(前回からの続き)
これまで書いてきたとおり、わが国の多くの勤労者世帯の実質所得は昨年、政策的な円安インフレを主因とする生活コスト上昇によって目減りしたうえ、今年は4月から実施される消費税率アップによる打撃を被ってさらにダウンしそう・・・。たとえ春闘で賃金引き上げが実現しても、その上げ幅は物価上昇にともなう支出の増加分には遠く及ばないだろう―――つまり、わたしたちの暮らし向きはアベノミクス前よりも一段と悪くなる可能性が高い―――そんなふうに考えています。
おそらく政府や日銀にも同じような先行きに対する懸念があるでしょう。「このままではリフレ政策(円安誘導でわざと輸入インフレを起こす政策)とか消費増税に対する国民の支持が下がってしまう、マズイ!」・・・
・・・で、安倍政権はどうするかというと、この実質所得の減少という「不都合な真実」にスポットが当たることのないよう、上げ幅の多少によらず「賃上げ」した企業数の「多さ」をことさら強調するという策に出るわけです。これなら、たとえ年額「1円」の賃上げでも「賃上げした企業」にカウントでき、アベノミクスの手柄にすることができますから・・・。茂木経済産業相は「大手」企業の賃上げ状況について調査・公表する方針を示していますが、そのねらいはこんなところにあるのではないでしょうか。
実質的には「マイナス」になっているにもかかわらず、名目値のほうを「プラス」にもっていくことで、あたかも政策の成果が上がっているようにみせる―――アベノミクスが多用する手法です。以前もこちらの記事などで述べた「経済成長」がその典型例です。「2013年、わが国のGDPは2.5%もの近年にはない高い成長率を記録しそうだ(名目・政府予想値)!」などといわれます。たしかに円建てGDPではそのとおりかもしれません。でも、世界共通の価値の物差しである「ドル」で測定した昨年の日本の経済成長率は対前年(2012年)比で15%以上もの近年にはない超マイナス成長・・・。
さらにいえば、個人消費や設備投資の増加がGDPアップに貢献した、という見方にも前向きな要素がどの程度あるのか微妙です。円安輸入インフレによりエネルギーや食糧等の価格が上がったことで家計や企業の支出や費用が増えただけ、といったところが実態に近いのではないでしょうか。それを政府や日銀は「消費や投資が好調!」なんて具合に自分たちに都合がいいように(?)解釈しているような気がするのですが・・・。
(続く)
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(前回からの続き)
結論から先にいうと、いまのわが国の企業には、アベノミクスがもたらした勤労者の生活コスト増を補えるほどの賃上げをする「ゆとり」はなさそうです・・・。
ロイター社が今月実施した企業調査によれば、ボーナスなどの一時金を含めた賃金の引き上げを検討している企業は回答企業の30%程度にとどまっています。引き上げ率は1~2%程度がもっとも多く、このうちの19%ほど。その一方、賃金は現状維持という回答は36%、そして「引き下げ」が1%で、合計37%の企業は賃上げを行わない方針であることがわかりました。企業業績のほうは2013年度経常利益が前年比でおよそ17%の増加見通しにありますが、上の数字をみると、それを従業員へ還元しようという動きは広まってはいない感じです。
さらに賃上げの形態をみると、ボーナス等の一時金で対応すると回答した企業が2/3を占め、他方で月給の増加となるベースアップ(ベア)に踏み出す企業は限定的で、「なるべくベアで対応する」とした企業がわずか6%、などとなっています。その理由は、ベア実施で恒常的な人件費を高めることに多くの企業が難色を示しているからのようです。
前回、アベノミクスのもとで、毎月の生活費が20万円の勤労者世帯では最低でも年12万円程度の賃金の増加がなければ実質の生活水準は悪くなる、と記しました。上記の調査結果から推察すると、残念なことにほとんどの人々にとっては「生活防衛ライン」であるこの「年12万円収入アップ」ですら夢のまた夢―――大半の勤労者の賃金増加幅はアベノミクス開始後の円安物価上昇分プラス消費増税にともなう物価上昇分の合計額にはとても追いつかない―――つまり収入から支出を引いた残りの実質所得はこの春からさらに「減る」ということになりそうです。とほほ・・・。
