とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

千恵子のこと

2013-02-19 22:17:32 | 日記
千恵子のこと




 「D嬢の像」小磯良平(1962)

 端正で理知的な女性像を数多く描いた小磯作品の中でも、この女性像は何かしら憂いを帯びていて、私は好感を持っている。

 ある日曜日の朝、突然、佐山医師が私の家に来て、いやー、感激しました、と下の娘前田千恵子のことについて興奮して話し出しました。私と妻ははあっけにとられて聞いていました。


 今朝の新聞見ました。前田千恵子さん、お宅の下の娘さんでしょう。

 えっ、娘が何か・・・。

 岡山で監督なさっているんでしょう、社会人バレーの。

 ええ、そうです。それが何か・・・。

 新聞で大きく取り上げられていました。

 えっ、そうですか、何新聞です。

 中国日報です。

 中国日報、・・・うちはその新聞とってないんですが・・・。

 あっ、そうですか。じゃ、すぐ持って・・・。

 先生、後で取りに伺います。で、何が・・・。

 すごいですねえ。優勝ですよ。中国大会で。

 えっ、そうでしたか。近く試合があるとは言ってましたが・・・、それはよかった。

 娘さん監督ですか。いえね、私も若いころ大学でやってました。万年補欠でしたけれど。

 へえー、先生もやってらした・・・。

 もう、すっかりご無沙汰ですけどね。

 ・・・。

 娘さん、苦労なさったんですね。感心しました。

 どういうことでしょう。

 いえね、病気を乗り越えてチームを優勝に導いた女性監督、とか書いてありましたので・・・。

 あっ、そんな風に取り上げてあったんですか。

 そうです、そうです、だから・・・。

 で、病名も書いてあったんですか。

 書いてありました。

 何と書いてあったんですか。

 乳がんを乗り越えて、と・・・。

 そんなことまで書いてあったんですか。

 担当記者の文章が旨かったのかも知れませんが、私は医者ですから、ぐっと来るものを感じました。

 結婚して、子どもが出来てから病気が分かりました。産むのを止めようかと思ったこともあったようです。

 そうですか。

 でも、先生、医学のお蔭です、何とか子どもを授かり、選手を止めて監督としてバレーを続けることができました。

 よかったですね。立派な娘さんですね。

 いや、気が強いのがとりえの娘です。・・・私は妻の方をちらと見ました。ずっと下を向いていました。

 これから私は娘さんのチームを応援します。・・・佐山先生の明るい表情が私を勇気づけました。

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