今日は親と叔父を連れて徳島県鳴門市へ。
というのも私のお爺さんの生まれ故郷が、
鳴門市の土成だからである。
いわば私のルーツの一つ。
土成にはお遍路の札所8番と9番があり参拝してるけど、
それは阪急交通社によるお遍路ツアーだったから、
バス乗ってお寺に行っただけ。
今回は土成とはどんな所なのか、
ゆっくり見て雰囲気を感じておきたかったんですよね。
淡路島のハイウェイオアシスで休憩。
それから四国入りし、お遍路第一番霊山寺近くに鎮座する、
一宮である大麻比古神社をまずは参拝です。
【ドイツ館】
神社近くに道の駅 第九の里があって、
ドイツ館なるものがあって色々と展示しています。
何で徳島がドイツと関係しているのか知らなかったけど、
板東俘虜収容所が100年前に開所し、
そこで収容されたドイツ兵を人類史上最も人道的に扱ったそうです。
それが縁となり今でもドイツと交流があるみたい。
【ベートーベン像】
まぁ、ドイツといえばフランクフルトかベートーベンですから。(笑)
ベートーベンにお参りしてから、
道の駅から車で数分で大麻比古神社に到着。
所在地:徳島県鳴門市大麻町板東字広塚13
御祭神:大麻比古神
配祀神:猿田彦大神
創建:(伝)神武天皇年間
社格:式内社、阿波国一宮、国幣中社、別表神社
【由緒】
社伝によれば神武天皇の御代、天太玉命の御孫の天富命が、
阿波忌部氏の祖を率いて阿波国に移り住み、麻・楮の種を播殖してこの地を開拓、
麻布木綿を生産して殖産興業と国利民福の基礎を築いたことにより、
祖神の大麻比古神を阿波国の守護神として祀ったのが当社の始まりだと言う。
延長5年(927)には延喜式神名帳により式内社、名神大社へ列格された。
平安時代から鎌倉時代にかけて神仏習合思想に基づき、
神社を実質的に運営する神宮寺が各地で置かれたが、
諸国一の宮では四国八十八箇所の第一番札所霊山寺が、
当社の神宮寺であったと述べている。
室町時代に成立した大日本国一宮記には当社が阿波国一宮として記載されているが、
中世諸国一宮制の基礎的研究では南北朝時代に、
伝統的な社格を誇り細川氏の守護所にも近かった当社が、
敵対勢力であった一宮氏が神主を世襲していた一宮神社に代わる
新たな阿波国一宮としての地位を得ることになった、と考察している。
室町時代には細川氏や三好氏、江戸時代には徳島藩主蜂須賀家の庇護を受けたとしている。
また、享保4年(1719)には最高位の正一位の神階が陞叙されている。
明治6年(1873)に国幣中社へ列格し、明治13年(1880)に本殿以下が、
国費を持って造営され現在に至る。
【第二鳥居】
第一の大鳥居は神社に行くルートが違ったので、
見れませんでした。
さすが阿波国一宮だけって大型の無料駐車場がありました。
合計で千台停めれるらしい。
【狛犬】
【御神木】
これは見事な御神木です。
樹齢千年の鳴門市指定の天然記念物。
【境内】
一宮の品格を感じますね。
【拝殿】
昭和45年(1970)に再建されたもの。
【神庫】
【本殿】
【境内】
本殿裏手の方が神域感を感じる。
【豊受社】
【山神社】
【中宮社】
【メガネ橋】
約75年前にドイツ兵捕虜が造ったものとか。
【口紅藤】
【奥宮遥拝所】
大麻山山頂に奥宮なんてあったのね。
全く知らんかった。(^^;
【ドイツ橋】
普通に歩けました。
【丸山稲荷社】
ここから少し登っていきます。
結構しんどい。(^^;
パンパンとお参り。
【丸山神社】
【八大龍王神】
【ドイツ橋】
第一次世界大戦後に捕虜となったドイツ兵達が造ったそうです。
鉄腕ダッシュでも石でアーチ状の橋を苦労して造っていましたが、
これを造るのは相当の技術と労力が必要です。
当時のドイツ兵達の気持ちなんて安易に推し量る事は出来ないけど、
その想いは充分伝わってくるドイツ橋です。
【御朱印】
良い神社でした。
お遍路ばかりが目立ちますが、
四国にも素晴らしい神社があります。
上一宮大粟神社にもいつか参拝したいね。
というのも私のお爺さんの生まれ故郷が、