ちなみに年金受給者も4月から厳しい事態に直面します。2014年度の公的年金支給額が対昨年度で0.7%ほど引き下げられるからです。少子高齢化が進み、年金財政の運営が難しさを増すなか、この減額にはやむを得ない面があると思いますが、問題は先述のとおり日々の生活コストが政策的に引き上げられていること。その出費増の分だけ、年金受給者の生活のレベルは悪化してしまうでしょう。「年金の受給額が減らされても生活費が落ち着いていればお金のやり繰りも何とかなったのに・・・」なんて嘆き節が高齢者の皆さんから聞こえてきそうです。
「アベノミクスのおかげで景気は回復した!」とか「消費増税のマイナスの影響は軽微に過ぎる!」などと安倍首相や黒田日銀総裁はしきりにおっしゃいます。しかし・・・わが国の平均的な勤労者や年金生活者はお二人が主導する政策によってむしろ貧しくなっている―――景気回復(本当に?)の恩恵が賃金や年金の増額というかたちでもたらされないばかりか、円安物価高に加えて消費増税にともなう支出増で多くの国民の実質所得は減り続けている―――といったあたりが実態に近いのではないでしょうか・・・。
(続く)
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(前回からの続き)
前回、今年の春闘で求められる賃上げ幅は、最低でもアベノミクス(≒円安誘導)でもたらされた物価上昇分と4月からの消費増税にかかる物価上昇分の合計額に達しなければ、勤労者の生活水準はアベノミクス開始前と比べると悪くなる、つまり貧しくなる、と書きました。
それではその「ボーダーライン」となる金額(賃金増分)がどれくらいなのかを以下に試算してみたいと思います。
すでにご紹介のとおり、わが国の昨年(2013年)の毎月現金給与総額はおよそ31.4万円でした。そこで平均的な家庭の1ヶ月あたりの生活コストを20万円とします(これにかかる消費税相当分は現行の税率5%で1万円となります)。
まずはアベノミクスの円安輸入インフレにともなう物価上昇分です。これは日銀「異次元緩和」の目標インフレ率2%で計算するのが適当でしょう。ということで、20万円×2%=4千円となります。ちなみに昨年12月の消費者物価は対前年同月(2012年12月:アベノミクス開始直後)で1.6%の上昇となっており、すでに日銀の狙いどおり(?)同目標2%に迫っています(付け加えると、このなかでもエネルギー6.8%[電気代8.2%、灯油11.3%、ガソリン7.1%など]、そして食料品2.2%など、庶民にとっていちばん上がってほしくない財やサービスの価格の上昇率が総合値のそれを上回っています・・・)。
つぎに4月の消費税率引き上げにともなう物価上昇分です。5%から8%へと税率が3%アップするわけだから、生活費が月20万円であれば20万円×3%=6千円ほど、増税前よりも出費は多くなります。
以上のとおり、月あたりの生活費が20万円の世帯では、アベノミクスのもと、円安主因の物価上昇分4千円、および消費税率アップ分6千円の合計1万円程度、毎月の支出が増えるという計算になります(生活費上昇率は5%にも達する!)。「ぜいたく」をするわけでもなく、アベノミクスが始まる前と同じレベルの生活を維持するだけで・・・。
したがって勤労者としては、最低でもこの日々の暮らしにかかる費用がかさむ分を埋め合わせるだけの賃金の増額を求めたいところ。つまり今回の春闘では毎月1万円、年12万円ほどの収入増が必達目標となります。そしてできればこの賃上げを、先行きが不安定な一時金ではなく、毎月の給料で確保できるベースアップ(ベア)で勝ち取りたいでしょう。けっして過分な要求をしているわけではありません。これこそ「生活防衛ライン」とでもいうべき金額―――ここに達しなければ、勤労者はアベノミクス以前と同じ生活水準を保てないわけですから・・・。
では、いまのわが国で、従業員一人ひとりに年間ベースで「12万円」(毎月1万円)の賃金アップを実施することができる企業はどれほどあるのでしょうか・・・。
(続く)
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2014年春闘の時期を迎えました。
ここ数年間と違って、今年は春闘への注目度がたいへん高くなっているように感じられます。その理由はおもに次の2つでしょう。一つ目は「アベノミクスで景気が良くなった!」といわれていること。それが事実なら、企業経営者や投資家は当然のこと、勤労者にも景気回復の恩恵が賃金アップというかたちでもたらされるという期待が出てきます。
