goo blog サービス終了のお知らせ 

Straphangers’ Room2022

旧Straphangers' Eyeや習志野原の掲示板の管理人の書きなぐりです

全く物足りない「4時間の壁」特集

2019-05-24 01:05:00 | 書評
今月の鉄道ジャーナルの特集は「4時間の壁」ですが、それをネタにしたいすみの前社長のyahoo「個人」のほうがまだ出来が良いというのが率直なところです。

アクセスがあるから空路は実は時間ガー、というのは特に大都市側では居住地°`と新幹線駅の所要時間差が目立たたないとか、リムジンのほうが快適とか、航空を普段使いにしている側から見たら当然の話が前社長が示しているのにジャーナルの論者は触れることすらできない。これじゃ普段航空を使っているかも怪しいですし、それで「4時間の壁」を論じるのはいかがなものか。特にビジネスユースの思考には全くかすりもしていないわけで、「ャGマー」と日頃批判される論者が唯一言及しているのは何たる皮肉か。
まあ前社長も地方側でのアクセスタイムへの言及が欲しく、クルマで乗り付けるので、新幹線駅も空港も同条件なんですよ。

「4時間の壁」という概念は、特定の区間を念頭に置いたのではなく、概算での比較でしょう。空路の所要時間が概ね1時間半として、空港到着から搭乗まで、降機からアクセス乗車までのリードタイムがそれぞれ30分、都心側のアクセスタイムが小1時間、地方側は30分でざっくり4時間。新幹線駅が基準という大甘の比較で4時間なら互角じゃないか、という計算でしょう。

ですから空港が都心に近ければ鉄道は苦戦しますし、広島空港のように都心から離れていると4時間の壁ではなく4時間半、5時間の壁になるわけで、4時間程度の新幹線が優位というのも説明がつきます。
逆に函館の場合は4時間2分が3時間台になった、として、新幹線は新函館北斗からのアクセスがあり、空路は函館空港が市街地に近いという好条件があるので、4時間の壁を少々切っただけでは、という話になります。

ちなみに東阪間の場合は、羽田側のアクセスが30分、空路の所要が70分程度と4時間の壁に対して40~50分壁が手前になっています。
ここに自宅から空港直行と考えたら羽田までのアクセスは相殺されてしまい、壁は実に3時間弱になり、そりゃ2時間半を超える新幹線に対する一定のシェアを確保できるのも頷けます。

で、ジャーナルの記事で気になったのは、「4時間の壁というのに健闘している」と広島空港を論者が次々例示すること。
上記の通り広島空港は都心から離れていて、しかもリムジンだけ。信頼性という要素まで加わっていますし、3月と12月はぼったくる(ビジネスリピートで1万円近くUP)、という特殊要因もあるんですが、普段乗ってないから気が付きません。

数十年前の新幹線優位がその後の「広島西飛行場」時代でYSしか飛べない、時間はかかる、輸送力は小さいという特殊事情によるものということを示せない論者には頭を抱えるしかないですね。引用されているジャーナル伝説の特集「航空と航空機」の1980年1月号にその事情は書かれていたはずですが。もうすぐジェット化されるので情勢が変わる、って。

余談ですが、その当時を題材にした中島みゆきの「空港日誌」という曲があり、「もう一度呼び出す広島空港」「風が強くてYSは降りない」というフレーズがあるんですよ。まあ「今夜の乗客は9人」はひどいですが(苦笑)

あと、羽田″L島線の輸送力の誤認もひどいです。
確かにJALは738しか飛ばしておらず、ようやく今秋767を投入するのがニュースになるくらいですが、経営破綻を境に小型機で見かけの搭乗率を上げる戦法を多用するのがJALのいやらしいところです。
しかしANAはそんなセコいことはしていないわけで、2月3月ダイヤで10往復(ちなみにJALは8往復)中772が2往復、763が4往復、194席のA321が2往復で738は2往復だけです。4~6月ダイヤでは772が来なくなった代わりに788が5往復、763が1往復、A321が2往復、738が2往復と、輸送力の比較の前提が全然違います。

