tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

クタのカフェとジュゴクのショーパフォーマンス

2009-07-29 21:43:39 | 日記

 
 
 
 

ジュゴクとは、バリ島西部のジュンブラナ県に伝わる伝統的な竹筒ガムランの中でもっとも巨大な楽器のこと。
これに大小様々な竹製打楽器を加えたアンサンブルもジュゴクと呼ばれる。竹製打楽器の4つの音階は、東西南北の方位を意味し、それぞれに神が宿りその中心にシバ神があるらしい。この音楽は、深い森に覆われた村での通信手段として使われていたとも、寂しい夜に心をまぎらわすために打楽器を作ったのが始まりともいわれている。
だが、オランダ植民地時代には、楽器の竹が武器として使われることを恐れ、楽器の使用を禁止されて長い間演奏されることはなかったようだ。
竹の長さを変えて作られる4音階の打楽器の合奏には、重低音の音のうねりがあり、周囲との反響やこだまによって、独特の音楽空間が形成される。
観客は全員スタンディングで打ち鳴らされるリズムに乗ってダンス・ダンス。地面から沸き起こるような打楽器の音に酔いしれた夜だった。

バリ国際空港(ングラ・ライ)のあるデンパサールから約40km東にある一番大きな町はクルンクン。17世紀から300年に渡り、バリ島を支配したゲルゲル王朝の古都である。我々がバリで見る伝統芸能はこの町で完成されたのだ。

イスラムの力が強大になってきたジャワで、ヒンズー教のマジャパイト王朝は16世紀に衰退。その王子が数千人の部下を引き連れてバリに亡命し、クルンクンでゲルゲル王朝をつくった。現代のバリの宮廷演劇やワヤン・クリ(影絵芝居)、踊り、音楽、絵画などの様式は、当時の文化遺産によるものである。
残念ながら、19世紀半ばから50年に渡ってオランダ軍との戦争が続き、1908年、クルンクンはオランダ軍の攻撃で壊滅的なダメージを受け、当時の遺跡はほとんど残ってはいない。
クルンクンからさらに車で東に約30分、ロンボク島へのフェリーが発着する小さな港町がパタンバイ。カズさんの家族が住む町。フェリーの桟橋の両側には、バリ独特のカラフルカヌーであるジュクンが何隻も波に揺られていたり、砂浜に並べられていたりする。この港周辺がバリで人気のダイビング・スポット。ビーチには数件のコテージが並ぶ。ロンボク島へはフェリーが1日に6便出港しているらしい。多くの乗船客が乗り降りする。

昔ながらのバリの生活が残る東海岸で、漁村特有の素朴な雰囲気を持ちつづけているのがチャンディダサ。さらにその東、トゥガナンは、バリ島先住民族(バリアガ)が暮らす村。ダブルイカットと呼ばれる独特の織物や、アタ籠製品の産地としても有名だ。

日本で、めったに口にできないか、あるいはあっても1人前五千円から一万円という超高価な鍋に、アラ鍋がある。使われる魚はクエ。クエというのは、体長1m以上になるマハタ科の根魚で、日本では本州南部と九州にしかいないため、関東以北の人にとっては幻の魚だ。
小さめのクエは、中華料理で蒸し料理として超人気で、今回の旅行では、カズさんにクタの中華レストランに連れてってもらってこれを食した。食事中、ぼくは現地のダイビングガイドのダルマさんと、沈船ダイビング中に大きなクエを見たことを話あっていた。   了

追記
ネットで探したツアーで確保したホテルの部屋を放棄して、無理やり下田ダイバーズのダイビングツアーに途中乱入させていただきました。
そんなぼくを暖かく迎えてくださいました下田ダイバーズのカズさん、キャサリン美穂さん。そして、ツアーメンバーの林氏、バディのUMEちゃんには、ツアー中、大変お世話になりました。この場を借りて厚くお礼を申し上げます。またいつか、よろしく。

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パダンバイの人々と涙のお別れ

2009-07-28 21:20:32 | 日記
 
 
 
  <EMBED src=http://www.youtube.com/v/aNv0qyTM19g&amp;hl=ja&amp;fs=1&amp; width=425 height=344 type=application/x-shockwave-flash allowfullscreen="true" allowscriptaccess="always">

