京都で定年後生活

2013年3月60歳で定年退職。

美術館と庭園めぐり、京都の四季の行事と花を綴ります。

時代祭の続き 室町時代~延暦時代(最後)

2019-10-28 07:17:11 | 京都めぐり


26日の時代祭行列の続きです。

室町時代

室町幕府執政列
馬上の足利将軍は鎧兜はつけず、烏帽子に金襴の豪華な衣装をまとった軽装の小具足姿で、幕府の執政にあたる三管領・四職に任ぜられる主要氏族が御供衆として従います。
また公家・法中・御博士・医師など他の列には見られない人たちが登場します。





















室町洛中風俗列
16世紀京の町衆によって盛んに催された「風流踊り」を再現しています。
風流傘を中心に、子役による囃子方で構成する「中踊り」と、小袖姿で踊る「側踊り」からなっています。
当時の風流踊りは男性のみで、奇抜な仮装や妻女の派手な衣裳で着飾って参加しています。
この風流踊りは全国各地に伝わり様々な芸能を生み出し、江戸時代以降の盆踊りの原型ともなっています。





















吉野時代

楠公上洛列
1331年(元弘元)、後醍醐天皇が隠岐より還幸される際、上洛を導いた楠木正成一族の行列を表します。
楠公一代の盛事と言われたこの様子を表した行列で、多種多様の煌びやかな甲冑や武具が見ものです。





楠木正成









楠木正季





中世婦人列





淀君
豊臣秀吉の側室。ここでは、桃山時代を代表する豪華な打掛に間衣、下着、小袖に刺繍の帯をしめ、扇を持った外出姿です。





藤原為家の室
出家後「阿仏尼」と称されました。また、「十六夜日記」の著者でもあります。
市女笠に虫の垂衣を垂れ、半足袋に草鞋を履き、道中安全を祈るお守袋をかけ、訴状を文杖に差しています。
従者は道中に必要な旅道具を入れた唐櫃をかついでいます。





静御前
源義経の側女。ここでは白拍子時代の姿で水干、単小袖、白の切袴、立烏帽子を身に着け、鼓を持っています。
童女が一人従い、絹傘を差しかけています。





大原女
洛北大原の婦人は、頭に薪や炭を載せて京の町へ行商に出ていました。









桂女
桂川をこえて鮎や飴を売り京の町に来る販女です。
巫女の一種でもあり、婚礼や出産など、家の祝い事に訪れることもありました。
頭に巻かれた白い布「桂包」は、皇后から頂いた布であったと言われています。






鎌倉時代





流鏑馬は平安朝から行われた騎射の技で、武士のたしなみとして盛んに行われていました。
馬場に3カ所の的を立て、馬を走らせながら射ります。
1221年(承久3)後鳥羽天皇が朝廷の権威回復のため、城南離宮で近畿十余国の武士1700名をを召集して行った一場面を表し、列は狩り装束の射手を中心とした5組で構成されています。















藤原時代
2012年の大河ドラマの主人公平清盛が生きた時代





藤原公卿参朝列
平安時代中期以降、藤原氏が最も栄えたころの様子を表した列です。本列のものは夏服の様式です。





平安時代婦人列
「平安時代婦人列」への参列は京都五花街の中から三花街が担当されており、その三花街の芸妓さんが輪番(交代)で参列されています。





巴御前
源義仲の側女。女武将として義仲と供に戦いました。
ここでは、『源平盛衰記』より現したもので、天冠や鎧を身に着け、太刀を帯に着け長刀を持っています。
従者は折烏帽子に腹巻を着け小刀を帯び、それぞれ弓と馬杓を持ちます。





横笛
建礼門院の雑仕。滝口時頼と恋に落ちましたが、時頼が出家すると、その後を追って尼になりました。
ここでは、出家した時頼を尋ね嵯峨に行ったときの市女笠に袿姿を現しています。