そして全員が無視しているのが岩国空港で、ANAだけですが738が4往復、A320が1往復の5往復がオンされます。広島と岩国がマルチエアメ[トというのを知らないんでしょうね。出張帰りに広島便を岩国便に、またその逆をしたことは何度もあります。だのに岩国空港が山口宇部空港と客層が被るような書きぶりでは話になりません。山口宇部空港は北九州空港のほうが被りますよ。ですから都合23往復が対広島の有効戦力です。

あと、分析がちょっと惜しかったのが羽田¥ッ内で、新潟で乗り換えになるのが大ハンデ、としていますが、その裏返しで、庄内側のニーズが航空に流れているという指摘が可能でした。4月からのダイヤで、それまで4往復とも738だったのが、羽田発最終、庄内発始発のナイトステイ対象が763に大型化されたんですよね。ちなみに別の論者は在来線との乗り継ぎで気分転換、といっているわけで、乗り換えの評価が正反対というのはどうなんでしょうね。





「ベビーカー記事」のその後を見る

2016-10-02 13:03:00 | 書評
「ベビーカー問題」についての東洋経済(ウェブ版)でのコメントを見ていると、批判者は筆者の真意を読み取っていない、というカウンターが目につきます。要は「お互い様」というスタンスなんだから何を目くじら立ててるの、ということでしょうが、これももっともらしい「反論」を通じて、本来等価でないものを対等にして叩くことを正当化しているわけです。

公共の場には様々な人が集まるわけですが、そこで重要視されていることはバリアフリーからユニバーサルデザインへと進化していますし、あの記事の筆者が17年前に書いた文章はまさにそれをテーマにしていたわけです。
バリアフリーとユニバーサルデザインの違いは、ハンディのある存在を「特別扱い」することではなく、どんな境遇の人でも当たり前に使えること、ということになりますが、そうなるとハンディのある存在に対する「配慮」ではなく、対等に接する、だから筆者の主張のほうに理がある、と早とちりしかねません。

そこまで短絡すると、行き過ぎた自己責任論と同じであり、ハンディによって「対応」への難易度には差があることを無視しています。あるいは同じ労力の「対応」だと健常者に対してどうしても迷惑をかける、となるわけで、「お互い様」を強調すると、人一倍の対応を要求するか、片務的になることによる負い目を感じさせることになります。

もちろん何の配慮も不要ということではなく、一般常識的な配慮は必要ですが、「お互い様」まで持っていくには困難ですから、そのハンディは社会が容認すべきであり、それを「迷惑」と指摘することがないようにする、という啓蒙こそが必要でしょう。にもかかわらず、「専門情報誌」がその視点ではなく、ハンディのある側に無い側と同等の結果になるような配慮を求める、という記事を掲載し、あまつさえ経済誌に転載したことが問題なのです。

余談ですが、こういう議論になるということは、「子育て」に対する評価が不当に低いということが挙げられます。
子供を作り育てることはその人の自由、という風潮が強く、ゆえに配慮の必要性を感じなくなっているわけですが、何度も言うようですが、生物として、種として、子供を産み育てることはある種の「義務」といえます。産み育てるのが負荷とみんなが感じたとして、極端な話として「絶滅」する自由はあるのか、という話に感じます。

社会保障にしても、我が国では年金制度が世代間の「仕送り」と擬制する賦課方式をとっているわけで、必ずしも拠出金と運用成果を受給されているわけではありません。ですから「自分たちは払っているから」と他人事のようには出来ないのです。
すなわち、下の世代が減れば減るほど自分たちの年金受給の原資となる拠出金の負担が厳しくなるのです。「仕送り」だけ受け取って、その負担増には無関心では困りますよね。そう、不快感を感じている泣き声や立ち居振る舞いの「元凶」である子供たちから「仕送り」を受けるのに、邪魔者扱いをして、子供を産み育てる意欲を削ぐというのは、恩を徒で返すような所業です。

