しょう爺あーっと宮古

宮古島ではじめたサードライフ。気が向くまま不定期に面白いことあったら伝えます。

時空を超えて旅って見た

2024-02-27 16:00:56 | 旅先

一昨日は沖縄の旧暦行事「ジュウルクニチ」

旧暦1月16日(新暦で今年は2月25日)は、「グソーの正月」と称する後生(あの世)の正月。

この日にあの世からいらっしゃる年神様を送った後、ご先祖様と一緒にごちそうを囲みお正月を祝うというしきたり。

いつもは空き家となっている住宅が本島や本土からくる親戚で賑わい、お墓の周りで宴会、帰って宴会、まだ宴会。

深夜まで大騒ぎの1日となるのです。

この日が終わると春の訪れといわれており、徐々に気温が上がって短い春が待っているのですね。

沖縄にはこのほかに清明蔡(シーミー)と呼ばれる中国由来の風習がありますが、「ジュウルクニチ」は琉球王府の時代の習慣といわれており、前者がお祝いと称しても良いぐらいのもので、後者は供養が目的という違いがあるようですね。

そんな「ジュウルクニチ」まぢかの先週、私共は歴史をたずねて福岡に上陸しました。

第一の目的は福岡市美術館の「永遠の都ローマ展」

福岡市美術館の年間スケジュールを見た瞬間から「これは行かねばならぬぞ!」と決めていたことでした。

東京では開示された「カピトリーノのビーナス」はお目のかかれませんでしたが、コピーとはいえ迫力の彫刻は身ごたえ十分でございました。

        

これは「カピトリーノの牝狼」といわれる、紀元前750年代2人の兄弟孤児が狼に育てられてローマ建国を成したことを表したものですね。ただ、どちらかはその後殺されたということですが。

        

こちらは1.8mのコンスタンティヌス帝の頭部の彫刻。

ウーン ルーブルよ待っておれ。

さて時空を超えて次に向かったのは小倉城。

本当は熊本城と吉野ケ里遺跡を予定していたのですが悪天候の為変更しました。

空いた時間を利用して次に向かったのはKBCシネマ。

見たのは「風よ あらしよ」

大正時代に自由を求めて戦った女性 「伊藤 野枝」の生涯を描いた映画ですが、彼女をめぐる男たちのだらしなさが野枝さんの活動意欲を支えたと思えるほどの内容でした。

というわけで古代ローマ~信長・秀吉時代~大正デモクラシーをスキップで駆け巡る旅でしたが、最後に機上から見た月にSLIMを感じ、球体から変形して月面移動する「SORA-Q」に9キロほど近づいたことに感動しながら寝落ちしてしまいました。

         

 


今年最後の旅、空撮

2023-12-01 16:14:05 | 旅先

今年もあと1ケ月。

一体いつまで生きながらえることができるのでしょう。

と嘆くふりをして今年も適当に旅しました。

そして今年最後の旅。

出発は

まるで日本庭園のような開放的な空間に囲まれたご当地ツイン空港の雄。下地島空港。

      

平屋の空港ビルから搭乗はタラップで。まるでハワイ島コナ空港に来たような趣でございます。

到着地はここ

六甲山と慶応3年に開港した港まち。

金泉だ!カニ三昧だ!千本宿本陣だ!

と回りつくしてとび立った明石海峡大橋の根元、垂水ジャンクションと名谷インターチェンジ。

いまさらながら高速道路の線形は素晴らしい。

そして眠り込む最後の記憶。宮崎市。海に突き出た宮崎空港と九州屈指の河川「大淀川」が確認できますね。

目覚めると地上?海上?

      

青のグラデーションに目を奪われつつ、ひっそりと手を合わせたのでした。

おしまい。


アバター見っけ

2023-07-14 14:25:50 | 旅先

先週、亡母の17回忌法要を催すべく日本最北の領土に行ってまいりやした。

菩提寺は夕張郡由仁町に在り。

そうあの栗山監督の住処がある栗山町の隣町です。

町自体は過疎の典型ですが、いつのまにかおしゃれな自然食レストランやランチスポットが出来ていて車のナンバーが札幌以外が多いのが意外でした。

蛇足ですが夕張郡でも車のナンバーは「札幌」です。

登別温泉や国立アイヌ民族博物館ウポポイ(民族共生象徴空間)などを訪れて新鮮な空気と知識を身にまとってきました。

そんな中で児童だった時以来60年ぶりに行ってみたのが「おたる水族館」

そこで出会ったのがこの「アゴヒゲアザラシ」

        

