尖閣諸島の領有権を主張する中国のわが国に対する挑発が続いています。
日本政府が先日発表した、自衛隊艦船に対する中国軍による射撃用レーダー照射事件はその最たるものですが、これ以外にも中国の巡視艇などによる尖閣諸島周辺のわが国領海侵犯などは日常的に繰り返されるようになってきています。
さて、そんな中国の挑発行為に対して、わが国はどのように対処すべきでしょうか。
いうまでもなく最悪なのは、自衛隊と中国軍が実際に戦闘状態に入ってしまうこと。それによって日中双方に多くの人的被害が生じることが一番こわいわけですが、その他にも両国にとって失うものがあまりに大きいために双方の武力衝突だけは絶対に避けなければならない展開です。
もはや日本と中国は、好むと好まざるとにかかわらず、経済的には重要なパートナー同士です。たとえば貿易面。わが国にとって中国はいまや最大の貿易相手国です。輸出入額ともに中国貿易はわが国の貿易額全体の20%前後のシェアを占めています。そして少し前に貿易総額でアメリカを抜いて世界一となった中国にとっても、わが国は輸出先としてはアメリカ、香港に続く第3位、輸入先としては第1位(いずれも2009年)となっています。どんなに互いに反感を抱いていても、それを武力行使につなげてはならない理由がこうした貿易統計数値にも表れていると思います。
そして、わが国にとってもっとも大切な二国間関係である日米同盟の観点からみても、日中両国の武力衝突は何としても回避しなければなりません。中国と日本が米国債のそれぞれ第一、第二の保有国だからです。そんな両国が実際に衝突したら世界の金融市場ははたしてどのように反応するか?さまざまな憶測が飛び交い、米国債価格およびドルが乱高下することが予想されます。これは現在、微妙な時期にあるアメリカ経済にとっては決して望ましいことではないはず。わが国としても中国との対立激化で同盟国アメリカにそんな迷惑が及ぶことは本意ではないでしょう(もっともアメリカにとっては、対日戦略としての「尖閣カード」が効力を発揮するために、日中両国がほどほどに対立している現状は決して悪いわけではないと思っていますが・・・)。
一方、東南アジア諸国やインドなど、中国と領土紛争を抱えている諸外国と、中国包囲を意識した外交関係を築こうという方向性もあまり適切とはいえないでしょう。これら諸国と中国が交戦状態に入ったりした場合の火の粉をわが国もかぶるリスクが想定されるからです。さらに、わが国の対中包囲網の強化に向けた動きが中国の危険な反日ナショナリズムを逆にあおることになりかねません。
したがって、わが国としては挑発をエスカレートさせる中国を軍事面や外交面以外の方法で上手に「けん制」したくなるわけですが・・・。その作戦立案にあたってヒントとすべきポイントが、中国は「王朝国家」であるということです。
(続く)
(前回からの続き)
というわけで、「日本破綻論」は(真に意図しているかどうかは別にしても)結果としてはジャパンマネーによる「アメリカ支援論」としての面を持つのではないか、という個人的な解釈を綴ってみました。
まあこれもかなり憶測に基づく見方で、同破綻論は「基軸通貨ドルならば大丈夫!」と本心から主張しているのかもしれませんが、どちらにせよ、日本(政府・日銀ばかりでなく企業や個人をも含むジャパンマネー)が巨額のドル(米国債)を買い支えている現状はアメリカにとってはたいへんありがたいことにはちがいないでしょう。
それにしても、本稿の冒頭に記したとおり、やはり心配になってしまうのがアメリカの今後です。
ご存知のように、アメリカは世界最大の経常赤字国。外国からお金を継続的に借り入れないと国家の運営ができなくなっています。そして現時点で最大の借金相手国があの中国。あくまで中国は自国益(輸出振興のための人民元の対ドルレート低め誘導等)のためにドルを買っているわけで、別にアメリカのためを思っているわけではないでしょう。当面は大丈夫とは思いますが、はたしてそんな思惑の中国がいつまで米国債を持ち続けてくれるのか・・・。
