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Straphangers’ Room2022

旧Straphangers' Eyeや習志野原の掲示板の管理人の書きなぐりです

ジャーナル2014年5月号

2014-05-04 02:09:00 | 書評
さて月遅れが定着したジャーナル5月号の書評です(爆)

特集は「未来を拓いたJR第一世代車両」、ちょうど5年前、2009年5月号の「三代の特急車両」と被る特集にも見えますが、被るのは253系だけ。500系に209系、221系に加え、そう言えばこれもそうでした、という783系も扱っています。

500系「こだま」はけっこうな頻度で取り上げられており食傷気味ですが、お子様向け企画の話と指定席間での格差解消のために2&2シート化された話が新味。新幹線を使って帰省するときは三原まで「こだま」利用が専らですが、500系の6号車の旧グリーン車シートを愛用しています。


(500系「こだま」の6号車指定席)

最速ダイヤ当時の思い出がちりばめられていますが、東京#資ス間4時間49分というのは、現行ダイヤでの64Aが新神戸、品川停車で4時間50分ですから正味は今より遅いとはいえ、500系の「記録」であり「記憶」である部分です。その数字に迫る4時間43分で山陽区間だけを走り切るという現状は寂しいですが。

そして長野電鉄に転じた253系。NEX時代との対比がメインですが、リクライニングシートが残るクハといいながら写真が無いのは減点です。その末尾に5年前の特集よろしく651系、251系、255系の解説がついています。ただ、255系を汎用車と評していますが、ホームライナーでE257系と乗り比べると一目瞭然で、「作りがしっかりしている」わけで、E257系やE653系の「軽さ」がありません。その意味では最後の「特急型」と言えるのかもしれません。

209系と221系の特集は東西の通勤(近郊)型ですが、221系が「JR」になって変わった、というのを日常利用のステージにおいて具現化した車両なのに記事が薄いのは残念です。一方の209系は京浜東北線時代には「走ルンです」と揶揄されていたのに、房総に転じると思ったより使い勝手の良い車両に仕上がっています。ただ、半自動扱いが無く、3/4締切でお茶を濁されたのは残念です。特に総武本線、成田線方面の冬の朝はいったん4扉全部が開いた瞬間にひどい事になりますから。


(3/4締切の例(茂原駅))

国鉄時代からの「引き継ぎ」で登場したのが「ハイパーサルーン」783系。787系などその後の「JR九州らしい」特急や観光列車の影に隠れていますが、この列車の登場は衝撃的でした。1扉が車両中央に鎮座し、1両を2室に割る発想。半車単位で区分できるコンセプトは、国鉄末期に3連特急が日常化した九州で必要なサービスを十分に提供するためでもあります。


(DL牽引で水前寺まで乗り入れていました(熊本駅))

1990年早春に九州全土を乗り歩いた際に、敢えて周遊券では乗れないグリーン車(の先頭座席)に乗ったり、速達型の「スーパー有明」に乗ったりしましたが、イヤホンジャックがあり、高速バスのようにオーディオサービスが普通車でも受けられたのが印象的でした。


(「かもめ」にて(鞫♂w))

特集以外は手短に。
釜石線の「SL銀河」は、客車がキハ141ということで、なんちゃって気味の編成ではありますが、往年のように機関車に負荷をかけるばかりが能で無いわけで、DLやELの補機で見た目を悪くすることもなく仙人峠の勾配区間をクリアするという意味では「コロンブスの卵」的なクリーンヒットです。
ただ気になるのはSLとキハ141の「協調」で、このあたりを解説してほしかったです。まさかC58と総括制御は出来ないでしょうが、機械式DCのように汽笛か何かでタイミングを取っているのか。

3月号以来の「幻の鉄路をたどる」の2回目は呼子線。筑肥線の改良として「開通」している区間もあり、未成区間もかなり新しい時期の工事であり、近代的な「遺構」です。ただ、元々あまり期待されていないばかりか、終点の呼子駅のロケーションもいま一つで、それでも昭和50年代まで建設が進められたのもどうか、という微妙感が伝わっています。