振り返ると、アグン山のきれいな頂が見えた。車窓から質素で素朴 だが、心豊かな生活風景が見える。さぁ、ぼくは帰らなくちゃ。天国の住人じゃない。。この道をウブドに進もう・・・。

 ・・・人々との出会いと別れは、感動と笑いと、涙に溢れる。

実はボク。旅先で人々の別れのシーンを見るのがスキだ。ヨーロッパなどの大きな空港や駅で、人々がしっかりと抱き合い涙を流し、そして最後の別れを惜しむ姿を見ると、最悪と思えた自分の置かれている状況ですら感謝したくなる。
からめた親子の腕が徐々にほどかれ、互いに触れ合わせたままの腕が伸ばされてそしてついに2人の指先が離れる。こんなシーンを見ると、自分の抱えている問題なんてほんのちっぽけなものだと思えてくる。こんな風にボクはこうした他人の別れをのぞき見ている嫌なやつなのだが、これが自分の身に起こってくると、どうにもダメだ。
今日の写真も、本来の旅の時系列からすると、昨日の「クタのジャランジャラン」の前にくるべきものなのだ。だが、どうしても文章が書けずに、順番が入れ替わってしまった。。

午後日差しを背に少し照れくさそうに、家の人々とツアーのメンバーたちが肩を並べて立っていた。そのシルエットをちら見して、不覚にも鼻の奥がつんとなった。
この感情はなんだろうか、過ぎ去った夏休みの日々を想うようなせつない想いと、大切な人との別れの寂しさが入り混じったような胸の痛み・・・。
なんだろうね、このせつなさは。ほんの一日、同じ家の中で一緒に過ごしただけなのに・・・。こんなに気持になるなんて思ってもみなかった。

だが、ツアーに長期滞在した女性陣が先に号泣した。こんなときは、泣いたモンの勝ちなのだろう。先に泣かれると、どうしていいのか分からなくなる。-おまいら、バリの女性を少しは見習って-「デリカシーのない声でゲラゲラわらってんじゃねーよ」と常々にがにがしく思っていたにもかかわらず、女たちの流す涙に不覚にも、もらい泣きをしそうになった。
・・・てめえら。。
説明する言葉も思いつかず、目を赤くしているもので、みんな怪訝な顔でボクを見る。
どうにも苦手でしょうがない。ぼくの隣にならんだバリの人-和さんと2人で涙のお別れシーンに、陽に焼けてテカったまぬけな顔で突っ立ているしかなかった。

・・・でも、何てやさしい国なんだろう。また来ます。

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クタのジャランジャラン

2009-07-27 22:14:19 | 日記

 
 
 
 

旅に出る時、十分な旅支度を整えて出発できることはほとんどない。出発の前はたいてい徹夜になる。締め切りのある仕事をなんとか片づけて、あたふたと荷造りをして空港に向かうのが常。だから、到着してから忘れものに気づくことになる。
今回はバリへの旅に出発できることがわかったのが遅かった。キャンセルになるのを覚悟で格安のツアーを申し込んで、そのスケジュールに合わせて休暇をとる懸命の努力をしていた。そしてついに実ったのが、予定した休暇の5日前。
奇跡的にスケジュールのやり繰りがつき、ツアーに向けて十分とはとてもいえない準備のまま飛び出すことになった。
パスポートと航空券、いくらかのお金をもっていればなんとかなる・・・はず。考えてみると、国境を越える敷居はずいぶんと低くなった。事のよしあしは別として、隣の町に出かける気軽さで出かけられるボーダーレスな時代になった。
一方、敷居の低さは、旅に出たのはいいが、日常も旅先まで追いかけてくることになる。
とはいえ、飛行機の座席について、ノイズキャンセリングヘッドホンから流れる音楽に身を浸してしまえば、開放感がこみ上げてくる。

