橡の木の下で

俳句と共に

選後鑑賞平成26年「橡」9月号より

2014-08-27 10:10:15 | 俳句とエッセイ

 選後鑑賞  亜紀子

 

スモークツリー千の雨粒かがやけり  吉田葉子

 

 スモークツリー、別名煙りの木。はぐま(白熊)の木、霞の木とも呼ばれるそうだ。はぐまとは払子のこと。外来の園芸樹である。雄雌異株で、初夏に小さな花を穂状にたくさんつける。その花が終ると種にならない花の柄が伸びて羽毛様になり、ふわふわと煙のように見える。だいたい六月の初めから半ばにかけてのだんだん雨がちになる頃である。その花の穂がきらきらと煌めく無数の小さな雨滴をちりばめた様に思わず息を呑んだ作者の気持ちが伝わる。百でも万でもなく、千の数字が活きているようだ。S音が二回繰り返される頭韻の効果。また「千の風になって」の詩をふと思い出させる効果。「煙の木」として詠まれることが多い中であえて片仮名のスモークツリーを用いたことで、クリスマスツリーのイメージに結びついて雨粒の光がさらに活きてくるのかもしれない。

 

ひと鍬に卵の割れて蛇生まる     立林きよの

 

 野生の蛇の卵は見たことがない。種類によって生態が異なるから産卵場所もそれぞれだと思われる。掲句は畑の土を起こしたところに卵があったようだ。一番それらしい蛇を図鑑で調べてみるとジムグリという種に行き当たった。畑や山林に多く、大人しい性質、半地中生活で小さなほ乳類を捕食。人間には農作物の害獣を食べてくれる有り難い存在とある。珍しい瞬間に立ち会った作者が、蛇を斥けずにやさしく詠んでいるのはこの畑人と蛇の共存ゆえか。生まれたての小さな細い蛇の子は可愛いのではと想像もする。何も悪いことはしないから、そっとしておきなさいという声が聞えてくる。

 

涼しげに働き蜂の巣にかよふ     熱田泰華

 

 少し動くと汗ばむ頃。蜜蜂は透明な羽に小さな機械音を響かせてひっきりなしに蜜集めをする。朝日とともに動き出し日暮れまで、倦むということがない。そうして巣箱へすいと吸い込まれるように入って蜜を運ぶ。木の花、草の花が溢れる緑の季節。本当に涼しげに働く蜂たちである。

 

橅の花猿が食みをり白布径      村山八郎

 

 橅の花の開花は五月頃、若葉の開くのと同時だそうだ。柔らかい緑の橅林の佇まい。猿がその花を食べるというのは観察した人でないと分らない。白布(しらぶ)は山形県米沢に古くからある湯治場。その名の由来は、白い斑のある鷹が居た、温泉が白布のように流れていた、アイヌ語で霧氷のできる地シラブの宛て字等諸説あるらしいが、掲句からはあの白く、模様も美しい橅の木肌の形容のように思えてくる。

 

軒下の箱苗早もなびきをり      岩見和子

 

 トレー(箱)に蒔かれて育った稲苗、今は田植え機にセットしていつ植えても良い状態なのだろう。まだ小さいながら青々と丈夫に育ったようだ。農家の軒先に並べられた箱苗が風に吹かれている様に、のびのびと植え付けの終った植田の様そのものを想像する作者。良い苗に仕上がって先ずは安心というところ、農の心だろう。

 

早乙女の一列映す田の面       藤田彦

 

 五穀豊饒を祈って各地に伝承されている御田植祭。それぞれの祭りで一連の神事があると思われる。早乙女による御田植えの神事はその中核。菅笠をかむり装束を身につけ、唄や舞を演じていよいよ田植え。一列に並んだ娘たちの白い脛、早乙女装束姿が水の面に映るその一列だけを詠み上げて印象的である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 草稿08/26 | トップ | 「物干」平成26年「橡」9月... »

俳句とエッセイ」カテゴリの最新記事