橡の木の下で

俳句と共に

選後鑑賞平成25年『橡』12月号より

2013-11-27 09:00:00 | 俳句とエッセイ

選後鑑賞  亜紀子

 

袖黒鶴色なき風に羽ひらく  古屋喜九子

 

 鶴といえばいずれも美しく気高い大鳥のイメージがある。白帝のもたらす色なき風がわたり、今そこに広げた大きな翼に濃い墨色を見る。誰が付けたのか翼を袖と呼ぶ名も好もしい。以下の説明は要らぬと思うがあえて解説を付せば、ソデグロヅルは我が国では稀に飛来する迷鳥だそうだ。掲句は動物園などでの属目吟かと思われる。静止しているときには体全体は白いそうであるが、翼を開いた時に先端部分の雨覆や風切の黒色が見えるという。

 

尾長群れくいくい翔ける秋夕焼 吉田葉子

 

 尾長は飛ぶのはあまり得意ではないようで、はらはらと羽ばたいては長い尾を携えて波打つように移動する。くいくいとは尾を引きながら舟漕ぐさまに飛んで行く様子だろう。秋の日暮れは早い。群の好物の柿の木を後にして、あかあかとつれない夕日の趣を鳥どちも味わうかのように思えてくる。

 

初氷尾を大切に尾長跳ぶ     星眠

尾長らの尾をかつぎ翔ぶ営巣期 星眠

 

大颱風予報外れて妻寝まる  根本ゆきを

 

 今年も台風が通過するたびに各地に被害がもたらされた。深刻、甚大な被害の報道を耳にして誰も心傷める。近づく台風は大型で暴風域が広く気象庁の予想通りに移動すれば次は我が身かもしれぬ。しかるべき備えをして定時ごとに発表される予報を寝ずに聞いている。ところが本州に上陸後の台風は速度が増し、進路は大きく逸れた。これであれば今夜はもう安心と妻は床に付く。女性は肝が据わっている。日頃こまごまとぬかりなく働く刀自の姿、そんな妻をどこかでそれとなく頼りに思っている夫の心持ちが伝わってくる。

 

鳥渡る島は噴火を慣ひとし  西範子

 

 錦江湾に聳える桜島。度重なる今年の爆発回数は既に七百回を大幅に越えているそうだ。夏にはかなり大規模な噴火もあった。降灰への対処、万が一の大噴火への備え、鹿児島の住人の習慣になっているのだろう。渡り鳥に桜島の空と季節の移ろいを大きく描きながら、その下の人々の暮らしを自ずと想像させる。

 

熊架のあらは嵐の一と夜過ぎ 石井昭子

 

 野分の一夜が明けると、昨日の雨風は嘘のように落ち着いた朝を迎えた。山野吟行の約でも実行されたのであろうか。熊は栗、胡桃、団栗といった木に登り実のなる枝を自分の手許に掻き寄せて食べるそうである。折ってたぐった枝が棚状の塊となる。秋も初めの間は葉かげにあれば目につきにくいのであろうが、折しも嵐に葉の落ちた直後のことで、ぱっと見つけられたのだろう。まだ乾かぬ葉を散らした森の情景が目の前に浮ぶ。熊の生活圏内であるから気を付けねばなるまい。

 

運動会かつら大樹に風湧けり 善養寺玲子

 

 多くの学校の庭にそのシンボルとなる大樹が植えられている。自分の小学校時代は大銀杏を毎日眺めていた。こちらは桂の木。

 

母の香の桂落葉にかこまるる    星眠

 

ハート形の葉もよろしき学校樹である。秋の運動会にはそのもみじ葉から綿飴のような香りが漂ってくることだろう。子供たちの活躍に寄せる声援と拍手喝采。大樹に風湧けりが気持ちの良い一日を一読で想起させる。

 

 

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 草稿11/26 | トップ | 「福島吟行」平成25年『橡』1... »

俳句とエッセイ」カテゴリの最新記事