鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

コガモ繁殖か

2007-08-27 00:46:03 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
コガモのメス(右)と2羽の幼鳥? 2007年8月 北海道十勝川下流域)


 コガモについて、大方の図鑑には「北海道や本州の山地の湖沼で少数が繁殖する」と書いてある。しかし、少なくとも十勝地方では、そうした記述から期待されるほど夏期にコガモは見られない。普通に繁殖しているマガモやカワアイサはもちろんのこと、少数が繁殖しているヨシガモやシマアジと比べても夏期に出会うことは少ない。私の知る限り、公表されている十勝地方での繁殖記録は、1981年7月に大樹町(「大樹の鳥Ⅱ」)、1992年8月に浦幌町(「浦幌鳥類目録」)で親子が確認された2例のみであり、近年の繁殖に関してはまったく情報が無かった。夏期の目撃記録の少なさからも、近年の繁殖には懐疑的だったのだが、この度繁殖の可能性濃厚といえる状況に遭遇した。

シマアジの雌雄(手前がオス)
2007年5月 北海道中川郡池田町
以前から夏期の観察記録が少なくなかったが、近年繁殖が確認された。夏の記録自体は、最近減少しているかもしれない。
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 2007年8月20日(晴れ)午後3時30分すぎ、十勝川下流域の沼でアカエリカイツブリやカモ類の観察を行っていたところ、沼岸で休息する3羽のカモ類を発見した。発見時には既に近過ぎたため、10m余り通り過ぎてから停車し、双眼鏡で観察した。1羽はコガモの雌であることがわかったが、残る2羽は草の陰に隠れて、何かの幼鳥らしいが種まではわからない。この状態で何カットか撮影した後、確認すべく車を後退させ、カモたちの真横に移動した。この間に3羽は岸から泳ぎ出し、コガモの雌は岸から数m離れた開水面に出たが、2羽の幼鳥ぽい個体は、沼岸を覆う抽水植物群落の中に素早く身を隠してしまった。一方、コガモの雌は岸からそう遠くない開水面にとどまり、飛び立つことは無かった。状況を鑑みると幼鳥2羽が再び現れる可能性は低く、コガモ雌を撹乱していると判断したので、現場を立ち去った。
 実はこの時点では事の重大さにまだ気付いていなかった。すぐ近くでヨシガモの雌1羽、幼鳥1羽を見ていたため、幼鳥たちはその片割れではないかと思っていたのである。ところが、帰宅して画像を確認すると、2羽の幼鳥はヨシガモとはまったく違っていた。鮮明な画像は得られなかったものの、コガモによく似ている。さらに、よく考えてみるとコガモ雌が付近の開水面にとどまり、逃げようとしなかった行動は、カモ類の中では一際警戒心の強い本種としてはいささか不自然といえる。これは、雛を安全な場所に隠すため敵(この場合私)の目を自分に惹き付けておく擬傷の、一歩手前の行動だったのではないだろうか。


ヨシガモの親子(手前が幼鳥)
2007年8月 北海道十勝川下流域
少数が繁殖するが、海岸部の湖沼では局地的に普通な地域もある。
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コガモのメス(左)と幼鳥?
2007年8月 北海道十勝川下流域
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 幼鳥がコガモだったとして、既にかなり成長していたことから、どこか他所で繁殖したものが渡って来た可能性も視野に入れねばなるまい。ただ、大きくなっているとはいえまだ顔立ちが幼く、羽も生え揃ってない感じを受けるし、雌による上記の行動は、何らの関係が無い他者が取るにしては不自然である。鳥の換羽や形態に詳しい友人にも画像を見てもらったが、「まだ幼く、周辺で生まれたと考えるのが妥当」とのことであった。これらのことから、私はこの3羽はコガモの親子であり、周辺で繁殖したものだと考えている。
 通い慣れたつもりの場所でも予期せぬ出会いがあることを、今回の件は改めて教えてくれた。やはり野外には足繁く通うものだ。同じカモ類で、釧路や根室では繁殖も確認されているキンクロハジロやホシハジロは、十勝でも夏にしばしば観察されているが、繁殖は未確認である。こちらも観察を重ねれば、新しい発見があるかもしれない。


キンクロハジロのつがい(右がオス)
2007年4月 北海道帯広市
海岸部の湖沼や十勝川下流域の河跡湖では、夏期にも観察されることがある。根室地方では繁殖が確認されている。
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ホシハジロ(オス)
2007年4月 北海道中川郡幕別町
釧路地方のある湖では長年繁殖が確認されていたが、近年は途絶えているらしい。十勝海岸の湖沼では、6月頃にオスだけの小群が観察されることから、ごく少数が繁殖しているのではないかと怪しんでいる。
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(2007年8月26日   千嶋 淳)