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Straphangers’ Room2022

旧Straphangers' Eyeや習志野原の掲示板の管理人の書きなぐりです

論点や論獅フ話

2015-02-11 17:48:00 | 書評
とある人から御注進があってようやく気が付いたのですが、拙サイトの記事の論獅フ大半を含む内容の記事が、メディアでも引用されるようなそれなりに有名なサイトに掲載されていたそうです。

まあ掲載されたのが2014年2月9日ですからちょうど1年経つわけですが、にもかかわらず今まで気が付かなかったのですから、今回掲載したサイトの方も大したことがない、と言えるのかもしれませんし、拙サイトの記事も約8年半も前のアップですから、当の本人もうろ覚えなので、大騒ぎをするようなものではないでしょう。

まあ現地の状況は誰が見ても一緒ですから誰が書いても一緒とはいえ、問題点として指摘している内容が押し並べて一緒とか、取り上げたテーマの代替案として提示したものが出てくるとか、まあ現地を見たらそれくらいは思いつくんだ、という「偶然」なんでしょうね(棒)、と言っておきましょう。それ以上は言いませんし求めませんから(笑)





そういう対応ですか...

2014-12-24 00:49:00 | 書評
11月6日に亡くなられた種村直樹氏について、鉄道各誌はジャーナルが編集後記の半分に鶴編集部員の囲み記事を掲載しただけ、と書きましたが、あれから1ヶ月が経ち、締切の制約もない2月号でどう扱ったかを遅ればせながら見てみました。

そして、結論を言ってしまいましょう。各誌全く黙殺です。いくらなんでも、という扱いですが、それにも増して酷いのはジャーナルです。編集部として、社として何か対応するのか、往年の記事でもリバイバルとして掲載するのか、と思いきや、何も無しです。

強いて言えば巻頭の芦原伸氏のコラムで、吾妻線の話題のほぼ大半を同線を巡る種村氏の思い出に割いているのですが、芦原氏は今は「ライバル」の旅と鉄道の編集長です。そういう意味では外部の人のコラムであり、ジャーナルは「公式」な対応を取らなかったということになります。

この現実に対し、言うべきこと、言いたいことはいくらでもありますが、ここに至っては言うだけ無駄、虚しさすら感じます。

「私」の追悼を掲載するくらいなら

2014-12-01 00:44:00 | 書評
11月6日に亡くなられた種村直樹氏の訃報は、締切日の関係と信じたいですが掲載がありませんでした。
さすがにRJは編集後記のコーナーに差し込んでいますが、編集長名義の文章ではなく、編集部の鶴氏の「種村さんの思い出」という囲み記事というのもどうでしょうか。

1972年から2007年までのお付き合い、といみじくも書いているのですから、1967年創刊の同誌を初期から支えてきたといえるわけで、囲み記事が間に合うのであれば、まずは社として、編集部としての追悼を短くてもいいから記し、2月号で大きく扱う、というのが普通でしょうに。

これなら言い訳がましいと言われても「締切が間に合いませんでした」と今月は言及しない方がマシだったかもしれませんね。「私」を掲載して「公」をしないくらいなら。

種村直樹氏を悼む

2014-11-13 01:09:00 | 書評
週明けから出張に出ていたのですが、休日移動となった日曜日、往路の新幹線の車中で、種村直樹氏の訃報を知りました。
新幹線の通路ドア上のスクロールで流れたニュースに驚きましたが、いろいろとネットで情報を探すと、ここ数年は病床にあったとのことでした。普段は迷わず空路となる出張ですが、日曜日日中の移動なので気分を変えて久しぶりに鉄道にした際での出来事に、何か奇遇というか、運命的なものすら感じます。


(新幹線の車中にて)

訃報記事を読むと78歳とのことですが、私から見てまさに親の世代であり、親世代の人々がここ数年相次いでこの世を去っている現実に接している中での訃報には寂しさが募ります。

さて、「レイルウェイ・ライター」としての種村氏とその著作は、子供の頃から後年に至るまで、私にとってはバイブルでした。
その代表が、私あたりの世代の「鉄」だと誰もがお世話になったであろう「鉄道旅行術」。手元にあるのは改訂4版で、初版から1年程度という初期の段階で手にした世代ですが、今のように鉄道に限らず旅行一般についての情報が乏しい当時、鉄道の情報よりも「旅行一般」の情報源として相当後年まで重宝しました。


