先日、東京駅の「丸の内駅舎復原工事」が今年10月に完成し、6月より駅施設が順次本格稼動していくとのニュースが流れていました。
この丸の内駅舎と線路を挟んだ反対側が八重洲口で、50年ほど前に私が社会人として最初に勤務した場所です。
今日は50年前を思い出しながら、「八重洲」の地名の由来について調べました。
・「丸の内駅舎復原工事」中の東京駅です。(鹿島HPより)
地名や橋の名前はその土地の人名に由来するものが多くあります。
大阪で言えば、道頓堀は安土桃山時代の土木家、安井道頓の名に由来し、淀屋橋は江戸時代の豪商・淀屋常安によって架けられた橋であることから淀屋にちなんで付けられています。
そこで、八重洲について調べてみると、矢張り、この辺りに屋敷を構えていたオランダ人の名前からつけられたようです。
その人は1600年に日本に漂着したオランダ船の乗組員で、ヤン・ヨーステンと云う名前だそうです。
・八重洲にあるヤン・ヨーステンの彫像です。(ウィキペディアより)
彼は後に、徳川家康に仕え、外交や貿易の面で活躍し、家康から屋敷を与えられたのが現在の八重洲あたりで、八重洲の地名はこのヤン・ヨーステン」が訛って「耶楊子」(やようす)」と呼ばれるようになり、これが後に「八代洲(やよす)」となり、「八重洲(やえす)」になったものだそうです。
50年前に勤務していた頃は八重洲の由来など全く関心なく、今になって昔を懐かしみながら調べてみました。
東京のど真ん中の地名が外国人の名前からつけられていたとは思いも寄りませんでした。