(前回からの続き)
というわけで、現行の通貨や日銀に関する法律を読むかぎり、わが国の金融政策における「日銀の独立性」の確保と同政策への政府(=民主主義国家においては国民)の関与とのバランスはそれなりに計られているものと思います。つまり日銀の金融政策は政府が選んだ日銀役員が決定するわけだから政府の意向がそれなりに反映されるだろうし、一方で日銀役員は(たとえどんなに政府に嫌われたとしてもやめさせられることなく)その権限を行使して5年の任期をまっとうすることができるということです。
通貨発行権のほうですが、無制限に通用する法貨を作れるのは政府ではなく日銀のほうなので、政府には実質的な通貨発行権があるとはいえませんが、一方で日銀は政府のいわば「子会社」であり、しかも政府任命の役員が業務執行にあたることから、日銀が政府以外の出資者の利益のために「親会社」である政府の意向を無視してこの権利を濫用するようなことも考えにくいでしょう。
以上のことから、個人的には政府と日銀の関係は現状どおりでよいと感じており、したがって日銀法の改正は不要であると思っているのですが・・・。
本稿冒頭で紹介した自民党の安倍総裁の日銀に対する金融緩和要求ですが、さらにエスカレートしてきた感じです。その後のTV番組などで同氏は、次回1月の金融政策決定会合で日銀が2%の物価目標(マイナス金利政策)を導入しなかった場合は政府と日銀のアコード規定を盛るなどの日銀法の改正に着手すると述べました。さらに同法の改正にあたっては物価の安定だけでなく雇用の確保までも日銀の使命として明記する意向も示しています。
このあたりは、望ましいとする為替レート(1ドル85円よりも円安水準)について言及していることから推察すると、2%インフレでドルと円の実質金利差をドル>円として円安ドル高を促そうという(相変わらずの?)「円安誘導による外需狙い」なのでしょうか。先日も書いたとおり、これには得るものは少なく、危険性やダメージは小さくないという懸念を持っています。もっとも需要不足で貧血気味の日本経済の現状で、金融政策だけでインフレ率を2%に持ち上げるのは至難の業。2%超えは最近ではバブルの頃(1989~91年:最高で3%台前半くらい)だけです(さらに同時期の長期金利は5~7%くらいで実質金利は十分にプラスだった)・・・。
「雇用確保」に至っては完全に政府の政策の範疇ではないでしょうか(米FRBが雇用確保を目的に掲げているので、それをまねようというのでしょうが・・・)。金融政策でどのように雇用を増やしたり失業率を低下させようというのか、もっと分りやすく国民に教えていただきたいものです・・・。
以上のように、金融政策に関してはどうにもアベノミクスには危うさを感じざるを得ません。そして日銀法の改正(総裁解任権など、日銀に対する政府の関与を高める等)やその反対に日銀の独立性強化(政府出資割合を下げる等)に関する論争を巻き起こしそうです。繰り返しですが個人的にはいずれも不要と考えているので、こうした議論に時間やエネルギーを費やすのはいかがなものかと感じています。
一方で10兆円規模の補正予算による公共事業前倒しの表明や、景気が回復しない場合の消費増税停止について含みを持たせるなど、アベノミクスの財政政策面での期待は大いにできそうだと思っています。理由は前稿で長々と書いたとおりです。
といったわけで、安倍新政権の経済政策は不安半分・期待半分といったところ。不透明な世界経済情勢のもと、政府と日銀が現行の法令等に基づく関係を維持しつつ、適正な規模の金融政策で実質ゼロ金利のラインをキープしながら、財政出動で景気浮揚と社会インフラの強靭化を図る、というのが望ましいアベノミクスの姿だと考えているのですが・・・とにかく年明けの日銀の金融政策決定会合から目が離せなくなってきましたね。
(「安倍自民党と日銀のつばぜり合い:日銀の独立性を考える」おわり)
(前回からの続き)
わが国のお金について規定する「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」によれば、わが国の通貨は貨幣および日本銀行券となっています。そして貨幣(つまり硬貨)の発行権は政府に、紙幣(日銀券)の発行権は日銀にあるとしています。
