オレはとりあえず、行き先を考えずにバイクをスタートさせた。どっか、ファミレスに行って、とりあえずメシでも食うかと考えていた。駅前のロータリーを抜けて、ジャスコの角を曲がれば、マンションがいくつか建っている一角の途中に公園がある。街灯がついてはいるが、夜はあまり人通りがない。その公園に差し掛かったときだった。
「止めて!」
後ろのブスが叫んだ。そんなに飛ばしてはいなかったが、オレはびっくりしてブレーキをかけた。タイヤが少しだけ滑って、バイクは停止した。
「どうしたんだよ」
そう言って、後ろを振り返ったときだった。背中よりのわき腹辺りに矢で射られたような鈍い衝撃と鋭い痛みが走るのを感じた。一瞬の後。わき腹を確かめたオレの手に触れたものは、自分の体につきささったナイフの柄だった。ズボンが濡れて重くなったように感じられるが、見るまでもなく血が流れ落ちているのだろう。背中に回した手を確かめると、真っ赤に濡れていた。なにごとが起こったのか、とっさには理解できないでいた。しかし、本能的に、後ろにいるブスから離れようと身をよじった。そして、バイクと共にたちごけして、オレは道路に転がった。ブスが勝ち誇ったように、気味の悪い声を出して笑っている。ブスは転がってうめいているオレに近寄ると、厚底のサンダルでオレの顔を思い切り蹴り上げた。目の奥に明るいフラッシュを感じると共に、鼻の奥でつーんと鉄錆の匂いがした。
「とりあえず、こっちへ来い」
道路の端っこで転がっていたオレは、公園の植え込みに引きずってかれた。道路からは植え込みが邪魔して見えない場所だ。オレは、気が狂っているとしか思えないブスの行動に対して、傷を負ってもはや抵抗できない自分に絶望を感じた。なんで、こんなことになっちまったんだろう。
ブスはしゃがみこむと、オレに向かって話しかけてきた。しかし、苦痛にあえいでいたオレには、ブスが何を言っているのかほとんど聞き取れないでいた。ブスはオレの上着のポケットを探ると、ケータイを取り出した。
「お前の友達のケータイの番号はどれだ?」
逆光になってて良く見えないが、ブスのミニスカートからのぞいているスパッツをはいた足はひどくガニマタであり、しかも厚底サンダルから見えるつま先は黄ばんだ分厚いツメが覗いている。若い女の脚ではなかった。
もう一度、厚底サンダルで顔を蹴られ、友達のケータイの番号を聞かれた。
「・・・・・・」
相手の言う「ともだち」が、どのダチをさしているのかわからなかったので黙っていた。
「てめえ、1ヶ月前の金曜日の夜、酒に酔ったオヤジを襲ったのを覚えてんだろう?あの時に一緒にいたのは誰なんだ?」
なおも、黙っていると
「1ヶ月前の着信を調べればわかるよ」
1ヶ月前のオヤジ狩り・・・・・・。そうか、このブスはあの時のオヤジの身内かなにかか。オレはまんまと復讐されてるってわけだ。
あれから、ダチには電話をしていないし、向こうからも電話がかかって来ない。だけども、1ヶ月前にあった電話の着信記録は消していないかもしれない。
「・・・・・・・あった。これだろう?吉岡逸夫。電話してやるよ」
オレは薄れ行く意識のなかで、かすかにその声を聞いたような気がした。