「鉄道旅行術」交通公社のガイドシリーズ
初版1977年5月。これは改訂4版1978年11月 ちなみに定価680円

もう一冊、中公新書からの「時刻表の旅」、これも無賃送還などの異常時対応について紙幅を割いていますが、これにもお世話になったわけで、拙サイトでも記事にした2005年の羽越線事故に伴う取扱いの体験において、本書の記憶が大いに役に立っています。


「時刻表の旅」中公新書
初版1979年8月 これは6版1980年11月 ちなみに定価380円

晩年、クモ膜下出血で唐黷トからは文章にキレもなくなり、鉄道ジャーナルでの連載も「切られて」、フェードアウトした格好になったのは残念でした。小浜線電化開業の当日、混み合う小浜線の電車内で覚束ない足取りで先頭部に立っていた種村氏を見かけたことがありますが、当時、私の親の様子を思い浮かべて、大病をしたことでここまで老いたのか、と気の毒に思ったことを覚えています。

一方で、私自身は種村氏の著書も大概購入していた読者でありながら手紙を送ったり旅行に参加することはなかったわけで、2回ほど集団旅行の一行とニアミスしたのがあるくらいです。その意味では、私自身精力的に「乗り鉄」をしていた時期があったにもかかわらず、1回も出会ったことは無いのが不思議なくらいで、上記の通り晩年の「取材」を遠巻きに見たくらいです。

さて種村氏というと、晩年の記事しかしらないのでしょうか、種村氏のことを悪し様に言う人や、独特の言い回しを茶化す人も少なくなかったわけですが、まさに木を見て森を見ずというか、業績と実力を知らぬがゆえに出来る「蛮勇」といえます。振り返ってみれば、今全盛期の種村氏レベルの文章が書けて、行動力があるライターはいるでしょうか。そして種村氏の場合、「全盛期」はそれこそ30代半ばの独立から60歳頃まで続いていたわけで、今まさにその年代をトレースしている自分の人生に照らし合わせると、仕事のジャンルは全く異なりますが、到底及ばないというのは言うまでもない話です。

そうそう、1970年代、30代半ばの時に新聞社を退職して独立したわけですが、それとて批判する人は鉄道ジャーナル者や国鉄のコネがあっての話、と矮小化しますが、あの時分に妻子あって独立するのは相当勇気がいる話であることも評価に加えるべきでしょう。もっとも、退職した毎日新聞社はそれから数年後に経営危機で第二会社方式による再建に踏み出したので、絶妙のタイミングかもしれません。

一方で「巨星墜つ」という印象を受けるのも、後進が育っていない、という厳しい現実がなせる業でしょう。
活字文化そのものの衰退という批判もあるでしょうが、ネットで発信するにしてもそこには「書き手」が必要です。そしてまがいなりも月刊の趣味誌が複数存在し、ムック本を中心に多くの書籍が毎週のように刊行されている中で、「売れっ子」「引っ張りだこ」のライターがいるでしょうか。

そこには「謦咳に接して」育ったといえるような後進がいない、言い換えれば、「弟子」を育てていないという厳しい評価も可能であり、特に一回りも二回りも違う若者を「取り巻き」にしていた種村氏が、中堅や新進気鋭、と言える弟子をどれだけ育てたのか。皆無とは言いませんが、「取り巻き」の数を思えばあまりにも少ないのです。

そういう意味では種村氏が独立にあたり自ら名乗った「レイルウェイ・ライター」という肩書きですが、二代目として襲名する、あるいは一般名詞として世に広まるにしても、種村氏の実績がベンチマークになるわけですが、この肩書きを名乗るにふさわしい実力や実績を持つ人がいるのかどうかと世に問えば、結局は種村氏固有の肩書きとしてお返しするしかないと言うのが衆目の一致するところでしょう。

そう、存命中は種村氏への遠慮もあるかもしれませんが、では誰もが使えるか、というと、それを名乗り得るレベルと誰もが認める人がいない、よしんばいるとしても「自称」の二文字が取れないのでは、という現実は厳として存在します。本来はちょっと無理があっても「精進して頑張ってや」というレベルであっても名乗れる肩書きなんでしょうが、空位どころか永久欠番もやむなし、というのが現実なのです。

最後に、種村氏の訃報を受けて「鉄道趣味(誌)界」はどう反応するのでしょうね。
事実上鉄道ジャーナルの専属に近い状態だっただけに、他誌は誌面での活躍が無いに等しいですし、逆に他誌と良好な関係を保っている大学鉄研や鉄道友の会と言った趣味団体との距離感が目立っただけに、どういった評価で蓋を覆うのでしょうか。
特に長年の関係を思えば礼を失しているのでは、とも思えた対応をしてしまった鉄道ジャーナルはどうするのか。11月8日に各紙が報じているようですが、1月号では速報程度としても、2月号でどう取り上げるのか。