そして二つ目は4月から始まる消費税率の5%から8%への引き上げです。で、ここでもし収入が増えなければ、わたしたちの日常支出は少なくともこの税率アップ分だけ増えてしまい、逆に生活水準はそれだけ低下してしまう・・・。だから今回の春闘で労働組合側は経営側に対し、いつにもまして賃上げを強く求めることになるわけですが・・・。
まあ安倍政権も日銀も、アベノミクス(≒円安誘導)が奏功し、今春から消費増税に踏み出しても大丈夫なくらい「景気は回復した!」としばしばいっているわけだし、「そんなに心配しなくても人々の収入は増えるさ!」というアベノミクス支持者の強気な見方も少なくありません。
ところが実際にはそんな楽観的な予想が覆されそうな数字が出ています。昨年のわたしたちのサラリーは減ってしまったのでした・・・。
厚生労働省が今月18日発表した毎月勤労統計調査によると、2013年の勤労者の毎月現金給与総額は平均314,054円で、前年(2012年)を73円下回り、3年連続の下落となりました。一方、物価上昇分をのぞく実質賃金指数は0.5%下がって2年連続のマイナス、という結果になっています。「アベノミクス」で大いに盛り上がったはずの昨年の日本経済ですが、肝心の給料は対前年で名目値も実質値も下がりました。つまり多くの人々はアベノミクスのもとで以前よりも貧しくなったということになります・・・。
「そんなことはない! いまは(円安に起因する)物価上昇のスピードに賃金が追い付いていないだけだ。景気回復によって企業には賃上げ余力が生じている。だから今回の春闘で勤労者の賃金は間違いなく上がり、国民はアベノミクスのありがたさを実感できるはずだ!」といったあたりが安倍総理や黒田日銀総裁のお考えと推察いたします。本当にそうなってくれることこそ勤労者の切なる願いであるわけですが・・・。
ここで気を付けなくてはならないことがあります。それは「春闘で賃金アップ達成!」だけで単純に喜んではいけない、ということ。いくら名目の賃金が上がったとしても、それ以上に生活コストが上昇してしまったら、その差し引きである実質所得は減ってしまう(つまり、さらに貧しくなってしまう)からです。
そのため今回の春闘では、具体的な賃上げ額、つまり、アベノミクスで上昇した生活コスト、そして消費税率アップにともなう増税コストの合計額にどれだけ賃上げ幅が迫れるか、に注目すべきと思っています。これらのコスト増分に給料アップ分が追い付いてはじめて、勤労者はアベノミクス開始前(円安誘導および消費増税の開始前)と同じ生活水準を確保できることになるためです。
(続く)
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(前回からの続き)
QEを続けたら「資産バブル」、QEを縮小・停止したら「資産デフレ」―――というように、どのみちいまのアメリカには「出口」がない、と前回書きました。それでもアメリカ、そしてFRBはすったもんだの末、結局は前者、つまりQE継続による「資産バブル」に賭ける道を選択せざるを得ないだろう、と推測しています。もっとも行きつく先はいずれも同じ―――過剰流動性がもたらす長期金利の高騰と通貨価値の暴落つまり激しいインフレ(とくに石油価格の激しい値上がり!?)―――ではないでしょうか・・・。
で、ここで重要なのは、それらを起こさないためにはどうすべきか、ではなく、それらがいつ起こるのかを予想することだ、と考えています。このタイミングを正確につかむのはなかなか難しいですが、本稿冒頭で記したように、遅くともこれから4年以内の可能性が高いとみています。つまり、ジャネット・イエレン新FRB議長の任期のうちに・・・。
それにしても・・・と、つくづく思うのは「バーナンキ氏はうまく逃げ切ったな・・・」ということ。サブプライムローン・バブル崩壊(2007年夏)にもめげることなく、「資産バブルよ、もう一度!」とばかりに2012年秋にQE(第3弾)を開始したのはバーナンキ前FRB議長。もちろんQEという名の「麻薬」の幻覚にも似た(?)効果と恐ろしい副作用は重々承知のうえで。だから氏は「どうか自分の任期中にアメリカ経済がヘンなことになりませんように!」なんて思っていたかも?