最後は事故、トラブル関係の記事について。ある意味今号の書評の柱です。
まずは2月の大雪の日に起きた東急東横線の追突事故。共同通信による事故当時の写真などが入り、状況がよく分かります。改めて写真を見て背筋が凍るわけで、7号車の連結面の車室が完全に「潰れて」いて、ドアの横に8号車の連結面が接しているのを見ると、ここに乗っていた乗客は、もし満員だったら、と思います。

耐雪ブレーキの取り扱いについての解説はなるほど、と思いますし、降雪観測の不備は私も指摘している通りで、降雨量の観測に比べて疎に過ぎます。東京大手町のデータで事故発生の0時頃は毎時約10cmの積雪となっており、積もる時は短時間で豪雪地並みの規模、という「東京の大雪」の特徴が原因と言えます。

惜しむらくは運転上の取り扱いはさておき、「除雪」による対応に言及がない事でしょう。その前週の大雪では京成線が除雪不能に陥って麻痺しましたが、「除雪」「排雪」での対応の有効性を検証してほしいものです。

もう一つは正月の有楽町火災での新幹線の不通と11月の品川駅線路切り替えに伴う「運休」。
計画運休にしてしまえば「輸送障害」の統計に計上されない、というトリックには、合理的理由もあるとはいえ、概ねモラルハザード側に働く事は火を見るより明らかでしょう。

それにしてもこの2題噺は、私のブログのネタをパクッたのか、というような内容でもあるわけで、問題点や解決策に至るまで「どこかで見たような」内容でした。

まあ「専門情報誌」がようやく取り上げるというのも情けない話ですが、掲載したらしたで会社派、もとい、社会派諸氏から、「現場を分かっていない」という類の記事の批判、会社擁護が湧きおこるのですから始末に負えません。

記事のタイトルは「揺らいでいる鉄道輸送の信頼性を取り戻すために」ですが、公共インフラとしての鉄道が本来あるべき輸送維持への努力はどうあるべきか。社会派諸氏が考えているレベルでは、電気やガスなど「私企業」が担っている供給維持の努力と比べるだけ虚しい話です。

「鉄道は誰のものか」というコラムが数ページ後に掲載されており、川崎駅での工事車両と京浜東北線回送電車の脱線事故の復旧について触れていましたが、ネットの動画で生中継していて注目を集めた、現場の人たちへの賛辞が相次いだ、とありますが、まさにそれが社会派諸氏の甘さとシンクロしている部分でしょう。

輸送を維持するのが仕事です。復旧するのは当たり前以前の段階です。なんで維持できない状態になったのか。不可抗力でもなければ原因を厳しく問うのがプロに対する評価です。それが現場知らずと批判されるようでは先行きが心配ですが、それが今の社会の風潮であれば、少なくとも「信頼性が揺らぐ」ことは無い、という逆説的な結論になります。

本誌にしても、2011年まで掲載されていた鈴木文彦氏の「私の取材メモ」がいつの間にか消えたように、「辛口」とも言えない当たり前の疑問、批評すら何時しか満足に掲載されなくなる時代です。もちろん取材にかかわる「大人の事情」はあるのでしょうが、経済誌がパブリシティ記事やヨイショ記事を掲載する反面、辛辣な批判記事を「取材を申し込んだが断られた」というコメント入りで掲載するような「気骨」もないわけで、半世紀近く刊行を続けながら、「専門情報誌」として批評も鋭い、と業界から一目置かれるだけの地位も築けていない悲しい現実が見て取れます。




ジャーナル2014年4月号

2014-04-05 18:31:00 | 書評
相変わらずの月遅れで4月号の書評です。

特集は大阪環状線。大阪環状線改造プロジェクトの発表に合わせた特集のようですが、肝心なプロジェクトの骨子を並べているでもなく、中途半端に過ぎます。


(2011年まで走っていたトップナンバー車)