鳴門市の土成だからである。
いわば私のルーツの一つ。
土成にはお遍路の札所8番と9番があり参拝してるけど、
それは阪急交通社によるお遍路ツアーだったから、
バス乗ってお寺に行っただけ。
今回は土成とはどんな所なのか、
ゆっくり見て雰囲気を感じておきたかったんですよね。
淡路島のハイウェイオアシスで休憩。
それから四国入りし、お遍路第一番霊山寺近くに鎮座する、
一宮である大麻比古神社をまずは参拝です。
【ドイツ館】
神社近くに道の駅 第九の里があって、
ドイツ館なるものがあって色々と展示しています。
何で徳島がドイツと関係しているのか知らなかったけど、
板東俘虜収容所が100年前に開所し、
そこで収容されたドイツ兵を人類史上最も人道的に扱ったそうです。
それが縁となり今でもドイツと交流があるみたい。
【ベートーベン像】
まぁ、ドイツといえばフランクフルトかベートーベンですから。(笑)
ベートーベンにお参りしてから、
道の駅から車で数分で大麻比古神社に到着。
所在地:徳島県鳴門市大麻町板東字広塚13
御祭神:大麻比古神
配祀神:猿田彦大神
創建:(伝)神武天皇年間
社格:式内社、阿波国一宮、国幣中社、別表神社
【由緒】
社伝によれば神武天皇の御代、天太玉命の御孫の天富命が、
阿波忌部氏の祖を率いて阿波国に移り住み、麻・楮の種を播殖してこの地を開拓、
麻布木綿を生産して殖産興業と国利民福の基礎を築いたことにより、
祖神の大麻比古神を阿波国の守護神として祀ったのが当社の始まりだと言う。
延長5年(927)には延喜式神名帳により式内社、名神大社へ列格された。
平安時代から鎌倉時代にかけて神仏習合思想に基づき、
神社を実質的に運営する神宮寺が各地で置かれたが、
諸国一の宮では四国八十八箇所の第一番札所霊山寺が、
当社の神宮寺であったと述べている。
室町時代に成立した大日本国一宮記には当社が阿波国一宮として記載されているが、
中世諸国一宮制の基礎的研究では南北朝時代に、
伝統的な社格を誇り細川氏の守護所にも近かった当社が、
敵対勢力であった一宮氏が神主を世襲していた一宮神社に代わる
新たな阿波国一宮としての地位を得ることになった、と考察している。
室町時代には細川氏や三好氏、江戸時代には徳島藩主蜂須賀家の庇護を受けたとしている。
また、享保4年(1719)には最高位の正一位の神階が陞叙されている。
明治6年(1873)に国幣中社へ列格し、明治13年(1880)に本殿以下が、
国費を持って造営され現在に至る。
【第二鳥居】
第一の大鳥居は神社に行くルートが違ったので、
見れませんでした。
さすが阿波国一宮だけって大型の無料駐車場がありました。
合計で千台停めれるらしい。
【狛犬】
【御神木】
これは見事な御神木です。
樹齢千年の鳴門市指定の天然記念物。
【境内】
一宮の品格を感じますね。
【拝殿】
昭和45年(1970)に再建されたもの。
【神庫】
【本殿】
【境内】
本殿裏手の方が神域感を感じる。
【豊受社】
【山神社】
【中宮社】
【メガネ橋】
約75年前にドイツ兵捕虜が造ったものとか。
【口紅藤】
【奥宮遥拝所】
大麻山山頂に奥宮なんてあったのね。
全く知らんかった。(^^;
【ドイツ橋】
普通に歩けました。
【丸山稲荷社】
ここから少し登っていきます。
結構しんどい。(^^;
パンパンとお参り。
【丸山神社】
【八大龍王神】
【ドイツ橋】
第一次世界大戦後に捕虜となったドイツ兵達が造ったそうです。
鉄腕ダッシュでも石でアーチ状の橋を苦労して造っていましたが、
これを造るのは相当の技術と労力が必要です。
当時のドイツ兵達の気持ちなんて安易に推し量る事は出来ないけど、
その想いは充分伝わってくるドイツ橋です。
【御朱印】
良い神社でした。
お遍路ばかりが目立ちますが、
四国にも素晴らしい神社があります。
上一宮大粟神社にもいつか参拝したいね。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます