鹿島アントラーズ原理主義

愛する鹿島アントラーズについて、屈折した意見を述べていく場です。

疾走、関ドクター

2010年08月24日 | Weblog
“めずらし医”を探せ! Vol.1
「神様ジーコと仕事ができて幸せ」
常勝アントラーズを支える名物チームドクター

吉村 馨太=日経メディカルオンライン
 珍しい医師、名付けて「めずらし医」。南極観測隊の同行医、プロスポーツチームの専属ドクター、自衛隊の医務官、ドクターヘリの搭乗医、航空宇宙医師、豪華客船の船医--。本特集では、特殊な環境で働くそんな「めずらし医」が大集合!業務内容、忙しさ、報酬、仕事の喜びなど、知られざる日常を明かしてくれた。

関 純 Jun Seki
鹿島アントラーズチームドクター●1981年東京医科大学卒業、整形外科教室に入局。83年に住友金属工業蹴球団チームドクターに就任。以降、サッカー日本代表、オリンピック代表、ユース代表などのチームドクターを歴任する。89年西大宮病院副院長、92年鹿島アントラーズチームドクター就任。

 「選手とはみんな仲がいいですが、特にいいのは小笠原満男選手ですね。一見無口に見えますが、付き合ってみると彼ほど面白い男はいない(笑)。あと、マルキーニョス選手。彼とは日本語とポルトガル語を織り交ぜながら、何でも話せる仲です。ジーコがいたおかげで、私も少しポルトガル語が話せるんです」




2010年5月1日の対ガンバ大阪戦。ゴール前で相手選手に腕を踏まれ、倒れ込んだGKの曽ヶ端準選手。その様子を見て関氏はピッチを一直線に駆けて行く。幸い大事には至らず、すぐに立ち上がった。後ろで心配そうに見つめるのは、MF小笠原満男選手。photo:Hirohisa Shingaki

 Jリーグで、2007年からの3年連続を含む7度の年間優勝を果たし、天皇杯の優勝も3回を数える鹿島アントラーズ。そのチームドクターが、西大宮病院副院長の関純氏だ。前身である住友金属工業(住金)の蹴球団時代からのチームドクターで、アントラーズの生き字引きでもある。

10年間は週4日チームに帯同
 関氏は通常、週3日は病院で整形外科医としての外来診療に従事し、休日にはチームドクターの仕事をこなす。「大好きなサッカーにかかわれるなら、休日がつぶれても全く構いません。ただ、時期により試合の曜日が変わるので、勤務先の協力なしには続けられなかったでしょう」

 チームドクターの仕事としては、一般的な整形外科診療がメーン。海外遠征中は全身管理も担うので、ある程度、他科の知識も必要になる。

 チームドクターとしての勤務は、1試合に付き2日間が基本。試合前日に選手寮(遠征中なら宿泊地)に入り、出場選手のメディカルチェックを行う。翌日は、ホームでの試合なら午前中にクラブハウスに出向き、出場しない選手やけがの選手をケアする。「リハビリ中の選手とは、軽くランニングしながらゆっくり経過を聞くこともあります。そうすることで選手との信頼関係も築けますし、何より僕の運動にもなります」(笑)

 試合開始の1時間半前には、選手とともにスタジアムに入る。キックオフ後はベンチで待機し、試合中に選手が倒れるとそれこそ全力で駆けつける。その姿は、Jリーグ名物といわれるほどだ。

 アントラーズ誕生から10年間は、チームドクターを1人でこなしてきた。「シーズン中は週に4日チームに帯同することもあり大変でしたね。今は4人のチームドクターがいるので、ローテーションで回しています」


クラブハウスの医務室で、GK八木直生選手のけがの具合を確かめる関氏とフィジオセラピストの安藤貴之氏。その後3人はグラウンドに出て、30分ほどランニングをこなした。

この職は息子にも渡さない!
 関氏自身も小学校5 年生からサッカーを続けていて、現在は東京医科大サッカー部監督でもある。チームドクターになったのは、日本サッカー協会のサッカードクターセミナーで行われた親睦試合がきっかけ。試合中の関氏の動きを見て、当時の住金のチームドクター高木俊男氏からスカウトされた。「『お前、うまいな!うちに来い!』と言われたときはうれしかった。自分の好きなサッカーに、医師としてかかわれるのですから」

 アントラーズでの20年弱を振り返るとき、ジーコとの出会いは忘れられない。西大宮病院のトレーニングルームの壁には、ジーコと関氏が一緒に写った写真が飾ってある。「ジーコは医療スタッフの徹底指導のためにブラジルから理学療法士を呼んだり、選手のサポートに関しても高いレベルの取り組みを数多く要求しました。それがあったからこそ、今の常勝アントラーズがある。やっぱり“神様ジーコ”は特別でしたね」



「今日も選手みんな、けがなく頑張ってほしいですね!」と試合前に関氏。試合は、2対1でアントラーズが勝利した。

 初めて会った時のことは今でも鮮明に思い出せる。「『ドクター、サッカーは好きか?』と開口一番聞かれました。『もちろん!』と答えると、満面の笑みで握手してくれました。ああ、鹿島に来て良かったと思いましたよ」

 Jリーグでは現在、どのチームもチームドクターの空きがない状態だという。
「うちの息子も、僕の後釜を狙っているんですよ(笑)。でも、鹿島アントラーズにいられる幸せを、手放すつもりはまだありません。ピッチで倒れた選手まで全力疾走できるうちは、絶対辞めません!」

関ドクターの記事である。
チームドクターという職務に誇りとやりがいを持っておる。
選手に異常が有れば真っ先に掛け蹴る姿はスタジアムの名物とも言えよう。
その関ドクターがアントラーズの父祖とも呼べるジーコの想い出を語っておる。
怪我に泣かされたジーコはチームドクターの重要性を非常に重く考えておったのであろう。
そのジーコの教えを守る我等が勝利を積み重ねるのも必然である。
関ドクターには我等が勝利を積み重ねられるよう、ピッチを全力疾走し続けて欲しい。
応援しておる。

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5 コメント

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いつも見てますよ (信州の鹿さん)
2010-08-24 11:39:54
小走りの迅速関ドクターはいいです。
ほんとに鹿島のチームドクターです。これからもあのダッシュでお願いします。
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感謝です。 (西の地より)
2010-08-24 11:47:06
チームドクターって職業が、よくわかる、とても貴重な記事ですね。当たり前のように、いつも目にしてるけど、実際よくわかってなかったから。大変な仕事だけど、頑張ってください。
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Unknown (コンチェルト)
2010-08-24 18:40:45
ご自身の仕事にとても誇りを感じておられていて素晴らしいですね。頼もしいです。
鹿島は負傷した選手が全治より早く復帰することがよくあると思います。これは本人の頑張りもありますが、チームドクターの力も大きいのではないでしょうか。
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Unknown (sky-k)
2010-08-24 22:34:07
94年のJリーグ特番(今では考えられないゴールデンタイムの放送)で、その雄姿を目にしたことを思い出します。

今も走る続けているんですね。
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Unknown (Unknown)
2010-08-25 08:16:08
がんばれ踊れドクターファイヤー
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