橡の木の下で

俳句と共に

草稿12/27

2013-12-27 10:21:23 | 一日一句

緋の一衣凍る地平の夜の明くる  亜紀子


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「呟き」平成26年『橡』1月号より

2013-12-27 10:18:21 | 俳句とエッセイ

 呟き  亜紀子

 

今朝はやや遅き鶲の来てをりぬ

裏道も水木もみぢの回廊に

結ぼれつ車窓を伝ふ冬の雨

木の実食ふ鵯の饒舌したつづみ

霜月の蝶もの食はず眠るなり

冬日向はつかに蝶の息づかひ

帰るさの野をけぶらする冬落暉

黙しをる時もあるなり目白どち

竿引いて水面の錦やや崩れ

冬来たり風が棲みつく鎮守さま

まはり道してひともとの冬桜

鼻鳴らす犬と相席暖房車

谷ごとのたわわの柿の渋ならむ

もの販ぐ電飾寒し軽井沢

小春日の呟きひとつ浅間山

黙然と落葉積むのみキャンプ場

 

 

 


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「小春日」平成26年『橡』1月号より

2013-12-27 10:15:58 | 俳句とエッセイ

  小春日    亜紀子

 

 十一月勤労感謝の日に長野に用事ができ、思い立って少し足を延ばし三年ぶりに安中へ帰ることにする。名古屋から「ワイドビューしなの号」に乗れば中央西線、篠ノ井線、信越線経由で四時間ほど、直行で先ず長野に到着する。中津川、木曽福島、塩尻、松本と停車駅名を聞くだに紅葉が良い頃だろうと期待が湧く。長野から先は新幹線を利用すれば安中榛名駅まで所要四十分ほどであるからもう故郷に帰ったも同然である。

 当日は小春空、外出には恰好の日和となった。山間を縫う鉄路に沿うもみじは谷へなだるるごとし。空は真青で、ときおり遠く輝く雪嶺がのぞく。通り過ぎる集落ごとにたわわに実った柿が朝日に照り映え、家々には柿簾。昔、子供らが学校へ上がる前のこと。この路線で車窓の山の景に感嘆の声を上げていたのが、いつの間に電車酔いでくたった菜っ葉のようになってしまったのを思い出す。

 長野駅に立つと通りの先に錦秋の山が見える。駅前から山を望む景色は全国各地にあるだろう。先月の郡山も新幹線のホームから最初に眺めたのは山並みであった。何故か山の姿を目にすると初めての土地にも俄に懐かしさを覚える。用事を済ませ、安中榛名駅に着いた頃には日はすっかり暮れて、故郷の山々は闇に吸い込まれて押し黙っていた。

 一夜を家族と過ごし、翌日は昼前に発って市の生涯学習施設「安中学習の森」で開催されている企画展『わが郷土の文学者』を見る。取り上げられた文学者のなかの一人が橡主宰堀口星眠、一晩一緒に笑って過ごした父である。学習の森は安中市の南のはずれの丘陵の上に建ち、そこから北側の一帯に赤城、榛名、妙義の上毛三山が見渡せる。榛名、妙義の間の奥に浅間山。妙義山の続きに舫う荒船山の舷。今日も穏やかな日和である。昨日の信州の紅葉にも劣らぬ里山の錦。

 学習館に先に到着していた安中の永山さん、馬上さん、富岡の稲霧さんと久しぶりの出会い。少し遅れて高崎の原田さん。原田さんは今回の企画展に手持ちの資料を多数出展されている。ガラスケースに収まった句集や短冊、色紙を眺めては当時の記憶を辿る。色紙に描かれた鮎の絵に「盛」の落款。ああ、新井盛治さん。画家らしくいつもベレー帽で口数少なく、家で夕飯を食べていく俳句のおじさん。子供だった私が抱いていた印象である。壁に貼られた写真は四十一年前の馬酔木時代の句会の集合写真。すでにこの世では逢えぬ人々の間に青年の稲霧さんを見出し、皆で感嘆の声を上げる。壮年の相馬遷子先生のダンディーな姿もある。先生の写真から馬場移公子氏を思い出し、馬場氏が安中の堀口医院に一時入院されたことを知っているかと尋ねる。昭和三十五年の話で私は乳呑み子の頃。稲霧さんがご存じだった。星眠先生は移公子さんを買ってらしたんだよねの言葉に、移公子さんは相馬遷子の女版じゃないですかと言うと、そういうところあるねの回答。意を通じた感。遷子と移公子ともに中央から距離を置き、世におもねらず、余分なものを削ぎ落しひたすら俳句を磨き上げていった。すらりと立ち姿の良いところまで似ている。展示物に触発されて思い出は次々と湧いてくるようだ。数え切れないほど星眠との吟行をされた四人の思い出話は私の知らぬ父の姿をいろいろ彷彿させてくれる。