これに加えてアメリカは最近、金融緩和策の名の下にFRBの実質的な「財政ファイナンス」に頼っているありさまです。膨張を続けるFRBのバランスシートがそれを物語っています。もはや外国のマネーだけでは財政の穴を埋めきれず、FRBの「麻薬」つまり通貨増刷にも依存せざるを得なくなっている感じ・・・。これによってアメリカ経済はしばらくは好影響(金利低下・資産バブル再膨張等)を享受しそうですが、やがてはインフレ(ドルの価値下落)と金利の高騰という強烈なしっぺ返しを食らうだろうとみています。
それらにひきかえ、ジャパンマネーの何と律儀なことか・・・。
以前「『財政の崖』回避でアメリカを支える日本① ② ③ ④ ⑤」にも書いたように、日本は米国債を着実に買い増している(アメリカへの貸付金額を継続して増やしている)とともに、その多くを満期まで保有し、さらに新しい米国債に再投資してくれます。その米国債の資産としての価値低下やインフレにつながりかねないFRBの量的緩和策を一切批判することもなく、それどころかドル安(円高)を自分たち自身(日本)のせいにして日銀を吊るし上げたりしてくれます(涙)。
アメリカがそんな日本の資金を当てにしたい気持ちは痛いほどよく分かります。そして日本破綻論者の、公的資金に加えて企業や家計の円資産をも投入してアメリカをさらに強固に支えてあげたいという思いも・・・。なぜなら「そうし続けることでアメリカは日本を守ってくれる」はずだからなのですが・・・。
じつをいえば、私の本当の心配はここからです。そんな献身的なアメリカ支援に見合う安全保障の「傘」をアメリカは日本に今後も提供していけるのかどうか疑わしいのではないか、ということ。
上記のような厳しさを増す財政状態に反映されているとおり、アメリカおよびアメリカの納税者は巨大な軍事力を世界に展開する力を失いつつあるように思えてならないのです。アメリカ社会で厭戦気分が広がっているといわれるのは、絶望的なまでの貧富の格差や失業率の高止まりなどの苦境を目の前にして、アメリカ市民が「もはやわれわれには世界の警察官でいられる余裕はない」ということを感じ取っているからではないでしょうか。
そうしたなか、アメリカが引き続き強い国(日本を守ってくれる国)であるためには、アメリカは、日本を含む外国の資金にもFRBのマネタイゼーションにも過剰に頼ることなく、本ブログ記事「さとり(差取り)に向かう世界」の「アメリカ編その1、その2」に書いたような格差是正策や財政健全化などの経済・社会の抜本的な再構築を進めるほかはないと考えているのですが、これは現実的には限りなくミッション・インポシブル・・・。
だからこそ「日本破綻論」はますます熱くなっていく。「ドルを買え!」つまりわれらが守護神アメリカをジャパンマネー総動員体制で支えていくしかないだろ!というわけです。見方を変えればその過激さは「『アメリカ後』の日本の国家安保・外交戦略を真剣に考えよ」という警告に感じられるのですが、飛躍のし過ぎでしょうか・・・。
(「エスカレートする『日本破綻論』が示唆すること」おわり)
(前回からの続き)
さて、昨年11月までの5年あまりの「リスクオフ」の期間に為替取引などで大損したわが国の投資家の嘆きの裏側で、もっとも得をしたのは(その取引手数料を手にした金融機関を除けば)これら投資家のお金を借りた側です。もちろんドル取引の場合は「アメリカ」となります。
このあたりは、何度か本ブログで述べているように、日本政府が長年繰り返してきたドル買い円売り為替介入等の結果、外国為替特別会計(外為特会)が膨大な為替差損を抱えてしまったことと同じ図式です。つまりドルが円に対して減価していく過程で、わが国の個人や企業の円資産がドル預金や米国債購入等を通じてアメリカに貸し出され、結局はそれらに巨額の為替差損が発生するとともに、その分、借りたアメリカは得をした、といったようなこと。
