もみさんの一日一冊遊書録( 2011年9月1日 スタート!: メメント・モリ ) ~たゆたえど沈まず~

年とともに人生はクロノロジー(年代記)からパースペクティブ(遠近法)になり、最後は一枚のピクチュア(絵)になる

150215 衆参両院の「テロ非難決議」を非難する!「テロの本質」を真面目に語る政治家はいないのか!

 真面目に「テロの本質」を考えれば、その原因が、決して宗教の違いにあるのではなく、世界的に広がる富の偏在、極端な格差拡大、差別構造の継承、及びパレスチナ問題、それらによる<若者たちの絶望>にあることは、実は誰もがわかっていることだろう! それを「世界には凶悪なテロリストが大勢いて、こいつらを叩き潰せばテロが無くなる」なんて話に無理やりすり替えている。誰も、「テロの本質が、日本・世界の社会構造が抱える富の偏在・格差の拡大及びパレスチナ問題の<野放し状態>にこそある」という本質を語らないし、見させようとしない。そして、凶悪なテロリストへの恐怖ばかりを煽りたてている。これはまさにオーウェルの「一九八四年」の世界と同じだ。今回の国会の「テロ非難決議」に社民党・共産党まで加わっていたのには、あきれ果てた。「誰も本質を見ようとしない。」「武力で世界中の<絶望した若者たち>を封じ込めるべきではないし、不可能だ!」

秋原葉月さん「Afternoon Cafe」ブログから

※(1)「もちろん、普通の人間は戦争を望まない。しかし、国民を戦争に参加させるのは、つねに簡単なことだ。とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ」byヘルマン・ゲーリング ※(2)いつの時代も大衆をファシズムに煽動する手口は同じ。なのに同じ手口に何度も騙されるのは過去に学んでいないから。格差を広げ、セイフティネットを破壊し、冷徹な自己責任論が横行する社会を継続させるのは簡単だ。今よりもっと格差を広げ、セイフティネットを破壊する政策をとればよい。そうすれば人々に自己責任論がもっと浸透し、草の根から勝手に右傾化してくれる。

辺見庸さんのブログから

・権力をあまりに人格的にとらえるのはどうかとおもう。口にするのもおぞましいドブの目をしたあの男を、ヒステリックに名指しでののしれば、反権力的そぶりになるとかんがえるのは、ドブの目をしたあの男とあまり変わらない、低い知性のあらわれである。権力の空間は、じつのところ、非人格的なのだ。だからてごわい。中心はドブの目をしたあの男=安倍晋三であるかにみえて、そうではない。ドブの目をしたあの男はひとつの(倒錯的な)社会心理学的な表象ではありえても、それを斃せば事態が革命的に変化するようなシロモノではない。権力には固定的な中心はなく、かくじつに「われわれ」をふくむ周縁があるだけだ。ドブの目をしたあの男は、陋劣な知性とふるまいで「われわれ」をいらだたせ、怒らせるとともに、「われわれ」をして社会心理学的に(かれを)蔑視せしめ、またそのことにより、「われわれ」が「われわれ」であることに無意識に満足もさせているのかもしれない。ところで、「われわれ」の内面には、濃淡の差こそあれ、ドブの目をしたあの男の貧寒とした影が棲んでいるのだ。戦争は、むろん、そう遠くない。そう切実にかんじられるかどうか。いざ戦争がはじまったら、反戦運動が愛国運動化する公算が大である。そう切実に予感できるかどうか。研ぎすまされた感性がいる。せむしの侏儒との「ふるいつきあい」がベンヤミンのなにかを決定した。そう直観できたアレントほどするどくはなくても、研ぎすまされた感性がいる。けふコビトがきた。ミスドにいった。(2015/11/11)

200228 白井聡氏 75年前の失敗のツケを我々の手で清算しなければ  ※全く同感、絶対的に支持する!

2020年02月29日 00時17分12秒 | 時代の記憶
2月28日(金):

日刊ゲンダイ白井聡氏 75年前の失敗のツケを我々の手で清算しなければ 怯むなANAホテル!ウソと詭弁を終わらせろ    2020/02/28 
白井聡氏(政治学者)
 どんな鈍い頭の持ち主にも、いまや点と線がつながったことがわかるだろう。安倍政権の本質は、「私物化」である。私物化はモリカケ問題だけのキーワードではない。モリカケ問題それ自体はつまらない事件だ。だが、それはこの本質が氷山の一角としてこの上なく明瞭に可視化された案件なのだ。より重大な、アベノミクス(GDPの改竄を含む)、北方領土問題、対米従属問題(沖縄米軍基地問題やトランプ大統領への媚態等々)、朝鮮半島危機への対応など、すべてはこの一語で説明できる。ここにあるのは、世襲によって譲り受けた権力を手段を選ばず維持するという原理だ。
 私物化は未来の日本人にも及ぶ。ピント外れの大学入試改革は、自らの学力と学歴に対する安倍の劣等感によって後押しされてきた。結果、入試制度そのものが、ベネッセを代表とする教育業界の政商の食い物にされ、台無しにされようとしている。
 総仕上げは検察の私物化であり、国家権力の究極的私物化だ。ここまでくれば明らかだ。安倍が私物化しているのは、権力や利権の一部分ではない。国家そのもの、つまり国土と国民を好きなように処分できる私物として取り扱っている。ゆえに、新型コロナウイルス問題への悲惨な対応も全く驚くべきものではない。国民の生命や健康を守ることになど、そもそも何の関心もないのである。
 国民の課題ははっきりしている。安倍を退陣させるだけでは不十分であり、しかるべき場所(牢獄)へと送り込まなければならない。そしてこの間この腐りきった権力を支えてきた政官法財学メディアの面々をリストアップし、処断せねばならない。75年前の失敗の根源は、国を破滅させた者どもを日本人が自らの手で罰しなかったことにある。その中に、あの「僕のおじいちゃん」(岸信介)もいた。そのツケをいまわれわれの手で清算しなければならないのである。

200228 異変?! 昨日2月27日(木)の閲覧数 6174PV 、訪問者数 345IP 

2020年02月28日 22時58分32秒 | 閲覧数 記録
2月28日(金)

昨日2月27日(木)の閲覧数 6174PV 、訪問者数 345IP  

※こんな閲覧数は初めてのこと。今までは多くても2000PV程度だった。何があったのか? よく分からないが、確かなのは国民・市民生活への想像力を欠いたアベによる小中学校の3月2日全国一斉休校要請(指令?)が出た日だということ。

200227 作家・中村文則「国民の命にまで…安倍政権はもう限界だ」、ジャーナリスト・青木理「憲政史上最愚の政権」

2020年02月27日 18時37分10秒 | 時代の記憶
2月27日(木):