趣味界もどうなんでしょうね。逆に種村氏の活動が、趣味団体を中心として築いてきたヒエラルヒーを崩したともいえるわけで、「長老」を中心に種村氏への批判は少なくありませんでしたが、閉鎖的になりやすい趣味というかそれこそ「オタク」の世界を、誰でも、どういう切り口でも楽しめる、という形で世に問うた功績を総括できるかによって、「趣味人」という属性の真価も問われるでしょう。





ジャーナル2014年6月号

2014-06-08 12:25:00 | 書評
相変わらずの月遅れ(以上)ですが、6月号です。

特集は3月大改正とニューフェイス、ということで、長野新幹線に先行投入されたE7系、そして320km運転が始まったE6系、「スワロー」サービスが柱です。
「あけぼの」の廃止がありますが、「葬式鉄」で埋め尽くされた様子をルモオても仕方がないし、「ご利用が...」という大義名分もない廃止ゆえ、見開きのエッセイもどきで誤魔化しています。

北陸新幹線の開業を来年に控えて、JREエリア限定とも言える地味な改正ですが、E7系の投入など結構華がある改正で、「お得感」があります。
ただルモフ方がどうでしょう、個人情報保護や企業秘密を盾ノとって取材制限が厳しく、実際に乗車した際の写真がほとんどないうえに、車内の描写も通り一遍と物足りません。「ジャーナル」を何乗る以上は、ルャ泣^ージュの基本を踏まえて欲しいのですが、これでは他誌との差別化が出せませんし、写真資料が豊富な他誌の方がマシということになります。

そういうわけでルヮゥ体は上記の不満点が大きく、それを除けば編集部メインの鶴氏ということでそつない描写ですが、掘りが浅いですね。やはり気になる「グランクラス」の利用状況とか、別の日に利用した、というのであれば利用実態をきちんと書くべきでしょう。もちろん暫定投入で判断は禁物ですが、E7系(W7系)で長野新幹線区間も含めて統一するのであれば、現時点である程度の利用が付かないと、グリーン車に重ねて連結する意味が問われます。

それと高山方面への団体に驚いていますが、クルマで移動するときでも中央道の渋滞を避けて上信越道の佐久か東部湯の丸からR254などで松本へ抜けることはャsュラーです。団体旅行の場合、便利なバスと都心側での定時性を両立させ、さらに料金が割安な区間を選んで「新幹線●●●号(グリーン車)にご乗車」とツアーの目玉にするケースも多いわけで、関西では岐阜羽島など、こうしたツアー御用達の区間があります。

「スワロー」のほうは取材の「ホスト」に遠慮している様子がありありというか、「まだ初日だから」というエクスキューズが効く取材ですね。値上げ、面唐ュさい、と散々な評価の結果が利用率になっていますが、是非フォローアップが欲しいですね。絶対にしないでしょうが。
それと字幕で「指定席 スワローサービス」と新しい幕が用意された、と書きながら、その字幕は185系の物で、651系の字幕写真に「スワローサービス」の文字が無いというのはどうでしょう。

さて、北陸、北海道と新幹線が話題になる中で登場したまさかの「四国新幹線」を、ホビートレイン、トロッコと絡めての予土線の記事は読ませました。「お遊び」に依存する格好になった予土線に公共交通の意義を問うべきとはいえ、高速交通からとことん見放されたエリアで集客を実現しているという意味では「明るい話題」であり、地域の観光政策と連動することで将来が開けてくるといえます。

後はパリのトラムの話題。「人や環境にやさしい」という上滑りな美辞麗句を並べるだけでは「ジャーナル」ではないですね。日本であれば3~4両のHRTの規模であり、設置されてるのも車道から路側帯、歩道まで確保したうえでゆったりとした芝生軌道が設置可能な空間です。

地図を見ればわかるように、要は通過流動を食い止める環状高速に並行して整備された空間です。放射方向のメトロや普通鉄道との相互連絡を目的としているようですが、日本でこの思想が可能かというと、外環道の整備すら満足にできない状況で、軌道空間まで確保した用地確保が出来るのか。
かなりの「ハコモノ」というか公共工事であり、それを「人や環境にやさしい」と評価できるのか。「コンクリートから人へ」と共通する思想を根底にもつ我が国のLRT推進派には無理でしょう。