tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

柴子(3)

2007-07-02 19:58:46 | 日記
それから、一週間は何事もなく過ぎた。毎朝、新聞を注意してみていたが、特にオヤジ狩りの被害にあったという記事は見当たらなかった。どうやら、あのハゲは、なんとか自分の家に帰れたのだろう。もっとも、途中でくたばろうが、病院に入院しようが、オレの知った事ではないが。
いつしか、平凡な日々に流されて日常に埋没していき、オヤジ狩りをやった事すら忘却して時間だけが過ぎて行った。埋没できる日常があれば、まだ幸せなのかもしれないが、人生の多くを費やす職業生活で時間だけを消費していくのは砂を噛むように空しいことだった。
そんなある日の夜、オレは会社を終えて帰宅するため、駅前の自転車置き場に停めた原付バイクのエンジンをスタートさせようとしていた時に声を掛けられたのだった。
「あそばない?」
「・・・・・・?」
最初は空耳かと思った。
声のしたほうを振り返るとそこには、ブリの照り焼きなみに日焼けした真っ黒い顔で、白髪のようなボサボサヘアの山姥が一人で立っていた。長袖の服を着こんで、首には似合わない派手なスカーフを巻いている。手には薄い白の手袋だった。
今でもいるんだ・・・・・・伝説化したと思っていた。山姥ギャルとオレらヤンキーは、年齢層も違うし、活動する場も時間帯も、集まる場所も違っている。誤解されがちだが、山姥ギャルたちは不良といった範疇からはほど遠い普通の女子高校生たちだ。
そして、彼女たちの、「コワイものなし」といった、あの堂々の自信はどこからくるのか常々疑問だった。社会に背を向けて生きているオレたちは、彼女たちの勢いに押されて思わず道を譲ってしまうが、あっちは当たり前と言う顔で一顧だにしない。
しかし、山姥ギャルにしろオレらヤンキーにしろ、基本的には遊ぶ時に群れで行動する。決して一人にはならない。本能的に、一人で突っ張ってても危険なだけである事を認識しているからだ。そういう意味で、山姥ギャルのメークと服装をした女子高生が、こんな夜の時間帯に、駅前とは言え一人で遊び相手を探しているのは異様である。なにか訳がありそうだった。