ところで、今回の記事ですが、いつのまにか東洋経済(ウェブ版)に、「鉄道ジャーナル社の協力を得て、『鉄道ジャーナル』2016年11月号「電車はだれのもの ベビーカー論争に思う」(筆者:鍋倉紀子)の一部を抜粋して掲載します。」という表現が追加されています。確かに正確を期すという意味では「正しい」ですが、いったん編集部名で発信しておきながら、議論百出の「おおごと」になったとみるや、鍋倉氏の発信、とわざわざ書き直すというのはいかがなものか。

私は編集部名でこんな文章を出すとは、と批判しましたが、発表後に「あれは個人の記事」と言わんばかりの逃げを打つというのは、もっとやってはいけないことです。もしあの記事がャWティブな評判をとっていたとしたら、鍋倉氏の発信、と書いていたかどうか。おそらく何もせずに編集部の「手柄」にしていたのではないか。
チェック機能の欠如に加え、梯子外しまでするような編集部には呆れるしかありません。そしてもしこれが東洋経済側の独自判断だとしたら、東洋経済の編集部もライターを大事にしない、というトンデモ編集部と言わざるを得ません。





「専門情報誌」が容認する不寛容

2016-09-23 14:20:00 | 書評
先日発売された鉄道ジャーナル11月号に掲載されている「電車内の「ベビーカー問題」は解決できるのか」という記事が議論を呼んでいます。これがウェブ版東洋経済に転載されていることから世間の目に広まっていることも大きいのですが、一読して溜息しか出ない記事です。実は本誌のほうは筆者が鍋倉紀子氏と明記されており、一見の読者でもない限り、内容はまあ読む前から「お察し」であり、実際読むと「やっぱり」の難解で意味がない「鍋倉ャGム」なんですが、東洋経済のほうは「鉄道ジャーナル編集部」名になっており、転載に当たって同誌編集部が全責任を負うというスタンスだろうとは思いますが、同誌のオフィシャルな見解とウェブ版とはいえ東洋経済の読者にとられかねないのは、後述する内容からしても同誌の信用に関わりかねない問題を孕んでいます。

もちろん世間一般に、解禁されているはずの電車内へのベビーカー乗り入れを批判する人が少なくないのは事実ですが、サブタイトルに「迷惑な子連れと不寛容な乗客の無益な争い」とあるように、公平を装ってベビーカー側に非があるということを陰湿に論っているとしか言えない内容です。「鉄道の将来を考える専門情報誌」を謳う同誌が、編集部名義で著名な経済誌に「寄稿」する内容についてふさわしいかのチェックすらできないのか。まずはその一点につきます。

まず大前提として、子連れは「迷惑」なんですよ。客観的に見て。でも「公共交通」である以上、それを受け入れなければならない。物理的、精神的両面において利用を阻害することがあってはならない。今回の「記事」は、個人が個人サイトやSNSなどで主張して炎上する、あるいは共感を受ける分にはご自由に、となりますが、「鉄道の将来を考える専門情報誌」が掲載する内容か、という話です。
奇しくもネットのオピニオンサイトで、生活習慣病由来の人工透析患者は自己責任だとして公費補助を否定した記事が「炎上」していましたが、それと相似形です。まあ本誌のほうは著者名を出しており、毎度のユニークな評論としての「剣浴vと割り切ることは可能ですし、それをベースに批判するだけの話ですが、東洋経済への編集部名での「転載」となると、「剣浴vではなく「社会的に正しいか」を判断する義務が生じます。