 外へ出てしばらく皆で山を眺める。午前中は晴れていた赤城は雲をかぶって姿を消しているが、榛名から西側の空は午後の光りをたっぷりと湛えている。あそこが浅間隠しの頂、あれが鼻曲り山と教えてもらうと、誰それの詠んだその山の句も出て来て話題は尽きぬのである。林の黄落は真っ盛り。黄葉の感極まり、かえって静寂が辺りを支配する。日当りの落葉の堆積の上ではまくなぎの一柱が揺らめいている。天上という言葉が浮んで来る。私は信心がないので、この世以外のことは気にかけない。この世以外での再会も考えてはいない。ただ記憶の中に住む人たちは皆懐かしい人になるのを知る。思い出の一人びとりが誰も彼も笑顔でこちらを向いている。再会というのはこのことかもしれないと思う。


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選後鑑賞平成26年『橡』1月号より

2013-12-27 10:12:14 | 俳句とエッセイ

選後鑑賞    亜紀子

 

雁わたし石入れて干す海女の籠  後藤八重

 

 作者は静岡の人。この海女は伊豆の海女であろう。夏の漁期が終り初秋の北風が吹き始めた頃である。その風に飛ばされぬよう石を重しに干す籠は天草を入れていた籠だろうか。目の粗い大きな竹籠に海岸の白い石が一つづつ入って並び、荒くなってきた風波の音が響いている。潜りのない期間でも漁具の手入れその他、海女の仕事は諸々あるのだろう。海女の一年を知りたく思う。雁わたしという風の名はもともと伊勢や伊豆の漁師の方言だそうだ。ここでは正しくこの言葉が使われている。

 

友訪へば棉吹き初めし畑にをり  金子まち子

 

 親しい友人であろう。玄関先で呼べども応えがない。勝手知ったるなんとやらで畑へ回ってみれば、いたいた、やはりここであったか。棉吹き初めしの語に、この頃の風や光りの、そうして二人の交流の爽やかさが自ずと感ぜられる。

 

軒に組む除染の足場暮れ早し   遠藤静枝

 

 福島原発の災禍。除染のために軒に組む足場とは住宅の高圧洗浄のための足場だろう。大震災から二年が暮れようとしている。未だに戻らぬ暮らし。除染の後にまた雨が降るのか。そもそも現在の放射線量がいったいどの程度危険なのかあるいは危険でないのかさえ未だに誰にも確実な答えがない。元凶である発電所の処理も終わらぬまま、同じ地震国トルコに原発輸出を決める貪欲。

 最近福島の川内村にある草野心平の書庫付きの家の記念館「天山文庫」の資料を送っていただいた。このように静かで美しい村が汚染されているとはとても思えませんでしたと書状に記されている。掲句、暮れ早しの語がやるせなさを全て包み込み表出する。

 

剥製の鳥や獣に木の実降る    深谷征子

 

 森の中に建つ自然観察館といった施設だろうか。その近辺に見られる鳥獣の剥製が展示されている。今は訪れる人も少なく、ときおり団栗の屋根打つ音が響く。剥製の動物たちは身じろがず、目と耳のみ覚ましてその音を聞いている。近づくクリスマス、もの言わぬ動物たちが森の聖夜劇の登場人物に思えてくる。剥製という言葉が詩となり活き返る。

 

羚羊の剥製にあふ夜の廊下  星眠

虹鱒の剥製火照る星月夜   星眠

 

亡き夫に先づ一献や新走り    阿部琴子

 

 有り難いもの、美味しいもの、珍しいもの、初物の食べ物などがあると自分がいただく前に先ずお仏壇に供えるのが私たち多くの日本人の習慣かと思う。作者のご主人は何はなくともまず一杯という方であったのだろう。先ず一献やの言葉のよろしさに、作者の心根はもちろん、新走りのよろしさも伝わってくる。夫唱婦随で酌み交わした夜もあったことと想像される。

 

香具山へ畦みちづたひ菊日和   太田暁

 

春過ぎて夏来たるらし白たへの

        衣干したり天香具山  持統天皇

 

 香具山は大和三山のひとつ。古来より神聖の山である。標高は一五二・四メートル。まさしく畦みちづたい、広がる田圃の向うに立つ秋うららののどやかな景。

畑隅に植えられた菊の花も盛り。持統天皇に詠われた季節が移ろい、掲句の時を迎えた。


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草稿12/26

2013-12-26 06:50:10 | 一日一句

葦枯れて冬日湛ふる沼ひとつ  亜紀子


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