日刊ゲンダイ作家・中村文則氏 国民の命にまで…安倍政権はもう限界だ 怯むなANAホテル!ウソと詭弁を終わらせろ    2020/02/26 
中村文則氏(作家)
 以前のモリカケ問題の時、政権に好意的な人たちも、首相たちの言い訳が全て本当と思った人は少なかったのではないか。政権を表面的には擁護しながらも、首相たちもまあ反省するからよくなると思った人もいたのではないか。だが反省も何もなく、むしろ悪化し現在の桜問題につながった
 モリカケの時、こんな言い訳をする首相を各国首脳は信用できないし、拉致問題も北方領土も解決するわけがないと思ったがやはりそうだった。忠犬と見間違うほどみっともない一部マスコミを使い盛り上げ期待させ、現実は何も進んでないばかりか後退した。「外交の安倍」と持ち上げていた記者たちは今どんな顔でご飯を食べているのだろう。
 そして今回の新型肺炎の杜撰な対応。クルーズ船での現場のスタッフたちは懸命に働いたはずで頭が下がるが、初めに全員検査をしなかった国の方針が完全に間違っていたため悲惨な結果になった。海外メディアも船周辺に集結し、世界に恥をさらした。世界中の専門家たちが間違っていると指摘する中で、適切だったとモリカケや桜問題と同じように政権は言い、結果船内から死者を出し下りた乗客の方に陽性反応が出た。そしてモリカケと同じように反省もせず改善も成長もせず、適切適切と言いながらまた次の惨劇を生むだろう。
 拉致問題と同じようにやってるイメージだけまき散らし、メディアや応援団を巧妙に使いクルーズ船をはじめとした新型肺炎の対応の不備も誤魔化し続け嘘もつき続けるのではないか。税金をドブに捨てるほどの無駄遣い、国家の私物化の領域を越え、とうとう国民の生命の危機の領域まで現政権の弊害が入り込んできた。保健所で新型肺炎の検査が拒否されているという各地の訴えは何を意味するのか。一体何をやっているのか。
 もうマスコミは忖度するな。実体よりイメージを優先するこの政権はもう限界だし、そもそも誕生するべきではなかった。


2020/02/27 日刊ゲンダイ

200226 素朴な疑問「新型コロナの懸念で受診した際、医療費は誰が出すのか?」「保険による自前で医療費を負担する」そうだ。感染拡大予防は不可能!

2020年02月26日 21時01分07秒 | 日記
2月26日(水):    首相官邸ホームページより

今日、職場で上から「新型コロナの流行に伴いさまざまな公的諸行事が中止になる」通達と諸注意があった。

素朴な疑問として「新型コロナの懸念で医療機関にかかった場合、医療費は誰が出すのか?」と尋ねてみたところ、「保険による自前で医療費を負担する」ということだった。「正気か?オリンピックも危うい、パンデミックの瀬戸際と大騒ぎしているのに、新型コロナの懸念のある人は自発的に、その際医療機関にかかるのは健康保険で自前で」って・・・。

徹底できるわけがない。生活困窮者は医療機関に行かないだろう。健康保険のない人はどうしたらいいのか。在日外国人は?今の政府の危機感の欠如、感性の鈍さはもはや異常を通り越して異様である。

帰宅すると、夕刊の1面に「スポーツ・文化行事 2週間自粛要請 首相」という大見出しで、「安倍晋三首相は26日、首相官邸で開かれた政府の新型コロナウイルス感染症対策本部の会合で、国内のスポーツ・文化イベントの開催を2週間自粛するよう要請した。要請に強制力はなく、開催するかどうかの最終判断は主催者に委ねられるが、首相が要請することで感染拡大の防止に向けた政府の強い姿勢を示した」と記されていた。

アベは自分を毛主席や金日成だと考えているのか?いつから日本は独裁者気取りのお馬鹿の<お言葉>で魔法のようにすべてが解決する国になったのか。日本民主主義人民共和国の首相様の強力な御指導の下で我々日本人民はいよいよ衰え滅びてまいりまする。

おい!せめて医療費ぐらい国が出せよ!やる気あんのか!ポンコツ戦闘機10機分(約1000億円)、アメリカにキャンセルして国難を乗り切るぐらいの心意気を示せよ!と言っても性根の腐った虚言癖のガキンチョに期待するのは無理か・・・。

リテラ安倍政権のコロナ基本方針に絶句! 検査受けられない体制は続行、休業・休校しても補償なし、安倍首相は会見もせず懇親会へ  
2020.02.26 

 もう呆れ果てるほかない。昨日25日、安倍首相が本部長を務める「新型コロナウイルス感染症対策本部」が感染対策の基本方針を決定したが、国民をはじめ自治体や企業に責任を丸投げする内容だったからだ。
 まず政府は、今後は「重症者対策を中心とした医療提供体制等の必要な体制を整える準備期間」だとした上で、「国民が一丸となって新型コロナウイルス感染症対策をさらに進めていくため」に、国民にこう呼びかけた。
「感染の不安から適切な相談をせずに医療機関を受診すること、感染しやすい環境に行くことを避けて」
「手洗い、せきエチケット等を徹底」
「風邪症状があれば外出を控え、やむを得ず外出される場合にはマスクを着用して」
 はっきり言って、「いまそれ?」とツッコまざるを得ない。専門家会議は「これから1〜2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」と言うが、一体これのどこが「瀬戸際」の対応だというのか。政府はこの期に及んでも、小学生でもわかっているようなことしか打ち出さなかったのだ。
 だが、もっとも開いた口が塞がらなかったのは、今後の感染状況の把握や医療体制についてだ。
 政府はこれまで、感染を疑う人が「帰国者・接触者相談センター」に相談できる目安を、風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続いたり、強い倦怠感や息苦しさがある場合とし、基礎疾患がある人や妊婦はこれらが2日以上つづいた場合としてきた。だが、こうした条件をクリアしているにもかかわらず、相談センターに連絡しても病院への受診を勧められるだけで、病院や保健所に相談しても「検査はできない」と断られたという人の悲痛な訴えがSNS上では溢れている。
 こうした事態を受け、政府もさすがに今回の基本方針で、このような「たらい回し」を防止する方針を打ち出すはずだ──そう多くの人が願っていたはずだが、しかし、政府は事ここに至っても、何の対応策も出さなかったのだ。
 基本方針の「(2)国内での感染状況の把握」を読むと、今後の方針として、〈地域で患者数が継続的に増えている状況では、入院を要する肺炎患者の治療に必要な確定診断のための PCR検査に移行しつつ、国内での流行状況等を 把握するためのサーベイランスの仕組みを整備する〉とあるだけ。
 これはあまりにも酷すぎるだろう。そもそも、患者集団が発生している地域以外、どうしたらいいのか何も言及しておらず、一体どうすればいいのかさっぱりわからない。さらに患者集団が発生している地域でも軽症者は状態が変化するまで受診できないのであれば、そのあいだに感染を広げる可能性もあるし、受診段階で重症になっている場合も十分考えられる。
 実際、24日に感染者として発表され、重症で入院中と報じられた神奈川県の50代男性は、14日に38度の高熱を出し、17日に医療機関を受診、19日に別の医療機関で肺炎と診断されたものの「37.5度以上の発熱が4日以上」という基準を満たしていなかったためにPCR検査をせずに自宅で療養していたという。だがその結果、発熱や呼吸苦などが続き、PCR検査を受けて感染が確認されたのが24日。このときすでに男性は重症化していたのである(毎日新聞24日付)。
 ようするに、重症化しなければ検査・治療が受けられないという政府の方針では、さらに重症者を増やしてしまうとしか考えられないのだ。