正式な路線名は一周そのものが「大阪環状線」でありながら、西半分だけが「山手線」の山手線と違い、環状運転よりも天王寺°梛エ¢蜊縺天王寺♀e地、という放射路線の起点部分という色彩が強いのが特徴で、そのあたりは出自の城東線、西成線の由来とあわせてしっかり触れています。

記事としては環状線の紹介と森ノ宮区の2本がメイン。技術系に力を置く最近の編集方針でしょうか、森ノ宮区はメンテナンスの描写が活きています。特に国鉄型天国のJRW、環状線だけあって国鉄型電車の保守は見どころの一つですし。


(2007年、JR神戸線から配転されてきた当初はスカイブルーのままの編成も)

環状線の特徴でもある直通運転の影で、循環運転が減少し、西側の快速通過駅は日中毎時4本という影の部分にも言及されていますが、このあたりは関西私鉄にも共通する問題とも言えるわけで、特に南海では顕著です。一方で15分ヘッドを大和路線、阪和線含めて導入したことで、アーバン区間の主要路線のダイヤパターンが揃うことを意味するわけで、接続の善し悪しはあれど、パターンが決まって時間が読める、というメリットは大きいです、


(同じく2007年、大和路線編成を使った電車)

ちなみに森ノ宮区の記事の最後は乗務員区(今はこちらが森ノ宮電車区を名乗る)ですが、尼崎事故の時も批判されながら「過密ダイヤ」「日勤教育」批判に隠されてしまった労務管理、労使関係の問題を思い出しましたが、そこまでは踏み込むことはないでしょうね。

小さな記事で気になったのは南港界隈巡り。
ニュートラムの話題ですが、2005年のOTSから大阪市への移管の言及はありますが、それまでコスモスクエア駅に中間改札があったことへの言及が欲しかったですね。


(移管の告知。2005年6月)

経路特定とOTS線運賃捕捉の目的がありましたが、大阪市特有の「迂回」の判断で通過連絡が適用されず、OTS線区間としては途中のコスモスクエアで打ち切り計算となり、OTS線の初乗りを二重払いする極悪仕様は苦い思い出です。


(恨みのコスモスクエア駅中間改札。2005年6月)

後は大阪縦貫クロスロードと題した都心縦貫路線の話題ですが、御堂筋線と阪神なんば線・近鉄奈良線というのは無理やり感がしますね。前者は中央線や谷町線と性格が一緒ですし。
ただ内容はいいですね。北急区間と新御堂筋の関係に言及し、中央線と中央大通といった都市計画道路との一体整備にも触れていますが、これが公営のメリットであり、公設民営だと民間のおいしいトコどりとなるわけで、ましてや一人相撲市長が進める民営化など、というわけで、本来大阪市の実績としてもっと評価されるべき成果です。

なんば線の方は、近鉄と阪神での○と△の使い方とかよく見ていますね。千鳥橋を見て第二阪神線計画を云々し、退避駅が無いことを指摘するのなら、千鳥橋が2面4線の計画だったことに気づくべきでしょう。
後は需給のアンバランスも、直通当初は平日日中は快急を各駅に停車させて毎時6本だったのを、優等需要に応えて過剰を承知で現行ダイヤにした、ということも触れるべきでした。

残りは小粒というか、ロンドンの話題は現地だから出っくわした「トラブル」ですが、このご時世、特に実際にテロ行為の被害も出ているロンドンだけに、商業誌で触れるべき話題なのかな、とも老婆心ながら思ったりもします。地下鉄の撮影禁止も、今ではNYでも規制されているように、治安上の要請が見え隠れしているわけですし。

一方でその次に掲載のカナダ原油タンク車爆発事故の記事は、安全関係の記事として興味深く、ロンドンもそう言う意味では共通しています。上下分離の運行会社が引き起こした重大事故ですが、破産して整理されてしまったという結末を見ると、責任もろくに取っていないことを意味するわけで、公共インフラの「開放」「参入」における問題点を示しています。

