tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

カポーティ

2007-07-25 20:23:34 | cinema

「アディオス・アミーゴ」と死刑囚は、さよならを告げる。その時、カポーティは自分が彼らよりも恐ろしい罪を犯したことに気づいたのだろうか。トルーマン・ガルシア・カポーティ(Truman Garcia Capote, 1924年9月30日 - 1984年8月25日)は、アメリカの小説家だ。17歳で『ニューヨーカー』誌のスタッフになり、23歳で「遠い声、遠い部屋」を発表し、若き天才作家として注目を浴びた。1作ごとに華やかな話題をふりまき、1958年には『ティファニーで朝食を』を発表。 公私の両面で話題を振りまいた作家だ。しかし、彼は、この死刑囚のことを書いた「冷血」を発表後、精神的に不安定となり小説がほとんど書けなくなってしまった。

「クラッター家はその尻拭いをする運命にあった」
カンザス州西部のホルカムで起きた一家四人惨殺事件。犯人の男は後に事件のことをそう語った。犯人は被害者の家族の手足をロープで縛って、至近距離から散弾銃で頭を打ち抜いていた。犯人は刑務所から出所したばかりの男二人。クラッター家に金庫があると思っていた2人は強盗目的で家に侵入し犯行に及んだ。しかし結局金庫は見当たらず、たった数十ドルぽっちの現金を強奪するため、犯人の男の一人ペリーは散弾銃の引き金を引く。トルーマン・カポーティの「冷血」はこの事件のノンフィクションノベル。つまり、実際にあった事件を題材に、何年にも及ぶ取材を重ねてその事実をもとに書かれたものだ。

被害者のクラッター家は、一家四人で幸せに暮らしていた。カンザスの田舎町に住んでいるとはいえ、金銭的にも恵まれていて、犯人のペリーとはまったく異なる境遇だ。ぺリーはまともに学校にいけず、父親にも母親にも恵まれず、兄は自殺、姉は墜死。彼は常に愛情に飢えていた。カポティの生い立ちもまた、子供の頃に両親が離婚して、アメリカ南部の遠縁の家を転々として過ごしており、そんなことからカポティはペリーに類似点を感じたのかもしれない。
カポーティは犯人に、とりわけペリーに共感し、共鳴し、事件後に捕まったペリーの独房を幾度となく訪れ、心を通わせて友人になる。しかし、当然のことながらペリーが死刑にならなければ自分の小説は完成しないという事態に陥ってしまう。

<僕が君を理解できなければ、世の中は君をいつまでも怪物とみなすだろう。僕はそれを望まない>
<たとえて言えば、彼と僕は一緒に育ったが、ある日、彼は家の裏口から出ていき、僕は表玄関から出た>

精神科医は、ペリーの中で眠っていたものが何かをきっかけに疼きだし、殺人を無意識に行ったとした。
ペリーがクラッター家に足を踏み入れたときに、自分とはまったく違う世界、つまり暖かな家庭を感じたことだろう。彼が殺害したときには、被害者の娘に布団を被せたり、枕をあてがうなど人間的な優しさを見せている。もう一人の男が娘に乱暴すると言い出したときも彼はそれを強く止めた。ぺリーが見せたこうした矛盾する行動に、カポーティは引付けられた。無残な殺害の状況の中で、ペリーが見せた人間味を感じさせるいくつかの行動に、カポーティは誰しもが持つ慈愛の心を感じたのだ。

理由なき犯行。一時的な心身喪失であったと我々は考え、自分たちが作り上げた価値基準外に置く。あるいは、犯罪心理の底にあるものを解明できないと不安におびえる。そして、インターネットの凶悪なサイトとか、スプラッタ映画に影響されたとかのわかったような結論を下す。犯罪者たちと我々はきっと紙一重なのだ。カポティは、人間の心の奥に潜むダークサイドにも気づいたのかもしれない。