常磐御前
源義朝の側室であり、牛若(源義経)の母。
ここでは義朝の没後、牛若ら3人の子を連れ六波羅に向かう時の様子を現しています。





紫式部
「源氏物語」の著者。ここでは女官の略装です。
清少納言
「枕草子」の著者。ここでは正装女御装束です。





紀貫之の女
ここでは、袿、単小袖、濃紅の切袴を身にまとい、手に梅の小枝を持っています。





小野小町
才色兼備の女流歌人で、絶世の美女だったとされています。
ここでの衣装は平安初期の特殊な姿で、当時の神像を参照して作られた装束です。





和気広虫
慈悲心が深く、多くの孤児の養育に励んだことが伝えられています。
ここでは、還俗した時の姿で、扇を持った姿です。男女の弧児2名ずつを従えています。





百済王明信
桓武天皇の御代に女官長として仕えていました。これは、当時の女官の最高位です。
ここでは、唐衣に裳の唐風の装束で翳(さしは)を手にし、侍女を従えています。





延暦時代

延暦武官行進列
この列の大将に当たるのは坂上田村麻呂で、東征を終え平安京に凱旋する様子を表しています。
きらびやかな金小札の甲冑に、金作りの直刀を差し白葛のヤナグイ(矢を盛って背負う道具)を背負い、金胴の弭(弓の弦をかける部分)金物の槻の丸木弓を従者に持たせ、木地に漆画をほどこした鞍に、金銅の杏葉銜に赤革の鞦(馬の飾り緒で三懸の一つ)の馬に乗り、従者、矛持、弓持を従えています。













延暦文官参朝列
延暦時代の公卿諸臣が朝廷に参上する様子を再現した列です。
その衣装は朝服といい、本列中の三位は浅紫、四位は深緋、五位は浅緋、六位は深緑の袍を着用し、三位は蘇芳色総の三懸(馬の飾り)をつけた馬に乗り錦蓋をおおわせて進みます。
全行列中最高位と位置づけられる本列の三位は、平安神宮に還り着いた時、全行列を代表してご鳳輦の前で祭文を奏上します。









神饌講社列
時代祭当日の神饌物を奉献する役目の人達です。

前列
御神幸列の前を行くので前列といいます。雅楽の奏者、迦陵頻伽、胡蝶など優美な衣装の行列で多数の狩装束のお供が従います。

















神幸列
御賢木を先頭に鳳輦が続き、宮司以下神職が前後につき従って神幸されます。
先の鳳輦は孝明天皇、後の鳳輦は桓武天皇が祀っており、京都の市内をご巡幸し、市民の安らかな様子を親しくご覧になります。
時代祭の中で主たる意義を持つ列です。ご鳳輦の御剣、弓や楯、矛、紫御翳、管御翳、神馬用馬具が見られます。

孝明天皇鳳輦







桓武天皇鳳輦


























白川女献花列
比叡山のすそ野、白川に広がる花畑の花を京で売り歩いていました。
平安時代中期から御所に花を届けていたといわれており、本列では神前に供える花を頭に乗せています。










弓箭組列
源頼政に従い弓矢の技に優れた人達の子孫の人々によって作られた、弓箭組の列です。常日頃より射術を研究しており、桓武天皇平安遷都の際その御列の警護に当ったともいわれ、また明治維新の際には山国隊とともに東北鎮護に当り活躍しました。お供の人々は引立烏帽子に直垂(ひたたれ)を着け、太刀を差し弓箭を携えています。





これで行列は終わりです。このあと平安神宮に向かいます。
当日は曇り空で、途中日が差してきました。
雨が降らず、気温も暑くも寒くもなくて良かったです。






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2 コメント

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時代まつり (tango)
2019-10-28 17:40:34
京都に行かず、ゆっくり丁寧に見せていただき
感謝です
お疲れになりましたでしょうね!
終わりが平安神宮なのですね?
素晴らしい~~(^_-)-☆
tangoさまへ (京都で定年後生活)
2019-10-28 19:56:45
こんばんは
数多い画像御覧いただきありがとうございます。
明日は天気が崩れるようですが、明後日以降は秋晴れになりそうですね。
ありがとうございます。

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