さらに政府発行の貨幣のほうは最高額が5百円(記念貨幣を除く)で、しかも法貨(国家から強制通用力の与えられている貨幣)としての通用範囲は額面の20倍(五百円玉の場合は1万円)までという制限があるのに対し、日銀券のほうは最高額が1万円で法貨として無制限に通用すると規定されています。これらを見ると、上記の通貨発行権に関しては、日銀は政府よりもずっと大きな権限を持っているということになります。
では日銀は政府から完全に独立して意のままに通貨発行権を行使できるのか、ということですが、以下の点から必ずしもそうはなっていません。
第一は日銀の出資割合。「日本銀行法」は、日銀の資本金は一億円で、そのうち日本政府からの出資の額は5500万円を下回ってはならないと規定しています。この資本関係を民間企業のケースに当てはめると、日銀は政府が50%超(55%)の議決権を保有する政府の子会社といったところでしょうか。つまり、日銀は紙幣の発行権を有するものの、次の「第二」で述べるように、その運営等は日銀に対する過半の出資者である政府の関与を受ける仕組みになっているわけです。なお、この日銀の政府持分以外の出資証券(45%分)はJASDAQに上場され、株式に準じて取引されています(証券コード:8301)。ちなみに12月21日の日銀の「株価」(出資証券の1単位当たりの価格)は終値で44,000円となっています。
第二は日銀役員の任命権は内閣にあること。金融政策を決定する権限を持つ日銀の総裁、副総裁(2名)、そして審議委員(6名)の合計9名のいずれも、衆参両院の同意を得て内閣が任命することになっています。ということは、ときの政権は、自分たちの意向を反映した金融政策を実行してくれそうな人を日銀の役員に選ぶことができるということになります。その半面、これらの日銀役員には身分保障が与えられており、5年間の在任期間中は原則として解任されることはない、となっています。このあたりは政治による日銀への働きかけの余地と日銀の独立性の双方に配慮した規定となっていると感じられます。
そして第三は日銀の剰余金の処分について。日銀法では各事業年度に剰余金が生じた場合は一定割合の準備金等を控除した残額については国庫に納付しなければならない、としており、日銀が自らの権限を行使した利益極大化に走ったりしないようになっています。
(続く)
(前回からの続き)
辞書などによれば、通貨とは支払い手段や価値の保存手段として機能している貨幣のこと。以前は金(ゴールド)や銀などのように、そのもの自身に価値があるものが通貨として使用されていましたが、現在の資本主義社会で通貨として流通しているのは通常は紙幣、つまり「紙」です。
このことを象徴しているのが米ドル札の別称である「グリーンバック」という言葉です。これには、ドル紙幣が緑色のインクで印刷されているということ以上に、金との兌換停止後のドルが金の裏打ち(ゴールドバック)を失って単なるグリーンバック(紙の材料であるグリーン、つまり葉っぱに象徴される木材等で裏打ちされているということ)、つまり「紙」になったという皮肉を含んでいるといわれます。当然ながら、現在の日本のお札である日本銀行券(日銀券)も、そのような観点に立てばドル札などと同じ「紙切れ」となります。参考までに言うと、「紙」としての一万円札の原価は約19円なのだそうです。
そんなわずか19円の「紙切れ」が魔法によって一万円の価値に化けるのです。その魔法、つまり、ただの紙切れを通貨に変える魔法こそが「通貨発行権」。この権力は実にパワフルです。立法権や司法権といった国家権力を凌ぐかもしれません。なぜなら、通貨発行権とは、世界中のあらゆる財やサービスも(そして極端な場合は人の心や人の命さえも・・・)何でもかんでも、輪転機で作った紙切れだけで手に入れることができてしまう権力だからです。しかも現在の通貨は紙=木材等でできているから無限に増やすことができます(金本位制の頃は発行できる通貨量は金準備高によって制限されていましたが・・・)。したがってこの通貨発行権を手にした者は国家を、そして世界すらも支配することができるかもしれません・・・。