あとは何気に楽しい「東京グッ鉄めぐり」。「地上鉄」区間の話題ですが、後楽園∽ェ荷谷の比較的長い地上区間はもう少し触れてほしかったですし、東西線の橋梁にしても、荒川中川橋梁「私鉄日本一」が「地下」鉄の鉄橋というパラドックスぶりを遺憾なく発揮したことに言及が欲しかったです。
ちなみに荒川中川橋梁の見どころは、開通時はここが事実上の河口のため、橋梁区間が川幅に対してかなり長く取ってあることです。

地方鉄道関係の話題として、樽見鉄道と、交通政策基本法に関する両備CEOの論文が掲載されています。
樽見鉄道で気になったのは、1995~1996年に輸送人員がピークを迎えると言う比較的遅い時期まで乗客の伸びがあった路線なのに、そこから逆落としになった理由です。

明らかなのは通学輸送の減少で、1996年~2000年、2003年~2007年の減少が著しい理由は何か。通学輸送は基本的にモータリゼーションでは説明がつかないわけで、貨物輸送の廃止と並び、構造的な要因が推測されるということは、樽見鉄道固有の事情でもあり、一般的な取り組みでは対応できないものかもしれません。

両備の方は、他でも力説されている内容で新味は無いのですが、3セクは責任があいまい、だから民託、というのもどうなんでしょうね。利ザヤを乗せて委託する「民託」よりも、営利を目的としない「公営」で、雇用確保も合わせて行う、というほうが「公共」交通の経営として、皆様の税金を預かり、使う妥当性はあるかと思いますし、コスト+適正利潤の業務委託料商売を確立させることで民間交通事業者を再生させる、という「手品の種」にしか見えません。

公営はだらしない、というのであれば、そこは主権者がチェックできる部分であり、民間企業と違い、監査、監察も強権的に行える公営の方がガバナンスという意味ではガラス張りです。少なくとも非上場で財務データも自社サイトで開示していない会社よりは。

ちなみに、規制緩和であらぬ競争で不当廉売、安い賃金でよい人材が集まらないとはよくぞ言ったりですね。井笠の破綻時に、旧会社のベテラン従業員を初任給で雇用しようとして逃げられたら逆ギレして、業務妨害だなんだと「代表メッセージ」で公表、公開したのと同じ人の手による文章です。



「経済テツ」の底が見える記事

2014-03-02 16:51:00 | 書評
なんというか、どこから突っ込めばいいのやら、という感じです。
私のような素人のブログ記事と違い、商業誌の記者というプロの記事ですから、厳しくいきます。

3月2日付の東洋経済オンラインに掲載された「被災路線を突然移管、JR東が変心した理由  山田線を三陸鉄道に移管する方針転換」ですが、近年鉄道特集のヒットもあり、「経済テツ」なる社会派諸氏の評価も高い東洋経済ですが、これはいけません。

東洋経済本誌の2月22日号(2月17日発行)に掲載された記事のようですが、沿線自治体がJRでの復旧にこだわる理由は固定資産税という面が大きいことが明らかになっているのに、何ともぬるい分析です。


(陸中野田駅にて。列車は名物「こたつ列車」)

とにもかくにも頭を抱えるのが、震災時の「復興支援列車」を小本°{古間としていること。
それこそ「あまちゃん」にもエピソードとして挿入されている話ですが、震災5日後の3月16日に運転を再開したのは陸中野田°v慈間です。(それもあってドラマでも袖が浜*k三陸間で運転再開、としています)
だいたい、北リアス線南部は、まず3月20日に宮古%c老で復旧し、29日に小本まで復旧したのですが。


(ドラマで「復興支援列車」に地元の人たちが並走していたシーンのロケ地)