今回の記事は、車椅子での利用に舌打ちするように等しい内容といえます。先日まで熱戦が繰り広げられてきたパラリンピックの報道で、前回の東京大会当時の障害者に対する意識の「低さ」、すなわち社会進出どころか事実上「隔離」されていた実態が解説されていましたが、半世紀を経てバリアフリー対応などの「理解」が浸透したことで、さすがに障害者を「迷惑」と公言する空気はありません。
一方でベビーカーはどうなのか。ユニバーサルデザインの対象であり、それが「迷惑」であっても社会で受け止める、という車椅子など障害者に対する対応と同等のレベルが社会的要請のはずですが、半世紀前の障害者に対するような感情を平然と公言できる状態です。

「迷惑と不寛容」と同等の対立にしている時点で終わっているのです。記事で例示されている「迷惑」にしても、「輸入物のかさばるベビーカーをずらりと並べて駅を闊歩するママ友軍団、あるいは、明らかに不要不急の、用事とは思えぬいでたちで座席を占拠し騒ぐ親子、そういう人々が少なからず存在するため、一般の乗客はベビーカーあるいは子連れそのものに不快な印象を抱かざるをえない。」とは、その悪意がにじみ出た修飾もそうですがバイアス云々というどころでない偏見です。

海外旅行の大きなトランク、旅行に行くでもないのに引きまわしているキャリーバッグ、ラッシュ時にハイキングに向かう老人集団、飲食で散らかしながら大声で騒ぐ中高年グループ、迷惑行為は数多ありますが、様々な属性で、子連れ、特にベビーカーは「迷惑行為」が突出しているという明確な基準がない限り、どの世代や属性でも一定の比率で存在する迷惑行為の域であり、殊更に子連れやベビーカーを指弾する正当性にはなりません。ちなみにベビーカーで乗り込む、子連れで乗り込むこと自体を「迷惑」とすることは、特定の属性の利用を排除するということが前提になりますので、それを「比率」にカウントすることは許されません。

しかしこの記事は、一定の比率でどの属性にも存在する迷惑行為を論うことで、ベビーカーや子連れの利用そのものを委縮させています。そこまでして下手に出て乗らないといけないものなのか。それが「公共交通」であるのなら、公共交通などくそくらえ、ですし、クルマを利用することは不当な干渉から身を守る行動として、自動車交通の整備に公費を投入すべし、と強く訴えるべきでしょう。実際、「目的地」たる各種施設においてそのような「不愉快」なことはありませんし、自動車交通との親和性も高いです。そしてそういう体験を通じて、公共交通とは不快なもの、通勤や通学で止む無く、嫌々乗るもの、ということがデフォルトになりかねません、いや、実際に今の若い世代では常識になりつつあるでしょうし、クルマが購入できない層が、肩身を狭くして利用しているといえます。

この記事の問題は、著者が「母親」ということです。しかもそんなに歳もいっていないはずです。
いわば「母親世代」がベビーカーや子連れに対する「無理解」を呈しているというのはどういうことか。個人攻撃はしたくないのですが、老人世代が今どきの楽な家事を皮肉って「私たちの頃は大変だったのに」と嫁いびりに精を出すのと同じ流れにしか見えません。母親世代であれば、何が大変で、どうあればよくなるのか、という実体験から来る視点でモノを語るのが正常な流れであり、それが「鉄道の将来を考える専門情報誌」でしょう。
このあたりは、不倫騒動で歪んでしまいましたが、国会議員の育休問題で、今話題の民進党代表が「いま一度言う」とまでいきり立って育休は不要、と批判していたのと似ていますね。女性の敵は女性になりかねないという点で。

ただ、この著者のこれまでの記事は、「難解な」文章で文明批評らしきものをちりばめるものが大半だったわけで、そういう意味では深く考えず、ベビーカーを巡る「対立」をテーマに、と依頼されて、いつもの文明批評をするうちに、社会は偽善である、とでも言わんばかりのこの結果になったのでしょう。
ちなみに同誌の2000年12月号は「公共交通とバリアフリー」をサブテーマにしており、鍋倉氏が「となりの京阪電車」という小文を寄稿しています。