といったように、現代社会で最大の権力といっても言い過ぎではないこの「通貨発行権」の所有者は何らかの政治的なチェックを受けるべきである、というのが、健全な民主主義社会のルールであるべきと考えられます。このあたりについて、わが国(政府)および日銀のケースに関する私論を次に述べていきたいと思います。
(続く)
今月18日、自民党の安倍総裁は2%のインフレ目標を目指し、新政権と日銀とのあいだで政策協定(アコード)を締結するよう日銀に要請しました。これを受けて19~20日に行われた金融政策決定会合の結果、日銀は国債などの買い入れ基金を10兆円増やして総額101兆円とするほか、現行の「物価安定のめど」(物価目標)の見直しを検討して次回1月の同会合で議論することを明らかにしました。どうやら次期政権を担う自民党からの政治的な圧力に抗しきれず、「物価の安定」を標榜する日銀もまた(FRBなどのように)マイナス金利政策に踏み込もうというのでしょうか・・・。
先日も書いたとおり、インフレ率2%を掲げる過激な金融政策は給与所得の増加をともなわないインフレや金利の過度の上昇などのネガティブな影響を国民生活に与える可能性が高いことから、個人的には現状程度の穏当な金融政策(実質ゼロ金利を下限とするもの)を維持しつつ、デフレ脱却には公共事業拡大を骨子とする財政政策で対処すべきと思っています。
ところで、安倍自民党の日銀に対するこのような金融緩和プレッシャーと関連させて、最近は各種メディアなどで「日銀の独立性」という言葉が目に付くようになってきました。
そもそも日銀を含む中央銀行(中銀)の独立性は現代の資本主義社会ではとても重要な概念と思います。一般論として、中銀の独立性が求められる理由は、政府が中銀を「打ち出の小槌」にしたら必要以上に通貨が発行されてしまい、物価や金融システムの安定的なコントロールが失われてしまうおそれがあるためでしょう。
歴史を振り返れば分るとおり、これまで数多くの為政者が資金調達や借金負担軽減などのために通貨を大量に生み出してインフレを引き起こし、経済・社会を混乱させてきました。わが国もその例に漏れず、明治維新政府が西南戦争(1877年)の戦費調達のために政府紙幣等を乱発したために激しいインフレを起こしてしまっています。その結果、戦後、通貨価値の安定を図ることの必要性が高まり、1882年に中央銀行としての日銀が設立された経緯があります。このような政治家の通貨過剰発行への誘惑に基づく権力乱用とそれによる弊害を排除する目的で中銀の独立性という考え方が誕生したのでしょう。
というわけで、中銀の独立性は上記のような通貨管理の失敗を教訓とした意義のあるコンセプトということができるかと思います。一方、この独立性の意義を尊重し過ぎるあまり、中銀に対する政府等の何らかの影響力を無くしたり必要以上に弱めてしまうのも問題です。中銀が持つ「通貨発行権」がきわめて大きな権力だからです。
(続く)
(本日は「天皇誕生日」。天皇陛下のますますのご健勝とご長寿をご祈念申し上げます。)
(前回からの続き)
ということで、衆議院議員選挙の支持政党や候補者選びの何かの参考になればと、同選挙日の16日までに本稿を書き終えようと思っていたのですが、日本経済における財政政策の大切さに関する私論を綴っているうちに同選挙が終わってしまいました。申し訳ありません・・・。
選挙結果のほうは大方の事前予想のとおり自民党の圧勝となりました。政治経済、外交、エネルギーなどの様々な分野で、今後、自民党がどのような政策を進めていくのか注目ですが、何といっても自民党が選挙前から政権公約として掲げていた「国土強靭化計画」に期待しています。その趣旨や規模、実施期間などのいずれも、個人的に必要だと感じている財政政策に合致しているからです。
