sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

「菜食主義者」

2016-05-28 | 本とか
韓国の現代小説を読んだのは、なんと初めてだった。
さほどたくさん翻訳されてないからだろうし、
わざわざ探さなければ目にすることも少ないからかな。
これはそんな中で、良い韓国現代小説を、
ちょっとスタイリッシュな装丁で出しているシリーズの一作目らしい。
実際、わたしは表紙の絵と装丁のスマートさに惹かれて手に取り買いました。

翻訳というものは、どうしても翻訳であって、原著と同じものにはなりえず、
常にいつも色々な問題が付きまとうけど、
その中で韓国語は日本語とかなり似ている構造を持つので、
英語など他言語からの翻訳よりは、
翻訳につきまとう問題は軽いんじゃないか、と思うので、
どんどんいい本が翻訳されるといいなと思います。

最初の一編を読んだときは、うまいなぁとけっこう衝撃を受けたけど、
次の話を読んでから(3つの連作になってる)改めて考えると、
完成度は高いとはいえ、不備なところも少しはあるなぁと気づいた。
韓国社会ではここまでコミュニケーションのない夫婦が普通なのか?とか、
普通はまず精神疾患を疑うでしょ、なんで誰もそうならない?とか、
小さなご都合主義的不自然さは、探せばないこともない。
あとがき解説に若いのに老成した作家というふうに書かれているけど
その辺、やっぱり若い人が書いた感じは、ちょっとするかな。
でもそういうこと以上に強さのある素晴らしい作品だとは思う。
韓国人作家として初めてブッカー賞を受賞したそうですが、納得。
日本なら芥川賞の候補になるような感じの作品ですが。

内容は、後味が悪くて、にゅるっとしてて、結構滅入る連作でした。
表紙の絵が、昔自分が日本画の課題で描いた玉ねぎを思い出して買った本だけど、
こんなに重苦しい話とは思わなかった。

ベトナム戦争でベトナム人を何人やっつけた、なんてことが自慢の
家父長的な声の大きい父親がごく普通の人に見えてくるような、
娘の突然の気味の悪い変化から始まります。
娘は結婚してるんだけど、ある時急に菜食になる。肉を一切食べなくなります。
・1作目は、夫婦と、娘家族との話。
肉を食べないだけでなく、コミュニケーションや言動がかなりおかしくなってて
読んでいても不気味さを感じますが、周りの人間は不思議に思うばかりで
誰も精神的な問題だと考えないのはちょっと不自然かなぁ。
・2作目は菜食になった女の姉の夫(つまり義兄)の話。
芸術家肌でいつも気だるく、精神的に健康なところがほとんどない感じの男が
妻の妹である菜食の女の蒙古斑にとりつかれて・・・。
・3作目は菜食になった女とその姉(2作目の男の妻ですね)の物語。
外側からは一番まともに見えるだろう朗らかでそつのなかった姉の、
心の奥の疲弊がねちっこく描かれています。

この菜食の女にはいらいらさせられる。
この女を全く理解できない気持ち悪い生き物のように思えたらいいんだけど
そうも思えないので、本当に落ち着かなく気持ち悪くいらいらする。
この女だけでなく、女の夫にも、
彼女の姉にもその夫にも、登場人物全員にもれなくいらいらさせられる。
このいらいらは、他人事じゃない部分が自分にも必ずあるから起こる、いらいらだ。

この小説は彼女の壊れていく過程というふうに読めるけど本当にそうなのか?
彼女が自分を純粋なものにしようとし、どんどん消えるように透き通るように
人間じゃないものの方へ向かうのは壊れるということなのか。
まわりの「普通」の人間たちの方が本当は壊れているんじゃないのか?
などと考えます。
彼女は、環境やまわりの人間のせいでこうなったというよりは
人間として「普通」に生きるということを受け入れられなかったのだと思う。
「普通」に生きるには、汚れるということが避けられない、
それが受け入れられなかった人なんだろうなと。

極彩飾の花を身体中に描かれた男女の交合シーンの描写など、
ぺっとりと湿った鮮やかなイメージを
ゆっくりと、ねっとりと、喚起させる素晴らしい描写力は随所に見られ、
濃厚でありながらところどころ澄んだ複雑重層的イメージを作り上げる筆力はさすが。
でもそれ以上に全体に陰々滅々いらいらとして、あー疲れた。
読み返すことはないかもしれないけど、いつまでも幾つかのイメージが
心に残る本ではあります。

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