そう考えてみると、本稿前段で「外れだった(円ではなくてドルのほうが価値を落とした)」と評した「日本破綻論」は、じつはアメリカの国益増大に大いに貢献したという意味では「正解だった」とはいえないでしょうか。つまり「日本破綻論」は、①「日本の投資家にドル(米国債)を買わせることでアメリカの財政資金確保に寄与する」、そしてさらにそれらの償還等のタイミングで①時点よりも円高ドル安になっていれば②「アメリカの債務返済負担の軽減に寄与する」、という2つのアメリカ支援の役割を持っているのではないかということ。
この解釈に立てば、現時点の円安局面で「日本破綻論」が過熱する理由の説明が付きやすくなります。
円安時には「破綻」をイメージしやすいので多くの投資家が「日本破綻論」に促されてドルを買うでしょう。そして円安が過度に進めばその後に為替が円高に振れる確率が高まるし、円安時点との為替差も一層大きくなって、日本の投資家から借金をする側のメリット(返済負担の軽減幅)が大きくなるということです(当然、日本の投資家にとって円安時点でのドル買いは為替差損を被るリスクが大きくなる)。
さらに一部の「日本破綻論」が「利息が発生しない」とか「保管がたいへん」などの理由で「金(ゴールド)」保有を推奨しない理由も見えてきます。
上述の仮定に基づけば「日本破綻論」の目的は破綻リスクを口実に個人投資家の円資産でドルの買い支えを行わせることです。そのため、投資家に円預貯金を解約させるまではよかったが、それで金を買われてしまってはかえってまずいことになってしまいます。金はドルのアンチテーゼであるため、日本の投資家が大挙して金を買う事態はドル体制の弱体化につながるおそれがあるためです。
結局、ここで個人的に言いたいことは、多くの「日本破綻論」の本質的な狙いはジャパンマネーを通じた「日米安保強化」にあるのではないかということ。その本音は、投資家の資産運用の成否のいかんによらず、アメリカの覇権の根幹であるドル基軸通貨体制を支えるため、日本政府が続けてきたドル買い支えの構図に潤沢な円資産を持つ企業や家計も取り込みたいということです。
「それによって外為特会と同様、わが国の投資家が為替差損を被ったら?」―――まさにその差損こそわが国がアメリカに支払うべき日米安保の対価なのですが、はっきりとそうとは言えないので、表向きの回答はこうなります―――「それは(『日本破綻論』でも、それを伝えたメディアのせいでもなく)、『自己責任』です」・・・。
(続く)
(前回からの続き)
ところでこうした「日本破綻論」ですが、古本屋の書棚をみれば分かるように、じつはずいぶん前からありました。為替レートや金価格の推移を見る期間として本ブログで何度か取り上げている2007年半ばから昨年(2012年)11月くらいまでのいわゆる「リスクオフ」の5年間にも、「日本破綻論」に関する記事を掲載した雑誌や本が多数出版されています。
で、そんな「日本危うし!」というこれらの予想は的中したのでしょうか・・・?
ご承知のとおり、日本は破綻していません。国家のデフォルトの歴史を振り返れば分かるとおり、破綻国家の通貨や国債は暴落し、金利は高騰するものですが、円・日本国債についてはまったく逆。ドルやユーロなど世界の主要通貨に対して円は一様に上昇するとともに、金利のほうも長らく世界最低レベルで落ち着いています。
一方、日本破綻論者が購入を推奨してきたドルですが・・・これもご存知のとおりです。この間、ドルは円に対して上昇どころか50%近くも減価してしまいました。結果として、この5年間に限れば彼らの円暴落・ドル暴騰の予想は大きく外れたことになります。そのため個人的には「予想を外しましたが・・・?」と同論者にインタビューしてみたいところですが・・・(じつはこれには深いわけがあるような気が・・・後述します)。
さて、こうした経緯のもと、ドルなどの外貨建て資産を中心にポートフォリオを組んだ投資家は・・・いうまでもなく多額の為替差損失を被ったことになります。それが端的に表れている例のひとつが「円高関連倒産」。「円高で倒産」と聞くと、円高のせいで価格競争力が落ちて輸出等が減ったことがその原因、と思いがちですが、(たしかにそうした倒産もあるものの)実態はもう少し複雑です。