「弱者が弱者であり続ける選択を」と題したり、「暗い性格の障害者もタチの悪い老人もいる。何も取り柄のない女子高校生もいる。頭の悪いコドモもいる。いわゆる負の存在とされる人々が、それでもいいと思って生きてゆけること。たった一駅分しか出かけるところを持たない人間が使いやすい駅であり列車であるということ。」と述べたのはどういう思いからか。
小文全体に流れているのは、ユニバーサルデザインそのものを感じましたが、それは嘘だったのか。あるいは自分が人の親となって、母親だけは除く、というような宗資ヨえをしたのか。

「子供は怒られても絶望しない」と言っていますが、物心がついてきたら、そしてベビーカーを降りて「子連れ」になったころには、怒られることを通じて実際にはいろいろなことを「学んで」いるんですよ。きちんと躾けていたから良い子に育って、という子供が不良化する。あるいはある日突然「爆発」する。何のことはない、親の感情を推し量って「良い子」を演じていただけなんですよ。公共交通で肩身の狭い思いをする、それが子供の精神的発達にどう影響するか。2016年3月号の「大湊線、冬」の記事で2歳のお子さんを抱いて津軽海峡を巡っていましたが、まだ実体験として語れない段階でしょう。

単なる趣味誌ではないとして1981年7月号から掲げている「専門情報誌」(当初は「社会派・情報・専門誌」)の看板を考えると、鍋倉氏の記事は、これまでは良くも悪くも「ャGム」と評されるレベルの内容であり、専門誌としての内容とは程遠く、かといって文化論としても何が言いたいのかわからない、という「無害」な存在でした。
しかし今回のそれは、度が過ぎるというか、「有害」なものというしかありません。それが本誌だけでなく、東洋経済への転載という形で世に出たことに、二重三重の驚きを禁じ得ません。




弔意どころか...

2015-09-02 22:27:00 | 書評
鉄道ジャーナルの前編集長で、前社長でもあった駐㈲I元氏の訃報につき、各誌がどのように取り上げたか。訃報から各誌の刊行まで、DJを除きほぼ1ヶ月あるので、時間的問題はないはずであり、その結果は各誌のスタンスが透けて見える結果になりました。

発売時期が若干早いDJ、そして最後発のJトレインは記載なし。まあこれは仕方が無いというか、人的交流と言う面では若干壁がありますし。
そして主力3誌とされるなかで、「格」が一つ頭抜けているRPは別とすると、先輩格のRFと3番手のRJは何かとライバル心をむき出しにして、というか、駐√メ集長が意識しすぎの面もありましたRFに記載がなかったというのは何とも大人気ないですね。RJ創刊前にRF誌上で「北の流れ星」と題した「はくつる」のルモf載しているのですが。(別冊No.1に転載)

RPは今津編集長、RMは名取編集局長名での囲み記事。功績や人となりを簡潔にまとめ、「仕事でのお付き合い」を超えた思いが滲み出てます。
RPは一時期スタッフ?だったことへの言及が無いのが残念ですが、それ以外は満点でしょう。

そしてRJはどうだったか。
もうお分かりでしょう。他2誌と比べると事務的に過ぎるとしか言いようが無い「告知」です。
確かに編集長であり社長だった経歴は「身内」であり、弔辞は受ける側とでもいうのかもしれませんが、宮原氏に編集長を譲り、成美堂に経営まで譲って久しいわけで、先代、いや、初代、創始者の訃報なんですから、もう少し「想い」が欲しかったです。

編集後記で宮原編集長が言及はしていますが、直接追悼の辞を述べているわけではない「鉄道趣味との出会い」というタイトルです。社員カメラマンだった沖勝則氏が急逝した際の扱いと比べても「軽い」わけで、駐㍽≠フ「遺産」で商売をしているというのに、その程度で送るのか、と言うのが偽らざる気持ちです。