この大型財政政策の推進に当たっては、おそらく政府内やマスコミ、さらには外国などから、「旧来のバラマキ政策を復活させるものだ」とか「日本の財政状態をさらに悪化させるものだ」とか「日本の格付けが引き下げられる懸念がある」などといった批判が浴びせられそうです(すでにそうなってきました・・・)。
どうかそんな的外れの声を跳ね除けて、自民党新政権にはぜひともこのデフレ脱却策を自信を持って力強く推進してほしいと願っています。本稿で長々と書いてきたような理由から、この公共事業政策の実行をためらう必要は何もないはずです。むしろ民主党の前政権のようにプライマリーバランスを意識し過ぎて財政支出を抑制してデフレを深刻化させてしまうほうがよっぽど危険です。
これからはわが国の個人消費や企業設備投資、そして外需はいっそう不透明となっていくでしょう。とりわけ外需はバブル清算の本番を迎えて世界的に激減するおそれすらあります。その後に訪れる金融恐慌(デフォルト連鎖、CDS決済、金融システムへの巨額公的資金投入、ハイパーインフレ[?]などなど)で世界経済はいったいどうなってしまうのか、まったく予想ができません。このような意味で外需に過剰な期待を寄せることは禁物です。
そんな情勢下で唯一日本経済を救えるのがほかならぬ日本政府と国民自身だと思っています。恐慌と混乱で暗く沈む世界にあって、わたしたち日本人は、誰に頼ることも無く自らの手であらたな需要の創造と経済成長を成し遂げる力を持っています。わたしたちに必要なことは、それに気づくこと、そしてそれを実行すること・・・。
単純に、それだけでいい、と思っています。
(「財政出動こそ最優先の政策:衆議院議員選挙の論点」おわり)
(前回からの続き)
(さらに財政政策の続きです)
そして新たな国債を低金利で発行できると考える理由の3点目は、日本人のマネーの運用先としての外貨はリスクが大き過ぎること。
これまでもいろいろ書いてきたように、ユーロやドルなどの外貨は借金バブル後の大規模な金融緩和などにより実質マイナス金利状態に陥っています。要するにインフレを起こして国家等の債務返済負担を軽減しようという算段なのでしょう。欧米諸国の債務の巨額さを見れば、このマイナス幅はプラスに転じるどころか、むしろ今後はさらに大きくなっていく可能性のほうが高いでしょう。このように実質的な利回りが「円>ドル>ユーロ」となっている以上、わたしたちのマネーのほとんどは外国に流出することなく、これからも国内の預貯金=日本国債で運用されることになるはずです。
ちなみに外国のヘッジファンドのなかには日本政府の国債発行などのタイミングで円・日本国債売りを仕掛けてくるところもあるかもしれませんが、上述のようにドル・ユーロの基盤は円よりもはるかに脆弱なこと、日本国債の外国人保有率が8%程度(約78兆円[2011年末])と低いこと、日本政府の外貨準備(=通貨防衛資金と捉えることができる)が1兆ドルを超えることなどから、日本国債の安定度が揺らぐことはないでしょう。
というわけで新規の国債発行が金利上昇を招くことなく無難に行われると予測する理由を3点ほどあげてみました。ついでに言うと、そもそも日本国債はすべて自国通貨建て。外貨建ての国債ならば外貨準備が枯渇した時点でデフォルトとなりますが、自国通貨建ての国債はいざとなれば中央銀行に引き受けさせればよいわけで、債務不履行になりようがありません。あたりまえの話ですが・・・。
もっとも中銀による国債の直接引き受けが無限に続けば通貨価値の下落(インフレ)および金利の上昇を引き起こすことになりますが、上記のような理由から、そんな極端なことをしなくても現時点で日本政府はデフレギャップを埋め合わせるだけの財政資金を調達することができるはずです。
結局、ここで言いたいことは「日本政府は(外国人に一切頼ることなく)日本国民から低利で資金を借り受けて財政出動する余地が十分にある」ということ。「流動性の罠に陥っているときには金融政策の効果は乏しいが、クラウディング・アウト(国債の大量発行で金利が上昇してしまい、民間企業が借金をすることができなくなること)が発生していなければ財政政策の有効性は高まる」とマクロ経済学の教科書にあるとおりのことをわが国(日本政府)は素直に実行すればいいだけだ、と思っています。