「帝国データバンク」が公表している2008年から2012年上半期累計の「円高関連倒産」全243件の原因別分類(以下のグラフ)によれば、意外なことに(?)第1位は「為替デリバティブ損失」で89件(約37%)となっています。そして「その他為替差損」も16件(約7%)に上っています。これらの倒産は本業の不振とは違っていずれも資産運用の失敗によるもの。そしてそれは「為替」つまりドルなどの外貨建て資産の価値が大きく毀損したことに起因しています。
こうした倒産、そしてそれらに大いに関連する「為替デリバティブ問題」(大手金融機関が中小企業向けに販売した為替デリバティブ商品の巨額損失に関する訴訟等)に象徴されるように、ここ数年間、わが国では少なからぬ数の個人や企業がドルをはじめとする為替取引で貴重な資産を失っています。もちろん資産運用はゼロサムゲームの世界。(厳しい言い方ですが)ある意味でこれは「自己責任」の結果なのかもしれません・・・。
それでもそんな外貨取引で大損をした人たちのなかには、上記の「日本破綻論」を信じて円から外貨にマネーをシフトした方もいたことでしょう。なぜなら、今も昔も「日本破綻論」の多くは書籍でもネットでも大手出版社とか新聞社など、信頼できると思われるメディアを通じて広く伝えられているからです。
そのため「この有名出版社の本とか、この新聞ウェブサイトのコラムがそう警告しているのだから、円預金を解約してドル資産を買っておこう!」となるのも無理からぬところ。だから「為替損失は投資家の自己責任です!と突き放されるのは一方的すぎる・・・」かすかですが、そんな投資家のうめき声が聞こえるような気がするのです。
(続く)
「円・日本国債は暴落必至!」「近いうちにハイパーインフレが日本を襲う!」・・・。
以前もここに少し書いたことのある「日本破綻論」の宣伝文句の一例です。「アベノミクス」による財政規模の拡大観測や貿易赤字の定着傾向などに関連させ、個人投資家をおもなターゲットに、これら破綻論に関するビジネス記事やビジネス本がますます多くなっているように思えます。しかもこれらの表現振りはどんどんセンセーショナルになってきているように感じられるのですが、いかがでしょうか。まあそのほうが世間の関心を集めて売り上げが伸びるからなのでしょうが・・・。
ところで本屋の店頭でこのような見出しの書籍広告を目の当たりにするたびに、個人的に抱く思いがあります。それは―――「本当に大丈夫なのだろうか、(わが国ではなく)アメリカは・・・」というもの。
本稿ではそのわけを綴ってみたいと思います。
昨年12月の本ブログ記事「財政出動こそ最優先の政策:衆議院議員選挙の論点」の「④ ⑤」あたりに書いたように、わが国は欧米諸国を含めた諸外国と比較すれば「通貨暴落」とか「ハイパーインフレ」(制御不能の金利高騰等)などといった「破綻リスク」からもっとも遠い位置にあるという確信を個人的に持っています。
したがってこれらの「日本破綻論」には違和感を覚えることが多いのですが、注目すべき箇所がないわけではありません。それはこれらの末尾に必ず記載されている「日本の破綻から財産を守るためにはどうしたらよいか?」という個人投資家向けのアドバイスの部分。そこにあるのは、端的にいえば「ドルを買え!」―――じつはこれこそ「日本破綻論」が訴求する最大のポイントだと思っています。
これまた以前「どうするべきか資産の運用⑧」に記したように、個人的に推奨する日本人の資産ポートフォリオは、「円資産(預貯金)」をベースに、全資産のうちに占める「金(ゴールド)」所有の割合を高めたもの。とりわけ万能通貨としての面を持つ金(ゴールド)は、インフレリスクが世界的に高まるなか、日本人・外国人の違いにかかわらず、これからの価値保存手段として個人の資産運用対象にぜひ組み入れたいところと思っています(投資等のご判断は自己責任でお願いいたします)。
その反面、果てしない量的緩和で実質金利のマイナス幅が拡大する方向にあるドルなどの外貨建て資産は、実質金利が現状で「円>ドル>ユーロ>新興国通貨」となっているために、円建て資産や金(ゴールド)を持っているのならば資産運用の対象に入れる必要はないと考えています。
