選後鑑賞 亜紀子
初雪に古巣繕ふ鴉かな 島野美穂子
年明けて暫くすると鴉の頓狂な声が聞こえてきた。これまでの鳴き方とは明らかに異なる。私は、少し早過ぎるようだがそろそろ恋の兆しかもしれないと勝手に考えた。街中で身近な鳥の中で鴉や四十雀の繁殖期が早いように感じているが、果たしてどうだろう。
掲句の鴉は雪国ではないので初雪に会うのは年明けの寒の頃と考えられる。作者はうっすら雪を被た枝の間の古巣を繕う姿を見つけられたようだ。鴉のバレンタインデーがかなり早い時期なのではという推測もあながち間違いではないかもしれない。また鴉は毎年同じ巣を利用することも多いらしい。あるいは掲句の鴉は冬の間の空家になっている自分の家を見回りしていたのかもと想像が働いた。鴉に詳しい方に聞いてみたいものだ。
いささか嫌われ者かもしれない街鴉ではあるが、作者はこの寒さの中で生きる営みを続ける姿に共感を寄せる。
職退きて青春切符旅はじめ 中野順子
青春切符とはJRが発売しているお得な特別切符。発売期間、利用期間が定められているが、全国のJR線の普通車、快速列車の自由席、バスやフェリーが乗り放題の謳い文句。三日間用と五日間用がある。青春18切符の名称だが、年齢制限はなし。
第二の人生の文字通り初旅。目的に合わせて上手に時刻表を組み合わせるのも楽しみ。特急列車で走ってきたこれまでとは違って、のんびり行きたい。これからまた青春の日々。
一月の東京例会に出された一句で、この時の作者の説明では切符の利用の仕組みが以前とは少し異なるようだ。詳しくはJRにお問い合わせを。
客去りて温もり残る冬座敷 大森克子
居間を温めて迎えた客人。語り終え、名残りを惜しみつつ見送った。部屋の温度と共に、楽しい語らいの心の温もりの余韻。冬座敷ならでは意識される暖かさ。
冠雪の比良山美しく湖静か 松島道代
雪を被た比良山系は美しく、琵琶湖水はあくまで静謐。景を素直に詠んでただそのままの表現に、ただそのままの姿が眼前に浮かぶ。あえて講釈加えてみれば「ひらうつくしく」の音感に惹かれる。
紅葉狩マタギの径の現るる 眞塩えいこ
秋の山路を行けば、掲句のような場面に出くわすこともあるのだろう。マタギの径はまた獣の径ではあるまいか。昨今のあちこちの熊騒ぎ、はたと身構えてしまう。
金鯱城一本竹の松飾り 片岡嘉幸
一対の金の鯱をいただく名古屋城の別名が金鯱城(きんこじょう)。正月を迎えるにあたり暮には正門に門松が立つ。江戸時代の記録を基にしているそうで、一本だけの青竹に松、笹を添えてシンプルながら大きく立派なもの。竹は武士の剣を表しているとか。武家の門を飾るに相応しい姿。
初詣俄か仕立の仮神社 中崎かづえ
掲句拝読して、あの大地震からはや一年が巡りきたことを改めて意識する。初詣にあたり俄か仕立ての仮社。社を建てるのも人々の協力と骨折りがあったことと想像する。仮であっても神を祀り、悼みと祈りの心を捧げずにはいられない。
夢ながら掻く水鳥や月の湖 谷本俊夫
浮寝の鳥が時折り水を掻くのは夢を見ているのか。一幅の日本画か、ドビュッシーの一節か。美しい一句。