tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

2014年、新しい時代の始まる年に

2014年01月01日 13時35分37秒 | 社会
新しい時代の始まる年に
 2014年、平成26年、明けましておめでとうございます。
 年の始めは矢張り良いものです。切れ目のない時の流れに区切りをつけ、気持ちを新しくして生きようとするのはまさに人間の知恵でしょう。 

 例年より早く配達されてきた年賀状を見ていると、目立つのは停滞・衰退を続けてきた日本経済社会が、昨年を境に 新しい時代を迎えるという明るい感覚を感じながらも、何かそれに同居する不安感をぬぐえないといったどこかちぐはぐな感じを抱いている人が多いという様子でした。

 この感覚は何処から来るのでしょうか。
 ひとつには、不況の中で努力を重ね、何とかいわゆる「失われた20年」から抜け出せるかと思ったら、思わぬ外国の失態のトバッチリで、また深刻な不況に逆戻りといった過去の経験の再来を危惧する感覚のようです。
 そして、もう一つは、経済についてはそれなりに先が見えるようになったが、政治や国際関係の面で、何か危険なものを日本が含み始めたのではないかという違和感のようなもののようです。

 特に戦前からの経験を持つ高齢者の中に、当時の記憶を彷彿させるといった見方があるように思いました。
 ユネスコ憲章の前文にある「戦争は人の心の中で始まるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」というかつての英国首相アトリーの言葉を引用したものもありました。

 経済の先行きについては、私自身は、私自身なりに、$1=¥80といったようなことが起きなければ、日本国内の各経済主体は誤りなく安定成長維持の道を辿る選択が出来るという確信に近いものを持っていますが、国際関係、国際政治の面では、平和憲法を掲げる日本がわざわざ1段下のレベルに下りて、国際紛争に「周囲と同じレベルで」首を突っ込もうとしているとしか考えられないような、おかしな状態になりつつあるように感じています。
 問題はそういう態度を取る人たちが、「その方がカッコいい」と勘違いをしているように思われてなりません。

 しかし最後には、より多くの日本人が、如何なる考えを持ち、いかなる行動を取るかによって決まるのでしょう。
 此の所、世界から驚嘆され尊敬されるような素晴らしい行動を巧まずして取り、世界に感銘を与えてきたのが、日本人大衆の姿です。
 政権党も含め、日本全体が、そうした賢い選択をし、世界から安心と尊敬の眼差しで見られるようになることを願いながら、新しい日本の発展と成長の時代の開幕を信じて、今年1年、市井の片隅で私なりに努力してい行きたいと思っています。