tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

店主敬白

2007-12-28 23:58:56 | プチ放浪 都会編

みなさま。今年はどんな年だったのでしょうか?
来年は、どんな年にしたいです??
今年、1年間、まとまりの無いこのサイトを応援してくださった みなさま、ありがとうございました。
どうぞ、良いお年をお迎えください。

来年も、どうぞよろしくお願いします。

A Happy New Year!
大好きなあなたの部屋まで
凍る街路樹ぬけて急ぎましょう
今年も最初に会う人が
あなたであるように はやく はやく

A Happy New Year!
新しいキスを下さい
そして鐘の音 通りにあふれて
今年も沢山いいことが
あなたにあるように いつも いつも

A Happy New Year!


今日の日は ああどこから来るの
陽気な人ごみにまぎれて消えるの
こうしてもうひとつ年をとり
あなたを愛したい ずっと ずっと

今年も沢山いいことが
あなたにあるように いつも いつも
By 松任谷由実

 

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レッスン!/take the lead

2007-12-27 20:22:53 | cinema

すごくクールな映画だ。
'50、'60の懐かしいサウンドがヒップホップ音楽とマッシュ・アップして、心にジンジン響いてくる。その斬新なフレーバーに、みぞおち辺りにある敏感な部分をあやうく撃ち抜かれそうになってしまった。映画としてはベタなストーリーの展開だが実話に基づいているというから、生徒と教師の心の交流に胸が温かいもので満たされたような気持ちを感じた。事実は小説を超えるものなのだろう。何世代も受け継がれた本物の社交ダンスだからこそ、最新のヒップホップ・カルチャーとでも想像を超えてうまく融合できるものなのかもしれない。

さて、映画のあらすじは、落ちこぼれの生徒たち、問題のある家庭、気難しい校長という背景に、名のあるボールルーム・ダンサーのデュレイン。最初は社交ダンスなんて退屈だと思っていた生徒たちはデュレインに触発され、いつしか定石通りの予定調和の展開がはじまるというストーリー。心に残るセリフで物語が進行していく。

校長はデュレインが落ちこぼれ生徒たちをダンスを通じて教育すると聞いて
”Okay, where is the camera?”ドッキリカメラ? 誰しもが現実離れした話と思うかも。このwhere is the camera?ってフレーズは最近のアメリカ映画によく出てくる。アメリカもテレビの影響大なんだなあ。

フムフム。その昔、戦いに長けた男はダンスも優雅に踊れたらしい。ダンスってそうなんだ!
In ancient times, it was believed that any man who could kill with speed and accuracy should be able to dance with grace as well.

ダンス教室の落ちこぼれの金髪女子高生に対して、”自分のためのダンスだろ!”
You need to dance for yourself, not for anybody else.

金持ちの子女たちが習っている上品なダンスを見てびびった生徒たちに
(そんなちんけなツー・ステップでこいつらガキがうまく踊れんのかよ?
Some bargain basement two-steps while these kids got the real moves?
ー奴らはただ長い間ダンスをならっているだけだ。それだけ。さあ。
They've simply been doing them longer, that's all. C'mon, c'mon.
私が教えたのはお前らが価値があるってこと。
What I have taught you has value.
なにをするかって?奴らを驚かしてやれ。あいつらはお前らのことをなんとも思っちゃいない。だから、お前らがこれまでして来たこと以外、失うものなんてなんにもないんだ。
Yeah, so what the hell are we supposed to do?
Surprise them.
Everyone competing expects nothing-- nothing from you, so you have nothing to lose, except everything you have achieved so far.)

最後のPunk Assってところ、泣き笑いしちゃいますね。
(今、話し合うべきは、勝ち負けじゃなくて疑っていることだ。自信がないのなら家で引きこもっていろ。自分が信じられるのならそれで勝てるかもしれない。誰一人、落ちこぼれなしで! Punk Assが1人か2人いるかもしれないが。
So what we need to focus on now is not winning or losing, but doubting.
So if you're not sure, then sit down, just stay home.
But if somewhere you see a dot, a glimmer of belief in yourselves, then you might have what it takes to win.
Not a single reject. Maybe a punkass or two.)