なお歳入面の強化については、デフレを助長する消費増税はしばらくペンディングとして、上記の財政政策でデフレ脱却・景気浮揚を図ることで法人税収などの拡大を図るとともに、以前も書いたとおり、安定税収の確保や格差是正の観点に立って、この「10年間」のあいだに所得税や相続税および贈与税の増税等を進めることが適当だと考えています。
(続く)
(前回からの続き)
(財政政策の続きです)
この公共事業拡大を骨子とする財政政策のための資金は国債を発行して調達します。「国債を発行?財政赤字が増えるではないか!?」という声が聞こえてきそうですが、そのとおり。おそらくはそうなるでしょう。しかし後述する理由により、この政府の負債はほかならぬ日本国民が預貯金という資産としてしっかり引き受けていく(政府の負債=国民の資産となる)ために、日本国債の安定度の証である自国民保有率が引き続き高いレベルを保つ(2011年末で約92%)とともに、最大のリスクである金利の過度の上昇が起こるおそれはきわめて低いため、深刻な問題にはなり得ないと考えています。
そして上記のように現状の日本経済で最大の課題であるデフレギャップを解消できるのは政府だけ。ここは政府が万難を排して建設国債で資金を得て需要を盛り立て、まずはデフレからの脱却を図るべきと思います。
「年間10兆円も国債を発行したら国債が市場に過剰に供給されて長期金利が上昇して(国債価格が下がって)しまう!」という懸念の声が上がるかもしれませんが、次の3つの点から杞憂と思います(それどころか、欧米諸国の経済情勢次第では、ますます多くのマネーが日本国債に集まるために、わが国の長期金利は2003年に記録した史上最低値0.43%を下回る可能性すらあると思っています)。
1点目が上記「金融政策」のところであげた日銀当座預金に積み上がった約40兆円もの巨額マネーの存在。もしいま日本政府が兆単位の国債を新規に発行したら、国債の価格が下がるだろう(利回りが上昇するだろう)との憶測から、これらの資金の多くが喜んでこの新規国債の購入に回るはず。結局、国債価格は高値を保って金利の上昇は抑制されるでしょう。
2点目がわが国の恒常的な経常黒字。最近はLNG輸入量の急増などにともなう貿易赤字にばかり注目が集まっている印象がありますが、貿易収支に加え、外国から得た利子や配当などから外国に支払ったそれらとの差である所得収支を合計した経常収支全体で見ると、下記のグラフ(出典:財務省統計)のとおり、わが国は引き続き経常黒字傾向を維持しています。この経常黒字は貯蓄の増加を意味します。そしてこの貯蓄の運用先に選ばれるのは、やはり預貯金(=日本国債)となるのではないでしょうか。
それでも最近は経常黒字のほうも減少気味で、近い将来、わが国は経常赤字国に転落するおそれがあるとの観測が出ています。そうなれば円安が進むとともに金利が上がり始め、わが国は厳しい局面を迎えるのではないか・・・。
大丈夫と思います。たとえば今後、わが国が経常赤字を月単位くらいでしばしば計上するようになれば、為替レートは当然円安外貨高となるでしょう。そうなれば2007年頃のようにふたたび輸出振興に力を入れればよいだけです。うまくいけば当時のように外需だけでデフレギャップを埋めることができるようになるかもしれません。
そして円安になるということは市場がリスクオン、つまり「円<ドル<ユーロ<新興国通貨」となるわけですから、その場合は新興国通貨(人民元や韓国ウォンなど)が円に対して上昇するでしょう。品質の高さのみならず為替の面からもわが国の輸出商品・製品は中国・韓国製品に対して有利となってくるとみています。
もっともこの仮定はあくまで欧米諸国の経済が魔法のように借金バブルを消滅させた後になってはじめて現実化するという、きわめてハードルの高いもの。つまり「バブル・アゲイン!」です。マネーの歴史を振り返ってみてもバブルが再生した例はありません。はたしてドラギ・マジック、バーナンキ・マジック(要するにマネーのバラマキ)は、史上初めて資産バブルをふたたび膨らませることができるのか!?
