とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

出雲の阿国

2012-11-21 23:21:39 | 日記
出雲の阿国




 出雲の阿国像

 
 出雲市佐田町の念仏踊り

 旧暦七月十五日に行なわれる佐田町の念仏踊りは豊作を祈るものでもあり、また雨乞いの祈祷としても行なわれる。佐田町の神社旧記に「宝亀年中切明神事ヲ再度タテマツル、又、天徳元年大宮大念仏ヲヲコス」とあり、その宝亀、天徳年間には大早魃が襲ったという。『切明神事』とは念仏踊りの正式な呼び名である。『念仏踊り』の呼称はその歌唱の調子がまるで仏前でお念仏でも唱えているかのように「なむあみどうや」とどの合い間にも挟むので、そうなったものであるらしい。
 大中小の双盤が三つ、太鼓が一つ、鼕二つ、七孔の笛一つの七人を一組とする。他に大
花が七つ出る。これは二段に桜の花を吹いたもので、その頂上には旗をたてる。踊り子はすべて、頂上に五色、周囲に緑と赤の四垂を垂れた妻折の花笠を被り、浅葱地に亀甲、稲妻、四つ目模様の衣裳に青白だんだら地の三尺帯をつける。七人の者は輪になり、また、その排列をかえて色々に踊る。鐘を乱打して楽人を囲む。それから彼等は鐘に合わせて合唱する。「はいねんのうねん。のうおい」と唱えながら二つ拍子で合唱し、踊りながら定まった図形を描きつつさらに左に回転三回。踊りは体を前後に屈曲させて横ヘ一歩行って半歩戻り、また一歩行って、半歩戻り、それをくり返しつつ輪を描いて回転してもとの位置にもどり「はいなんもう、ひーいでんえーおい」と合唱するのである。
 出雲の阿国踊りは、慶長年間の初めに出雲大社の巫女であった阿国が京都北野天神で当時としては斬新な衣裳と振り付けで踊ったのが始まりで、瞬く間に全国にひろまり、やがて歌舞伎踊りへと発展していった。現在も各地にその流れが伝承されている。阿国の踊りの原形はややこ踊りや念仏踊りだという説がある。




 長柄さんが私の家に夕方電話してきました。

 古賀さんから連絡があって、早く見に来てくれと言われたので、小学校に駆けつけたらびっくり、大作が届いていたんだ。

 えっ、もしかして・・・。

 そうなんだ。仙女さんの大作が届いたんだよ。

 で、何が描いて・・・。

 出雲の阿国の舞台姿だよ。ほれぼれするような作品だったよ。

 で、あの、あの学芸員のあの人、・・・来てましたか。

 もちろん、彼も驚いていた。これでメインが出来たと言って喜んでいたよ。

  出雲の阿国を上演したことがあったんですね。

 ・・・したこと、じゃなくて、今、その舞台を東京でやっているらしい。

 へえー、すごいですね。

 仙女さん、出雲のあの小学校でも上演したいらしい。

 や、すごい、すごい。

 一度じゃくなくて、これから定期的に体育館でいろいろ演じたいらしい。

 定期的に・・・。

 そうだよ、そうだよ。

 ご縁劇場が出来るということですね。

 そうだよ、そうだよ。長柄さんも私も舞い上がっていました。

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