ブログで世間に対して勝手な愚痴を言いがちだけど、はっと気づかされる
(親のせいにしたり、環境や政治、貧困のせいにするのは簡単だ。だけど自分の責任をきちんと理解さえしていれば、問題は発生しないんだ。
It's much easier to blame your father, your mother, the environment, the government, the lack of money, but even if you find a place to assign the blame, it doesn't make the problems go away.)

PTAを相手に、ダンスを通して人間形成ができることを説く。感銘したおばさんが思わず、”大人のダンス教室は?”。うまい、台詞回しだ。この映画を観ている観客も一緒になってダンスをしたくなってしまう。
(もし、あなたの16歳の娘さんが強くて自分自身を信じられるのなら、自分をだめにする馬鹿な奴らにむざむざやられはしないでしょ?何か質問は?-大人のダンス教室はあります?
Now, if your 16-year-old daughter is strong and secure and trust herself, how likely is she to let some idiot knock her up?
Are there any questions?
Do you teach adult classes?)

”ダンスしている間は心が休まって、嫌なことはみんな忘れることができるの”黒人の女の子のセリフ。
It's just this place where it gets all silent and I forget about everything bad.

♪一人ぼっちのあなたに魅せられました♪
♪It was fascination I know Seeing you alone♪

Take The Lead Tango Scene HOT!!

</EMBED>
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善き人のためのソナタ/Das Leben der Anderen

2007-12-26 23:59:57 | cinema

日本語の題名「善き人のためのソナタ」とそのキャッチコピー「この曲を本気で聴いた者は、悪人になれない」に惑わされて、長いことこの映画の本質を理解するのに苦しんだ。なぜ国家保安省の精鋭である主人公が、任務の上、赤裸々な私生活を知ってしまった女優にほのかな恋心を抱いたのか、なぜ反体制活動をするその女優と脚本家の2人を自分の将来を犠牲にしてまで助けようとしたのか、なぜ東西ベルリンの壁崩壊の報を聞いても喜ぶことはなかったのか、そしてなによりも不思議だったのが、なぜ自分に報復人事をあてがった役人に対して復讐を考えなかったのか。映画を観終わってから、湧き出てくるこれらの疑問にしばらく悩んでいたのだが、ドイツ語の原題”Das Leben der Anderen”の英語訳が”The Lives of Others”であることに気づいてから、すべての疑問が氷解した。

職務に忠実であることが愛国心と信じ、仕事を冷徹に進めていた主人公の東ベルリン国家保安省(シュタージ)の大尉は、体制側で生きてきた人間だ。彼はその息詰まるような社会システムにどっぷり使っている。それまでに多くの反体制派を摘発してきた冷酷な彼が、業務で盗聴することにより他人である著名劇作家と彼の恋人の女優の2人の人生に触れ、自分の人生との圧倒的な違いに気がつく。彼の人生は、アパートの住民には陰口叩かれ、愛は手近の娼婦と惨めなセックス、組織の中では醜い政争の駒にしかすぎないというものだったから。だが、骨の髄まで社会主義に浸っている彼には、自分の人生を大きく変えて生きていくすべがなかったのだ。当時、東ドイツで与えられた自分の人生から逸脱することは死を意味した。せめてもの抵抗として彼にできたことは、女優と脚本家の2人を助けようとすることだけだったのだ。そして、その代償として彼は自分の人生を諦めざるを得ず、権力による報復措置に甘んじるしかなかったのだ。それが当時の東ドイツの社会システムなのだ。
彼は決してソナタを聴いて「芸術」や「自由」の空気に感化されたのではない。その壁を隔てた向こう側の人間の自分とは違う考え方や人生の中にかすかな自由の匂いをかぎとるだけだった。自由なんてものは”The Lives of Others:他人の人生”でしかない。こうしたものを求めるのは善き心でもなんでもない。社会システムを混乱させることが善きこととは言わないように。イデオロギーを捨てて、国を裏切った主人公を「善き人」とするのは、自由にどっぷりつかりきった西側の人間の傲慢な思い上がりだ。
自由に人生を選ぶことができ、自由な発言ができる我々にとって、自由に生きることが制限される、あるいは、毎日恐怖におびえて暮らすということがどういうことなのか本当に理解することは難しい。しかし、西側の世界に住むこの映画の33歳のドイツの映画監督・脚本家、フロリアン・ヘンケルス・フォン・ドナースマルクは、それを余すところなくミュンヘン映画映像大学の卒業修了作品として描いて見せた。若くしてその恐ろしいほどの恵まれた才能に嫉妬を感じぜずにはいられない。

