さて月遅れが定着したジャーナル5月号の書評です(爆)
特集は「未来を拓いたJR第一世代車両」、ちょうど5年前、2009年5月号の「三代の特急車両」と被る特集にも見えますが、被るのは253系だけ。500系に209系、221系に加え、そう言えばこれもそうでした、という783系も扱っています。
500系「こだま」はけっこうな頻度で取り上げられており食傷気味ですが、お子様向け企画の話と指定席間での格差解消のために2&2シート化された話が新味。新幹線を使って帰省するときは三原まで「こだま」利用が専らですが、500系の6号車の旧グリーン車シートを愛用しています。

(500系「こだま」の6号車指定席)
最速ダイヤ当時の思い出がちりばめられていますが、東京#資ス間4時間49分というのは、現行ダイヤでの64Aが新神戸、品川停車で4時間50分ですから正味は今より遅いとはいえ、500系の「記録」であり「記憶」である部分です。その数字に迫る4時間43分で山陽区間だけを走り切るという現状は寂しいですが。
そして長野電鉄に転じた253系。NEX時代との対比がメインですが、リクライニングシートが残るクハといいながら写真が無いのは減点です。その末尾に5年前の特集よろしく651系、251系、255系の解説がついています。ただ、255系を汎用車と評していますが、ホームライナーでE257系と乗り比べると一目瞭然で、「作りがしっかりしている」わけで、E257系やE653系の「軽さ」がありません。その意味では最後の「特急型」と言えるのかもしれません。
209系と221系の特集は東西の通勤(近郊)型ですが、221系が「JR」になって変わった、というのを日常利用のステージにおいて具現化した車両なのに記事が薄いのは残念です。一方の209系は京浜東北線時代には「走ルンです」と揶揄されていたのに、房総に転じると思ったより使い勝手の良い車両に仕上がっています。ただ、半自動扱いが無く、3/4締切でお茶を濁されたのは残念です。特に総武本線、成田線方面の冬の朝はいったん4扉全部が開いた瞬間にひどい事になりますから。

(3/4締切の例(茂原駅))
国鉄時代からの「引き継ぎ」で登場したのが「ハイパーサルーン」783系。787系などその後の「JR九州らしい」特急や観光列車の影に隠れていますが、この列車の登場は衝撃的でした。1扉が車両中央に鎮座し、1両を2室に割る発想。半車単位で区分できるコンセプトは、国鉄末期に3連特急が日常化した九州で必要なサービスを十分に提供するためでもあります。

(DL牽引で水前寺まで乗り入れていました(熊本駅))
1990年早春に九州全土を乗り歩いた際に、敢えて周遊券では乗れないグリーン車(の先頭座席)に乗ったり、速達型の「スーパー有明」に乗ったりしましたが、イヤホンジャックがあり、高速バスのようにオーディオサービスが普通車でも受けられたのが印象的でした。