上記の「日本破綻論」はこうした見方とは正反対。しかも個人的に驚いてしまうのが、これだけ大量のマネーが市場にあふれ、通貨価値の希薄化が進んでいるにもかかわらず、これらの破綻論のなかには「金(ゴールド)」を必ずしも推薦しないものが目に付くこと。まあ「日本破綻論」だから「円預貯金を解約せよ」などは分かります。でもどうして「金(ゴールド)」よりも「ドル(預金・米国債・米国株・米国不動産など)」がおすすめなのか・・・。
(続く)
(前回からの続き)
そもそも中央銀行のトップが目立つような経済が健全といえるのでしょうか。
たしかにバーナンキ米FRB議長やドラギECB総裁を見れば分かるように、欧米諸国の中銀トップの存在感は際立っていると思います。経済面に限れば、それこそオバマ米大統領やメルケル独首相などをしのぐくらい・・・。
しかしそれは欧米諸国が中銀の金融緩和策(束の間の心地よさを与えてくれる麻薬)以外に打つ手がないくらいの深刻な経済的苦境に陥っていることの裏返しではないでしょうか。
一方、白川日銀総裁はどうかといえば、上記のお二人に比べると(たいへん失礼ながら)ずっと地味な印象です。
でもそれは、ある意味で健全なこと―――わが国の経済政策にはまだまだ選択肢も裕度もあることの証だと思っています。
金融政策では「アベノミクス」のように欧米諸国に付き合ってもう一段の金融緩和を進める余地(円安誘導による外需狙い)もあれば、それが危険だと思えば同緩和を中断する余地(円高ファイアウォールによる輸入インフレと日本企業の過度の被買収リスクの抑制)もあります。さらに(何度も書いてきたことですが)欧米諸国とは違ってわが国は十分な規模の財政政策を実行できる環境にもあります。
つまり「金融政策以外の道はない!」とばかりに日銀総裁が影響力を行使して目立った存在になる必要はないということです。
そんな意味も含め、本稿の前段で述べたとおり、現在の白川氏はやはり日銀総裁としての資質を備えた方だったと思っています。個人的には今後も引き続き総裁職にとどまってわが国の金融政策の舵取りをお願いしたかったのですが・・・残念ながら辞任を表明されたので、あとは安倍政権が、いわゆる「リフレ派」が多い感じの主要野党とも調整しながら「インフレ率目標2%」を達成する意欲にあふれた人たちのなかから次の日銀総裁を選ぶのでしょう。
どうかその方が、欧米中銀の麻薬的な金融政策を意識し過ぎるあまり、「火遊び」まがいの危なっかしいことをしないよう、祈るばかりです(「株が上がるんだ。何が悪い!?」と叱られそうですが・・・)。
ところでそんな私が個人的に「(白川氏以外であれば)この方に・・・」という方がいらっしゃいます。
それは、国際金融の世界に長らく籍を置き、「円高」に国益を見出す視野を持ち、日本経済だけではなく欧米・新興国経済の現状や見通しに関する分析も的を射ていて、わが国の良き習慣や文化にも造詣が深い方。実際に推挙されるかどうかはともかく、次の日銀総裁にふさわしい資質と力量をお持ちとお見受けしているのですが、いかがでしょう。
(「次の日銀総裁にふさわしい方は・・・」おわり)
(前回からの続き)
さて、そんな「アベノミクス」金融政策の推進責任者としての次期日銀総裁に求められる資質について、政界のみならずマーケット関係者などを含む各方面からいろいろな意見が寄せられています。以下ではそんな資質として個人的に必要だと考えているポイントを挙げてみたいと思います。
そのときどきの経済情勢のいかんにかかわらず、日銀総裁になる方が第一に心がけるべきは、当たり前ですが日銀の目的である「物価の安定」と「金融システムの安定」を図ることでしょう。これこそ「アベノミクス」のようないささか過激な(?)経済政策のもとでも遵守されるべきもっとも大切な中央銀行の使命。たとえときの政権の意向を受けて大胆なインフレ目標を掲げざるを得なくても、新しい総裁にはこの目的だけは何としても守り通してほしいと願っています。