おまけに編集後記には信じられない一文も。
その「北の流れ星」を駐㍽≠フ会心作と紹介しながら、写真の原板をいつの間にか散逸、ってどういうことでしょうか。鉄道をテーマとする出版社が、記録として重要な写真の原板を散逸とは、駐㍽≠フ作品だからと言う以前の問題として論外です。

1965年にRFに初出、最後は1978年の別冊への再録でしょうか。確かにそこからだと37年の時を経ていますが、出版社が、プロが「記録」を散逸とは信じられません。
訃報の体裁といい、仕事の質が問われます。





駐㍽≠フ訃報に接し

2015-07-27 23:38:00 | 書評
種村直樹氏につづき、鉄道ジャーナル社の元社長で元編集長の駐㈲I元氏が亡くなりました。
89歳とのことですが、親世代の一回り上の世代だけに、最近までご存命どころか現役であっただけに、「突然の訃報」となってしまいました。

中央公論の編集長であった宮脇俊三氏も含めて、趣味界というよりも鉄道と言うジャンルの「ライター」「エディター」に属する人であり、プロとして我々を導き、楽しませてくれた偉大な先人でした。

大学鉄研を中心とした「アマチュア」がリードしてきた鉄道趣味界をいろいろな意味で変えたのが上記三氏であり、同人的な世界に属するのが一般的な趣味の世界を、プロの世界にまで昇華させ、そして誰でも楽しめる間口の広い世界に変えて来た功績は、今では当たり前のことだけに気がつきにくいものです。

駐㍽≠フ功績は、鉄道ジャーナルと言う趣味とは一線を画した商業雑誌を成功させたことに尽きるでしょう。そこには編集者としての才能に加え、ライターとしての能力もまた優れていたことが大きく、それがあったからこそ「列車追跡」などの企画がヒットし、看板になったわけです。

SLへの愛着は中国、そしてサハリンと追い求めるくらいの熱烈さでしたが、一方で編集長としてはSLの敵役である「動力近代化」をメインに取り上げ、さらには「総合交通体系」という概念を早期に取り入れる先見性もあったわけです。その意味では80年代のジャーナル誌面を見ると、今よりもずっと大胆な内容、構成でした。
このあたりは、「好きなものを客観的に見れる」という、なかなか出来ない視座を持っていたのでしょう。

「列車追跡シリーズ」のジャーナル別冊に掲載されている初期の列車追跡を見ると、今のように写真をふんだんに使えない制約もあり、文章による描写が生き生きとしており、今だと眉をひそめられそうな微妙な感情的表現も少なくないですが、それとて逆に車内の様子を活写していることにほかなりません。

ただ、編集長を「高齢のため無理となり」という無愛想な告知で引退し、会社も手放すという、公人としては淋しい晩年でしたが、それと軌を一にするように、事業者に取材に対する制約が厳しくなり、個人情報を盾に写真もその場での写真が消えるなど、ジャーナルの存在意義と言ってもいい部分が失われる過程を見ると、逆に雑誌編集の現場から離れてよかったのかもしれません。

その編集者としての栄光の日々も、当時の「乗務員室」(編集後記)を見ると、典型的なブラック企業と言われそうな過酷な状況が「活写」されているわけで、「三度の飯よりも好きな」で頑張れた時代だから成立した「栄光」なのかもしれません。

種村氏の時にも言いましたが、偉大な先人がどんどん鬼籍に入る中で、「次の世代」が見えないのが厳しいです。
このジャンルで身を立てるのが難しいことが大きいのでしょうが、本業を持っての片手間、それこそ駐㍽≠轤ェ変える前の趣味の世界に先祖帰りしているのかもしれませんね。メディアに露出している人の中で「プロ」と呼ぶに値する人がどれだけいるか。厳しい現実が迫ります。