■民間の検査を渋り、中国から無償提供された1万2500人分のPCR検査キットを放置
 新型コロナの感染が疑われながらも検査を受けさせてもらえないという声がここまで高まっているというのに、いまだに何ら手立てを打たない政府──。しかも、その検査拡大を渋る理由も無茶苦茶だ。
 加藤勝信厚労相は17日の会見で、18日以降は1日3830件のPCR検査が可能だと述べていたが、実態はPCR検査の実施数は25日12時時点で、たったののべ1017人だ(チャーター便帰国者やクルーズ船乗船者をのぞく)。なぜこんなに少ないのかを昨日25日の衆院予算委員会分科会で問われた加藤厚労相は、この数字には感染が確認された人の濃厚接触者への検査実施数が含まれていないと説明し、総数を数字で示してほしいと求められても「正直言って(地方衛生研究所から)全部即日(報告が)上がってきているわけではない」と答弁。さらに民間検査会社を活用すれば1日万単位の検査が可能になるとも言われているが、民間の活用をこう渋ったのだ。
「(民間と公的機関の)役割分担をどういうかたちでしていくのかを整理せずにやると、これは逆に混乱を生むんじゃないのか。私の懸念は最大そこ」
 いまだに役割分担の整理もできていないって、一体いままで何をやってきたんだと言いたくなるが、その上、昨日の分科会では、中国から国立感染症研究所に対して無償提供された1万2500人分のPCR検査キットが、性能的にも問題ないと同研究所から厚労省にも報告されているというのに活かされていないことが判明。加藤厚労相は「もともとある供給力と調整していきたい」などと答弁したが、感染拡大地である中国からの善意さえ無駄にしようとしているのである。
 しかも、加藤厚労相は昨日、ようやく検査の保険適用に言及したが、これもじつは「保険適用に向けて準備を進める」というだけ。一刻も早くPCR検査を保険適用にし、民間の医療機関で検査がおこなえるようにすべきなのに、加藤厚労相は「(民間医療機関などで)どんどん引き受けてもらえる状況ができれば(適用を)考えていい」などと述べたのだ。
 こうした加藤厚労相の態度や基本方針を見るかぎり、本サイトで言及してきたように、政府は「感染者の数字」を増やしたくないために、あえて検査を拡大させないようにしているとしか考えられない。昨日放送された『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)では、新型コロナの感染が疑われる症状でありながら、この期に及んで渡航歴や感染者との接触歴の有無によって検査を断られたケースが紹介されたあと、池袋大谷クリニックの大谷義夫院長は「医者人生30年間、今回ほど怖いことはない。検査できない。検査できないから診断できない。診断できないから治療もできない。何もはじまらない」と危機感をあらわにしたが、こうした状況を政府は自己保身のために野放しにしているのである。

■安倍首相は会見を加藤厚労相に丸投げ、国民に「集まりは控えろ」の一方で自分は懇親会へ
 いや、これはPCR検査の問題だけではない。今回決定した基本方針では、企業に対して発熱などの症状がある社員には休暇の取得を勧めることを呼びかけたが、その休業基準を示さなかったどころか、企業や社員に対する休業補償のためにどれほどの予算措置をおこなうかなどの具体的な話には、まったく踏み込まなかったのだ。
 また、萩生田光一文科相は「市町村単位で複数の感染者が出ている場合、思い切って、市、町の学校ごと休むことも選択肢に入れてほしい」などと述べたが、休校措置がとられた際の保護者に対する支援策や補償策は示されていない。
「瀬戸際」だと言うのに、補償策も出さずに国民や企業、自治体に責任を丸投げする……。これはあきらかに政府の責任放棄であり、これで感染の収束などできるはずがない。

 そして、それは国のトップの態度からもはっきりしている。日本と同じく感染が拡大している韓国の文在寅大統領は昨日、感染が広がる大邱市を訪問し、「政府は軍、警察までも投入して民間医療関係者の支援を含めた総力支援態勢を取っている。きょう夕方からは首相が中央災難(災害)安全対策本部長としてここに常駐し、現場の陣頭指揮を執る」と宣言(聯合ニュース25日付)。一方、安倍首相は対策本部で基本方針の決定をおこなったが、記者会見も開かずに加藤厚労相に対応を任せきりにし、17時すぎからは都内のザ・キャピトルホテル東急の宴会場で開かれた自民党と各種団体の懇談会に出席して挨拶をおこなっている。
 国民に「不要不急の集まりは控えろ」「飲み会や立食パーティを控えろ」と言いながら、自分は宴会場での懇談会にノコノコ出かけて挨拶する──。この男に、もはや何を期待しろというのだろうか。(編集部)
 

200224 スティーブン・スピルバーグ監督「シンドラーのリスト」(アメリカ:1993)感想5

2020年02月25日 01時37分42秒 | 映画・映像
2月24日(月):      

久しぶりに映画「シンドラーのリスト」を観た。ユダヤ系アメリカ人のスティーブン・スピルバーグ監督の作品で3h16mの大作だ。細かいストーリーを説明する余裕はないが、とにかくたくさんの涙が出た。シンドラーに救われた1100人のユダヤ人からタルムード(ユダヤ教の経典の一つ)「ひとりの生命を救う者は、全世界の生命を救う」の言葉が贈られたのを観て、最澄の「照一隅(一隅を照らす)」と同じだ、と思い至り、さらにこの言葉を大切にしていた中村哲医師のことが思い浮かんだ。そして、アフガニスタンで多くの人々の命と生活を守る活動を続けた中村哲医師の偉大さを改めて再認識した。

9 016 保坂和志「書きあぐねている人のための小説入門」(中公文庫:2003、2008)感想4

2020年02月22日 13時09分42秒 | 一日一冊読書開始
2月22日(土):  

356ページ      所要時間1:45       古本市場86円

著者47歳/52歳。1956年、山梨県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。93年、『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、95年、『この人の閾』で芥川賞、97年、『季節の記憶』で谷崎潤一郎賞と平林たい子賞を受賞

保坂和志という著者を俺は全く知らなかった。これからも作品を読むことはないだろう。本棚で眠っている大量の本と少しでも縁を結んでおきたい。幸い起きた直後のさえた頭なら、1ページ15秒読みで最後まで駆け抜けることができるかもしれない。内容なんてわからなくてもよい。ただ良い作品かどうかは必ずわかるはずだ。

実際に目を這わせ続けた。1:20ほどで247ページの2003年の“あとがき”まで行けた。残りは文庫本で加えられた“創作ノート”である。最後まで、目を這わせて、俺は本書に好感をもった。それなりに時間をかけて読み切れば、感想5になったと思うが、そうすれば俺はこの本と縁を結べなかった。たとえ目を這わせるだけでも、頭のさえた時間に一気に内容を追い切れたということが、本書の値打ちを表していると思う。