次に必要なことは「国民の声に耳を傾ける」ということ。一部に日銀の新しい総裁は「市場との対話ができる人」といった要件を上げる意見もあります。まあそれも大切だとは思いますが、やはり基本は生産者や消費者といった国民各層の声を地道に聞くことではないでしょうか。NY、ロンドン、上海もいいけれど、1円のコストダウンに日夜奮闘する工場の経営者や従業員、「アベノミクス」効果で(?)実質所得が減る一方の家計を支えるためにスーパーの特売日に長い時間をかけてレジに並ぶ主婦などなど・・・まずはこうした目の前の市民の暮らし向きに神経を集中させ、彼ら彼女らの声を傾聴し、それを金融政策に反映させていただきたい、ということです。
一方、「市場との対話」などと称して、カジノに集うお金持ちのごとく、緩和マネーを元手に「キャリートレード」に興じる人々(大半が外国人?)の期待に応えることでバブルをあおり、(さらにマイナス金利幅を拡大したりすることで)物価の安定や金融システムの安定を危険にさらすようなことはしないでほしいものです・・・。
というわけで、以上さえ実践することができる方、つまり上記日銀の目的を守り国民の生活を第一とする金融政策を遂行できる方であれば誰でも立派に日銀総裁を務めることができると思っています。もうひとつ付け加えるなら(外国人投資家よりも先にわが国の市民に語りかけてほしいという意味で)「日本語力」は必須ですね。
そしてそれら以外の、たとえば出自(官僚OBか否か)とか、経済学博士号とか、欧米中銀幹部と丁々発止の議論ができるだけの英語力といったキャリアや能力は、必ずしも日銀総裁になる人が満たさなければならない条件ではない、と思っています(もちろん博士号や英語力があるに越したことはありませんが・・・)。
(続く)
(前回からの続き)
つぎに「投資誘導」について。
「アベノミクス」には、実質マイナス金利状態にもっていくことで、豊富な資金を持っている日本企業の設備投資を促したいという狙いがあるのでしょう。しかし、そう都合よくいくのかどうか・・・。
先日、欧米諸国の金融緩和に関連して、ここに次のように書きました―――。
(引用はじめ)----------
・・・現状の先行き不透明な欧米経済で、いくら金融緩和を行って市場に低利資金を供給しても、金融機関や大手企業の多くは企業融資や設備投資などの本業を進めることはせず、この資金を借り受けて少しでも利回りの良い債券や商品等に投資して利ざやを稼ぐという「キャリートレード」に走るばかりではないでしょうか。・・・
----------(引用おわり)
―――わが国もこれと同じようになってしまいそうな気がするのです。つまり企業は「設備投資」はそれほど行わず、余剰資金をキャリートレードのような「財テク投資」にまわすのではないか、ということ。なぜなら、欧米経済が本当に回復軌道に乗ったのかどうかはっきりしないうえ、わが国では内需振興のかぎを握る個人消費の回復が見込めそうにないからです。そしてその原因は、市民の給与収入がインフレ率ほどには増えそうにないこと・・・。
安倍首相は「インフレ率2%を実現する!」と盛んにアピールしていますが、一方で「給与や賃金の上昇率2%を実現する!」とは決して言いません。もう少し正確には「言えません」といったところではないでしょうか。というのも、インフレに見合う分、市民の実質収入を引き上げよう!という意欲や具体策が安倍政権には不足しているように感じられるからです。
たとえば安倍政権は先日、地方公務員の給与を2013年度中に国家公務員並みに引き下げるよう各自治体に要請しています(それはそれで仕方がない面はありますが・・・)。そして民間企業のほうも、今年の春闘に関連して経団連会長が「定期昇給凍結もありうる」と発言するなど、一部を除けば勤労者の給料がこの先増える気配はとても感じられません。一応、安倍政権は、従業員の賃上げを決定した企業を褒めてみたり、経済団体に賃上げを要請したりしていますが・・・。
一方で2%も物価が上がれば、預貯金金利が極めて低い現状で、年金受給者を含む大多数の市民の実質所得は減って生活は苦しくなる一方(とほほ・・・)。そんな情勢では、わが国のGDPの60%を占める個人消費は盛り上がるはずもなく、企業も売り上げ増加が見込めないから設備投資を手控えてキャリートレードに手を染め、沸き立つのは緩和マネーが流入する金融マーケットだけ・・・。
