際社会で受け取られることは避けられない。
  それを私物化しようとした迷走の果てに、侵略の責任も、おわびの意思もあいまいな談話を出す体たらくである。
■政治の本末転倒
  国会での数の力を背景に強引に押し通そうとしても、多くの国民と国際社会が共有している当たり前の歴史認識を覆す無理が通るはずがない。
  首相は未来志向を強調してきたが、現在と未来をより良く生きるためには過去のけじめは欠かせない。その意味で、解決が迫られているのに、いまだ残された問題はまだまだある。
  最たるものは靖国神社と戦没者追悼の問題である。安倍首相が13年末以来参拝していないため外交的な摩擦は落ち着いているが、首相が再び参拝すれば、たちまち再燃する。それなのに、この問題に何らかの解決策を見いだそうという政治の動きは極めて乏しい。
  慰安婦問題は解決に向けた政治的合意が得られず、国交がない北朝鮮による拉致問題も進展しない。ロシアとの北方領土問題も暗礁に乗り上げている。
  出す必要のない談話に労力を費やしたあげく、戦争の惨禍を体験した日本国民や近隣諸国民が高齢化するなかで解決が急がれる問題は足踏みが続く。
  いったい何のための、誰のための政治なのか。本末転倒も極まれりである。

  その責めは、首相自身が負わねばならない。

150329 タガ外せば歯止め失う 長谷部恭男・早稲田大学教授/「未来志向」は現実逃避 杉田敦・法政大学教授

 杉田 先日ドイツのメルケル首相が来日しました。戦後ドイツも様々な問題を抱えていますが、過去への反省と謝罪という「建前」を大切にし続けることで、国際的に発言力を強めてきた経緯がある。「建前」がソフトパワーにつながることを安倍さんたちは理解しているのでしょうか。  / /長谷部 そもそも談話が扱っているのは、学問的な歴史の問題ではなく、人々の情念が絡まる記憶の問題です。記念碑や記念館、映画に結実するもので、証拠の有無や正確性をいくら詰めても、決着はつかない。厳密な歴史のレベルで、仮に日本側が中国や韓国の主張に反証できたとしても、問題はむしろこじれる。相手を論破して済む話ではないから、お互いがなんとか折り合いのつく範囲内に収めようと政治的な判断をした。それが河野談話です。  / /杉田 談話の方向性や近隣との外交について「未来志向」という言い方がよくされますが、意図はどうあれ、それが過去の軽視という「見かけ」をもってしまえば、負の効果は計り知れない。安倍さんたちは、未来を向いて過去を振り払えば、政治的な自由度が高まると思っているのかもしれません。しかし政治の存在意義は様々な制約を踏まえつつ、何とか解を見いだしていくところにあります。政治的な閉塞(へいそく)感が強まる中で、自らに課せられているタガを外そうという動きが出てくる。しかし、それで万事うまくいくというのは、一種の現実逃避では。  / /長谷部 合理的な自己拘束という概念が吹っ飛んでしまっている印象です。縛られることによってより力を発揮できることがある。俳句は5・7・5と型が決まっているからこそ発想力が鍛えられる。しかし安倍さんたちは選挙に勝った自分たちは何にも縛られない、「建前」も法律も憲法解釈もすべて操作できると考えているようです。  / /杉田 俳句は好きな字数でよめばいいのだと。  / /長谷部 あらゆるタガをはずせば、短期的には楽になるかもしれません。しかし、次に政権が交代したとき、自分たちが時の政府を踏みとどまらせる歯止めもなくなる。外国の要求を、憲法の拘束があるからと断ることもできない。最後の最後、ここぞという時のよりどころが失われてしまう。その怖さを、安倍さんたちは自覚すべきです。 =敬称略(構成・高橋純子)朝日新聞『考論』

0015 オルテガ「大衆の反逆 (桑名一博訳;久野収解説)」(白水社イデー選書;1930)評価5

以下は、オルテガ所論の久野収による抜粋の抜粋である:///  オルテガによれば、政治のなかで「共存」への意志を最強力に表明し、実行していく政治スタイルこそ、自由主義的デモクラシーである。共存は、強い多数者が弱い少数者に喜んで提供する自己主張、他者説得の権利である。敵、それも最も弱い敵とさえ、積極的に共存するという、ゆるがない決意である。/その意味で、人類の自然的傾向に逆行する深いパラドックス(逆説)であるから、共存を決意した人類が、困難に面してこの決意を投げ出すほうへ後退したとしても、それは大きな悲劇ではあっても、大きな不思議とするには当たらない。/「敵と共存し、反対者と共に政治をおこなう」という意志と制度に背を向ける国家と国民が、ますます多くなっていく1930年代、オルテガは、「均質」化された「大衆」人間の直接行動こそが、あらゆる支配権力をして、反対派を圧迫させ、消滅させていく動力になるのだという。なぜなら、「大衆」人間は、自分たちと異類の非大衆人間との共存を全然望んでいないからである。略。///  「大衆」人間は、自分たちの生存の容易さ、豊かさ,無限界さを疑わない実感をもち、自己肯定と自己満足の結果として、他人に耳を貸さず、自分の意見を疑わず、自閉的となって、他人の存在そのものを考慮しなくなってしまう。そして彼と彼の同類しかいないかのように振舞ってしまう。/彼らは、配慮も、内省も、手続きも、遠慮もなしに、「直接行動」の方式に従って、自分たちの低俗な画一的意見をだれかれの区別なく、押しつけて、しかも押しつけの自覚さえもっていない。/彼らは、未開人―未開人は宗教、タブー、伝統、習慣といった社会的法廷の従順な信者である―ではなく、まさに文明の洗礼を受けた野蛮人である。文明の生み出した余裕、すなわち、贅沢、快適、安全、便益の側面だけの継承者であり、正常な生存の様式から見れば、奇形としかいいようのないライフスタイルを営んでいる新人類である。略。///  「自分がしたいことをするためにこの世に生まれあわせて来た」とする傾向、だから「したいことは何でもできる」とする信仰は、自由主義の自由の裏面、義務と責任を免除してもらう自由にほかならない。/われわれは自由主義の生みだした、この「大衆」人間的自由、自己中心的自由に対し、他者と共存する義務と責任をもった自由を保全しなければならないが、一筋縄でいかないのは、この仕事である。(160626:イギリスEU離脱について思うところ=もみ=)