(「かもめ」にて(鞫♂w))
特集以外は手短に。
釜石線の「SL銀河」は、客車がキハ141ということで、なんちゃって気味の編成ではありますが、往年のように機関車に負荷をかけるばかりが能で無いわけで、DLやELの補機で見た目を悪くすることもなく仙人峠の勾配区間をクリアするという意味では「コロンブスの卵」的なクリーンヒットです。
ただ気になるのはSLとキハ141の「協調」で、このあたりを解説してほしかったです。まさかC58と総括制御は出来ないでしょうが、機械式DCのように汽笛か何かでタイミングを取っているのか。
3月号以来の「幻の鉄路をたどる」の2回目は呼子線。筑肥線の改良として「開通」している区間もあり、未成区間もかなり新しい時期の工事であり、近代的な「遺構」です。ただ、元々あまり期待されていないばかりか、終点の呼子駅のロケーションもいま一つで、それでも昭和50年代まで建設が進められたのもどうか、という微妙感が伝わっています。
最後は事故、トラブル関係の記事について。ある意味今号の書評の柱です。
まずは2月の大雪の日に起きた東急東横線の追突事故。共同通信による事故当時の写真などが入り、状況がよく分かります。改めて写真を見て背筋が凍るわけで、7号車の連結面の車室が完全に「潰れて」いて、ドアの横に8号車の連結面が接しているのを見ると、ここに乗っていた乗客は、もし満員だったら、と思います。
耐雪ブレーキの取り扱いについての解説はなるほど、と思いますし、降雪観測の不備は私も指摘している通りで、降雨量の観測に比べて疎に過ぎます。東京大手町のデータで事故発生の0時頃は毎時約10cmの積雪となっており、積もる時は短時間で豪雪地並みの規模、という「東京の大雪」の特徴が原因と言えます。
惜しむらくは運転上の取り扱いはさておき、「除雪」による対応に言及がない事でしょう。その前週の大雪では京成線が除雪不能に陥って麻痺しましたが、「除雪」「排雪」での対応の有効性を検証してほしいものです。
もう一つは正月の有楽町火災での新幹線の不通と11月の品川駅線路切り替えに伴う「運休」。
計画運休にしてしまえば「輸送障害」の統計に計上されない、というトリックには、合理的理由もあるとはいえ、概ねモラルハザード側に働く事は火を見るより明らかでしょう。
それにしてもこの2題噺は、私のブログのネタをパクッたのか、というような内容でもあるわけで、問題点や解決策に至るまで「どこかで見たような」内容でした。
まあ「専門情報誌」がようやく取り上げるというのも情けない話ですが、掲載したらしたで会社派、もとい、社会派諸氏から、「現場を分かっていない」という類の記事の批判、会社擁護が湧きおこるのですから始末に負えません。
記事のタイトルは「揺らいでいる鉄道輸送の信頼性を取り戻すために」ですが、公共インフラとしての鉄道が本来あるべき輸送維持への努力はどうあるべきか。社会派諸氏が考えているレベルでは、電気やガスなど「私企業」が担っている供給維持の努力と比べるだけ虚しい話です。
「鉄道は誰のものか」というコラムが数ページ後に掲載されており、川崎駅での工事車両と京浜東北線回送電車の脱線事故の復旧について触れていましたが、ネットの動画で生中継していて注目を集めた、現場の人たちへの賛辞が相次いだ、とありますが、まさにそれが社会派諸氏の甘さとシンクロしている部分でしょう。
輸送を維持するのが仕事です。復旧するのは当たり前以前の段階です。なんで維持できない状態になったのか。不可抗力でもなければ原因を厳しく問うのがプロに対する評価です。それが現場知らずと批判されるようでは先行きが心配ですが、それが今の社会の風潮であれば、少なくとも「信頼性が揺らぐ」ことは無い、という逆説的な結論になります。
本誌にしても、2011年まで掲載されていた鈴木文彦氏の「私の取材メモ」がいつの間にか消えたように、「辛口」とも言えない当たり前の疑問、批評すら何時しか満足に掲載されなくなる時代です。もちろん取材にかかわる「大人の事情」はあるのでしょうが、経済誌がパブリシティ記事やヨイショ記事を掲載する反面、辛辣な批判記事を「取材を申し込んだが断られた」というコメント入りで掲載するような「気骨」もないわけで、半世紀近く刊行を続けながら、「専門情報誌」として批評も鋭い、と業界から一目置かれるだけの地位も築けていない悲しい現実が見て取れます。
特集は「未来を拓いたJR第一世代車両」、ちょうど5年前、2009年5月号の「三代の特急車両」と被る特集にも見えますが、被るのは253系だけ。500系に209系、221系に加え、そう言えばこれもそうでした、という783系も扱っています。
500系「こだま」はけっこうな頻度で取り上げられており食傷気味ですが、お子様向け企画の話と指定席間での格差解消のために2&2シート化された話が新味。新幹線を使って帰省するときは三原まで「こだま」利用が専らですが、500系の6号車の旧グリーン車シートを愛用しています。

(500系「こだま」の6号車指定席)
最速ダイヤ当時の思い出がちりばめられていますが、東京#資ス間4時間49分というのは、現行ダイヤでの64Aが新神戸、品川停車で4時間50分ですから正味は今より遅いとはいえ、500系の「記録」であり「記憶」である部分です。その数字に迫る4時間43分で山陽区間だけを走り切るという現状は寂しいですが。
そして長野電鉄に転じた253系。NEX時代との対比がメインですが、リクライニングシートが残るクハといいながら写真が無いのは減点です。その末尾に5年前の特集よろしく651系、251系、255系の解説がついています。ただ、255系を汎用車と評していますが、ホームライナーでE257系と乗り比べると一目瞭然で、「作りがしっかりしている」わけで、E257系やE653系の「軽さ」がありません。その意味では最後の「特急型」と言えるのかもしれません。
209系と221系の特集は東西の通勤(近郊)型ですが、221系が「JR」になって変わった、というのを日常利用のステージにおいて具現化した車両なのに記事が薄いのは残念です。一方の209系は京浜東北線時代には「走ルンです」と揶揄されていたのに、房総に転じると思ったより使い勝手の良い車両に仕上がっています。ただ、半自動扱いが無く、3/4締切でお茶を濁されたのは残念です。特に総武本線、成田線方面の冬の朝はいったん4扉全部が開いた瞬間にひどい事になりますから。

(3/4締切の例(茂原駅))
国鉄時代からの「引き継ぎ」で登場したのが「ハイパーサルーン」783系。787系などその後の「JR九州らしい」特急や観光列車の影に隠れていますが、この列車の登場は衝撃的でした。1扉が車両中央に鎮座し、1両を2室に割る発想。半車単位で区分できるコンセプトは、国鉄末期に3連特急が日常化した九州で必要なサービスを十分に提供するためでもあります。