これを間違うというのも相当厳しい話ですが、「三陸鉄道の南北リアス線は、生活路線として通勤、通学に便利なように運行スケジュールが組まれている。山田線もそれと連動するようなダイヤを組めば、利用客の利便性が高まるはず。ところが、東北新幹線との接続駅である盛岡との連絡も考慮する必要があるため、三陸鉄道のダイヤに配慮した運行スケジュールが組みにくい。「三陸鉄道さんのように地域密着型の『マイレール意識』がある会社になかなかなりきれなかった」(JR東日本復興企画部担当部長)。」というくだりはどうか。

そもそも前段も含めて担当部長のコメントかどうか。コメントはカッコ内のマイレール意識に関するくだりだけで、あとは一連の流れに見せかけているのではないか。
つまり、山田線のダイヤを盛岡基準で考えている、という前段の部分を本当にJR側が持ち出したのか、という話です。


(山田(山)線宮古駅の時刻表。盛岡行きは最大6時間21分空いた4本しかありません)

山田(山)線が新幹線連絡として機能することはほとんどなく、106急行がその任に当たっていることは周知の事実です。JRの旅行商品でも106急行利用になっていたくらいです。
震災前の山田(海)線のダイヤを見ると、宮古で山田(山)線との連絡を最優先にしているとはいえない訳ですし、そもそも宮古と釜石が拠点で、三陸鉄道も山田線、釜石線も宮古や釜石を通す需要がどれだけあるのか。特に南北リアス線と山田(海)線方向に。


(盛岡駅前に入る106急行宮古・船越行き)

前段は記者の作文でしょう。もし前段も担当部長の発言だとすると、逆に「盛岡連絡は106急行でしょ」と突っ込まないと鉄道、交通関係を担当する記者として取材力が問われます。

今回オンライン版に掲載されたということは、2月の本誌掲載から誰も突っ込まなかったのか。
経済誌の読者はこんなネタなど目を通さない、という厳しい現実であり、同時にデスクが誰もこの手の知識(震災復興&106急行)が無いという情けない現実です。



ジャーナル2014年3月号

2014-02-22 23:33:00 | 書評
さて3月号は「車両製造工場を見る」です。
ある意味地味なテーマですが、2011年12月号以来2年ちょっとというサイクルは短く、前月の北陸新幹線特集や、ちょっと前の線路切り替えに関する記事もそうですが、技術系の話題を重視することで差別化を図っているのかも知れません。

冒頭は「あけぼの」のグラビアになっているのは「時事ネタ」だから仕方がないでしょうね。
3月の「最終列車」の切符が瞬殺だったとか、ネットオークションに信じられない額で転売されているとか、「葬式鉄」の話題に事欠きませんが、日常利用者にとっては廃止が本決まりになった瞬間に事実上使えなくなるんですよね。「日本海」廃止の際も、とある取引先の北陸や東北の事業所を回っている人から、切符が取れなくなってしまい、1ヶ月早く(不便になる)改正を先取りですよ、と苦笑交じりのぼやきを聞いています。

「名だたる寝台特急とは違った歩み」とありますが、最期の瞬間まで「実用」に耐える列車であり、新幹線や航空機で代替が効かない、廃止による交通不便が発生するという意味でも「違った歩み」と言えます。

さて特集ですが、日立笠戸、仏アルストム、総合車両製作所(旧東急車両)が今回の柱です。それと甲種輸送の話題も少々。
前2社は重電メーカーの車両製作部門という共通項があるわけですが、そこまで狙ったのか。

日立笠戸の記事の冒頭で写真撮影に関する「お約束」が書かれていましたが、事業所勤務の経験があれば当たり前の話です。そう言う意味では会社公認のアングルでの写真とはいえ、加工や溶接の作業が見える写真は微妙ですね(苦笑)レイアウトもノウハウですから。