(続く)
(前回からの続き)
(2)財政政策
「財政出動」―――これこそ、いまの日本経済にもっとも求められる政策と考えています。
本稿の「金融政策」のところでも書いたように、長いデフレが続く中で、国内では企業の設備投資も個人消費も停滞したままで、需要はいっこうに盛り上がりません。
多くの人々が望みを託す外需も、この先もあまり当てにできないでしょう。世界経済の需要・消費センターである欧米諸国が借金バブル崩壊後の深刻なデフレやリセッションに陥っているからです。とくに欧州はひどく、各国の今年の経済成長率は軒並み低成長かマイナスを記録しそうです。しかもこれらは今後さらに悪化しそうだし、相当に長引きそうです。つまり円高悪者論者がよく言うような「もっと円安にしたら彼らは日本製品・商品を買うようになる!」なーんて生易しい状態ではないということです。実際、円高/元安・ウォン安で日本よりも価格競争上有利なはずの中国や韓国などの国々まで輸出の低迷に苦しんでいるのを見れば分るとおり、決して「超円高だから外需を取れない」のではありません。
といったように、民間内需は力不足、外需も不透明、そして金融政策も効果無し、となれば、やはりここは「親方日の丸」の出番、つまり日本政府が財政支出を拡大して需要創出を行うしかないでしょう。具体的には、東日本大震災の復興事業を最優先に進めつつ、全国各地の老朽化した既存の橋梁や道路、トンネルなどの社会資本の取替えや改修、そして政府がまとめた「南海トラフの巨大地震モデル検討会」で発生予想が示された巨大地震・巨大津波に対応するための施設の建設等を推進します。先日の中央道・笹子トンネル天井板崩落事故を苦い教訓としつつ、いっそう安心・安全な国民生活の基盤作りを財政政策の主目標に据えます。
それらの規模の目安ですが、「デフレギャップ」(少なくとも10兆円/年程度以上)を上回るくらいが適当でしょう。公共投資で社会インフラの整備事業を進めるとともに、それらにともなう雇用の増加や勤労者の給与収入の上昇をもたらして緩やかなインフレを促し、デフレギャップの解消を図ります。このあたりは短期間で「収入増無き悪いインフレ」をもたらしかねない過激な金融政策(インフレ目標が1%を超えるような実質マイナス金利をもたらす金融緩和策)とは異なり、多少の時間はかかっても財政政策で「収入増のともなう良いインフレ」を促すほうが国民生活に与える物価上昇の悪影響を排除できるでしょう。
そして上記の財政政策の実施期間ですが、10年程度の長さが必要と思います。それくらい長期にわたって日本政府が一定規模以上の公共投資を実施することを約束すれば、これらに関連する企業は安心して新規の設備投資や技術開発を行えると考えられるからです。この間、欧米諸国は「失われた10年」、つまり各種バブル崩壊後の長い経済停滞期に入っていくため、わが国にとっては外需に活路を見出すことができない期間が長く続くでしょう。そんな「10年間」を、わが国は政府主導の公共事業を中心とした内需振興を通じて、自力で経済成長を達成しようということです(一方、輸出振興のみに注力し、中間層の所得向上等を怠ってきた中国や韓国は、輸出が落ち込む中で自国の内需に頼れないために厳しい局面を迎えそうです)。
(続く)
(前回からの続き)
(金融政策の続きです)
では外需はどうでしょうか。以前から繰り返して述べているように(そして多くの有名エコノミストも主張されているように)、日銀の金融緩和の真の目的は上記の「内需振興」ではなく「円安誘導による外需狙い」だと思っています。
しかしこれは内需以上に期待薄。FRB、ECB、BOEといった欧米の中央銀行は、不動産バブル崩壊後の逆資産効果の拡大防止や、重債務国の国債利回りの上昇抑止などに対応するという、日銀よりもずっと切迫した事情で、かつずっと派手な金融緩和策(要するにマイナス金利政策)を展開しており、今後も円高外貨安、つまりドルやユーロといった主要外貨が円に対して減価していく可能性が高いと考えられるためです。実質金利で見れば「円>ドル>ユーロ」となっている中で円に資金が集まる(円高となる)のは自然の流れだと思います(見た目の金利差に惑わされることのないようにしたいですね)。