”The Lives of Others:他人の人生”。どんなにあこがれても、けっして他人の人生を生きることはできない。女優は体制側と反体制側にある他人の人生に翻弄され、そして彼女も矛盾した思いの中で生きながらえることはできなかった。
東西の壁の崩壊と情報公開の流れの中で、明らかになったエージェントの数は10万人、暗号で書かれた文書リストは9億件に上る。まさに息の詰まる監視国家。冷戦が終わりまだ20年もたっていないが、こうした傷が癒えるにはかなりの時間が必要なのだろう。

 

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恋人がサンタクロース

2007-12-25 23:41:45 | プチ放浪 都会編

12月25日 ホーリーナイト
今宵、世界中のすべての人の上に、幸せが降り注ぎますように。

その娘はクリスマス休暇を前に大失恋をした。おととしのことだ。サンタは娘に『笑顔』をプレゼントした。失恋の悲しみを乗り越えて、明るい自分自身をとりもどせるようにと。早く元気な彼女に戻れるようにと。
次の年。つまり去年のことだ。娘は新しい恋を得た。しかし、遠距離恋愛に耐えていたのは娘だけで、相手の男はクリスマスに会えない寂しさからつまらないことで喧嘩して2人は別れた。
サンタは娘に『怒り』をプレゼントした。身を切るような失恋の痛手を娘は怒りで克服した。相手に対する怒り、自分自身に対する怒り。彼女は怒ることで強い心を持った。一人で生きて行けるくらい強く・・・・・・。

サンタは考えた。 娘が幸せになるためには、何が必要なんだろうと。そして、今年は娘に『涙』をプレゼントすることを決めた。
強いだけじゃ幸せになれない。強さも弱さも、色んな心があって、だから人はステキになれるんだとサンタは思った。

クリスマスが終わって、娘は失った恋を思い出し泣いた。そして、1年前に別れた恋人の家に向かった。小さな喧嘩で別れてしまうのはイヤだと。ずっとあなたと一緒にいたいのだと、別れた恋人に伝えに行った。