「車両」ということでは同じ種類に見える自動車と鉄道車両は、その製造現場のスタイルが全く異なっていましたが、装置産業として、工業製品としての鉄道車両製造を志向したという部分はある意味エャbクメイキングでしょう。隙間を塞いだり目隠しするのではなく、デザインとしたA-Trainの手法も、工業製品としての製造工程への変革として見れば得心がいくもので、デザインに関してはうるさく、かつ保守的な阪急が採用したということは、コストと仕上がりの両面で、保守的な発想を吹き飛ばすメリットがあったわけです。

英国での受注に関しても、艤装は英国の産業、雇用対策で現地で行うものの、構体製造までは笠戸で実施とありますが、ある意味理想の契約というか、我が国の「ものづくり」において、日本の「マザー工場」が機能すると言うビジネスモデルが確立しつつあるということが一番の収穫かもしれません。

仏アルストムの方は、フランス流のものづくり、というところでしょうが、「安全通路」に驚いているようじゃ取材者が製造現場をきちんとレメ[トできるかどうか。工場見学者が安全靴まで着用というのは日本より厳重ですが。

日立笠戸と比べると、部材の置き方、動かし方が、天井クレーンと「ウマ」に頼っている感じが強く、カンバン方式による部品の置場も、日本なら工程管理の段階で必要な部品類が払いだされ、ラインにそもそも在庫を置かないでしょう。日立笠戸の写真には部品棚は見えませんし。

余談ですがP51の写真のキャプション、「無数で管理を徹底」は「無線」の誤りでしょう。そして本当はバーコードか何かでの受払管理のはずです。そして部品をケース単位で管理、交換(購買?)しているというのは合理的に見えますが、その瞬間に在庫ゼロになり、次の瞬間から在庫過多になるリスクがあるかと...

そんなこんなで日立笠戸と比較すると必ずしも優れているとはいえないのに、世界のトップメーカーか否かという比較をすれば、内製化比率が高い、つまり利益率が高い事が大きいようです。
このあたりの比較分析が出来ないのが趣味誌の限界というか、経済誌の鉄道特集に人気が流れる原因でしょう。

技術系の特集つながりなのか、最後にPMSMの記事があり、文系の私には眠くなる代物ですが(爆)、メンテナンスに関する部分は粉塵系の作業環境の問題(環境/衛生)での効果が大きい事が分かります。そしていいことづくめのように見えて、結局はレアアース問題にも絡むという難しさも。

特集以外ではダイヤ研究が阪急神戸線。シンプルで使い易いダイヤですが、種別の「ややこしさ」はどうでしょうね。日常利用だと無問題とはいえ、特急+塚口→通勤特急+六甲→快速急行、急行+武庫之荘→通勤急行、という律儀な使い分けは過剰な気もしますが、京阪でも守口市を通過する朝ラッシュ時の種別を「通勤」として区分したように、種別で判る、という割り切りでしょう。

ただ、中長期的な利用者減少傾向が今のダイヤを可能にしているわけで、夕ラッシュが12分に4本だったのが10分に3本となっているのもその証左でしょう。余談ですが、園田、神崎川、中津の梅田方面が三宮方面より本数が多い、という逆転現象が発生しています。(梅田方面は通勤急行が無く普通のみのため)

そして出雲関係で出雲大社と美保神社の両参りのミニルメAそして続く一畑電車の記事は読み応えあり。変化点や特徴にャCントを絞った描写が分かりやすいです。

新連載の「幻の鉄路をたどる」は五新線から。専用道バスが絶滅寸前という現実には寂しさを感じますが、R168経由に対するアドバンテージが少なく、かつ集落は道路側に多いという現実がそうさせているのでしょう。

ちなみに城戸から先の未成線区間についてですが、「萌の朱雀」もいいですが、本誌の記事である以上、1988年2月号掲載の、創刊20周年・250号記念カメラルモナ特選に輝いた根岸浩一氏の「奈良県西吉野山中に幻のループ線が『あったァー!!』」を無視するのはいかがなものか。
この作品では阪本にある天辻トンネル南側の坑口に言及していない、という問題はありますが、北側坑口の謎解きとしては優れており、ループ線に言及するのであればこの作品は無視できません。

