選後鑑賞 亜紀子
上ル下ル都大路を雷奔る 細辻幸子
七月、京の都は祇園祭一色。十四日から始まった宵山はお天気の急変に見舞われていたようだ。そうでなくても大賑わいのこの時期、碁盤目状の都大路は北へ(あがる)、南へ(さがる)、皆雷帝と共に走りおおわらわ。それもまた楽しく。
瓶一つ病ひに効くと枇杷酒かな 市田あや子
病に立ち向かう作者か。医療に頼るのはもちろん、食べる物も、飲む物も良いと聞けば試してみる。一本の瓶に何か非常に強いものが感じられる。病に負けまいとする者の気概。
みがきたる玉ねぎ揃ひ出荷待つ 田村美佐江
むちっと固く張った形の良い玉ねぎ。どの玉も艶良く。いかにも美味しそう。満足のいく出来だろう。リンゴのような果物を出荷前に磨くという話は聞いたことがあったが、なるほど玉ねぎでも同様とは初めて知る。そういえばスーパーの品は確かに綺麗だ。土や汚れを落とすブラシの付いた磨き機があるらしい。あるいは集荷場のベルトコンベヤーに乗せられて磨かれるのだろうか。
血が澄むと新玉葱をもはら食ふ 星眠
豪快に蛸のぶつ切りカルパッチョ 長井恒治
昔ながらの芋たこなんきんも美味しいが、新鮮な蛸をオリーブ油やレモン、ハーブで調味してイタリア風にいただくのも乙な味。ところで、カルパッチョは薄くスライスした生の素材を味つけしてさっと食べるものらしい。一方同じような調理方法でマリネがある。こちらは調味料に漬け込んで味を染み込ませたもので、薄くスライスするとは限らない。掲句のカルパッチョ、豪快なぶつ切りだから正確にはカルパッチョとは言い難いのかもしれないが、多分長く漬け込んだものではなく、サラダ風にさっと和えてすぐ食べる印象だからマリネとも言い難い。所詮イタリア語はイタリア語、我々の母語ではないのだから細かいことは言わず、掲句の調べの生きの良さを頂戴したい。
ところで作者は輪島の人。隆起した輪島港の復旧はどこまで進んでいるのか。漁業の再開の見通しは如何に。
萩くぐる暮らしの水や宿場町 中野順子
水豊かな古い宿場町。家々の前に小流れが巡らされているか、あるいは運河が通っているのか。さやかな萩叢の陰を流れていくその水が、日々の暮らしの中で今なお活かされている。徒然に歩いてみたい。
ラフティング緑の山に谺して 小林昌子
翠巒深き渓流を下る。真白の水しぶき。響き渡る若人の歓声。気持ちの良きことこの上なし。
木天蓼の車窓になびく峠越え 善養寺玲子
ドライブの車窓だろうか、電車の車窓だろうか。花季には葉の一部が白くなるので、遠くからでも目に留まり木天蓼と知られる。掲句の作者もその白い葉が靡く様に注目されたことと思う。初夏の峠路の気分の高まり。
泥染師の膝まで泥や梅雨しとど 小泉洋子
泥染めは奄美大島特有のものらしい。いわゆる大島紬の代表的な染色方法。車輪梅のタンニンと泥の鉄分を何度となく繰り返し反応させ絹糸を染める。完成された紬の深みと艶はこの上なく上品で美しい。その染めの工程で染師は泥田に膝、いな膝上までも泥に浸かって作業する。折しも梅雨の雨に打たれているようだ。着物に手を通す人はこれを知るや否や。