会津若松へ。
福島は改めて広いですね〜。
会津若松は沿岸部からはだいぶ離れていて
ほぼ新潟。
気温も沿岸部とは違います。
車窓から見えるあの山は会津磐梯山だろうか。
雪化粧で綺麗です。
途中猪苗代湖あたりも通るのですが、
田んぼの隅には雪が残っていました。
会津若松に着きました。
赤べこ。
東京のような感覚で電車を乗ろうと思っていると
大間違いですね。
1時間に1本の電車を乗り継ぐので
着いたのは16時・・・。
そして寒い。
タクシーの運転手さんに寄ると
この日に桜の開花宣言があったそうです。
二本松は満開を迎えてましたから
やはりこちらは寒いですね〜。
タクシーのの運転手さんに
会津若松は初めてだと言うと
「なんだ、早く言ってくれれば〜」
みたいな感じで通り過ぎた石垣の説明をして下さいました。
私が向かっているのは
会津若松城こと鶴ケ城に敷地にあるところなので
行くまでも歴史が詰まっております。
そして、戊辰戦争から150年
と言うことで
町中気合入っています。
いろいろ聞きたいところですが、
なんせ閉館時間がが迫っているので
焦ります。
目的地
福島県立博物館へ
「アートで伝える考える福島の今、未来」と言う企画展と
「震災遺構を考える ー災害の歴史と東日本大震災ー」と言う特集展をやっているのです。
こちらの福島県立博物館は
博物館でありながらアートの企画展を多くやられているそうです。
アートで伝える考える〜のところは、
岡部昌夫さんのフロッタージュプロジェクト
安田佐智種さんの「みち<未知の地>」
藤井光さんの映像作品「福島・文化・文化財〜被災地のミュージアムと文化財のこれから〜」
土田ヒロミさんの写真「願う者は叶えられるか」
岩根愛さんの360度写真「Island my mind,Futaba」
の作品が展示されていました。
どれも切ない現在を映し出しています。
フロッタージュ作品は被爆した木の表面や被ばくのために伐採された木の年輪などをこすり出しています。
年輪には被爆した記録が現れているそうです。
このプロジェクトの6年間がいろいろなことを物語っています。
写真作品は人の営みが途絶えた後の様子が映し出されています。
家の土台の後とそこに住んでいたいた方のコメントが一緒に添えてあったの切なかったです。
こちらのプロジェクトは
福島県は浜通り、中通り、会津地方の3つの地方で異なった文化や風土があり
それらを「はま・なか・あいづ文化プロジェク」として
2012年度から福島県内の団体と福島県立博物館が連携して行なっているプロジェクトです。
そして、震災の遺構の方は
少しですが震災の爪痕のものが実際に展示されていて、
初めて実物を目にして衝撃でした。
当時の避難場所に残されてた職員の掲示板や、流された石仏、
凄かったです・・・。
災害の歴史と東日本大震災の展示も興味深かったです。
ワークショップではダンボールで作る簡易トイレなども行なっており、
当時の水や電気が使えない中の工夫が伺えました。
閉館間際に来たので、とりあえずこちらの展示を見させていただいたのですが
実は私が見たかったのは
こちらの常設展。
文化や風習のコーナーです。
博物館好きとしては、じっくり全体を見たいところですが
時間がない中、職員の方にご案内していただき
ピンポイントで見させていただきました。
東北の郷土人形など。三春人形など〜。
山岳信仰の様子。
そしてこれね。
オカザリです。
実は過去に、こちらの博物館で
東北の山岳信仰を特集したことがあり、
その時、東北のオカザリがこちらに何点か収められたときいていたので
それを見たかったのですが、現在はこちらの猪苗代地方の方が切ったものだけでした。
この福助は伝統の柄なのか、昨年訪れた養泉院さんにもありました。
養泉院さんの大きいオカザリが見れると思いましたが、
残念。
これは子供のコーナーにあり、
東北では
子供を神と人間の間の神の使いとして
いろいろな伝統行事があるので
その紹介のコーナでした。
興味深い〜!
一日かけて来たい〜!!!
東北の風習面白いです。
と言うわけで、すっかり閉館時間になったのに
私が以前の「東北の山岳信仰」の展示のことを言い出したので
当時関わった人も来てくださり
いろいろお話しさせていただきました。
楽しかった〜!!!
当時のカタログも無事にゲットして満足です。
またゆっくり来たいですけどね。
急な訪問に
ご対応くださった職員の方々
本当にありがとうございました!
そして、ここからまたタクシー、電車を乗り継ぎ
新幹線で無事に東京に帰ったのでした〜。
濃い一日だったな。
でも充実した福島訪問でした。