あと、阪本以南では2011年の水害被害も甚大でしたが、旧大塔村区間では2004年の地滑り災害がその瞬間が映像に残っていたことでも有名ですし、復旧まで約4年を要しています。

他にもいくつか論じたい箇所はありますが、月遅れでもありますし、このへんにしましょう。


ジャーナル2014年2月号

2014-02-22 14:22:00 | 書評
バタバタしていて溜まりに溜まってしまいました(汗)
まずは2月号。2013年12月発行ですから2月遅れです...

特集は2014年度(2015年春)の開業を控えた北陸新幹線。
試験運転も始まったように、設備はほぼ完成を見ており、その観察と3月改正で先行投入されるE7系、そしてLRTなどの軌道系の話題、目玉が多い沿線都市という構成です。

まずは試験運転の開始が1年以上前から、という理由に言及しているのは基本ですが手抜かりなし。
雪対策という理由も見えますが、関東甲信ではおそらく「14(26)豪雪」と言われるであろう大雪になった今シーズン、北信越や北陸ではどうなんでしょうか。貴重な知見を積み上げていればいいのですが。

ちなみに一気のロングラン開業だからという理由ですが、30年以上前とはいえ東北新幹線(大宮$キ岡)、上越新幹線(大宮$V潟)という先例では、一部区間での試験運転は2年以上前から実施していたものの、全区間に近い区間での試運転はそこまで前唐オではありませんでした。

まずは新規開業区間ですが、難工事となった飯山トンネルはほくほく線の鍋立山トンネルと同じ劣悪な環境だったそうです。そうしてみると、このあたりの山地は相当厄介で、西端になる信越線の妙高高原♀ヨ山間の白田切川では1978年に大規模な地滑りで長期不通に追い込まれましたし、東端では飯山線のトンネル変形があり、信濃川の右岸でもR253八箇峠トンネルでのガス爆発事故があるなど、厳しい歴史があります。

積雪事情に応じた4種類の高架橋の話も目新しく、最近の記事は土木系、技術系にかなり傾注した印象を受けるのですが、編集スタッフにその手の人が入ったのか、それとも機構などとのパイプが出来たのか。

あとは富山、高岡の軌道系交通。というとメ[トラムと万葉線、と思いきや、かなりシビアな話題が中心です。特に「あいの風」の経営問題で、貨物とのコスト分担において車両キロを基準にしたことで、長大編成が多い貨物の負担を多めにした(=並行在来線会社の負担軽減)というスキームが、旅客列車の設定に慎重に働くという問題点はもう少し掘り下げたいところ。

負担を嫌えば「あいの風」は増発どころか増結もしないわけで、貨物も輸送力を極小化する可能性もあるわけで、公共交通シフトどころか「大人の事情」で需要を切り捨てる方向に働きます。
相似形として地鉄が東急車を導入したのはラッシュ時の2連化が目的とあるわけで、地鉄の運賃水準への言及もそうですが、クルマ社会での公共交通のあり方を考える上で、そもそもの部分に何か問題があるのでは、と言わざるを得ません。

その意味では新高岡アクセスがバスになったのも残念で、特急が原則走らなくなる「あいの風」と城端・氷見線の平面交差をなぜ嫌うのか。高岡駅構内の仕立ても平面交差を阻んでいるという話もありますが、輸送形態が激変するのですから、「まず実行する」という目的のもとで白紙で考えないといけません。

あとは富山市内の「お馴染みの」話題ですが、確かに軌道系交通の強化の効果は仰せの通り、ですが、コンパクトシティの推進と合わせて考えると、都心の地価が高止まりで、都心部のマンション建設も順調、ということは、固定資産税や都市計画税の税収を考える行政にとってはウェルカムでも、住宅取得を考える住民にとってはどうか。取得コストの上昇や、物件の質の低下が不可避であり、「広い家が持てる」という地方の最後のメリットが失われているのではないか。