で、その願いが天に通じたのか(?)、「長期金利上昇」も「資産デフレ」も起こすことなく、氏は見事な手綱さばきでアメリカの金融政策をリードし、資産効果発現(バブル再膨張!)に成功(?)しました。「あー無事に責任を果たせてよかった―。じゃ、あとはよろしく!」ということで「ホットポテト」(あつあつに蒸したポテトのように、長いこと手に持っていられず、放り出したくなるような厄介ごと)はバーナンキ氏からイエレン氏の手のひらに移された・・・。はたして女史は、あつーいポテト、じゃなかった資産バブルをますますホットにして2018年、次の議長に投げ渡すことができるのか!? それとも・・・。
・・・とにもかくにも、イエレンFRBの長い4年間が始まりました。
(「イエレンFRB船出:長い4年間」おわり)
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(前回からの続き)
前回、いまのアメリカ経済にとって「資産デフレ」は命取りになりかねないということを書きました。ポストバブル期の日本をみれば分かるとおり、これは景気の停滞と金融システム危機を引き起こし、結局は政府に巨額の財政負担を強いることになるからです。ところがわが国とは正反対の純債務国であり経常赤字国(それも世界ワースト!)であるアメリカはそれに耐えることはできません。だからアメリカにとっての「資産デフレ」は悪夢―――それは最終的に米国債価格の急落と長期金利の急騰を引き起こすでしょう・・・。
といったわけで、アメリカには、長期金利の低め誘導と資産インフレを続けていく以外の道はない、ということになると考えています。そしてこの両者を同時に達成してくれる策こそ米FRBによる「量的緩和策」(Quantitative Easing:QE)です。QEでFRBが債券を買い支えれば金利を低いレベルに抑えられるし、QEで市場に供給されたマネーが株や不動産投資に回って資産価格を引き上げてくれる。これで「長期金利の上昇」も「資産デフレ」も食い止められる。ということは、アメリカはQEを永遠に続ければよい、ということになりますね。これで(たびたび報道されているように)アメリカ経済は順調に回復する。よかったですねー!
・・・なわけがありません! QEはあまりにも危険な副作用をもたらします。つまりQEでFRBがひたすら米国債やMBS(不動産担保証券)を買い取ってマネーをマーケットにばらまき続けたら、(インフレとともに)当然「資産バブル」を引き起こすリスクがあるということ。いや、すでに発生しているとみるべきでしょう。とくにリーマン・ショック後の累次のQEの後押しを受けてきた株式市場では・・・。
史上最高値近辺にある足元の米株価ですが、すでに企業実績の現状で説明できるレベルをとうに超え、QE由来の低利マネーとか自社株買い(ROE向上)等という、株価を引き上げることだけが目的の金融的手法で「かさ上げ」(=バブル)されているというべきではないでしょうか。
さらに、上昇する株価にプッシュされるかたちで少し遅れて上がってきた不動産価格ですが、こちらも株と似たような感じでしょう。QEによる人造的な低金利環境に加え、上記のような米経済の実態の裏付けが乏しい株バブルの資産効果のおかげで「つれ高」となり、不動産本来の適正価格から相当程度、上方に乖離する水準にまで達しつつあるように思います。
そんな内実なき空虚な資産バブルが永遠に膨らみ続けることなんてあり得ない。歴史を振り返れば分かるとおり「バブル」はいずれ破裂の運命にあります。アメリカの資産バブルも同じこと。だからどこかでガス抜きをしないと、時間とともにバブルはますます拡大し、その破裂時のインパクトはいっそう甚大なものになる・・・最悪の場合、ドルの信認とアメリカの覇権すら吹き飛ばすかも・・・。
・・・もちろんアメリカの為政者、そしてFRBにもそんな資産バブルの危険性は分かり切っています。だからこそ今年から「出口戦略」つまりテーパリング(QE縮小)を開始したわけですが・・・でもこれは、本稿前段で書いたような「リスク・オフ」モードをもたらし、結局、アメリカを絶対に回避しなくてはならないはずの資産デフレに追い込む・・・ってことは、QE継続なら「資産バブル」、そしてQE縮小なら「資産デフレ」となって、どのみちアメリカにはリスクから脱する「出口」がないということになるではありませんか!