芥川賞を受賞し、その後もそれなりの活躍をしている小説家の創作にかける心の内と方法に少しだけだが触れることができたのは良かったと思う。

残り少ない人生、少しでも多くの本と付き合うためには、今回のような読み方(遊書)はどうしても必要になる。本当に価値ある内容だと思えば、再度読み直してカウントすればよいという潔さを持ちたい。

【目次】1章 小説を書くということー感じ、そして考えること/2章 小説の外側からージャズ、アフリカ文学、哲学…/3章 何を書くか?-テーマからの解放/4章 人間を書くということーリアリティとは何か?/5章 風景を書くー文体の誕生/6章 ストーリーとは何か?-小説に流れる時間/7章 テクニックについてー小説を書き始めるためのいくつかの覚書/創作ノート

【内容情報】小説を書くときにもっとも大切なこととは?実践的なテーマを満載しながら、既成の創作教室では教えてくれない、新しい小説を書くために必要なことをていねいに追う。読めば書きたくなる、実作者が教える“小説の書き方”の本。著者の小説が生まれるまでを紹介する、貴重な「創作ノート」を付した決定版。

200221 広がる新型肺炎 弱者の視点に立つ契機に 神里達博

2020年02月22日 01時09分16秒 | 考える資料
2月21日(金):  
朝日デジタル(月刊安心新聞plus):広がる新型肺炎 弱者の視点に立つ契機に 神里達博
2020年2月21日 5時00分

 新しい病が、世界を揺るがしている。日々増える患者数に、私たちは不安を禁じ得ないが、「彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」の基本に立ち返り、大局的に考えてみたい。
 まず、「彼」は何者か。起源は、まだはっきりしない。だが、なんらかの動物からやってきたとされる。コロナウイルスの仲間は昔から、さまざまな哺乳類や鳥類に、それぞれ「お気に入りの居場所」を確保してきた。人類に「風邪」と呼ばれるありふれた病気を起こしてきた連中の一部も、そこに含まれている。
 そもそも、「生命」の定義にもよるが、ウイルスは生き物とはいえない。なぜなら、自力で生きていくための「細胞」を持たないからだ。そのためウイルスは、常に他の「一人前の生き物」に、どっぷり頼って暮らす。例えば、風邪のコロナウイルスは、上気道、つまり鼻から喉(のど)までの、粘膜が古くからの住処(すみか)だ。
 従って、ウイルスの立場から考えれば、居場所を提供してくれる宿主にダメージを与え過ぎるのは、愚かな選択だ。宿主が適度に元気で、次の宿主のところまで自分を連れて行ってくれるのが、望ましい。殺してしまうなど、愚の骨頂である。
 しかしそれは、「馴染(なじ)みの相手」であることが条件だ。新型コロナウイルスも、そういう「良い関係」の動物が存在していたはずだ。だがなぜか、これまで縁のなかった「人類」にとりついてしまった。勝手の分からない相手に対しては、暴力性を発揮してしまうこともある。具体的には、新型コロナは、呼吸器系の比較的奥の細胞にとりつく傾向があるらしい。これが重篤な肺炎をもたらしているとも考えられる。
 では今後、どうなっていくのか。一般にウイルスは、遺伝子を変えながら、できるだけ宿主に「優しい」方向に進化していく。そういう性質を獲得した株の方が、より多くのコピー(子孫)を作り出すことができるからだ。重い肺炎を起こすよりも、3日だけ鼻水が出る、くらいの方がウイルスにとっても都合が良い。
 現段階では、このウイルスを完全に制圧しようと各国が奮闘中だ。当然、まだ諦めるべきではない。だが、もしそれができなかったとしても、ウイルスは将来、人類と「そこそこの関係」を保てるように進化し、また人類の側も徐々に免疫を獲得して、一般的な風邪の病原体の一つに落ち着く可能性もあるだろう。
     *
 考えるべきは、そういう段階になるまでの間に、このウイルスが私たちに及ぼす悪影響を、どうしたら最小化できるか、である。ここからは、「己を知る」ことも大事になる。
 まず確認しておくべきは、疾病との闘いは常に、リスクや利益のトレードオフになる、という点だ。
 たとえば、熱が出れば、解熱剤を使うのが当たり前になっている。だが、体温が上がるのは免疫力を高めるための自然な反応だ。実際、解熱剤を使わない方が、風邪の治りが早かったという研究報告もある。
 しかし、ならば解熱剤を全く飲まなければ良いかといえば、必ずしもそうではない。高熱は体力を消耗し治癒力を弱める効果もある。要するに程度問題、バランスが重要であり、名医はその見定めが上手なのだ。
 このような、さまざまな価値やリスクの比較・交換に注目すべきであることは、公衆衛生的な対策のシーンでも、本質的には同じである。
 極論すれば、全ての社会活動を停止し、人の動きを止めれば、ウイルスは次の宿主が得られず、自然消滅するだろう。だがそれは、私たちの社会システムが「窒息」することでもある。そうなれば結果的に、感染症以外の原因で犠牲者が出ることもありうる。さまざまな条件を比較考量し、適切な選択肢を随時見つけていくことが、あるべき対策なのだ
 もちろん、その判断が難しいこともあるが、たとえば感染制御学という分野の専門家は、その道のプロである。クルーズ船への対応に批判が集まっているが、大切なのは、そのような専門知を適切かつ迅速に、ポリシーに反映させる仕組みだ。
 その点で、米国の疾病対策センター(CDC)のような、強力な組織を持たない日本は、今回のような事態に対して脆弱(ぜいじゃく)と言わざるを得ない。2009年には新型インフルエンザの流行もあり、必要性の認識はあったはずだが、実現されていない。これを機に、必ず具体化すべきだ。
     *
 いずれにせよ最も重要なのは、患者が同時に集中発生して、医療資源を超過するような事態を避けること、そして私たち一人一人が「弱者」の視点に立って考えることである。
 最新のデータでは、患者の約8割は軽症だが、5%程度が呼吸困難などで重体となっているという。
 もし、「熱があっても休めないあなた」が、解熱剤を飲んで活動し、ウイルスを拡散させてしまうと、とりわけ、重症化しやすい高齢者や基礎疾患のある人の命を、結果的に危険に晒(さら)すことになる。
 そもそも体調が悪いのに無理して働く人、働かせる人が、この国には多すぎる。現実には、大抵の仕事は「代役」でもこなせる。だからこそ、世の中はなんとか回っている。
 同時に、休んでも不利益にならないよう、労働者を守るルールを徹底させることも大切だ。これを契機に、立場の弱い者への理不尽な要求や、陰湿な同調圧力を、この社会から無くそうではないか。テレワークにも注目が集まっているが、どんどん活用すべきだ。「禍(わざわい)を転じて福」となれば良いのだが。
 難局を、理性的に乗り切りたい。
     ◇
 かみさとたつひろ 1967年生まれ。千葉大学教授。本社客員論説委員。専門は科学史、科学技術社会論。「ブロックチェーンという世界革命」など

9 015 小林公夫「「勉強しろ」と言わずに子供を勉強させる法」(PHP新書:2009)感想2

2020年02月22日 00時41分23秒 | 一日一冊読書開始
2月21日(金):  