もっともこの流れに歯向かって無理を承知で円安にするために、目標物価上昇率を2%以上(つまり明らかなマイナス金利状態)に高め、日銀に金融資産を無期限で買い入れさせようとしたり、日銀に外債を購入させようといったような考え方もあるようです。しかし、日銀が様々な債券等を過度に買い入れることの反対論とか、日銀法の改正等が必要となるなどの高いハードルがあることはもちろん、欧米中銀によるマネーのバラマキが世界的なインフレ懸念を高める中で、日銀もまた金融緩和をやり過ぎると、その副作用、つまりわが国も輸入インフレに苦しめられるおそれが出てきてしまいます(直近のガソリン価格をみれば分るとおり、すでにその兆候が見られます)。
もっと怖いのが金利の上昇です。どうやってやるのかを想像するのはとても難しいですが、日銀の大々的な金融緩和が成功(?)して、わが国も明らかな「マイナス金利」状態に入ったと無理やり仮定してみましょう。すると国債に溜め込まれているマネー(つまりわたしたち日本人の預貯金)のかなりの部分がプラスの利回りを求めて国債から外債など他の資産に流出します。そうなれば国債の価格は下落して金利がじりじりと上り始め、日本政府の資金調達やわが国の金融システムに深刻なマイナスの影響を与えるでしょう(もっとも、そんな無茶な金融緩和は実際にはできそうもないし、日本人にとって円を売って外貨・外債を買う環境には当面はならないと思っているので、こうなってしまう可能性は限りなく低いですが・・・)。
といったわけで、内需・外需のいずれの振興にも、これ以上の金融緩和策にはなかなかメリットを見出せないばかりか、むしろインフレや金利上昇などの副作用をもたらす懸念があるため、現状程度のレベル(ゼロ金利政策等)に止めておくのが適当だろうと考えます。むしろこれまでの金融緩和などでもたらされた超低金利状態(直近の長期金利は0.7%台と主要国では最低レベル!)と上記の日銀当座預金に積み上がった大量の資金等の有効活用を図ることが重要だと思っています。
それこそが次に掲げる「財政政策」です。
(続く)
16日の衆議院議員選挙まで1週間を切りました。多くの政党が乱立し、マニフェストや主張も様々な中で(じつはそんなに違っていなかったりして!?)、これからのわが国の政策運営をどの政党・どの候補者に託すべきか、わたしたち選挙民にとっても大いに悩むところだと思います。
今回の選挙ではいろいろな政策論点がありますが、ここでは「金融政策」および「財政政策」というもっとも重要な経済政策に関する個人的な考え方を記してみたいと思います。すでに本ブログで何度か書いてきたことの繰り返しではありますが、わずかでも投票対象の政党や候補者を決める際の参考となれば幸いです。
(1)金融政策
どの政党もおおむね「ハト派的」な金融政策、つまり日銀の現状の「金融緩和」路線の推進あるいはもう一段の強化を主張しているように感じられます。しかし、結論から先に言ってしまうと、この金融緩和策には現在のわが国の経済を上向かせる効果は乏しいと思っています。
現在の日銀の金融緩和策は、デフレ脱却に向けて物価上昇率1%が見通せるようになるまで実質的なゼロ金利政策([期待]インフレ率-長期金利=0)と国債等の金融資産の買い入れを進めて市場に資金を供給するというもの。ところがこれが需要増加に与える好影響はほとんど無いといってもいいくらいでしょう。これを内需と外需に分けて論じてみたいと思います。
まず内需ですが、すでにわが国は長いあいだ低金利状態と緩やかなデフレが続いているので、さらに低利の資金を市場に供給しても、それがもはや民間企業の設備投資等を喚起する原動力にはならなくなっていることが指摘できます。
実際、こうしたいわゆる「流動性の罠」と呼ばれる状態にわが国の経済が陥っているために、このせっかくの「金融緩和マネー」は肝心の内需に活用されることなく、空しく滞留してしまっています。以前ここに書いたように、今年2月の金融緩和策の開始以来、日銀の当座預金残高は昨年3月の東日本大震災直後のレベルを上回る40兆円を超えるほどの高い水準で推移しています(12/6の時点で約39.2兆円)。多くの金融機関が、国債を日銀に買い取ってもらって得た資金の運用先がないために、仕方なく(?)同預金口座に預けているものと推察されます。
おそらくこれ以上の金融緩和を行って資金を市場に供給したところで、企業には新たな資金需要がないし、かといって為替リスクが大きい外貨・外債に大量の(円の)緩和マネーが買い向かうことは考えにくいので、結局はこの当座預金残高が増えるだけ。つまり、何にも使われることのない「死に金」が日銀に積み上がる一方だということです。このような意味で、さらなる金融緩和には、内需を刺激する効果はもはや期待できないとみるべきでしょう。
(続く)