(続く)
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(前回からの続き)
では、日本と同じく不動産バブルの崩壊を経験したアメリカに、前回書いたような日本流の長く厳しい「資産デフレ」との戦いの道を選択することができるでしょうか―――「できない・・・」というのが私の見立てです。その最大の理由は、わが国と同じやり方を選んだら、アメリカでは長期金利のコントロールが効かなくなるおそれがあるからです。
前述のとおり、バブルの残滓を除去し切るまでのあいだ、日本政府は財政資金を延々と投じてきました。ひとつは景気対策に、そしてもうひとつは金融システム救済に・・・その総額は数十兆円にも上ります。そしてそれに必要なお金の多くは国債によって調達したもの。で、ふつうに考えると、そんなに国債が乱発されたら、国債価格が下がるとともに金利が上がってしまいそうですが・・・。
わが国はそうはなりませんでした。なぜか? 結果としてわたしたちが国債を買い支えたから。だからといってべつに日本人が救国の志で損をしてもよいから国債を買ったわけでも、当時の郵貯が国債での資産運用を義務付けられていたからでもありません。われわれにとって日本国債の購入が合理的な選択だったから―――株や外貨を含めたあらゆる資産のリターンやリスクを比較した結果、安全性が高くて実質の利回りが高い日本国債を選んだ、つまり「預貯金」をした―――これに尽きると思います。だから日本国債の価格は高値を維持するとともに利回りは低下した―――長期金利は低いレベルで安定的に推移した、ということ。
さらにいうと「失われた20年」の間も、わが国は一貫して経常黒字を計上してきました。1992年~2011年の20年間の日本の経常黒字の合計額は約2.7兆ドル(約280兆円)! つまりわが国はこの期間だけでそれほど貯蓄を増やしたということになります。その分、日本政府は国債を発行して国民からお金を借りることができる、しかも低利で・・・。だからこそ政府は景気浮揚のために財政支出を拡大して公共投資を実行したり、金融機関に巨額の公的資金を注入することができた(しかも全額回収できた)・・・。
というわけで、バブルの後始末で政府が財政赤字を増やしても日本では真の危機―――(長期)金利の急騰、そしてそれに続く通貨価値の暴落とハイパーインフレ―――は起こりませんでした。それどころか、わが国で起こったことはまったく逆の現象―――「超低金利」と「円高」と「緩やかな物価の下落(実質所得の増加)」でした・・・。
「GDP比で200%を超える財政赤字!」よく財務省やマスコミがそう騒ぐ(?)けれど、正直に言って国家債務の対GDP比率なんてあまり意味がない。財政赤字との関連で本当に注視しなければならないのは金利(長期金利)のほうです。では、主要国の現在の長期金利はどうなっているか?―――いうまでもなく、わが国のそれは世界一低い(日銀の異次元緩和のせいではなく・・・)。このことの意味をわたしたちはしっかり認識するべきだと考えています。
さて、長々と「日本」のことを綴ってきましたが、これは「アメリカ」が「資産デフレ」に耐えられないことを説明するためです。つまり上記のように、わが国は長期金利のコントロールを失うことなく財政支出を活用しながら「資産デフレ」に正攻法(?)で対処してきたわけですが、いまのアメリカにそんな「日本流」を選択できる前提はまったくといってよいほど、ない、ということ。世界ワーストの双子の赤字(財政赤字・経常収支の赤字)がその象徴です・・・。
で、結局、アメリカにとって「資産デフレ」を回避する以外の道はない、ということになる―――そう思っています。
(続く)
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(前回からの続き)
本稿では、ジャネット・イエレン新議長が率いるFRBがアメリカ経済において絶対に引き起こしてはならない2つの事象―――「長期金利の上昇」および「資産デフレ」について思うところを綴っています。
で、前者の「長期金利の上昇」に関しては先日こちらの記事に書いたので、ここでは後者の「資産デフレ」について、前回に続いて考えていることを記してみたいと思います。