そうです。結局、行き着く先は「バブル」ではないでしょうか。実質マイナス金利のもとでは預貯金しても資産が目減りしてしまうから、企業も個人も少しでも高い利回りを求めて預貯金から株や商品などへマネーをシフトさせるでしょう。実需をともなわない「安倍バブル」の発生です。かくして日本経済も欧米諸国と同じくカジノ化していくのでしょうか。バブルはさまざまな意味で空虚で危険なことをわたしたちは知っているはずなのに・・・。
以上、やや悲観的過ぎたかな、と思いつつ、「円高是正」と「投資誘導」の2つを目的に、インフレ率2%の実現を掲げて推進される「アベノミクス」金融政策がもたらしそうなリスクについて述べてみました。
まあ正直に言うと、現状の日本経済および世界経済の情勢からみて、このインフレ率2%の到達は相当にハードルが高い目標だなとの印象を持っています。そしてこれを短い期間で達成しようとして無理をすれば、上記のような悪影響が日本経済と国民生活にダメージを与えるおそれが高いと思われます。
したがって、まもなく選出される日銀の新総裁、そして日本政府には、決してあせることなく、末長~いスパンでの同目標達成を目指していただきたいものだと思っています。
(続き)
(前回からの続き)
さて次の日銀総裁です。
当然ですが、新しく任命される総裁は、ときの政権の金融政策方針に賛同して、それを実行に移せる人が選ばれるべきでしょう。以前「安倍自民党と日銀のつばぜりあい:日銀の独立性を考える① ② ③ ④」で書いたように、中央銀行の独立性は大事ですが、民主国家である以上、「通貨発行権」という強大な権力を持った中銀幹部の人事権は市民が選んだ政治家が掌握すべきと考えるからです。よって今回総裁に任命されるのは現・安倍政権のお眼鏡にかなう人、つまり「アベノミクス」を支持し、それを実行できる方となるでしょう。
それでも、以下に論ずるとおり、「アベノミクス」の金融政策「インフレターゲット2%」には危うさを感じてしまうのです。
現状の長期金利が1%をゆうに下回っている中でインフレ率2%となれば明らかな実質マイナス金利となります。これは「物価の安定」という、これまでの日銀の目的を大きく逸脱するもの・・・。そんな未体験圏ゾーンに踏み込むリスクを承知で安倍政権がインフレ目標を掲げる狙いは「円高是正」と「投資誘導」の2点にあるとみています。それぞれについて思うところを以下に述べてみたいと思います。
まず「円高是正」です。これまでしつこく指摘してきた「円安誘導による外需狙い」ということです。安倍政権は「円安誘導ではない」などと釈明していますが、このあたりは欧州諸国などが批判的に評しているとおりの通貨安政策だと思っています。
しかし前稿で書いたとおり、内外の不透明な経済情勢のもと、為替レートを円安に持っていくくらいで、どこまで外需を取り込めるかはっきり見通せないばかりか、これが輸入インフレという悪性の副作用を引き起こし、日本経済にかえってマイナスの影響すら与えかねない、と危惧しています。
さらに気になるのは、「アベノミクス」に賛同する人たちの「円高」とする現状の為替水準が本当に円高といえるのか、どうにもあやしいこと。
たしかに名目上の為替レートである1ドル90円などといった数値は(最近は急速に円安となっているものの、)5年あまり前の同120円などと比べれば30%以上もの「超」円高です。
しかし以前ご紹介した日銀公表の「実質実効為替レート」によれば1ドル約93円(昨年12月)、そして「ビッグマック指数」では同約74円(昨年7月の日米ビッグマック価格ベース)と、実質的・実効的な為替レートでみれば現状(同約92円[2月8日時点])はむしろ十分に「円安」といえるくらいの水準であることがわかります。
にもかかわらず、安倍政権のブレーンの方々や「アベノミクス」を支持する金融関係者などからは、まだまだ円高是正が足りないとばかりに、適切な為替水準は1ドル100円とか同110円などといった数字が示されたりしています。円安インフレを憂慮する私としては、どのような根拠に基づくとそうしたレートが出てくるのか、プロのエコノミストやアナリストらしく、国民に納得のいく計量的な解説をしていただきたいものだと思っています。
