風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

コントロール

2009年07月03日 | 雑感
明日滝に行こうと思っていたら、滝の仲間からの連絡によると滝は危険ゆえ立入禁止になったそうです。
危険かどうかは考えもしませんでしたが、考えてみると大木がお堂と滝場に実際に倒れ掛かってるわけですから、
危険でないはずはありませんね。
現場の痛々しい惨状を思うと心が痛みます。

近頃、娘がやたらに早い時間(3時とか4時)に目を覚まし、元気に走り回ります。
家内からは「寝なさい!」とか「一人で遊びなさい!」とかさんざん叱られ、べそをかいてはぼくの部屋にやってきます。
ぼくが寝たふりをしていますと、そっと足元の布団の上に横たわっています。
ぼくが薄目を開けて様子を見ますと、横向きに寝転んで、べそをかきながら暗闇をじっと見ています。
3歳にもならない娘が寝ようと意図したとおりに寝たり、しんと静まった家の中でたった一人で遊べるわけもありません。
思わずぼくが起き上がりますと、満面の笑みを浮かべて、「パパ!」と抱きついてきます。

でも、それからが大変です。
家内に言わせると娘は無限の体力を持っています。
アンパンマンのパズルで遊び、電車のパズルで遊び、yuotobeで「トムとジェリー」と「機関車トーマス」を観て、
「ポニョ」の歌を聴きます。
それでも飽き足らず、「トトロ」を観るだとか「バイキンマン」を観るだとか、際限がありません。

そうこうするうちに起きだした家内に後は任せます。
寝不足で不機嫌な家内に「どいて!」だとか「だめ!」だとかずっと大声で小言を言われています。
寝ようにも寝れません。
家内にもう少し優しくしてやれと言いたくなりますが、放縦なエネルギーの塊と四六時中一緒にいる家内のイライラに、
さらに油を注ぐようなものだと思って我慢します。

したいようにさせればよいというのでは、幼稚園に入ったときに手の負えない子になってしまうでしょう。
我慢をする必要があるときがあるということも、体で覚えさせていかなければならないでしょう。
そういう理屈はわかりつつも、娘からすれば、ひたすら楽しいエネルギーの発露を何の疑問もなく求めているだけです。
それを押さえ込まなければいけない、この世に生きることの抑圧を思うと、ブルーになります。

ま、誰しも青春時代にブルーになりまくって、そのブルーを引きずる人生もあり、吹き飛ばす人生もあるわけです。
いろいろな意味で、人は強くならねばいけません。
強いというのは、自分のことは自分でコントロールできるということ。
3歳児に求めることではありませんね。