いまや世界的に「よくないこと」の代名詞のようになっている経済状態「デフレーション」ですが、これはもう少し具体的に定義しておいたほうがよさそうだと感じています。つまりそれは「資産、とりわけ不動産の価格が下がり続けること」であるということ。これがどれほど経済や社会にダメージを与えるかは、以下に示す日本のポストバブル期の経緯を振り返れば容易に想像がつきます。
ところで現在、リフレ政策(意図的にインフレを起こそうという政策)が展開されているわが国では、モノやサービスの価格低下までこの資産デフレと一緒くたに「デフレ」とされ、あたかも「悪いこと」であるかのように捉えられる空気があります。しかし実際には、食料品や電気代などのエネルギーの価格が下がることは国民生活や内需振興にはプラス面のほうが大きいはず。なので、それらと資産デフレは別物と認識する必要があると思います。でないと、資産価格の引き上げを意識しすぎて、生活必需品の過度の値上がりを招くなどの政策運営の誤りをおかすことになりかねないので、注意が必要だと考えています。
話がそれました。資産価格=不動産価格のデフレに戻ります。
ご存知のとおり、不動産バブルがはじけた1990年代前半以降、わが国は「失われた20年」と評されるほどの長きにわたって「デフレ」との格闘を続けてきました。この間、バブルに踊った企業や家計は、不動産投機で背負った多額の負債の返済に追われました。そしてこれらに関する大量の不良債権を抱えた金融機関も財務健全化を余儀なくされ、「貸し渋り・貸しはがし」へ一斉に走りました。
そうなればお金の流れは滞り、世の中は当然、不景気となってしまいます。そこで登場したのが日本政府。「民間(企業・家計)がダメならわれわれが・・・」ということで政府は自らが需要を起こして、つまり公共事業等にかかる財政支出を増やすことで景気を支えようとしました。その財源の多くは借金=国債発行で賄いました。わが国の現在の財政赤字のうち、少なからぬ部分は、当時の景気対策にともなって生じたものといえるでしょう。
それでもデフレは収まらず、そうこうするうちに金融機関の破綻が相次ぐ事態となり、90年代末、日本の金融システムは危機に瀕します。最終的に合計40兆円以上もの巨額の公的資金が国内の主要金融機関に投入されました。その後の紆余曲折を経て、こちらの記事に書いたとおり、昨年、日本政府はこのときの資金をすべて回収し、バブルの後始末を終えたのでした・・・。
・・・といったところが、不動産バブル崩壊後に発生した「資産デフレ」へのわが国の対処のあらましです。「あのときはこうすればよかった」とか「すべきではなかった」など、上記「失われた20年」に関してはさまざまな意見や議論があるところでしょう。それでもわが国は不動産などの資産価値と金融機関のバランスシートから「バブル分」を除去することができました。長い年月こそかかりましたが、わたしたちは健全な実体経済と金融システムをようやく取り戻したわけです(もっともその代償が、膨れ上がった財政赤字ということもできるけれど・・・)
(続く)
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(前回からの続き)
前回、世界経済における「いまそこにある危機」となっている感じの「新興国売り」については、米FRBが絶対に回避しなくてはならないこと:その1「長期金利の上昇」に関してはプラス方向に機能する、と書きました。
では、米FRBにとっての第2のタブー「資産デフレ」についてはどうでしょうか。これは・・・マイナスに作用してしまいます。「新興国売り」とはリスク・オフ、つまりハイリスク資産からローリスク資産へのマネーのシフトを促すこと。このハイリスク資産には新興国通貨・債券・株式が含まれるのは当然ですが、これらに加えて先進国市場の株式も入ってきます。もちろんアメリカの株式も・・・。
で、それではやっぱりダメなんです。いくら金利が下がったとしても(債券価格が上がったとしても)・・・。
先日もこちらの記事に書いたとおり、アメリカ人の多くはお金を借りて相場を張ったり家や車を買ったり大学の学費を払ったりしている真っ最中です。巨額の借金―――彼ら彼女らがそんなリスキーなことができる大きな理由は、FRBのQE(量的緩和策)のおかげで金利が低くなったことを除けば、ズバリ「株価が上がり続けているから」といえるでしょう。株価上昇→含み益拡大→不動産とかモノやサービスを購入するために借金しても大丈夫・・・といったところです。