(続く)
先日、任期満了前の3月19日での退任を表明した白川方明日銀総裁の後任人事に注目が集まっています。
当然ですが、激動が予想される今後5年間のわが国の金融政策をリードする日銀トップを誰に託すか、については、政権党首や総理大臣が誰になるか、と同じくらい、あるいはそれ以上に重要な決定事項となるでしょう。
ところで現在の白川総裁の金融政策に関しては、とくに民主党政権後期から現在の安倍政権に至る期間においては、欧米諸国の中央銀行に比べて穏やかな金融緩和姿勢などについて、どちらかといえば批判的な見方をされることが多かったように感じられます。だからこそ、日銀総裁の任期途中での解任についての条項を盛り込もう、などといった日銀法の改正議論が起こっているのでしょう。
個人的には、これまでの白川日銀の舵取りを高く評価しています。この5年間には、2008年秋のリーマン・ショック、そして2011年3月の東日本大震災など、難しく厳しい局面がありましたが、日銀はそのつど適切な方向性を打ち出すとともに的確なオペレーションを展開し、中央銀行の目的である「物価の安定および金融システムの安定」(日銀HP)を達成してきたと思っています。
実際、この間(2007~2012年)のわが国の通算インフレ率はマイナス1%程度(2007年を100とした場合)と、派手な量的緩和等の副作用でインフレが目立った世界各国と比べれば、物価の推移は非常に安定したもの(緩やかなデフレ傾向)となりました。そしてわが国の金融システムのほうも、リーマン・ショックなどによる世界的な市場の動揺や混乱があったにもかかわらず、主要金融機関の財務体質や格付けが改善傾向にあることや低い銀行間取引金利等に表れているように、これまたたいへん安定的にコントロールされてきたと思っています。
昨年2月には、当時の大方の市場予想に反して、「インフレ率1%」を明確な目標に掲げた金融緩和策の実施を表明しました。これは実質ゼロ金利という、「物価の安定」という中銀の目的を維持するギリギリのラインでの金融政策であり、その意味で「日銀はやるべきことはやった・・・(あとは政治の側の政策次第)」というのが個人的な見方です。
もっとも冒頭に記したように、そんな白川日銀に対しては「インフレを警戒するあまり金融緩和に及び腰で、結果として円高とデフレを招いた」といった趣旨のネガティブな評価が少なくありません。
しかしこの間の円高は、欧米諸国をはじめとする世界金融市場の動揺でマネーが相対的に安全な円・日本国債に流れ込んだことや、各種バブル崩壊による借金負担を軽減することなどを目的に、欧米中銀が実質マイナス金利政策という、通貨価値を貶めるような「掟破り」(「物価の安定」に反するという意味)の異常な量的緩和策をとっていることの反映でしょう(このあたりは「インフレファイター」と呼ばれた旧ドイツ連銀出身者がECBの役員を相次いで辞任したことなどにも表れていると思います)。だからもし苦言を呈するとしたらその対象は通貨管理の規律を崩した欧米中銀のほうであって、日銀を責めるのはまったくの筋違いなのではないでしょうか。
デフレについても、その原因は日銀の金融政策にあるのではなく政治の不作為にあると考えています。主要国で一番低い調達金利、輸入原材料の円高にともなう円建て価格の低下、経常黒字がもたらす国内の超過貯蓄などの好条件がそろっているにもかかわらず、この間の政府および政権党は、財政再建に神経質になり過ぎるあまり、財政出動(公共投資拡大等)を通じた内需振興策を取らず、結果として目下の最大の課題であるデフレギャップの解消に成功していないということです。
といったように個人的には、白川日銀は中銀としての責務をしっかり果たしてきたと思うとともに、その間の政治面からの政策の不十分さに歯がゆさを感じているところです(だからこそ「アベノミクス」の財政政策「国土強靭化」には大いに期待しているわけですが・・・)。
(続く)