福井利佐blog

切り絵アーティストの日々

「新メンバーとお産の話」

2013年11月06日 | 過去のBLOG記事

無事に新メンバーが加わりました。

今回は男子です!

よろしくおねがいします。

ひとまず、ホッとしました。

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弟と初対面はガラス越し~。
手前から2番目のこちらを向いているのが弟くん。

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娘もそうでしたが、退院時には麻の葉模様の産着で。
一気に昭和感がでて、たまらなく好き。


今回の妊娠は、2人目だし~、と余裕かと思いきや
妊娠初期には、切迫流産の診断が2回あり、ほぼ自宅軟禁な日々でした。

お仕事でも、各関係者の方々にはご心配をおかけしました。
遠出はできず、あれやこれやが中止に・・・(涙)。
時には航空会社に提出する診断書をお医者さんに発行してもらったり・・・。

「安静にしてください」の「安静」ってどの程度かわからず、
お医者さんに尋ねてみたりして。

「絶対安静だと入院になりますよね。
そうするとトイレと食事以外横になってもらいますよね。そのくらいのことです。」
と言われ、渋々納得・・・。

6ヶ月目にやっと安定期のお達しがでて、
この時期に今までのうっぷんをはらすようにガンガンに仕事、取材を進めました。

妊娠期で一番、気力体力共に充実していた時期かと思います。


そして、妊娠後期に入り無事に個展開催となりましたが、
再び切迫早産の診断。


再び、若干安静な日々。
(後期だったので、なんとなく気持ちに余裕がありました。)

そして、何とか早産と言われる36週を越え、
無事に生産期で出産できました。


今回、私が出産近くなって、えも言われぬ不安に襲われたのは、
前回の出産のフラッシュバックと言いましょうか、
痛いとかそういうことよりも、あの光景再び!?という不安です。

というのも、第一子である娘は
出産時の胎盤剥離によって、新生児仮死で産まれ、
カンガルーケアとかそういうのもなく、そのままNICUに直行でした。

私の感覚としては、普通に出産したつもりでしたので
産まれて来た時に「はあ~、やっと産まれた~!」という
安堵の方が大きかったのですが、娘が産まれた直後の感想は
「へえ~、赤ちゃんって赤くなくて白い子もいるんだ~。」
「産まれても泣かない子もいるんだ~。」
「目をすんごく開けてでてきたな~。」
「そういえば、よくテレビとかでみる、助産師さんたちの
『おめでとうございます~!』とかって無かったなあ~?」などなど、です。

硬い表情の助産師さん、お医者さんたちが
一瞬にして赤ちゃんを連れて隣の部屋に行き、
主人も呼ばれ、ぽつ~んと一人分娩台に残され、
「?」みたいな感じでしたが、しばらくすると隣の部屋から赤子の泣き声。

ようやくお医者さんが戻って来て
「あぶなかったですね~、胎盤が剥離していたようです。
赤ちゃんも苦しかったでしょうね~。」 と告げられました。


などなどな事がありましたが、
娘は何事も無く元気に育っており、
恐怖として思い出す事もなかったのですが、

第二子を妊娠した時に、
「一度剥離を起こしている人は、再び同じ時期に剥がれやすいと言われます。」
とお医者さんに言われ、
「えっ!そうなんですか?」
と、まさか第一子の出産が次回に影響あるとは!いう感じでした。

それでも、目先のことがいろいろあったので
そんなに深く思わなかったのですが、
いよいよ出産が近い時期になってきたら、

なぜか
「また剥離したらどうしよう~。」
ちょっとした腹痛も
「この痛みはなに?剥離してるんじゃないの?」
と、そんなことばかり思うようになってしまいました。

まあ、そんなことは百も承知なお医者さんは、
前回の出産週40週を待たずに産みましょう!ってことで、
こどもの大きさも十分になった37週の検診にて
「来週あたり、産みましょうか。」
で、産む事になりました。

娘も結局計画分娩になり、促進剤で産み、
今回も計画分娩にて早めに促進剤で産みました。

今回も、
「あっ!破水!病院に電話しなきゃ!」
とか、
「この痛みは何?陣痛?病院に電話しなきゃ!」
とか、
シミュレーションしまくり、
そのドキドキ感を楽しみにしていたのですが・・・、
いかされる事無く
前回同様、前日入院の準備万端での出産になりました。


おかげで息子は、本当に無事に産まれてきました。

ちゃんと赤くて、泣いてて、目をつぶっていました。
カンガルーケアもできました。

ああ、よかった。

お医者さん、助産師さん、ありがとうございました。

2回も出産を経験させてもらった、こどもたちにも感謝です!!!


以上、私のお産話でした。