フライト中に聴いた、フランク・シナトラの「カム・フライ・ウィズ・ミー」♪
JALのB747-400、K13機材による7時間35分のフライト。飛行機はバードストライクでピトー管を破損することもなく、それにより対空速度の測定ができないため成田に引き返すことなく、CAたちの心のこもったもてなしもあって快適なものだった。
特に気が滅入りがちな狭いエコノミークラス(Y)の3-4-3の席配置で威力を発揮してくれたのが、成田の免税店で購入したSONY ノイズキャンセリングヘッドホンMDR-NC7/B。
安い割りに思ったほど悪くなかった。
周りの騒音や雑音がかなりシャットアウトされ、小さいボリュームでも快適に音楽などが聞ける。また、付属品として飛行機のヘッドフォンジャックアダプタもついているので、機内の音楽やビデオサービスにも使える。
本体はコンパクトにたためるし、ケーブル長さもちょうどよい感じだ。ただ、ノイズキャンセルの電源を入れないと低音が伸びないのが欠点かもしれない。

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バリ/パダンバイの人々

2009-07-26 20:29:49 | 日記

 
 
 
 

クタなどの繁華街に行くと白タクや物売りがいて、よく声をかけられる。だが、いらない時はキッパリと断れば、そんなにしつこく付きまとわれることはない。態度が曖昧であれば付きまとってくるようだ。
そして、睨みつけて断るのは大抵、日本人。西洋人は少なくとも、人としてのコミニュケーションがある。

不思議なのは、バリの物乞いの女性。たいていは、みすぼらしい服を着て幼児を連れている。お金の無心を子供にやらせている女性も居る。
そういう姿を見るにつけ、たまたま豊かな国ニッポンに生まれてきたぼくは暗い気持ちになってしまう。その女性から視線をそらしてしまうわざるを得ない。
ところが現地の人たちは、自分の懐がさみしくてもお金を恵むのだ。それを見ていると、なんとも複雑な思いに駆られてしまう。
現地で仲良くなったバリ人に聞くと、幼い子と一緒に物乞いするのは、バリ島の東部に伝統的に続く一種の修行のようなものらしい。つまりは托鉢。そうした人たちにお金を施すことで、今度は自分が神様から助けてもらえるのだと言う。

パタンバイでは、炎天下何時間も、さほど多くはない海岸付近のワルンを歩いて回って、観光客にサングラスを売ろうとする老人を見た。サングラスを1個売っても、儲けは100円にもならないだろう。しかも、何日も売れている様子はない。
たしかに、インドネシアでは家族や親類を大切にし、事あれば全員で支える。その上、バリ島では、町でも村でも地域ごとの共同体の意識が強く、夫を亡くした妻と幼い子供が何人居ても、その共同体が家族同様に支える。だから、もう一年以上も仕事がないという家族でも、さして深刻な表情もせずに暮らしていかれるらしい。
そういうシステムであることを頭で理解するんだが、炎天下に売れないサングラスのショーケースを持ち歩く老人をみていると、なぜかやりきれない気持ちがこみあげてくる。

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クタの朝市とパダンバイへの車窓

2009-07-25 19:16:09 | 日記
 
 
 
 

100円あれば、バリではー。

地元ワルンでナシチャンプルやミーゴレン(バリ風焼きそば) が食べられる。
オレンジジュースが2杯。飲み水の入ったペットボトル(1.5L) を3本。
砂糖2kg、食パン2斤。米1kg。ガソリン1.5L。

だが、日本では缶コーヒーの一本も買えない。
・・・世界で有数の豊かな国ニッポンに、ボクは生きている。

水浴び用水の濃縮消毒剤Dettol 1本。歯ブラシ6本。『AUTAN』(アウタン)虫よけローション1本。
一人当りのGDPは、バリで3,200ドル、日本は33,000ドル。だから、バリでは、100円だって十分高価な額なんだ。

100円玉はニッポンでは小銭になりかけている。先日、小銭入れにぽつんとあった100円玉を見て思った。
お金のこと、もっと考えなくてはいけない。
生存に関わる100円がある。そして、見向きもされない100円がある。
小銭入れにあった100円玉で、誰かを救えるならばそういう行動にでるだろう。

だれかに喜んでもらえる幸福。働いて得たお金をしっかりと使い、社会の循環の中に自分を位置づけようと。
ぼくは小銭入れの100円玉で、今度の旅行で会うだろうバリ島の人のため、100円ショップのお土産を買った。
・・・メイド・イン・チャイナの100円風鈴。バリの風によい音を響かせてくれることを願いながら。。

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