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橡の木の下で

俳句と共に

「選後鑑賞」令和7年「橡」1月号より

2024-12-29 14:42:38 | 俳句とエッセイ
 選後鑑賞      亜紀子

新豆腐夫がレシピの知恵を言ふ  岡田まり子

 作者の年代のご夫婦ではご主人が厨房に入るということは稀だろうと思われる。出された皿に一言文句を言うくらいのところが相場ではなかろうか。だからこその「レシピの知恵を言ふ」の語。案外の夫の新レシピの提案にびっくりされたようだ。新大豆で作った新豆腐の味の違いが分かるお二人。

秋晴れや酒酌み交はし会津線   伊藤裕通

 会津線は第三セクターの会津鉄道が運営、福島県内を走る路線。会津若松市の西若松駅と南会津郡会津町の会津高原尾瀬口駅とを結ぶ。全線単線。電化区間は十五キロメートルで非電化区間が四十二キロメートル。気動車が活躍している。いわゆるローカル線らしいローカル線だろうか。お座敷列車が臨時運行されているようで掲句はおそらくそれ。秋の一日、車窓のもみじを愛で、盃を手に手に愉快なことの上なし。いかにも晴れやかな十七音。車内販売もあるので手ぶらで乗れます!とある。

こんにやく咲く冬やトランプ返り咲く   吉沢美智子

 こんにゃくの花は数年以上作付けされた物でないと花が咲かないとある。こんにゃくを作るためにある程度のところで掘られてしまうから、目にするのは農家でも稀なことと想像される。掲句の花も千載一遇か。調べてみたところでは花期は五月から六月と言うので、掲句の時期を外した花はさらに珍しそうだ。あるいは枯れたような花が残っている姿だろうか。そして米国大統領トランプ氏の返り咲き。これは予想されていたことで、そうそう驚きはないのだが、英語では悪魔の舌と呼ばれる海老茶色の不気味な花の姿は、米国社会の歪みと重なって感じられるのは個人的な感慨だろうか。否他国の他人事として済まされる問題ではないのだが。

秋夕焼ビルのまにまに小さき海  木野内八重子

 いずこの景色だろうか。多分昭和四十年以前の日本は各地に海や山を展望できる空間があったはずだ。今はどこでもまにまにちょっと垣間見える態になってしまった。夕焼けも夕焼けに染まる海も。

園丁のインターンシップ龍田姫  市川美貴子

 造園業に携わる人、いわゆる植木職人は徒弟制度の中に組み込まれて下積みから始まるものと思っていた。掲句は在学中に就業体験として園丁を見習う学生。時は竜田姫の秋、きっと女生徒だろう。特に造園業を目指しているわけではないかもしれない。何か人と違った挑戦をしたいのかも。それゆえに句材となったのではと想像した。そして作者は若い龍田姫を見守っているようだ。

夕星や灯台の日の波しづか    上中正博

 灯台記念日、灯台の日は十一月一日。日本初の西洋式灯台が横須賀の観音崎に建設され、その起工日の明治元年の十一月一日に因むとのこと。そろそろ北西風も吹く頃だが、今日は穏やかな凪。灯台の明かりとも思う宵の明星が灯って。航海する者でなくともなぜか灯台には心惹かれる。

病みて人恋しや風の色も無く   市田あや子

 真直ぐに胸に響く。心のままの表出。色なき風をこのように詠まれた例を思い出せない。ほどなくして作者の逝去の報に接した。

石雲寺菊にうもるる師の墓前   伊藤昭子

 葉貫琢良先生墓前。今、秋たけなわ、菊盛ん。飄々として、かつ大きな先生を私も思い出す。


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