国鉄型車両の記事はまあともかくとして、北陸鉄道の紹介は華やかなりし日の話題も交えてのもの。
ただ昔日の姿、とはいえ北陸線沿線の中小私鉄が戦時統合しただけともいえるわけで、今の金沢都市圏の浅野川、石川両線に落ち着いて初めて一体感が確立したとも言えます。

金沢と野町の連絡は悩ましいですが、バス交通を選択した行政の姿勢を批判する人は、では軌道系交通の導入はどうしたらいいのかというテーマに十分応えていない訳で、都心部の道路を削減するにしても、金沢都市圏は北鉄沿線だけではない訳ですし、各地への高速バスもあるなかで、道路交通を維持しない選択肢はありません。

そもそもHRTとしての輸送規模を維持している北鉄の都心乗り入れでLRTを持ち出すということは、輸送力不足をどうするのか、という課題を無視しているわけで(増発では特定の時間をピンャCントで狙うピーク時の集中に対応しきれないし、運行コストの問題がある)、長野のように地下線での都心アクセスまで踏み切れないのであれば、バスの活用を工夫するほうが現実的です。

特集以外では「失われた鉄路の記憶」の倉吉線。
市街地から外れた山陰線と倉吉市街地を結ぶために建設された路線ですが、最後まで混合列車が走り、しかし終点までは混合列車が走らず線内で乗り換えになるという当時でも首を傾げるような運行形態でした。

平成の大合併で、線路跡が残る関金町を、観光資源発掘に熱心な倉吉市が合併したことで廃線跡巡りツアーが誕生したくだりは興味深いですが、沿線の関金温泉は7年くらい前に訪れた際にすでに斜陽ぶりが際立っていただけに、こうした沿線の「宝」を再発掘する動きは注目です。


第三セクター鉄道の「その後」は北条鉄道。
地味な鉄道ですが、1985年の転換からおおむね横ばい、という利用者数は、ある意味すごい実績であり、他の第三セクターなど地方鉄道の惨状を考えると、大健闘、いや、大勝利と言っていいかもしれません。

加古川線粟生が起点ですが、加古川線の毎時1本の列車が粟生で交換するため、神鉄、北条鉄道もそれに合わせて粟生に集まることで、全方向の接続が実現できている、ある意味単線鉄道のジャンクションとしては理想の形態です。

さらに市街地北端の北条BSには中国道高速バスが発着して利用も多く、平坦な播州平野の北東部に位置する街での公共交通の定着という意味では「奇跡」ともいえる環境です。

掘り下げ不足なのは2012年に極端に低かった給与水準を引き上げてモチベーションを高めた、という部分。
これは2009年に発覚した取締役の給与水増し問題の関係でしょう。経理担当の取締役が業務報酬を水増ししていた、という話ですが、取締役が兼務していた経理業務での時給が草刈りのバイトより安く(取締役としての報酬はゼロ)、しかも労働時間は法定労働時間に抵触しかねない水準だった、という状況が見えていただけに、結局「極端に低かった給与水準」というくだりを見るに、不祥事は悪だが、経営に問題があったということでしょう。

小品ながら味わいがあったのが台湾の「藍皮車」。
旧型客車ですが、その多くが日本製ということもあり、日本のそれと瓜二つです。
P123の写真を見ると、諸元や検査周期の記載は日本流でもあり、日本統治時代から受け継がれているものがあることを示しています。

最後は駅舎見聞録。木次線の亀嵩駅というと有名過ぎる、という感じですが、蕎麦屋駅としての開店から40年以上とあり、すっかり老舗です。私がここで食べたのも四半世紀以上前になってしまいました。
その訪問時、駅舎を改造した蕎麦屋として名高い反面、駅前には本業としての?「お店」があったわけで、今はどうなってるか不詳ですが、まあ数ある紀行が絶対に触れない部分です。