鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

セキレイ三種

2006-07-10 17:16:14 | 鳥・夏
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All photos by Chishima,J.
キセキレイ・オス夏羽 2006年7月 北海道上川郡新得町)

 この10日ほど、十勝川の上流域を訪れていた。トムラウシ山から十勝岳にかけての高山帯に端を発し、十勝平野を二分するように横断して流れるこの川の、中・下流域は日頃から馴染みが深いが、上流域は地理的に遠いこともあって最近は足が遠のいていたので、良い機会だった。平野部を悠然と流れる中・下流域とはまったく異なる、急峻な谷間を勢い良く駆け落ちる上流域とそこに暮らす生物たちを堪能した。

河川上流部の夏
2006年7月 北海道上川郡新得町
このような細くて急な支流がいくつも集まって、徐々に大きな川を形成してゆく。
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 天候も、太陽のほとんど出なかった6月が嘘の様な晴天に恵まれ、森林限界より上では、日々融けてゆく雪渓の下から川が姿を現わし、コケモモやイソツツジの花がここを先途と咲き競い、高山帯に訪れた短い夏を謳歌していた。また、川原には至る所で巣立ち後間もないセキレイの雛たちが遊び、いよいよ季節が夏の盛りに向かってゆく感を強くした。今回はそのセキレイの話。


コケモモ
2006年7月 北海道上川郡新得町
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ハクセキレイ(幼鳥)
2006年7月 北海道上川郡新得町
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セグロセキレイ(幼鳥)
2006年7月 北海道上川郡新得町
上のハクセキレイによく似るが、灰色みが強い、顔は黄白色を帯びないなどの点で異なる。
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キセキレイ(幼鳥)
2006年7月 北海道上川郡新得町
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 十勝地方の河川では、キセキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイの3種のセキレイ類が繁殖している。これら3種は好んで生息する環境が異なっており、キセキレイは上流部の渓谷に、セグロセキレイは中流部の礫の川原、ハクセキレイは中~下流域の砂質域に多く見られる傾向がある。もちろん2もしくは3種が同時に見られることもあるが、全体としてみるとかなりはっきり「棲み分け」ているといえる。また、ハクセキレイは他の2種ほど河川に依存しているわけではなく、集落や原野、牧草地など幅広い環境で見られる。この傾向は、道内外の他の地域でも2もしくは3種に対して成り立つように思われる(ただし、最近まで繁殖期にハクセキレイのいなかった本州中部では、セグロセキレイが北海道よりも幅広い=よりハクセキレイ的な環境で見られるようにも思う)。

セグロセキレイ
2006年2月 群馬県伊勢崎市
南西諸島や離島以外では、もっとも身近な日本固有種だろう。
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ハクセキレイ(オス夏羽)
2006年5月 北海道河西郡芽室町
かつては北日本でのみ繁殖していたが、この数十年で本州中部まで分布を広げた。
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 なので今回、セグロセキレイは中流域に移行しかける辺りで見ただけだったが、ハクセキレイがかなり上流まで見られたので少々驚いた。しかし、冷静に考えてみると上流部でハクセキレイを見た場所は、典型的な上流部の環境ではない。ダムもしくは砂防ダム周辺での観察がほとんどであった。ダムや砂防ダムは本来上流域には少ない広大な止水域を創出し、水位の変動に伴って干潟状の砂泥域も露出する。この場所だけをミクロ的に見たら、中~下流域の環境と同じである。ハクセキレイはそこに進出してきたのではないだろうか。開拓によって流域の森林が、所々集落や農耕地に姿を変えたことも進出を助けただろう。くわえて、人工構造物での営巣も多いハクセキレイにとっては、ダム管理のための建物は新たな営巣地となり、実際に今回もそうした場所での繁殖を確認した。


ハクセキレイ(メス夏羽)
2006年7月 北海道上川郡新得町
雛のための餌をくわえた雌雄が、かわるがわる砂防ダムの管理施設の隙間に出入りしていた。
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 このようなことを考えながら山を降り、興味を持ったついでにいろいろ調べてみると、「十勝大百科事典」の「セキレイ類」の項に川辺百樹氏が「ハクセキレイは開拓によって生まれた新天地に進出した」と、ほぼ同様のことを書いておられた。この本が出版されたのが1993年なので、1980年代末には既にハクセキレイは上流域にも進出していたのであろう。十勝川上流域の開拓が本格化したのは戦後のようで、さらに1970~1980年代にかけては同地域にいくつものダムが建設された。おそらく、ハクセキレイはこの時代に上流域へ本格的に進出してきたものと考えられる。鳥の分布を規定する要因は、気候、植生、種間関係など様々であるが、人間活動の影響も決して少なくないことを教えてくれる事例である。
 巣立って川原に出てきたとはいえ、まだ餌捕りもままならないセキレイの幼子たちが一人前になる頃、源流部の高山地帯は多くの高山植物が開花する、一年でもっとも生命の躍動に満ちた季節を迎えるが、それは同時に去り行く夏の短さとこれから訪れる冬の長さを暗示した、美しくも儚い躍動である。

ハクセキレイ(第1回冬羽・メス?)
2005年9月 北海道中川郡幕別町
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キセキレイの舞
2006年7月 北海道上川郡新得町
まだ暗い早朝の渓流に、外側尾羽の白がぱっと光った。
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(2006年7月10日   千嶋 淳)


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