別所沼だより

詩人で建築家 立原道造の夢・ヒアシンスハウスと別所沼の四季。
     

書院の美

2007-08-03 | アートな時間

   「金刀比羅宮 書院の美」展  
  表書院を飾る円山応挙の障壁画(重要文化財)と、伊藤若冲の奥書院の襖絵など、約130面を再現したユニークな展示。 招かれた気分で、心底楽しかった。 これは3回くらい観てもいい。 きっと新しい発見がありますね。

   表書院 
  鶴の間 円山応挙 紙本墨画金砂子撒 1787
   控えの間に通される客人の如く、 汗を拭きながらぐるっと見渡す。 丹頂鶴は(体長140㎝くらいを)縮小して描かれているが、 座ってみる客には、 それより大きく見えるよう配置。  臨場感にあふれている。 芦がそよぎ、 風向きが分かる。 目線に砂に埋もれる 鶴の足。 砂の重さと感触。

  虎の間 円山応挙 1787 30畳の広さから、 客の視線を想像する。 部屋の何処に座っても虎が見える。 身近に 体温さえ感じ、 ちょっと撫でてみたいような肉感や重量。 ネコ科のしなやかさをみて心がふるえた。 水を飲む親子の虎、 踏ん張る足と、 尾の先にある緊張感。 八方をにらむ虎と、 眠る小さな虎。 虎の視線。 ちょっと太った虎、 想像で描いたらしい。 

  七賢の間 円山応挙  1794
  中国の晋代に、世塵を避けて竹林に会し、 琴と酒を楽しみ、清談にふけったとされる七人の隠者。 その面持、 姿、 竹林の深遠なせかい。 葉擦れの音。  

   奥書院 日常生活の間
  柳の間 岸岱ガンタイ 1844
   水辺柳樹白鷺図スイヘンリュウジュハクロズ 四方の襖や壁に白鷺13羽。 柳の風、 エメラルドグリーンのうち重なる葉。  こま撮りした動画のように。 やはりターンしながらみる、 鷺が舞い降りる。

  菖蒲の間 岸岱  水辺花鳥図 群蝶図 沢瀉図 1844
    水辺、 カワセミ、セキレイ、ツバメが飛び交う。  標本を借りて描いたという蝶の群れ。 
  蓮の花、葉、 実。

  山水の間  客が背にする部分、 春景山水図(丸山応挙)1794  余白もゆったり、 長閑な春景色  
          正面 床の間  瀑布古松図 1794 こちらは撮影しコピーされたもの。
     引き手の金具が平らで ああそうかと納得します。 言われなければ分かりません。

  富士一の間  富士山図 邨田丹陵ムラタタンリョウ 1902 墨画  清楚な感じ

  富士二の間  富士巻狩図 1902 奥から勢いよく走り込んでくる馬 次第に大きくなる人物や馬  動画のよう。 
  一の間 自然を 静謐な筆遣いの墨で。 二の間  人馬が獣を囲い四方から追う狩り、 高揚と歓声、 溌剌とした動きを着色で。  対比を面白く眺める。

  こんなペースで書いていたら終わりっこない。 どれもこれも、 細部まで観て堪能しました。

 特に 奥書院 上段の間 花丸図 伊藤若冲 1764   拡大
 行きつ戻りつ、立ったりかがんだりして。 切り花を201本? ため息混じりに。 

 姫芭蕉、ハマナス、凌霄花、クレマチス、朝顔など。
 向きは 上下で交差、 リズムがある。 全体は格子に配置され、 襖絵にした発想に驚く。 群鶏図をみた目を、あざむく花々。 上にいくほど大きいと 視点の計算。

supikaさんに 多くの写真があります。 分からなかった花の名前も知ることができました。 ありがとうございます。  

  地階は、 各地より奉納された絵馬、 航海の安全を祈願した船の模型など。      

  絵馬
 谷文晁の羅陵王図 1832  
 羅陵王は大変な美男子で(自意識?)武人として戦場にふさわしくないと、 恐ろしい面をつけて望んだ。  頭に龍(水の神)を付けて居るので、雨乞いのため奉納された。 瞬間のポーズ。  色彩もよく残り、 外にあったと思えない。

    金毘羅狗  代参犬に参った!
  江戸時代、 関東にあった風習。 一生に一度は金比羅まいり。 思ってもできない場合、 飼い犬を讃岐方面へ行く人に託した。 首に「こんぴら参り」と記した袋を下げ、 中に飼い主の住所や名前、犬の食費、初穂料を入れる。 犬は旅人や街道筋の人びとに世話されながら、 参拝者のお供をして宮にたどり着く。 感激! 犬はお札を貰い受け、 帰り道を、 さまざまの人に引き継がれ世話になりながら、 無事に主人の許へ戻った。 けなげな犬も、声をかけた人たちも、 なんていい話。 
  思わず連れて帰る。 あかぬけたrugby… 
 同じように 「流し樽」 もある。

              -☆-

  黄ばんだ白黒写真に、 境内の桜が写っている。  40年もまえ、 義兄たちと 琴平山までドライブして、 別称、 象頭山(海抜616m)へ。 5月の午後、 雨上がりの石段を785段登ったのだ。  遠くに讃岐富士(飯野山) を望み、 眼下に屋島、 次の日に出かける小豆島が見えた。 
  「船々せんべい」  を焼く芳ばしい匂いにつられ、 美術品のことは、全く記憶にない。 時間的に余裕もなかったのか、 そのまま善通寺へ急いだのである。
 こまやかに見る眼や、こころを持たなかったあのころ。 大間に合いで感嘆できる今こそ、
 しあわせである。

   写真はチラシ、 絵はがきなど   拡大

コメント (6)
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