雪一夜見知らぬ街に来たやうな 亜紀子
早春 亜紀子
早春や虻は天鵞絨(びろうど)脱ぎもせで
丸まなこ洋梨形のつり虻に
蟇出でて辛夷(こぶし)の下の恋の詩
きさらぎの何やら水を濁すもの
金の斧水のいづくに榛(はん)の花
立春や小屋根の野良に声かくる
寒戻り林に雲も滞り
風はまだ冷たいけれど、背中に当たる日差しの温もり。地下鉄を乗り換えて植物園にやって来た。ビオトープの一画。小さく丸く、口吻の長い可愛らしい虻が十二単の叢を飛び回っている。天鵞絨吊虻(ビロウドツリアブ)、この季節にだけ現れる。早春、愁いは知らず、心すなおに弾む。