水中に直立し哲学的思索にふけっている姿はまさに知る人ぞ知るアバター。

新たな出会いに興奮を抑えきれず北海の珍味に舌鼓を打ってきたのでした。


朝ドラ受け

2023-04-27 17:46:09 | 旅先

はじめて日本人としてアメリカ大陸に上陸したジョン万次郎。

NHK朝ドラに宇崎竜童の仮面を被って登場しました。

いつもなら普通に見過ごすところでしたが、実は昨日訪問した土地だったことからこの記事をアップしたというわけです。

場所は、沖縄県糸満市大度(おおと)海岸。

    

1851年ハワイで購入した捕鯨ボートを上海に向かう商船に載せて運ぶ途中、沖縄県糸満市の沖合を通過した際、糸満市の沖合で嵐の中ボートをおろし陸地をめざしたどりついたのがこの浜だったということです。万次郎さん24歳の時の話です。

    

万次郎さん海に背を向けて指さし確認しておりますが、方向は生まれ故郷の土佐清水市ということです。

 詳細を知りたい方は自らのお力でお願いします。

実はこの地は、ひめゆりの塔とと平和祈念公園の中間地にありまして、遠浅の海岸で90数年後には米軍が上陸した土地でもあるのですな。

そんな旅を終えて宮古空港のエプロンにたどりついたら      

    

いましたぞ空自のC-2輸送機。

 最近の北朝鮮軍事偵察衛星発射計画を受け地対空誘導弾PAC3の展開が発表され、昨日は早速3機の輸送機が車両輸送を行ったらしい。

 この輸送機は当日3機目らしく、いつもは船舶輸送だったのが海と空からの輸送となったものということです。輸送された車両は宮古毎日新聞または宮古新報ホームページで見られます。

 何かとざわついている南西諸島ではありますが、いつものようにこいのぼりが舞う季節は確実にやって来てキビ刈りの終わったパリ(畑)からは新芽が吹き、マンゴーの開花が進んでおります。

    

 


南北縦貫移動

2023-02-28 16:11:50 | 旅先

本日で2月も終わり。

今月唯一の更新となっちまった。

今月も夏日があったり、地震があったり、15°C以下になったり、冷たい雨が降ったりと豊かな自然を満喫しましたが、何といっても雪道を歩くという貴重な体験がトピックスでした。

体験先は北海道。親族に不幸がありお悔みに旅発つことに。

千歳空港までは「ANAきめつジェット 参」で

      

機内では竈門炭治郎副操縦士の丁寧なごあいさつ。

空港から札幌までの途中には

      

雪の中のエスコンフィールドが3月14日のライオンズ戦へ向けて準備中。

札幌ドームより小さく見えたのは背景の違いと距離による錯覚かな?

宮古島に帰ってくるとヒルトン宮古島の落成式が執り行われ、6月18日開業予定が発表されました。

この事業主体である三菱地所は、他に砂山ビーチの北に55棟のヴィラからなる「ローズウッド宮古島」を建設中。

(2021.4.21の記事を参照してください)

こちらは低層の建築物で、すべてのヴィラにプライベートプールと庭園を設置するそうな。

いずれにしても住民の我々には一生縁のないところですが。

ここで貴重なヒルトン宮古島なうという画像を提供します。

立地しているのは「トゥリバー地区」と呼ばれる埋立地。

画像中央の白い建物が8階建て329室のホテル棟。

最大240人収容可能な宴会場を持ちルーフトップにはチャペルもございましてよ。

左下の細長い建物は従業員宿舎。

その上部突き出た半島の先から右方向に延びるのが伊良部大橋。

     

反対側からは

     

左手の砂浜は真西に向いておりサンセットビーチとして今も有名。

中央右上に延びる水路から左手が埋立地。

当初計画では地続きだったそうですが、住民の要望で水路部を残したそうです。

この右手の海岸には、先の大戦の米軍沖縄上陸に備えた特攻艇秘匿壕が残っており、戦争体験を伝える貴重な遺産が守られたというわけです。

ひと月以上のご無沙汰のお詫びに宮古島方言の蘊蓄(うんちく)を。

トゥリバーとは?

まずトゥリとは「おとなしい」「静かな」という意味もありますが「鈍い」「ぼんやり」「不愛想」「ボケーっとした」という意味も持っており、人を意味するリャがつくトゥリバリャとなるとチコチャンに叱られるタイプのようです。

また、静かな海の様子、凪を表すことからトゥリカジを「無風状態」という使い方もします。

埋立前のこの入り江は、トゥリ(静かな)であることから船の避難場所にもなっていたところでこの名がつけられたようです。

チコチャンに叱られるタイプの埋立地ということではないですね。(参考資料:渡真利章良編「宮古島の方言集」)

さて長々とお付き合いいただきありがとうございました。

2月の季節を跨ぐ列島の旅でいつもの半分の長さのひと月でありました。

ごきげんよう