JR Central Christmas Express Fukatsu Eri

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街角にはクリスマス・ツリー

2007-12-24 02:01:55 | プチ放浪 都会編

「この写真、なんだかわかりますか?」
パラグライダーの現地教習が終わってスクールにもどり、みんなでくつろいでいる時にインストラクターから見せられた一枚の写真。彼が昨年の12月24日にオーストラリアのBright近郊のミスティック山をグライドした時に撮った写真らしい。手前に膝に乗せたフロントコンテナ。バリオとGPSがそれぞれ高度と位置を表示しているのだろうが、数値はボケて良く見えない。彼の前方に広がるのは、低木の林が入り組んだ乾燥した茶褐色の広大な大地。陽炎のように揺れる地平線が傾いて写っているのは、ターンの途中で写真を撮ったからだろう。そして、その向こうには白く輝くいろんな形の積雲と青空。紫外線の影響だろうか、googleマップでよく見る航空写真のような地形が春霞のようにかすんで見える。ただ、奇妙なのは右手上空に写り込んだ光のウズだった。ぼやーとした光に包まれて、何かが空を飛んでいるように見える。
「この光はなんすかね?フレア?」
逆行などの強い光によって写真が白っぽくなったり、光がにじんだりしたものを「フレア」と呼ぶ。レンズの表面で反射した光が、レンズ内部やカメラ内部で複雑に反射することにより「フレア」が生じる。だが、写真の手前に写っている膝やフロントコンテナの影のでき具合を見ると、どうも、写真は太陽を背にして撮られたもののようである。だから、写真にフレアが出るはずはない。
しかも正体不明の光のウズをよく見ると、左右対称になっている。ちょうど、ジャンボジェット機の翼の後ろにできる翼端流のような感じだ。ただし、そのウズがかなり乱れているのは、およそ航空力学を無視した形状の「なにか」が飛んでいるからとしか思えない。
「この日は、朝から晴天で絶好のコンディションだったんだ。山頂よりテイクオフを行い、問題なくテイクオフ上空の雲底につけた。高度は約2300m。それから、10kmはクラウドストリートに乗っかって。ちょっとサイドの風は強かったんだが・・・・・・。
この光のウズは150マイルぐらいの速度で追い越していったんだ。それから、数分後に標高1700m地点でちょっと気を緩めた瞬間、(キャノピーが)70%潰されたんだ」
とインストラクターは説明した。

パラグライダーで飛んでいて、キャノピーが潰されるのはよくある話だ。乱気流が原因だったり、頭上のキャノピーが体を追い越して、リーディングエッジのインテークから空気の取入れが悪くなった時にキャノピーの内圧が低下して潰れが起こる。インストラクターの腕前を考えると、ブレークコードの操作ミスは考えづらいから恐らく乱気流に巻き込まれたのだろう。
「それって、ひょっとして、スキー場で有名なペリシャー・ブルーあたりで遊んでいたトナカイが、クリスマスの仕事しに大慌てで北に帰る途中だったのかもしれまんよね」
ぼくは茶目っ気をだして答えた。150マイル(240km/h)で飛行する物体が金属以外の物質でできているはずはない。だから、高度3000mぐらいのところを何かが飛べば、偵察衛星のみならず航空機監視用レーダーに捉えられ、未確認飛行物体として大騒ぎになるはずだ。ただし、空飛ぶトナカイとかであれば、金属じゃないから電波を反射せず、レーダーに映ることはない。・・・・・・もちろん、あり得ない話だが。
ぼくの言葉に、インストラクターとオーストラリアツアーに参加した上級者たちはあきれて顔を見合わせた。冗談がスベるかもと予想していたが、よりによって、最悪なことを口走ってしまったようだった。
「冗談ですよ。じ ょ う だ ん」
あわてて否定するぼくを、インストラクターが厳しい目でにらんできた。そして、その話はそれっきり。だが、彼らもいまだに写真に写り込んだものが何なのか、突然の乱気流発生の原因もあわせて答えが見つかっていないようだった。

あの時、ブレークコードをしっかり当て込み、絶対に潰されないようにウエイトシフトしながら、目の前のマップケースからメモ用紙がひらひら飛んでいく最悪な状況の中、必至で操作していたインストラクターの耳に届いたのは<ホン、ホング>という泣き声。ドップラー効果により、抜かれざまに音階が変化していった。そして、突然の乱気流。やっぱり、あの時に空を飛んでいたのは・・・・・・。

街角にはクリスマス・ツリー。金色のきらめき・・・・・・。ひところ、この時期になればどこに行っても聞こえてたこの曲。ずーと、この歌が歌い継がれるものと、一部、期待を込めて思っていた。すべての人が思い続けること、歌い続けることで、世の中は少しずつ変わる。来年のイブは、さらにたくさんの人が幸福になりますように・・・・・・。

【PV】 山下達郎 - クリスマス・イブ

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