(DL牽引で水前寺まで乗り入れていました(熊本駅))
1990年早春に九州全土を乗り歩いた際に、敢えて周遊券では乗れないグリーン車(の先頭座席)に乗ったり、速達型の「スーパー有明」に乗ったりしましたが、イヤホンジャックがあり、高速バスのようにオーディオサービスが普通車でも受けられたのが印象的でした。

(「かもめ」にて(鞫♂w))
特集以外は手短に。
釜石線の「SL銀河」は、客車がキハ141ということで、なんちゃって気味の編成ではありますが、往年のように機関車に負荷をかけるばかりが能で無いわけで、DLやELの補機で見た目を悪くすることもなく仙人峠の勾配区間をクリアするという意味では「コロンブスの卵」的なクリーンヒットです。
ただ気になるのはSLとキハ141の「協調」で、このあたりを解説してほしかったです。まさかC58と総括制御は出来ないでしょうが、機械式DCのように汽笛か何かでタイミングを取っているのか。
3月号以来の「幻の鉄路をたどる」の2回目は呼子線。筑肥線の改良として「開通」している区間もあり、未成区間もかなり新しい時期の工事であり、近代的な「遺構」です。ただ、元々あまり期待されていないばかりか、終点の呼子駅のロケーションもいま一つで、それでも昭和50年代まで建設が進められたのもどうか、という微妙感が伝わっています。
最後は事故、トラブル関係の記事について。ある意味今号の書評の柱です。
まずは2月の大雪の日に起きた東急東横線の追突事故。共同通信による事故当時の写真などが入り、状況がよく分かります。改めて写真を見て背筋が凍るわけで、7号車の連結面の車室が完全に「潰れて」いて、ドアの横に8号車の連結面が接しているのを見ると、ここに乗っていた乗客は、もし満員だったら、と思います。
耐雪ブレーキの取り扱いについての解説はなるほど、と思いますし、降雪観測の不備は私も指摘している通りで、降雨量の観測に比べて疎に過ぎます。東京大手町のデータで事故発生の0時頃は毎時約10cmの積雪となっており、積もる時は短時間で豪雪地並みの規模、という「東京の大雪」の特徴が原因と言えます。
惜しむらくは運転上の取り扱いはさておき、「除雪」による対応に言及がない事でしょう。その前週の大雪では京成線が除雪不能に陥って麻痺しましたが、「除雪」「排雪」での対応の有効性を検証してほしいものです。
もう一つは正月の有楽町火災での新幹線の不通と11月の品川駅線路切り替えに伴う「運休」。
計画運休にしてしまえば「輸送障害」の統計に計上されない、というトリックには、合理的理由もあるとはいえ、概ねモラルハザード側に働く事は火を見るより明らかでしょう。
それにしてもこの2題噺は、私のブログのネタをパクッたのか、というような内容でもあるわけで、問題点や解決策に至るまで「どこかで見たような」内容でした。
まあ「専門情報誌」がようやく取り上げるというのも情けない話ですが、掲載したらしたで会社派、もとい、社会派諸氏から、「現場を分かっていない」という類の記事の批判、会社擁護が湧きおこるのですから始末に負えません。
記事のタイトルは「揺らいでいる鉄道輸送の信頼性を取り戻すために」ですが、公共インフラとしての鉄道が本来あるべき輸送維持への努力はどうあるべきか。社会派諸氏が考えているレベルでは、電気やガスなど「私企業」が担っている供給維持の努力と比べるだけ虚しい話です。
「鉄道は誰のものか」というコラムが数ページ後に掲載されており、川崎駅での工事車両と京浜東北線回送電車の脱線事故の復旧について触れていましたが、ネットの動画で生中継していて注目を集めた、現場の人たちへの賛辞が相次いだ、とありますが、まさにそれが社会派諸氏の甘さとシンクロしている部分でしょう。
輸送を維持するのが仕事です。復旧するのは当たり前以前の段階です。なんで維持できない状態になったのか。不可抗力でもなければ原因を厳しく問うのがプロに対する評価です。それが現場知らずと批判されるようでは先行きが心配ですが、それが今の社会の風潮であれば、少なくとも「信頼性が揺らぐ」ことは無い、という逆説的な結論になります。
本誌にしても、2011年まで掲載されていた鈴木文彦氏の「私の取材メモ」がいつの間にか消えたように、「辛口」とも言えない当たり前の疑問、批評すら何時しか満足に掲載されなくなる時代です。もちろん取材にかかわる「大人の事情」はあるのでしょうが、経済誌がパブリシティ記事やヨイショ記事を掲載する反面、辛辣な批判記事を「取材を申し込んだが断られた」というコメント入りで掲載するような「気骨」もないわけで、半世紀近く刊行を続けながら、「専門情報誌」として批評も鋭い、と業界から一目置かれるだけの地位も築けていない悲しい現実が見て取れます。