244ページ      所要時間2:10      古本市場86円

著者53歳(1956生まれ)。

感想1も考えたが、さすがにそれはやめておいた。久しぶりにまとまりに欠けた内容の全くない本に出合った気がする。著者は、司法試験の指導や医学部進学の指導、中学受験の指導など様々な上層市民の指導に関わってきたようだが、本のタイトルにあたる内容は、「勉強しろ」というより本人がその気になるように寄り添うのと本人及び近親者の覚悟が本質的に大事なのだ、ということだけである。

著者の目線は超<上から目線>で「自分ができる指導は読者もできて当然である」という論調でどんどん押し込んでくる。しかし、「なんかこの人、読者のことが全く分かってねえなあ」、「たとえ話の対象が大人になったり、大学生になったり、高校生、小学生になったり、次々と変わってバラバラで統一性が全くない。ピーチクパーチク好きなことさえずってるだけで内容に背骨がないので、参考にしようがない。」「結局、役に立てようのない方法論と、自慢話ばっかりの単純な精神論かよ。」という印象しか持てなかった。

途中投げ出したくなったが、とりあえず最後まで行った。よく売れているようなので逆に驚いてしまう。著者全体を否定する気はないが、本書に関しては「もういいです、好きな人はどうぞ、別に止めません」って感じだ。

【内容紹介】できる子の親は何をしているのか?たとえば、「伸びない時期は放置し、伸びる時期に集中させる」「長所を伝え、本気で叱る」「志望校の出題周期表を作る」…。一方、伸び悩んでいる子の親は「ただプレッシャーをかける」「迷惑をかけそうな人を子供から引き離す」「短所を放置する」…。その差は歴然!成績不振に悩む多くの受験生と固い信頼関係を結び、医学部に合格させた実績を持つ著者が、およそ三十年に亘る指導経験、数多の元受験生への取材、自身の子育てから得た結論を説く。

9 014 池上彰「いま、君たちに一番伝えたいこと」(日本経済新聞出版社:2015)感想3+

2020年02月19日 01時07分35秒 | 一日一冊読書開始
2月18日(火):  

259ページ      所要時間2:30       古本市場86円

著者65歳。ジャーナリスト。東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、1973年にNHK入局。報道記者として、さまざまな事件、災害、消費者問題、教育問題を担当する。1994年から11年にわたり「週刊こどもニュース」のお父さん役として活躍。2005年よりフリーになり、書籍やテレビ、選挙報道等でニュースをわかりやすく解説

日本経済新聞連載「池上彰の大岡山通信 若者たちへ」に加筆・再編集したもの。読む尻から抜けていくが、とりあえず流れるように読むことができた。褒めているのではない、既読感が強くて新鮮味が無く、中身スカスカだった印象だった。これは俺が池上さんの著作をこれまで読んできたこと、歴史・地理が好きだということもあるが、東工大での学生向け教養講座の新聞コラムをまとめた本だということもある。

さまざまに目先は変えるが、限られた紙面コラム記事の中でどのテーマも深く掘り下げ切れていない。投げかける結論も比較的予測が立ちやすいということである。これでは物足りない。食い足りない。役に立たない。読みやすくて、労せずに一冊読めたのがよかったと言えば、良かった。

国債の発行や借入金などを合わせたいわゆる国の「借金」は、13年に初めて1000兆円の大台を超えました。略。この数字がどれだけ大きいかというと、日本が1年間に稼ぎ出す価値の総額である国内総生産(GDP)のおよそ2倍。その割合は財政危機に瀕したギリシャよりも深刻なのです」(174ページ) これを読むと池上さんは、プライマリーバランス黒字化をめざす財政再建論者である。しかし、れいわ新選組山本太郎代表の支持者となった俺の頭は、池上さんの主張を素直に聞けなくなっている。この点で、池上さんに対する関心が低下したと言える。特に、財政赤字の深刻な例として自国通貨を発行できないギリシャを挙げているのが納得いかない。これではデフレをより深刻化しかねない。
 
【目次】第1部 生きるということ(迷ったら、初心と理想を忘れるな/記者の仕事は、歴史を刻むことである ほか)/第2部 自分の頭で考えてみよう(流行の背後にマーケット戦略ありーAKB総選挙で考えるビジネス/政治家も科学的思考法を持てーSTAP細胞確認の「悪魔の証明」問題 ほか)/第3部 キャンパスでは今(ビジネスで役立つのは、多様な教養の蓄積こそ/教育とは、決して盗まれることのない財産である ほか)/第4部 世界は動いている(国の発展には、まず女性へ教育を/アジア諸国の友好で「共通の敵」に立ち向かうー国境の無い環境問題 ほか)

【内容紹介】常に念頭にあるのは、世の中の見方や生き方について、 一先輩として、若者たちにメッセージを送りたいということでした。(中略) 大学で新たに学ぶことになった若者たちにも、 学校を出てずいぶん経ってしまった?元若者?たちにも、 それぞれの立場で読んでいただける内容になっていれば幸いです。 --本書の「はじめに」より
生きること・学ぶこと・知ることについて、池上彰から読者へのメッセージ
「イスラム国」問題、STAP細胞事件、安倍首相の解散総選挙をはじめ、さまざまなニュースをとっかかりに、
ジャーナリズム論や流行の裏のマーケティング、政治の楽しみ方などを、池上先生が伝えます。

200218 一年前:8 040 冲方丁「麒麟児」(角川書店:2018)感想4+

2020年02月18日 18時48分45秒 | 一日一冊読書開始
2月18日(火):
8 040 冲方丁「麒麟児」(角川書店:2018)感想4+

2月14日(木):  312ページ      所要時間5:10       図書館著者41歳(1977生まれ)。ちょっと意外感のある本だった。江戸城無血開城を中心に、そ......


9 013 ブレイディみかこ「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(新潮社:2019)感想5

2020年02月17日 00時40分44秒 | 一日一冊読書開始
2月16日(日):  

253ページ       所要時間4:00       図書館

著者54歳。1965(昭和40)年福岡生れ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996(平成8)年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞を、2019(令和元)年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でYahoo!ニュース|本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞を受賞。他の著書に『THIS IS JAPAN』『ヨーロッパ・コーリング』『女たちのテロル』などがある。

大変評判の良い本である。古本は無理なので、図書館で借りて読んだ。評判通り、期待を裏切らない内容だった。非常に感性の良い書き手による<現場報告>である。著者は、福岡県有数の公立進学校を出て、経緯は知らないが、イギリスに渡り、ブライトンという地方都市でアイルランド人の配偶者と暮らす。40歳を超えて体外受精で息子を生み、カトリックの名門小学校を出した後、なぜか?名門中学ではなく、元底辺中学校に進学させる。

その元底辺中学校で、息子をはじめ、母親である著者が直面し、経験する様々な問題が早熟な息子と著者の良い感性を通して描き出されている。本書の随所に、現地に住む当事者にしか描けない微妙な思いが表現されていて、日本から見た我々の思い込みがつぎつぎ修正されていくのが小気味よい。