新興国危機? それとも欧州PIIGS国債不安再燃? はたまた中国の「影の銀行」破綻?・・・きっかけの如何にかかわらず、ここで米株価が下がったら、このサイクルは一気に逆回転して、決して起こしてはいけない「資産デフレ」発生のリスクが高まります。つまり、株価下落→負債増の回避や借金返済のために株を売却→さらなる株の値下がりに加えて不動産価格の低下を惹起→資産価値の全面的な下落、でアウト・・・。
ということで、「新興国売り」は上記2つのタブーのうちの1つを犯すことになる―――「資産デフレ」・・・制御不能の長期金利の上昇と同じくらいの恐ろしい事態につながりかねません。だからアメリカはテーパリング(QE縮小)を機に「ゲームは終わりだ、あばよ!」なんて具合に新興国通貨などのリスク資産投資から抜け出すことなどできない。それは結局、株価の下落を通じて最後には自分の首を絞めることにつながるから・・・なんてことを思っています。
(続く)
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「本当に難しいタイミングで、よくこの大役を引き受けられたものだ・・・」そう感じざるを得ません・・・。
今月3日、アメリカの連邦準備制度理事会(FRB:アメリカの中央銀行)の新しい議長にジャネット・イエレン氏が就任しました。このFRB史上初の女性トップが、これから2018年までの4年間、アメリカの金融政策のかじ取りを担うことになります。
それにしても「4年間・・・じつに長く、重い」正直そう思います。というのも、この間に、アメリカの経済そして社会は、「金融」に大いに関連する何らかの重大な事態に直面する可能性が高いとみているからです。そのとき、もしかしたらイエレン氏はアメリカの世論からFRB議長としての責任を厳しく追及されてしまうのではないだろうか、などといまから気を揉んでいます。そのリスクの原因を作ったのは、氏の前任者たち、そして誰よりもアメリカ人「自身」であるにもかかわらず・・・。
すでに本ブログでいろいろ書いてきたことですが、FRBの上記新体制が始動したことをふまえ、このあたりについて、あらためて考えることを綴ってみたいと思います。
よく世界経済のこの先について「不透明感」とか「不確実性」などといったワードが使われることがあります。これに対してFRBの金融政策が進むべき道筋はけっこう「明確」だと思っています。それは、次の2つのタブーを絶対に犯さない政策運営を行うということです。で、その2つのタブーとは―――「長期金利の上昇」と「資産デフレ」。そして重要なことは、この2つのうちのいずれか一方が起こってしまったら、たとえ他方が起こっていなくても、ダメ!・・・。
以上のことを押さえておけば、米経済あるいは世界経済でどんな事象が起こっても、FRBがとるべきアクションが第三者でも推測がつく、ということになります。「あっ、この出来事はタブーに引っかかる! ということはFRBの次の手は・・・」といった具合です。このへんに関して考察できる典型例が「新興国マーケット」の動揺です。
ご存知のとおり、足元では「新興国売り」が起きています。「フラジャイル5」(経常赤字の大きい脆弱な5か国:ブラジル、インド、インドネシア、南アフリカ、トルコ)をはじめとする新興国の通貨がドルに対して大きく売り込まれるとともに、各国では通貨安インフレや金利急騰で経済および市民生活が危機に瀕しています。
いうまでもなく、これはFRBのテーパリング(量的緩和策[QE]の縮小)開始にともない、米金利の上昇観測などから、緩和マネーが新興国からアメリカへ回帰することによって起こった現象。ではこのマネーの動きが上記のアメリカにとっての「タブー」にどう影響してくるか・・・。
絶対に起こしたくないこと:その1「長期金利の上昇」に関していえば、このQEマネーの巻き戻しはプラスに作用することになります。すでにこちらの記事に書いたことですが、QE縮小で市場にダブつく(価格が低下する)アメリカの債券をこれらマネーが買い支えることで金利が下がると予想されるから。したがってアメリカとしては「新興国がどうなろうが、われわれはわれわれの道(テーパリング続行)を行く」と強気に構えることができるわけですが・・・。
(続く)
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