その日暮らし

田舎に暮らすこの虫は「カネ、カネ、カネ」と鳴くという。

雲と自由が棲むという里で百姓に成りきれるかな?

夢屋工房(あした…)

2012-11-02 12:16:03 | 夢屋工房

深夜、CATVのアニメチャンネルで「あしたのジョー」が流れております。TV版では1971年(昭和46年)3月に放映された第50話…2階級下のバンタム級まで過酷な減量を敢行した力石徹が、第6ラウンド矢吹ジョーのテンプルへのパンチを受けダウンした際に、ロープに頭を打ち脳内出血をしていたというシーン。第8ラウンド、ノーガードでにらみ合いを続けていた両者、ジョーが痺れを切らしてトリプルカウンターを恐れずに最初に手を出し、遂に力石のアッパーカットに沈むところで第50話は終了するのであります。
1971年…山形県で県内2局目の民放テレビYTSが開局したのが1970年4月であります。今では信じられない世界でありますが、当時、山形県では天下の国営放送NHK第1と教育テレビ、民放YBSの3局しかテレビチャンネルは無かったのであります。今では『地出痔?』…いえいえ、当時はUHFチューナー内臓テレビも少なく、UHFコンバーターなる「箱?」を既存のテレビに付けて見ていた家庭も多かったはずであります。番組だって、首都圏からすれば1週間から2週間遅れで放映されるなんてことがザラでありました。都会と田舎を分ける要素は、テレビ情報も遅いという情報過疎という側面で語ることが出来たかもしれません。(ニュース番組が1週間遅れで放送されるという意味ではありませんので、誤解の無いように^^;)
戦後復興期のような背景の山谷のドヤ街と汗とワセリン(血止め)の臭いしかしないような泪橋の丹下段平ジム…「あしたは、どっちだぁ~♪」なんて、必死にもがきながら、何かありそうな明日を目指す青春群像…貧しくても、まだ、現状の自分から這い出せそうな気配が満ちておりました。

秋の陽に照らされたコンクリートの上で小首を傾ける「ヒメアカネ」でありますが、「ちょっと、オジサンこっちに来いやぁ。」と言わんばかりの首の振り方であります。少々疲れてはおりますが、まさかトンボ如きにあごで使われるほど弱っちいオジサンではありませんから…。
「そちらに行けば何かあるのでしょうか?」
「何か結論が無いと、君は前に進むことが出来ないのかね?」
若者もお年寄りも皆もがいている。抜け道が無いような閉塞感…第51話、勝者であるはずの力石徹は、試合後、矢吹ジョーと握手を交わすことなく倒れ、意識が戻らぬまま死んでしまうのであります。古い時代のアニメを夜中に見ながら、ふと考える。悩み苦しみながらも、世界を目指し、果敢に世界に挑戦してもはね返される。ハッピーエンドのアニメだけではなかった頃が、むしろ貧乏人には夢がありました。いつの間にか勧善懲悪とハッピーエンドがアニメの主流となってから、ヒーローはマスメディアに足元を救われる運命を背負うようになり、貧乏人は貧乏人であり続けることを余儀なくされるようになってしまったのではないかと。貴重な昼休みだというのに『夢屋国王』は哲学する…「あしたは、どっちだぁ~♪」^^;


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 夢屋工房(わ・なわ・な) | トップ | 夢屋工房(プラタナス) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

夢屋工房」カテゴリの最新記事