イギリスは、日本から見えるほど理想の国ではない。移民・人種問題、貧困格差の階級化問題など様々な多様性の問題に直面している。しかし、それらの問題に対してオープンにして前向きに取り組まざるを得ない状況下で人々が差別・人権問題に否応なく取り組み続けている。それに対して、日本はイギリスほどには問題は表面化されていないが、多様性への取り組みができていないし、人々も見て見ぬふりをしている。イギリスには前向きな志の存在を覚える。日本社会は茫然自失して、かつての志すら失っている。

俺は、日本よりイギリスの社会に希望を感じる。目を背けて見ないふりをする国より、むき出しであっても問題を誤魔化さずに可視化し続ける国の方がはるかにましに思える。

著者は福岡県の出身で息子が生まれてから日本語のできない息子を連れて里帰りをするようになるのだが、そこで「YOUは何しに日本へ?」を連呼する酔客に絡まれる話(157~160ページ)は、本当に無様で格好の悪い日本人の姿(俺も自分のことを九州男児という奴が大嫌いだ。そういうことは腹の中に持っておけ。)の描写だった。クズだ。

「でも、多様性っていいことなんでしょ? 学校でそう教わったけど」/「うん」/「じゃあ、どうして多様性があるとややこしくなるの」/「多様性ってやつは物事をややこしくするし、喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃない方が楽よ」/「楽じゃないものがどうしていいの?」/楽ばっかりしてると、無知になるから」と私が答えると、「また無恥の問題か」と息子が言った。以前、息子が道端でレイシズム的な罵倒を受けたときにも、そういうことをする人々は無知なのだと私が言ったからだ。/「多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う」(59~60ページ)

息子と仲のいい友人グループの中にはダニエルを見捨てた子もいる。が、息子にしても、(ダニエルと取っ組み合いの喧嘩をしたことのある)ティムにしても、彼からダイレクトに差別されて衝突したことのある子たちは友達として残っている。/「ダニエルからひどいことを言われた黒人の子とか、坂の上の公営団地に住んでいる子たちとかは、いじめに参加してない。やっているのはみんな、何も言われたことも、されたこともない、関係ない子たちだよ。それが一番気持ち悪い」と息子は言った。/「……人間って、よってたかって人をいじめるのが好きだからね」わたしが言うと、息子はスパゲティを食べる手を休めて、まっすぐにわたしの顔を見た。そしてあまり見たことのない神妙な顔つきになって言った。「僕は、人間は人をいじめるのが好きなんじゃないと思う。……罰するのが好きなんだ」(196ページ)

【目次】はじめに /1 元底辺中学校への道  /2 「glee/グリー」みたいな新学期 /3 バッドでラップなクリスマス /4 スクール・ポリティクス /5 誰かの靴を履いてみること /6 プールサイドのあちら側とこちら側 /7 ユニフォーム・ブギ /8 クールなのかジャパン /9 地雷だらけの多様性ワールド /10 母ちゃんの国にて /11 未来は君らの手の中 /12 フォスター・チルドレンズ・ストーリー /13 いじめと皆勤賞のはざま /14 アイデンティティ熱のゆくえ /15 存在の耐えられない格差 /16 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとグリーン

【内容紹介】優等生の「ぼく」が通い始めたのは、人種も貧富もごちゃまぜのイカした「元・底辺中学校」だった。ただでさえ思春期ってやつなのに、毎日が事件の連続だ。人種差別丸出しの美少年、ジェンダーに悩むサッカー小僧。時には貧富の差でギスギスしたり、アイデンティティに悩んだり。世界の縮図のような日常を、思春期真っ只中の息子とパンクな母ちゃんの著者は、ともに考え悩み乗り越えていく。

絵本「タンタンタンゴはパパふたり」

200214 朝日新聞の「首相と会食も大事なおつとめなのよ」声明文(言い訳)にあきれ果てた。滅びろ!

2020年02月15日 00時49分02秒 | 今、思うこと&意見
2月14日(金):    ※今日一日ずっと不愉快な気分だった。朝日新聞もここまで堕ちれるのか・・・。

朝日新聞の「首相と会食も大事なおつとめなのよ」声明文(言い訳)にあきれ果てた。これを読んで「はいそうですか」と納得する読者がいると思っているのが既に不可思議の極みである。

総理との会合で「6千円や4千5百円の飲食代は記者側が払っている」と言うが、本当にそういう問題なのか。故意に問題を矮小化しようとしているとしか思えない。ガキ(子ども)じゃないんだから、これが数千円の飲食代を払ってるかどうかの問題ではないのは誰にでも明らかだ。

実際にはその裏で、総理と飲食を共にすることによるコネクションが生まれ、それにともなう新聞社内における特権的立場が確立し、そのことが新聞社全体の報道姿勢にも強い影響を与える。そして記者には、内外の様々な状況での便宜供与など金額に換算できない絶大な権力、発言力、利権などが生じている。伊藤詩織さんを襲った強姦魔の記者が、超法規的措置で今だに恥知らずな無罪を主張できている惨状を見ればすぐわかることだ。こんなことは、さまざまな形で横行している。NHKの岩田明子記者の存在がNHKニュースの報道姿勢をゆがめているのもその例だ。

そういう本質的問題にはほおかむりして、やり過ごす虫のよさと、「それを読者には理解できないだろう。とりあえず一言批判を否定して置けばいい。多くの連中は騙されてついてくるだろう」という読者を舐めきって馬鹿にした朝日新聞社の堕落した精神が、こちらに強く伝わってくる。

「取り込まれることはありません。そのことは記事を通じて証明していきます。」(政治部次長 円満亮太 *円満さん冗談は名前だけにしてくれ!)とはよく言えたものだ。記事を通じて、全く証明されていないから不信感しか持てないのだ。

俺は曽我豪の日曜日のコラムをはじめから読まなかったのではない。読んでいて、この記者の「権力に阿り、読者には自分を偉く見せようとする卑しい精神がその文章から伝わってきたから」目の穢れとして読まなくなったのだ!新聞記者の権力に対するウォッチドッグとしての役割を全く果たせていない。それどころか権力に阿る飼い犬に堕しているから軽蔑と嫌悪感がやまないのだ。

この朝日新聞社の声明記事は、総理と記者との会食が社会全体に強い不信感を与えている現実>から目を背けて完全に恥を忘れた反省無き居直りだ。あまりにも購読者の目を舐めきった自らに甘く、自浄能力の欠如した<上から目線>の表明でしかないことに驚く。

これだったら市民新聞レベルで大本営発表の読売新聞と同じだ。新聞を通じて国民を飼いならそうとする権力の手先に金を払ってその記事を押し頂いて読ませていただくのは全くもってシニカルな戯画でしかない。

金を払って読む値打ちはない。我慢してきたが、朝日を購読するのをやめる潮時だと思う。頼むから、これ以上、購読者を踏みつけにする醜い姿を晒さないでほしい。枝葉ではなく根っこが腐れば大きな木も倒れるしかない。

 最悪の醜いツーショット    
↓↓「安倍と飲み食い /  記者」検索ワードで即座に出てくる写真↓↓

9 012 堤未果「日本が売られる」(幻冬舎新書:2018)感想特5 テキスト

2020年02月13日 01時27分01秒 | 一日一冊読書開始
2月13日(水):  

292ページ      所要時間6:20        古本市場330円

著者 ?歳:国際ジャーナリスト。東京生まれ。NY州立大学国際関係論学科卒。NY市立大学大学院国際関係論学科修士号。国連、米国野村證券などを経て、米国の政治、経済、医療、教育、農政、公共政策、エネルギーなどをテーマに、現場取材と公文書による調査報道で活躍中。講演・各種メディアに出演。多数の著書は海外でも翻訳されている。『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』で黒田清・日本ジャーナリスト会議新人賞、『ルポ 貧困大国アメリカ』(三部作、岩波新書)で中央公論新書大賞、日本エッセイストクラブ賞受賞、他著書多数。夫は参議院議員の川田龍平氏

典型的な失敗読書だった。最後まで行くのに1ヵ月以上かかった。

いつもながら著者の広範で深い取材・分析能力の高さには感心させられる。本書は今の日本と世界を知る上で<重要テキスト>である。我々が如何に大切なことを全く知らされていないピエロ🤡であるかをわからせてくれる。昨年来、れいわ新選組山本太郎代表の全国遊説をユーチューブで観ていて、参加者からしばしば出てくる質問の数々に関する情報がたくさん書き込まれていた。同時に山本代表からの問題提議にも本書の内容が色濃く(そのまま)反映されているのを感じた。ある意味、れいわ新選組のタネ本だと思う。

国会を観ていても、新聞・テレビを見ていても隠されて知らされない本当に深刻な問題の存在に気づかせてくれる。読めば読むほどどうしていいかわからない断崖絶壁に立たされている気分になった。人間を金儲けの道具としか見ない新自由主義者らの「今だけ金だけ自分だけ」のために「公共を民間に売り払って暴利をむさぼる」様子に鳥肌が立つ。同じ人間として、どうしてこんな奴らの存在が認められるのかが理解できない。

山本太郎代表の「竹中平蔵、ろくでもない!」というシュプレヒコールの意味がよく分かった。また、新聞・ニュース等で「IMFによる勧告(例えば、消費税15%まで引き上げ)」という言葉に接すると、IMFが言ってるのだから考慮すべきところがあるのではないか?と少しひるむところがあったが、実は「IMFもろくでもない!」ということがわかった。

日本の直面する知られざる大問題の数々が、アベ政権の目くらまし、マスメディアの<故意の沈黙>によって深刻な問題として受け止めることができなかった。そういった諸問題を暴露し、日本の本当の姿を思い知らせてくれる内容の本である。読んでいて「この国で生きて行くのが空恐ろしくてつらい」と思わせられた。しかし、座り込むわけにもいかないのだ。冒頭の「水が売られる」問題で、宮城県知事のひどさも改めて知れた。

本書を最後まで読み終わって途方に暮れてしまった。指針とすべきは、著者が最後に触れた故宇沢弘文の「人間を大切にしない経済学に価値などない」という言葉に尽きる、と思う。

【目次】まえがき いつの間にかどんどん売られる日本
第1章 日本人の資産が売られる :1 水が売られる(水道民営化)/2 土が売られる(汚染土の再利用)/3 タネが売られる(種子法廃止)/4 ミツバチの命が売られる(農薬規制緩和)/5 食の選択肢が売られる(遺伝子組み換え食品表示消滅)/6 牛乳が売られる(生乳流通自由化)/7 農地が売られる(農地法改正)/8 森が売られる(森林経営管理法)/9 海が売られる(漁協法改正)/10 築地が売られる(卸売市場解体)
第2章 日本人の未来が売られる :1労働者が売られる(高度プロフェッショナル制度)/2日本人の仕事が売られる(改正国家戦略特区法)/3ブラック企業対策が売られる(労働監督部門民営化)/4ギャンブルが売られる(IR法)/5学校が売られる(公設民営学校解禁)/6医療が売られる(医療タダ乗り)/7老後が売られる(介護の投資商品化)/8個人情報が売られる(マイナンバー包囲網拡大)
第3章 売られたものは取り返せ :1 お笑い芸人の草の根政治革命 〜イタリア/2 92歳の首相が消費税廃止〜マレーシア/3 有機農業大国となり、ハゲタカたちから国を守る 〜ロシア/4 巨大水企業のふるさとで水道公営化を叫ぶ〜フランス/5 考える消費者と協同組合の最強タッグ 〜スイス/6 もう止められない! 子供を農薬から守る母親たち 〜アメリカ
あとがき 売らせない日本

【内容情報】日本で今、起きている とんでもないこと。日本は出血大セール中! 知らずにいると、取り返しがつかないことになる! 水と安全はタダ同然、医療と介護は世界トップ。そんな日本に今、とんでもない魔の手が伸びているのを知っているだろうか?法律が次々と変えられ、米国や中国、EUなどのハゲタカどもが、我々の資産を買い漁っている。水や米、海や森や農地、国民皆保険に公教育に食の安全に個人情報など、日本が誇る貴重な資産に値札がつけられ、叩き売りされているのだ。マスコミが報道しない衝撃の舞台裏と反撃の戦略を、気鋭の国際ジャーナリストが、緻密な現場取材と膨大な資料をもとに暴き出す!

200210 野党連合政権へ「あとは政治的決断だ」 共産・志位氏、小沢一郎氏政治塾で

2020年02月11日 00時23分47秒 | 考える資料
2月10日(月):   共産党の志位和夫委員長   ※俺(もみ)は支持する。前原詐欺師は自民党か維新に出ていけ!
毎日新聞野党連合政権へ「あとは政治的決断だ」 共産・志位氏、小沢一郎氏政治塾で
 
2020年2月9日 21時05分

  共産党の志位和夫委員長は9日、東京都内で開かれた国民民主党の小沢一郎衆院議員の政治塾で講演し、立憲民主党など他の野党に対し、自ら提唱する野党連合政権樹立に向けた協力を求めた。「確実に信頼の絆が深まってきた。あとは政治的決断だ。意思さえあれば道は開ける」と述べた。
  次期衆院選に向け「安倍政権に代わる政権を共につくるという政治的合意が必要だ」と強調。消費税率5%への減税を含む政権公約の策定と、小選挙区での選挙協力を挙げ「政権合意と三位一体で進めたい」と語った。
  連合政権構想を巡り「私たちは閣外協力でも良い」と重ねて表明。入閣した場合も、自衛隊解消や日米安全保障条約廃棄などの主張は閣内に持ち込まないと説明した。
  志位氏の講演後、小沢氏は記者団に「同じ目標や志を持った野党が国民のための政治を実現するには絶対に協力しなくてはいけない」と述べ、歩調を合わせた。
  講演は、今年で政治塾創設から20年となるのを記念して実現。2018年には小沢氏の政敵とされた小泉純一郎元首相が講師に招かれ、脱原発の必要性を訴えた。(共同)

9 011 齋藤孝「やる気も成績も必ず上がる家庭勉強法」(筑摩書房:2009)感想4+

2020年02月05日 02時40分24秒 | 一日一冊読書開始
2月4日(火):   

230ページ     所要時間4:40      ブックオフ210円

著者49歳(1960生まれ)。静岡県立静岡高校卒。浪人。東大法学部。

この著者の本は当たり外れが大きい。外れの時には目も当てられないが、本書は、当たりの本と言ってよい。主に小学校低学年ぐらいの子どもをもった読者に対して、教育の考え方・コツを丁寧、懇切に語りかけている。著者の持つ教育に対する識見と方法論はかなり有効である。

たくさん付箋をしたので今後折にふれて見直していきたいと思う。

学校に教育を任せきれない時代になった。子どもを放置しても良い結果にはまずならない。子どもの横にいて、良い距離感を維持しながら寄り添い、ペースメーカー的役割を親は果たすべきである。教えなくても、一緒にクイズを出してやる感覚で勉強内容のチェックとやる気のきっかけになってやればよい。

子どもに勉強させるのにプレゼントで釣るのは良くない。そもそも勉強は自分の意志でやる気になるべきものであり、自分が親のために「勉強をしてやっている」という意識では全く無意味だし、伸びない。

私立中高一貫校の授業内容には無駄がなく、有利であることは間違いないが、私立中学受験に失敗したからと言って、いくらでも挽回可能であり、そこから新たな出発をすればよい。どうせ塾に行くという点では変わらないのだから。

男親が叱るべき時には、きちんと叱ることは大切なこと。etc.

【目次】第1章 勉強はなぜ必要なのか/第2章 やる気をアップさせる/第3章 やる気のスイッチを入れる/第4章 親の役割はペースメーカー/第5章 家庭での勉強のしつけ方/第6章 音読の効用/第7章 男の子の勉強法/女の子の勉強法/第8章 科目別の勉強法/第9章 勉強に関するQ&A

【内容情報】勉強は、やれば必ず誰でもできるようになる。ちょっとしたコツで勉強が好きになり、勉強する苦痛が減る方法を伝授する。著者自身も怠け者で、こつこつ努力はできなかったけれど、なんとか乗り切ってきた体験から編み出した、究極の勉強本。学校や塾に頼るだけでなく、家庭で親ができることは何なのかを考える。子どもの勉強のよきペース・メーカーになり、一緒に学べる方法とは?-。

150329 タガ外せば歯止め失う 長谷部恭男・早稲田大学教授/「未来志向」は現実逃避 杉田敦・法政大学教授

 杉田 先日ドイツのメルケル首相が来日しました。戦後ドイツも様々な問題を抱えていますが、過去への反省と謝罪という「建前」を大切にし続けることで、国際的に発言力を強めてきた経緯がある。「建前」がソフトパワーにつながることを安倍さんたちは理解しているのでしょうか。  / /長谷部 そもそも談話が扱っているのは、学問的な歴史の問題ではなく、人々の情念が絡まる記憶の問題です。記念碑や記念館、映画に結実するもので、証拠の有無や正確性をいくら詰めても、決着はつかない。厳密な歴史のレベルで、仮に日本側が中国や韓国の主張に反証できたとしても、問題はむしろこじれる。相手を論破して済む話ではないから、お互いがなんとか折り合いのつく範囲内に収めようと政治的な判断をした。それが河野談話です。  / /杉田 談話の方向性や近隣との外交について「未来志向」という言い方がよくされますが、意図はどうあれ、それが過去の軽視という「見かけ」をもってしまえば、負の効果は計り知れない。安倍さんたちは、未来を向いて過去を振り払えば、政治的な自由度が高まると思っているのかもしれません。しかし政治の存在意義は様々な制約を踏まえつつ、何とか解を見いだしていくところにあります。政治的な閉塞(へいそく)感が強まる中で、自らに課せられているタガを外そうという動きが出てくる。しかし、それで万事うまくいくというのは、一種の現実逃避では。  / /長谷部 合理的な自己拘束という概念が吹っ飛んでしまっている印象です。縛られることによってより力を発揮できることがある。俳句は5・7・5と型が決まっているからこそ発想力が鍛えられる。しかし安倍さんたちは選挙に勝った自分たちは何にも縛られない、「建前」も法律も憲法解釈もすべて操作できると考えているようです。  / /杉田 俳句は好きな字数でよめばいいのだと。  / /長谷部 あらゆるタガをはずせば、短期的には楽になるかもしれません。しかし、次に政権が交代したとき、自分たちが時の政府を踏みとどまらせる歯止めもなくなる。外国の要求を、憲法の拘束があるからと断ることもできない。最後の最後、ここぞという時のよりどころが失われてしまう。その怖さを、安倍さんたちは自覚すべきです。 =敬称略(構成・高橋純子)朝日新聞『考論』

0015 オルテガ「大衆の反逆 (桑名一博訳;久野収解説)」(白水社イデー選書;1930)評価5

以下は、オルテガ所論の久野収による抜粋の抜粋である:///  オルテガによれば、政治のなかで「共存」への意志を最強力に表明し、実行していく政治スタイルこそ、自由主義的デモクラシーである。共存は、強い多数者が弱い少数者に喜んで提供する自己主張、他者説得の権利である。敵、それも最も弱い敵とさえ、積極的に共存するという、ゆるがない決意である。/その意味で、人類の自然的傾向に逆行する深いパラドックス(逆説)であるから、共存を決意した人類が、困難に面してこの決意を投げ出すほうへ後退したとしても、それは大きな悲劇ではあっても、大きな不思議とするには当たらない。/「敵と共存し、反対者と共に政治をおこなう」という意志と制度に背を向ける国家と国民が、ますます多くなっていく1930年代、オルテガは、「均質」化された「大衆」人間の直接行動こそが、あらゆる支配権力をして、反対派を圧迫させ、消滅させていく動力になるのだという。なぜなら、「大衆」人間は、自分たちと異類の非大衆人間との共存を全然望んでいないからである。略。///  「大衆」人間は、自分たちの生存の容易さ、豊かさ,無限界さを疑わない実感をもち、自己肯定と自己満足の結果として、他人に耳を貸さず、自分の意見を疑わず、自閉的となって、他人の存在そのものを考慮しなくなってしまう。そして彼と彼の同類しかいないかのように振舞ってしまう。/彼らは、配慮も、内省も、手続きも、遠慮もなしに、「直接行動」の方式に従って、自分たちの低俗な画一的意見をだれかれの区別なく、押しつけて、しかも押しつけの自覚さえもっていない。/彼らは、未開人―未開人は宗教、タブー、伝統、習慣といった社会的法廷の従順な信者である―ではなく、まさに文明の洗礼を受けた野蛮人である。文明の生み出した余裕、すなわち、贅沢、快適、安全、便益の側面だけの継承者であり、正常な生存の様式から見れば、奇形としかいいようのないライフスタイルを営んでいる新人類である。略。///  「自分がしたいことをするためにこの世に生まれあわせて来た」とする傾向、だから「したいことは何でもできる」とする信仰は、自由主義の自由の裏面、義務と責任を免除してもらう自由にほかならない。/われわれは自由主義の生みだした、この「大衆」人間的自由、自己中心的自由に対し、他者と共存する義務と責任をもった自由を保全しなければならないが、一筋縄でいかないのは、この仕事である。(160626:イギリスEU離脱について思うところ=もみ=)